※本稿は、秋山博康『元刑事が国民全員に伝えたい シン・防犯対策図鑑』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■もしも不審者に遭遇したら…
マスクにサングラス、黒い服にコート姿……「不審者」と聞くとそんなイメージを思い浮かべるかもしれんな。
たしかに見るからにあやしいヤツもいる。しかし誰から見ても「あいつ、あやしい」と思われるような格好をしていたら、すぐに通報されてしまう。つまり、犯人にとっては「作戦失敗」ちゅうことや。
ほんまに危ない不審者は、見た目が「普通」のことが多いんや。子どもを狙うヤツほど、「あやしいオジサン」やなくて、「やさしそうなお兄さん」を演じとる。また、不審者のあやしさは、外見ではなく、「行動」に出る。たとえば、子どもばかり見ていたり、声をかけたりするヤツは要注意。そんな人物を見かけたら、ためらわず警察に知らせてほしい。
もしも子どもが不審者につけられたら、とにかく全力で逃げて、近くの大人に助けを求める。それを家庭で繰り返し伝えておいてほしいんや。交番が近くにあれば警察官がおるし、なければコンビニでもええ。道を歩いてる大人でもかまわん。
「助けて!」って大声で言えば、きっと誰かが動いてくれるはずや。大事なのは、「撃退」しようとせず、すぐに逃げて周りに頼ること。
■トイレに行く時は要注意
「不審者情報」は警察や自治体のホームページでも公表されている。親御さんには、ぜひこまめにチェックしてほしいと思う。犯罪にはかならず予兆があるんや。
地域の見守りパトロールをすることも、犯罪の芽を未然に摘むことにつながるはずや。さて、性犯罪の温床になりやすい場所といえば、「トイレ」や。
昔、ワシが担当した事件でこんなことがあった。
犯人はトイレの個室に隠れて、ターゲットが来るのを「今か今か」と待っていることもある。そんな危険を回避するためにもぜひ、公衆トイレは子どもひとりで行かせないでほしいんや。
もし、どうしてもひとりで行かざるをえないときは、できるだけ「入口に近い個室」を使わせてほしい。理由は簡単や。奥のほうの個室やと、万が一「助けて!」と叫んでも、外に聞こえにくい。
それと、「明るくてキレイなトイレ」、清掃員や利用者の出入りがある場所を選ぶことも安全につながる。
■エレベーターも要注意
ちなみに元刑事のワシは、普段から「入口から一番奥の小便器」を使っている。用を足すときは誰しも無防備になるが、もし怪しいヤツが入ってきたとしても、片方が壁しかなければ身を守りやすい。これは長年、刑事として鍛えられた警戒心のなせる業やけど、ちょっとした工夫で身を守ることもできるということや。
もうひとつ気をつけてほしいのがエレベーターや。
まずは、たとえ自分の住んでいるマンションでも、知らん人とは極力、一緒に乗り合わせないことや。そして乗る前には、周りに誰か潜んでいないか十分に確認してほしい。犯人はマンションの入口や物陰に隠れて待っていることもあるからや。
エレベーター内では、行き先ボタンの近く、つまり操作ボタンのそばに立って、壁を背にしておくと安心や。犯人はたいてい背後から襲ってくる。少しでも違和感をおぼえたら、すぐにボタンを押して、関係ない階でもすぐに降りる。こんなこともぜひ覚えておいてほしい。
■痴漢は社会全体で撲滅すべき犯罪
定年退職後、片道切符で上京して5年が経ったが、いまだ東京の人の多さには驚かされる。満員電車もそのひとつやな。駅には「痴漢は犯罪です」というポスターが貼られとるし、電車通学する子どもを持つ親御さんにとっては、心配のタネやと思う。
当然だが、痴漢は100%加害者が悪い。
痴漢は「イヤ!」と言えなそうなターゲットを狙ってくる。体を触るだけやない。カバンを押しつける、匂いをかぐ、最近ではAirDropでわいせつな画像を送りつけるなど「見えにくい痴漢」も増えている。
こうした行為は、各都道府県の迷惑防止条例違反、もしくは不同意わいせつ罪(刑法第176条)で処罰される。
どちらの犯罪になるかは、手口の悪質性によって判断されるが、服の上から胸を触るケースなら不同意わいせつ罪、お尻を触るケースなら条例違反になることが多い。条例違反のほうが刑法よりも罰則は軽いが、被害者の心の傷に「軽い・重い」はない。
■アプリも防犯に活用
満員電車で痴漢に遭ったとしても「やめて!」と大声を出せん人が大半や。恐怖や驚き、恥ずかしさなどから、体が動かなくなってしまうこともある。けれど、痴漢被害を未然に防げる対策もあるからぜひ覚えておいてほしい。
●防犯ブザーや「痴漢は犯罪です」と書かれたバッジをカバンにつける
●痴漢対策アプリをスマホに入れて、すぐ開けるようにしておく
●混雑する車両を避け、人の目が届く場所に立つ
●不審な動きがあれば、犯人に視線を向ける
なかでも警視庁の防犯アプリ「デジポリス」はようできとる。「痴漢撃退機能」には「痴漢です、助けてください」という画面で助けを求めることができるんや。タップすれば「やめてください!」と音声も鳴らせる。もちろん無料や。
たとえ小さなアクションでも、周囲に異変を知らせるサインになる。
