「学校に行きたくない」と語る子どもたちは、どんな悩みを抱えているのか。医師で、信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授の本田秀夫さんは「不登校の子どものなかには、発達障害を抱えている場合もある。
そうした児童は自分たちの努力だけで状況を改善するのが難しいため、周囲が環境を調整してあげる必要がある。なかには『勉強が得意だからこそ学校が嫌いになる』というケースもある」という――。(第5回)
※本稿は本田秀夫『発達障害・「グレーゾーン」の子の不登校大全』(バトン社)の一部を再編集したものです。
■発達障害児の不登校は環境調整が不可欠
Q.本当に学校を休ませて大丈夫?
発達障害の子が不登校になるときには本人の努力だけではどうしようもない問題もあり、学校側との相談、そして環境調整が必要になります。
しかし、環境的な要因があることがわかっても、「本当にこのまま休んでいて大丈夫なのか」「やっぱり登校したほうがいいのでは」と考える人もいます。そういう人は「ここで休んだら、中学(高校)にも行けなくなりそう」「学校に行けないようでは、この先、社会の荒波に耐えられない」と考えて、子どもが環境的な要因を乗り越えられるように、背中を押そうとすることがあります。
しかし、子どもの背中を押そうと考える人は、発達障害の子も頑張って学校に行く→努力して厳しい環境を乗り越えていく→ほかの子どもたちと同じように進学して、社会に出る→福祉の援助を受けずに働いたり、家庭を持ったりできる……という前提で話しているのかもしれません。
私は、そう考える人たちは、発達障害を甘く見ていると思います。発達障害の子が通常学級で一定の配慮を受けながら、授業にしっかり参加できていることもあります。進学して就職し、家庭を持つ人も、もちろんいます。しかしその一方で、発達障害の子は、たとえIQが高くて勉強ができるとしても、どこかの段階で生活がうまくいかなくなり、福祉の対象となる可能性があるのです。
■「グレーゾーン」という表現には問題がある
そのことは、けっして軽視できるものではありません。

福祉の対象となる可能性とは、発達障害の子は成長できないとか、発達障害があったら学校には適応できないとか、そんな話ではありません。そうではなくて、発達障害があるということは、長い人生のどこかの時点で支援が必要になる可能性が一定の割合で存在するということです。
発達障害と考えられるところもあるけれど、はっきりと診断がつかないというような状態を「発達障害グレーゾーン」と呼ぶ人がいます。これは医学的な考え方ではなく、明確な定義もありません。一種のスラング(俗語)のようなものです。
私は、「グレーゾーン」という言葉を使うことには、多くのリスクがあると考えています。もっとも大きなリスクは、特性が目立たない、あるいは問題が少ない状態を「グレーゾーン」と呼ぶことによって、支援を受ける機会を逃してしまう可能性があることです。
例えば、親御さんが「うちの子はグレーゾーンだから、子育てが大変」と嘆いているときには、その時点では診断がついていないとしても、お子さんにも親御さんにも、なんらかのサポートが必要な可能性があります。
そのとき「グレーゾーン」を、誰かに相談するほどのことではないと考えていると、支援につながりにくくなります。いまは環境との相性がよくて、問題があまり起きていないものの、何かの拍子に支援が必要な状態になる可能性がある。「グレーゾーン」とは、そういう状態だと思うのです。
■グレー“だから”支援が必要になる可能性がある
「グレーゾーン」を一つのリスクと認識しておいて、子どもが何かに苦労している様子が見られたら、発達障害の診断がなくても、すぐに支援を検討する。
例えば「グレーゾーン」の子が登校しぶりをしているときには、リスクが高くなってきた状態と認識して、早めに支援をするのです。そうすれば不登校の予防につながります。
「グレーゾーン」を、メンタルヘルスの問題を予防するためのキーワードとして考える。そのような視点を強調するために、私は以前、川柳をつくりました。
グレーとは 白ではなくて 薄い黒
「グレーゾーンだから支援は必要ない」と考えるのではなく、「グレーゾーンだから、いつ支援が必要になってもおかしくない」と考えましょう。
本書のタイトルに「グレーゾーン」と入れた意図は、いわゆる「発達障害グレーゾーン」のお子さんを育てている親御さんにも、不登校を防ぐ方法や、不登校になったときの対応法をお伝えしたいからです。
「グレーゾーン」のお子さんは、いまは学校に問題なく通っていても、年度が替わったりして環境が変化したときに、苦労することが増えて、支援が必要になる可能性もあります。そうなったときの対応をより多くの人に知っていただきたいと思って、この本のタイトルに、あえて「グレーゾーン」という言葉を入れました。
■「厳しい環境で鍛える」という発想は間違い
発達障害や「グレーゾーン」の子が登校しぶりをしているときに、大人が「そんなこと言わないで、もう少し頑張ろう」と言い聞かせていたら、おそらくその子は、自分には合わない環境で苦手なことを強要され、萎縮して、自信がなくなっていくでしょう。
大人の側は、社会の荒波に耐えられるような強さを身につけてほしくて、あえて厳しい環境で頑張らせようとしているのかもしれませんが、それはムダな厳しさです。苦手なことも少しずつ身につけていけるようにサポートするのではなく、苦手だとわかっていることを無理にやらせて、ただ失敗させているだけです。
そのような対応をしたら子どもは不安を感じやすくなり、プレッシャーに弱くなって、むしろ社会の荒波に一番耐えられない状態になっていきます。
「心理的に過酷な環境では、子どもは心の支えを得られない」のです。
子どもが苦しんでいても、どうにか学校に行かせようとして必死に説得しようとする人もいますが、「登校させるために頑張る」というのはやめたほうがいいです。なぜかというと、それは多くの場合、親子関係を悪化させるための頑張りになってしまうからです。
子どもに登校することを求めて、さまざまな形で説得しようとすると、子どもはその説得への対策で消耗します。親対策で疲れてエネルギーがなくなり、学校のことを考える元気がなくなっていきます。
■無理な登校は、親子関係を壊すおそれがある
なかには、親子のバトルがこじれてしまって、親が子どもの手を引いてでも学校に連れていこうとするケースもあります。そういうやりとりを毎朝のように繰り返した結果、子どもが観念して、黙って学校に行くようになることもあります。
しかしそれは、子どもが納得したわけでもなく、不登校の要因が解消したわけでもありません。その子には「我慢する」以外の選択肢がない。だからひとまず登校しているというだけの話です。
そのような無理に登校させたケースでは、子どもが成長して体が大きくなってきたときに、「逆襲」が始まる場合があります。無理やり学校に行かされた恨みを晴らそうとして、子どもが家庭内暴力をふるうようなこともあるのです。
親が数年間厳しい対応をしたことによって、その後の数十年間、子どもから逆襲を受けてしまった例もあります。
【まとめ】

