今月20日投票の参院選をめぐって新聞各紙は、自民・公明の与党が非改選と合わせて参院過半数を維持するのは微妙な情勢だと報じている。
給付金か消費減税かというバラマキ合戦のなかで、石破政権への逆風は強まる一方、減税と外国人規制の強化を掲げる参政党が台風の目になりつつある。
筆者は、自民党の選挙対策事務部長を長く務め、野党にも幅広い人脈をもつことから、「永田町の選挙の神様」とも呼ばれる久米晃氏に公示日直前にインタビューを行った。
その時点では「自公過半数微妙」という報道が出る前だったが、「神様」は開口一番、自公で過半数が確保できると言うのは楽観的な見方だ、と言い切った。
――与党が非改選議席と合わせて過半数を維持するには、自公で最低50議席が必要です。焦点の32の一人区で自民党は16議席前後になると見ていますが、どうでしょうか。
いや、一人区で半分行ったら、自公で50超えますよ。僕は、自民党の過去最低記録を更新すると思います。比例は12議席程度だと以前から言っています。
――比例と1人区と合わせて28。複数区13のうち、10は取るでしょうから全部で38。公明が12なら合わせて50。その攻防だと見ているのですが……。
それは、すごく楽観的な見方ですよ。たとえば、町村議会議員30人を囲む会で、「去年は1票入れてくれと言えなかった。今年も同じだ」という声が相次いでいます。これまで支えてくれていたコアな支持層が、いまや怒っている。
■「2万円の給付金」が逆効果になった理由
――過半数確保が楽観的ということですか……。
かつての自民党が参院で過半数を割ったことがなかったのは、1人区で負けたことがなかったからなんです。ところがね、平成元年(1989年)の選挙で、いきなり3勝23敗だった。
それから、1人区の勝敗が全ての参議院選挙の全体の勝敗を決するようになった。それはもうほとんど参議院の候補者の努力とか関係なく風や勢いで議席の当落が決まるようになっちゃったんですよ。
だから、候補者が一生懸命、個人演説会を開いたり、動員をかけたりしてもダメなんです。自民党に対する信頼を取り戻さなければ、参議院は勝てないんですよ。
――確かに、これまでも1人区は風に左右されるケースがありました。
その可能性が今出てきているということですよ。風というのは民意だから。
――自公の給付金も、野党が掲げる消費税減税も、バラマキだと評判が悪い。とりわけ2万円の給付金についてはどの世論調査でも反対の声が上回っています。これは民意に反しているということですかね。
自民党の支持者はただ「政策に不満」なのではなく、“自民党の今の姿に納得がいかない”という根本的な感情を抱えていると思います。
■有権者の期待と信頼が一気に冷めた
石破さんはかつて、「争点を明確にした上で解散する」「正攻法で臨む」と言っていた。
それが、予算委員会も開かずに、いきなり衆議院を解散してしまった。「え? 石破さんらしくないよね」ってみんな思ったはずです。この時点で、有権者の間に「信念を貫かない人なのかもしれない」という疑念が広がった。これが最初の、しかも大きすぎる失敗です。
例えば2万円の給付金。
「言ってることとやってることが違う」「信じていた人に裏切られた感覚」。これが、有権者の期待と信頼を一気に冷めさせた。
私が聞いている限りでは、石破さん自身は給付金に積極的ではありませんでした。石破さんは6月11日の党首討論で否定的なことを言ったのに、2日後には物価対策として給付金を実施する方針を発表しました。なんで急に変わったのか。選挙のためでしょうと誰かが言うと、それを真に受けてしまう状況になっていたのです。
■実績がない→信頼されない→期待もされない
結局、石破政権が何も結果を出せていないから国民に信用されない。僕はよく「投票は投資ですよ」と言っています。それに期待。結果を出して、それに対して信用を得て、期待されると票につながる。信用がないのに期待感が生まれるわけがありません。だから内閣支持率が上がらない。自民党の支持者が自民党に入れない。
この傾向は6月に行われた都議選でも明らかです。自民党支持層の5割程度しか自民党候補に投票していません。
自民党の支持者が自民党に入れない時が一番の負けパターンです。
自民党は今、身内からの信頼を失っている状況です。それが地方での票離れとなって可視化されている。
■大事なのは無党派ではなく自民党支持者
――昨年の衆院選でも同様の傾向がありました。いや、その前から補選や地方選でも自民党が勝てない状態が続いていました。
それは、別に無党派層に負けたわけではありません。自民党の支持者が自民党に入れないから負けているんです。選挙に負けると必ず無党派対策をどうすると大騒ぎするけど、そもそも無党派対策なんて意味はないんですよ。
――意味がない?
