※本稿は、保坂隆『精神科医が教える 心と体をゆっくり休ませる方法』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■私たちの疲れ方は昔と大きく変わった
情報化が進み、便利さと効率が優先される現在。テクノロジーが大きく進化した結果、生活も働き方もずいぶんと変わりました。こうした社会の変化によって、人間の疲れ方も大きく変化しています。
かつては、「疲労」といえば、体を酷使する肉体的な疲労が主な問題とされていました。しかし、今では精神的な疲労が大きくクローズアップされています。
疲労は目に見える形ではなく、日常生活の中で少しずつ蓄積されていきます。
「最近、やる気が出ない……」
「毎日なんとなくだるい……」
こんなふうに感じることが増えているとしたら、それは精神的な疲労のサインかもしれません。毎日の生活を考えても、終わりの見えない業務や時間に追われることが多く、人の心は絶えずプレッシャーにさらされています。
人間関係も無視できません。家族や同僚、友人などとの関係性を保つための努力が求められるので、ときには自分の感情や気持ちを押し殺す場面もあるでしょう。
また、肉体的な疲労を考えると、長時間の肉体労働や劣悪な環境下での労働は体力を失わせ、体のトラブルを生みます。日常の小さな「我慢」や「無理」が積み重なって、知らず知らずのうちにエネルギーを消耗していくのです。
「ちょっとした疲れなんて大丈夫だから」と無理をしていると、どんどん積み重なり、「蓄積疲労」という状態になってしまいます。
こうなると、休養や睡眠、栄養摂取などでは回復が難しくなるのです。しかも、それを放っておくと、自律神経失調症や過労死というコースをたどります。
そうならないためには、疲れの種類や原因を理解し、それに応じた対策をとることが重要になってきます。肉体的な疲労を癒やすだけでなく、精神的な疲労もケアする方法を取り入れることが、私たちの健康を守る鍵といえるでしょう。
疲れを甘く見ないで、しっかりケアしていこう
■「疲労感」は体ではなく脳からくる
かなり長く寝たはずなのに、どうもすっきりしない。夕方になるとぼんやりして、ついうたた寝をしてしまう。こんな経験はありませんか。
テレビや雑誌では「慢性疲労にはビタミン○が効く!」「疲れたあなたに○○サプリ」などと疲労回復の商品がPRされ、あふれるほどの健康ドリンクやヘルシーフードが売られています。
でも、こうしたヘルシーグッズで疲れがとれるなら、誰も苦労はしないでしょう。
人間の疲労は体だけの問題ではありません。気持ちの持ち方や感受性など、さまざまな心理によっても異なります。誰もが同じレシピで治るほど単純なものではないのです。
「私たちの感じる疲れの正体は、じつは体ではなく脳からくるものだ」といったら、驚くでしょうね。
「毎日残業続き。とにかく疲れているけど、これって脳が原因なのか」
「1日中立ちっぱなしで仕事をしているから、とても疲れる。でも、これが脳の疲れだなんて、そんなことあるわけない」
そんな反論があるかもしれませんが、私たちが感じる疲労のほとんどは、脳からきていることは、多くの研究データで実証されています。
こういうと、「デスクワークで疲れるのは脳かもしれないけれど、運動で疲れるのは筋肉でしょう」「マラソンして脳が疲れるなんて、聞いたことがない」という意見が返ってくるでしょう。
でも、実際に運動後の筋肉疲労を調べると、ボクシングのように非常に激しい運動ならともかく、マラソンくらいの有酸素運動を3~4時間する程度では、筋肉に大きなダメージは見られないという結果が出ています。
よほどハードな筋トレや短距離走で筋肉を使ったりしない限り、疲れる原因は体ではなく脳にあるのです。
疲れの正体は「脳」にあることを、覚えておこう
■脳が感じる「疲労感」はマッサージでは消えない
では、体のどの部分に疲労が現れているかといえば、それは自律神経のコントロールセンターである脳の中の「視床下部」などです。
視床下部などの部位は、いつも休みなく運動機能をコントロールしているので、運動をすれば筋肉よりも視床下部などのある脳のほうが疲れてしまうのです。
簡単にいうと、私たちが感じているのは「脳がキャッチした疲労感」で、「筋肉がリアルに感じた疲労」ではないのです。
「疲労」と「疲労感」の違いがわかれば、その手当ての方法も変わってきます。
仮に2時間も全力でテニスの試合をしたり、陸上競技で争ったりすれば、筋肉がダメージを受けて生理的に疲労したといえます。そこで、筋肉を冷やしたりマッサージをしたりして、疲労をリカバリーしなければなりません。
しかし、生理学的な疲労ではなく、脳が疲れて感じる疲労感は、冷やしてもマッサージをしても意味がありません。
たしかに、冷たいタオルを額にあてると「気持ちがいい」と感じますし、癒やされた気分になりますが、それは疲労感をやわらげることにはならないでしょう。
本当の意味で脳の疲れをとりたいなら、外部からの情報をストップし、質のいい休息を与えてあげるのがベストです。
脳にも休息を与えてあげよう
■疲労のせいで、免疫力はどんどん落ちていく
「疲労」と「免疫力」との間には、密接なつながりがあります。免疫力はウイルスや細菌から私たちを守るために必要不可欠な体の機能ですが、精神的・肉体的疲労が免疫力によくない影響を与えることがあります。
ここで、それぞれの疲労が免疫力に与える影響について簡単に説明しましょう。
精神的疲労は、長期間にわたるストレスやプレッシャーによって引き起こされます。ストレスが続くと、ストレスホルモンであるコルチゾールが過剰に分泌され、免疫細胞の働きを抑制してしまいます。
その結果、以下のような症状が現れることがあります。
●慢性的な倦怠感や疲労感が抜けない
●風邪をひきやすくなる
●肌荒れや湿疹が増える
●睡眠の質が低下し、さらに疲労が蓄積する
こうした症状は、とくに精神的疲労が原因で起こるため、「疲れていない」と思っていても現れるので注意が必要です。
肉体的疲労は、とくに激しい運動や長時間の労働などによって引き起こされます。
炎天下に営業で1日中外を歩き回る、日常業務にハードな肉体労働が組み込まれているなど、肉体的疲労を抱える現代人は少なくありません。
●激しい運動後の数日間、感染症にかかりやすくなる
●回復が遅れ、疲れが長期間残る
●胃腸の働きが弱まり、消化不良を起こす
こうした症状を防ぐためには、適度な休息と適切な栄養補給が欠かせません。
また、過剰な運動ではない、適度な運動は免疫力を高めるので、無理のない運動習慣を身につけることがおすすめです。
栄養バランスに気をつけて、軽い運動も取り入れよう
----------
保坂 隆(ほさか・たかし)
精神科医
1952年山梨県生まれ。保坂サイコオンコロジー・クリニック院長、聖路加国際病院診療教育アドバイザー。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学精神神経科入局。1990年より2年間、米国カリフォルニア大学へ留学。東海大学医学部教授(精神医学)、聖路加国際病院リエゾンセンター長・精神腫瘍科部長、聖路加国際大学臨床教授を経て、2017年より現職。また実際に仏門に入るなど仏教に造詣が深い。
----------
(精神科医 保坂 隆)