発達障害の子や「グレーゾーン」の子が不登校になるのは、休養が必要なときです。ゆっくり休ませたほうがいいのです。社会の荒波に耐えられるように厳しく接することは、ムダな厳しさでしかありません。むしろ子どもを萎縮させ、自信を失わせるばかりか、親子関係の悪化を招いてしまいます。
■勉強が出来すぎて不登校になった小4男児
【相談例】

「授業がつまらない」と言って、登校しなくなった子
勉強が得意な男児のエピソードです。彼は小学4年生のときに「授業がつまらない」と言って、登校をしぶるようになりました。
最初は保護者の方が「そんなこと言わないで」と声をかけて登校させていたのですが、本人の気持ちはその後も変わらず、そのうち毎朝親子で口論をするようになっていきました。結局不登校になり、親子で相談に来られました。
このお子さんは学力が高く、一度教科書を読めば内容をだいたい理解できてしまうそうです。本をよく読むので、まだ習っていない漢字も知っています。しかし、担任の先生からは「習っていない漢字は使ってはダメ」と言われ、不満に思っていたそうです。

彼はもっと多くのことを知りたいのですが、学校の授業はその学年の標準的なペースで進んでいくので、彼にとっては「つまらない」というわけです。本人は、同級生と話が合わないのも「つまらない」と言いました。このお子さんは口も達者なので、小学校・中学年の段階で、自分がなぜ学校に行きたくないのかを、しっかり説明できたのです。
■再登校だけが正解ではないが…
【相談例の子どもを理解する】

学校以外に「社会参加する場所」を見つけよう
彼は好きなことをとことん調べて、ノートにまとめたりするのですが、それを担任の先生に見せたら「習っていない漢字を使ってはいけません」と言われたそうです。
ほかにも自分の得意なやり方で勉強しているときに、先生から「普通のやり方にしなさい」と注意されることもありました。その結果、学校に行くのが嫌になってしまったのです。
保護者の方は「授業に出なくても勉強はできるから」と言って学校を休ませ、お子さんを個人学習塾に通わせていました。ほかにも習い事の教室やフリースクールも見学したそうですが、活動が多くなるとお子さんが混乱してしまうため、学習塾だけにしているということでした。
学校が居場所にならない場合には、別の居場所を探す必要があります。子どもには「社会参加する場所」が必要です。居心地のいい場所で、自然と社会性を身につけていくような時間も持っておきたいのです。

----------

本田 秀夫(ほんだ・ひでお)

信州大学医学部 子どものこころの発達医学教室教授・同附属病院子どものこころ診療部部長

特定非営利活動法人ネスト・ジャパン代表理事。
精神科医師。医学博士。1988年、東京大学医学部医学科を卒業。東京大学医学部附属病院、国立精神・神経センター武蔵病院を経て、横浜市総合リハビリテーションセンターで20年にわたり発達障害の臨床と研究に従事。発達障害に関する学術論文多数。英国で発行されている自閉症の学術専門誌『Autism』の編集委員。2011年、山梨県立こころの発達総合支援センターの初代所長に就任。2014年より、信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部部長。2018年より現職。日本自閉症協会理事、日本自閉症スペクトラム学会常任理事、日本児童青年精神医学会理事。著書に『自閉症スペクトラム』『発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち』(ともにSB新書)『発達障害・「グレーゾーン」の子の不登校大全』(バトン社)などがある。

----------

(信州大学医学部 子どものこころの発達医学教室教授・同附属病院子どものこころ診療部部長 本田 秀夫)
編集部おすすめ