身内から信用されてないのに、なんで無党派層が自民党に来るの。かつての小泉郵政選挙の時(2005年9月)は、自民党支持者の80%以上が自民党の候補者に入れています。その時でも無党派層の投票先は、自民党が49%で野党が51%でした。
あの選挙は「小泉(純一郎元首相)さんが無党派の支持を吸収したから勝った」と言われているけど、違います。自民党の支持者に無党派層がくっついてきただけ。自民党の支持者を固めきれない限り、無党派の票が来るわけないんです。
■争点がないのに投票率が上がった都議選
――石破首相も「経験したことがない逆風だ」と言っていますが、どうしてここまで厳しい批判を受けるようになってたのでしょうか。
政治が、いろいろな課題に結果を出さない、答えを出さない。御用聞きみたいなことばっかりやって、大方針を示せない。これが一番の要因だと思います。
日本はいま、大地震の心配があり、周辺で戦争の危機だってある。そうした問題や課題にどう対処するかの大方針が一つも出てきません。だから、国民の政治に対する不満が、頂点に達していると思います。
6月の都議選にも、こうした国民の思いが表れました。都議選は小池都政に対する審判でもないし、何一つとして争点がありませんでした。普通ならば投票率が下がるところ、今回は5ポイント程度上がりました(投票率47.59%、前回比+5.2ポイント)。
投票率が上がった理由ははっきりしないというけど、僕は、政治に対して、1票入れてやりたい、つまり現政権に対する「不満の証」として1票入れないと気持ちが収まらないという、多くの人の気持ちが表れたのだと思います。
だとすると、今度の参院選も争点がはっきりしていないから、焦点は自民・公明の与党が過半数を割るかどうか、という話になってくる。そうすると、国民は「だったら、過半数を割らせるか」という方向に動く可能性は高いです。
いま自民党執行部は、盛んに危機感を煽っているでしょう。その戦術は、僕は絶対に逆効果だと思っています。「だったらやってしまえ」「やっつけてやれ」となるから。
■「自民党の支持者がかなり参政党に流れています」
僕は前から言っているんだけど、もう昭和の終わりから平成のはじめに、例えば少子化・高齢化対策、食料自給率の問題が顕在化してきた。昨年から値段が高騰しているコメの問題でもそう。いまになっても1つも結論が出てない。
――政策が大事だと言うわりには、具体的な結果を自民党も、野党も出していませんね。
結論も結果もない。だから30年、40年経っても自分たちの生活が良くならない。政治家が、この国の経済が上向くような方針を一つも示してくれない。それに対する国民の不満が与野党の双方に対して蓄積してるんですよ。
とりあえず今現在は自民党が与党だから、自民党・石破政権に対する不平不満が集中してるわけです。それが新党への期待につながっている。少し勢いが落ちたと言っても日本維新の会やれいわ新選組への期待はそんなところにあるんだと思います。
――新たに躍進してきたのが参政党です。今度の参院選でも注目されますね。
私も注目しています。私の知り合いなんかもみんな参政党だって言っているんですよ。自民党の支持者がかなり参政党に流れています。
――保守的な人もいれば、政治に興味がない人もいる。そんな人たちが「参政党は面白いね」と応援している人が結構いると見ています。SNSの影響もあって、減税や日本人ファーストという分かりやすい主張が多い。そういう意味で、政治のアイドル化、「推し活」のようになっているように見えます。
そうですね。ただ参政党も保守党にも、一過性のものに終わる可能性が十分あります。国民民主や維新という比較的新しい党も同様ですが、「政党」を作ろうという気概を僕は感じません。
■参政党は「本当の政党」になれるか
僕は維新の人にずっと言っている。政党本部を東京に移せと。色々な機関決定するシステムを作れ、候補者を発掘しなさい、と。それを機関としてやらなきゃダメですよって。でも、なかなか動いてくれませんね。国民民主も玉木(雄一郎代表)さんの個性に乗っかっているだけ。参政党も神谷(宗幣代表)さんの個性に乗っかっている。これは政党じゃなくて、私党。本当の政党とはいえません。
――代表の個人商店のようだということですね。
私党が本当に政党になれる、なっていけるかどうか。それは党首の努力以外に方法はありません。もともと神谷さんは自民党の候補者だった人です(2012年の衆院選に自民党から出馬、落選)。だから自民党的な匂い、体質を引きずっている。逆に自民党を理解しているから、一点突破じゃないけど、普通に分かりやすい言葉で支持を集めている。決めきれない自民党に不満を持つ自民支持層にも刺さるのではないかと思っています。
しかし、過去の選挙を振り返ると、一過性で終わる新党はいっぱいあった。私党に留まり、消えていった。参政党を本当の政党にするには、神谷さん自身が、側近や参謀を置いて組織政党をつくる努力をしないといけません。
■石破政権に残された選択肢
――今の自民党にとって、参政党は脅威ですか。
そりゃ脅威ですよ。「自民党に票を入れたくない」という40%以上の人たちがいて、その人たちの有力な受け皿になっているんだから。実際、都議選で参政党は11万票を取っている。選挙のやり方は下手でも、“票は取れている”。あれは無党派ではなく、かつての自民党支持層が流れている票なんですよ。「今の自民党にはもう入れたくない」という感情の“出口”になってしまっている。これが一番怖い。
自民党支持者が参政党に流れることも、党執行部は当然危機感を持っています。世論調査のクロス集計を見れば分かりますから。しかし、執行部に有効な対策・対応策があるのかというと、なかなかないのが現状です。
――久米さんが今、自民党の選対事務部長だったらどんな手を打ちますか。
ありません。選挙にウルトラCはないんです。
政治は、これまでの実績、実績から生まれる信用、そして将来に対する期待・展望がすべてです。実績がなければ信用は生まれず、期待も展望もできません。石破政権に目に見える実績がない以上、目先の問題を、ああだ、こうだと、枝葉末節のことを言っていても、国民の信用は得られません。
どこの会社でも、普段は自堕落で毎回遅刻してくるような社員が、急に「今度は頑張りますから」と言っても、「嘘つけ」と言われて終わりでしょう。政治も同じなんですよ。
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城本 勝(しろもと・まさる)
ジャーナリスト、元NHK解説委員
1957年熊本県生まれ。一橋大学卒業後、1982年にNHK入局。福岡放送局を経て東京転勤後は、報道局政治部記者として自民党・経世会、民主党などを担当した。2004年から政治担当の解説委員となり、「日曜討論」などの番組に出演。2018年に退局し、日本国際放送代表取締役社長などを経て2022年6月からフリージャーナリスト。著書に『壁を壊した男 1993年の小沢一郎』(小学館)がある。
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(ジャーナリスト、元NHK解説委員 城本 勝)