●スマホを鳴らす
●カバンを持ち替える
●しゃがむ、物を落とす
●非常通報ボタンを押す
ただしこういった行動ができなくても自分を責めないでほしい。なにより痴漢は、社会全体で撲滅すべき犯罪や。痴漢は被害者だけが自衛すれば、解決する問題やない。大事なのは、周りの大人たちの存在や。「大丈夫ですか?」とひと声かけるだけで、9割以上の痴漢がその場でやめたという調査もある(東京都「令和5年痴漢被害実態把握調査報告書」より)。
もし自分の子どもが被害に遭ったら「よく話してくれたね」と言ってほしい。それからよくお子さんの話にじっくり耳を傾けてほしいんや。
そして、場合によってはぜひ警察にも相談してほしい。各警察署の生活安全課では、痴漢被害の相談を受け付けておる。なにより大人たちの「絶対に痴漢は許さん!」という姿勢こそが、子どもたちを守る最大の盾になるんや。
■命に関わる事件にまで発展する「ストーカー」
2025年4月、神奈川県川崎市の民家で若い女性の遺体が発見された。
被害者の女性は生前、この家に住む元交際相手から暴力やストーカー被害を受けていたという。事件の全貌はまだ明らかになっていないが、警察の対応も含めて社会の注目を大きく集めている。
ストーカー行為は、恋愛感情のもつれや恨みなどから起こる。「LINEがしつこい」「駅で待ち伏せされる」といった行為がエスカレートして、最後には命に関わる事件にまで発展することもあるんや。
昭和の頃から、ストーカーによる殺人事件はあった。ワシも現職のときは、ストーカーによる滅多刺し殺人現場の検証官として現場を見てきた。また刑事課長の頃は、車で逃亡するストーカー犯をヘリコプターで追い回して逮捕したこともある。ストーカーをヘリで追い回したのはワシくらいやな。
それでもいまだにストーカー問題は「永遠の難題」やと感じる。たとえば、「殺すぞ」と脅したら脅迫罪(刑法第222条)、「勝手に家に入ったら」住居侵入罪(第130条)、「ドアを蹴ったりしたら」器物損壊罪(第261条)……。
これらは刑法に触れる行為だから警察はすぐに動ける。けれど「家の前で待ち伏せる」のは、かつては刑法では取り締まれんかった。刑法の罪に抵触しなかったんや。
■ストーカー化する兆候とは
そこで2000年にできたのが特別法の「ストーカー規制法」や。前年に起きた桶川ストーカー殺人事件が契機となっている。この法律のおかげで警察は警告や禁止命令を出せるようになった。
警告や禁止命令で改心するヤツもいるが、残念ながらそうでないヤツもいる。警告を無視して接近してくる加害者もおるし、命を狙う行動に走るケースもある。これはワシの持論やが、こういった痛ましい事件を完全になくすには、被害者のボディーガードとして警察が24時間つきっきりで警備をするか、逆に犯人側を監視するしかない。しかし人員も予算も限界があるから、現実的には無理がある。
ストーカーは愛やない。そこにあるのは執着や。被害を未然に防ぐためには、その執着に早く気づくことが、防犯につながる。
●ちょっとしたことで怒鳴る
●束縛が激しい
●LINEの返信が遅いとキレる
●別れ話をすると逆上する
こういう兆候がある相手は、別れたあとにストーカー化する危険が高い。
■暴力沙汰になったら迷わず警察へ
もし恋人が手を上げたり暴力沙汰になったりしたら、遠慮せずに警察に相談してほしい。
その際、ポイントはできる限り緊迫感をもって相談することや。「おまわりさん! 命の危険があるんです!」と強く伝えるほうが、警察も迅速に動きやすい。
なにより証拠を集めておくと、その後の警察の対応もスムーズや。
●いつ、どこで、どんなことがあったかをノートに書いておく
●LINEやメールの画面をスクショして残す
●不審な手紙や着信履歴、ボイスメモ、写真や動画を保存しておく
「証拠がないから門前払いされた」いう話も時々聞くが、それは警察の怠慢や。証拠を探すのは本来、警察の仕事や。万が一、相談した警察署でちゃんと対応してくれんかったら、各都道府県警の本部に相談しなおすのもひとつの方法や。
ただちに命の危険がないときには「#9110」という全国共通の警察相談ダイヤルもある。これは最寄りの警察本部の窓口につながる番号だから、覚えておいてな。
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秋山 博康(あきやま・ひろやす)
通称「リーゼント刑事」。元・徳島県警捜査第一課警部
1979年徳島県警拝命。1984年、23歳で刑事になると、殺人など凶悪犯罪の最前線の捜査第一課と所轄刑事課を中心に31年間刑事として捜査を担当。「おい、小池!」で有名な殺人指名手配事件に長らく携わった。警察人生42年、2021年3月に定年退職し、現在は犯罪コメンテーターとしてメディア出演やYouTube配信、講演会活動を精力的に行っている。
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(通称「リーゼント刑事」。元・徳島県警捜査第一課警部 秋山 博康)