■「小泉効果は一過性」有権者は冷静に見ている
かつてない逆風の中で参院選を戦うことになった自公連立政権。参院過半数の維持すら危ぶまれる情勢に追い込まれている。

石破自民党のどこに問題があるのか。そして選挙後の政局はどう展開するのか。前回に続いて、長く自民党の選対事務局長をつとめ「永田町の選挙の神様」と呼ばれる久米晃氏に聞いた。

――東京都議選の前には、小泉進次郎農水相の随意契約の備蓄米放出で内閣支持率も自民党の支持率も持ち直したように見えましたが、結局、自民党は21議席(追加公認3人を含む。改選前は23議席)となり惨敗しました。内閣支持率も下がり続け参院選での逆風も強まっています。
小泉効果はあったんです。最初は。NHKなどの世論調査でも内閣支持率も自民党支持率も上がりました。それが2週間もしないうちに元に戻りました。つまり小泉効果は一過性のものでした。
そもそもコメ問題は小泉さんの動きが早かったから、みんなが「おおっ」となって瞬間的に支持率が上がったんですが、結局根本的な改革になっている訳ではない。
そこは、有権者は冷静だったと思います。
■自民党の分断は未修復
――マスコミによる参院選の情勢調査では、東京選挙区で自民党の2議席目は厳しいとされています。一方で参政党の躍進も予想されています。都議選の傾向が続いているようです。
参院選に限らず都議選のあった年の国政選挙は、都議選とほぼ同じ結果になります。今回の都議選でも自民党が惨敗した。その逆風がそのまま参院選でも吹いているということです。
――自民党内では石破茂首相や執行部への不満の声が公然と出始めました。
自民党は、本来いろんな思想や意見の政治家が集まる幅の広い政党だったのですが、いまは党内に亀裂が生まれて、これがなかなか修復できていない。昨年の総裁選の前から清和会(旧安倍派)的な人は、安倍(晋三元首相)さんの敵みたいな感じで、石破さんを徹底的に攻撃していました。これが修復されないまま今まで来ているんです。
石破さんを攻撃するのは、野党より自民党内のほうが目立ちます。
参院選で石破さんに失敗してほしいと思っているのは、野党よりむしろ自民党内のほうが多いんじゃないですか。これまでなかなか石破さんを降ろせませんでしたが、これを「石破降ろし」のきっかけに出来ますから。
■石破首相の言葉が響かない原因
――自民党の支持者離れが止まりません。なぜでしょうか。
心理的なものが非常に大きいと思います。石破さんをはじめとして、自民党幹部に期待感が持たれないからではないでしょうか。個々の政策じゃなくて、日本という国を、こういう風にしてくれるのだという漠然とした期待感が持てない。それを生むのはトップリーダーの個性です。
明るさとか発信力があるとか、信念があるとか。そういったものに対する信頼感です。消費税を下げるとか上げるというような個別の政策は付属物みたいなもの。いまの自民党に信頼感を持たれないから、リーダーの言葉に説得力も生まれません。
消費税をなぜ下げられないのか、分かりやすく納得できる説明がないので国民に聞いてもらえないんです。
いま政治不信が広がっているというけど、僕に言わせれば政治不信の本質は政治家不信です。これは自民党だけではありませんが、政治家が国民に信用されていないから、何を言っても響かないんです。
■派閥解消の影響が表れた
――与党過半数確保がギリギリかという情勢ですが、自民党がこれを挽回するのは、そう簡単ではないということですね。
これには構造的な問題もあるんです。最近では、自民党を支持してくれている企業や団体でも、その構成員の組織に対する忠誠心や依存度が弱まっている。だから社長がこうしろと言っても社員はなかなか言うことを聞かないそうです。
これは自民党だけの問題ではなくて、日本社会の構造全体が、構成員が自由な発想で考えるようになり、組織に対する依存度が減り、組織から受ける恩恵も少なくなっている。労働組合なども似た傾向があるけど、自民党が一番目立ちます。
参議院選挙っていうのは、“派閥の実力”が一番よく出る選挙なんです。比例は特にそう。どれだけ全国で組織を動かせるか、それが問われる。
衆議院と違って、参院の比例は“地元での知名度”じゃなくて、“党がどこまで押し上げるか”。つまり派閥の力=組織の動員力がダイレクトに出るんです。
「派閥が弱い→組織戦が機能しない→参院比例で壊滅的な打撃」という構図です。今回の参院選は、その構図があらわになる選挙でもあるんです。
■かつては「信念のある政治家」がいた
――私の経験でも自民党のリーダーは小粒になってしまったなあ、という気がします。久米さんはこれまで見てきた政治家で、どんな人を評価していますか。
僕がすごいなと思った政治家のひとりは、幹事長や官房長官を務めた野中広務さんです。初当選の頃からよく知っていますが、悲惨な戦争を生き残ってきた典型的な政治家です。社会的にも苦しい立場にあったので、弱者の痛みをわかってるんですよ。
思想的には社会党にいてもおかしくない政治家だったと思います。自民党の中にいても、政治っていうのは、弱い人のためにあるんだっていう信念がある人だった。ああいう政治家が今はいません。

僕は野中さんの生き方を尊敬しています。とても厳しい人でしたが、思いやりもあり優しい面があった。何よりも、人から後ろ指をさされない、すごく清潔な政治家でした。
もう一人は中曽根康弘さんです。中曽根さんも戦争を生き残って、そして最初の選挙の頃から首相になったら何をするか、自分は何をしたいのか、ずっと大学ノートに書き留めていたんです。満を持して首相になってからやりたいことを一気にやった。そんな物語になるような人生を送ってきたかどうかはリーダーにとって非常に重要だと思います。
■右も左も抱え込む政治
――私は中曽根総理番記者でしたが、確かに中曽根さんには「風圧」を感じました。中曽根さんは“国家”というものを語れた最後の政治家だったかもしれません。国家像・憲法・安全保障といった“国家の骨格”にこだわった政治家であり、国をどうするかという問いを、戦後政治のなかでずっと問い続けたように感じます。
中曽根さんには、自分の意見と違う相手も抱え込む・納得させる包容力がありました。中曽根さんは昭和61年(1986年)の衆参ダブル選挙(いわゆる「死んだふり解散」。
自民党が追加公認を含め衆院で304議席、参院で74議席を獲得し圧勝した)で歴史的な大勝を収めましたが、その選挙総括で中曽根さんは、「右と左にウイングを広げて全部抱え込むような政治を目指す」と言いました。自分の信念と同時に相手も認めるという包容力も重要なものだと思います。
――確かに、2人のような政治家はいなくなりました。これから自民党を背負って立つような政治家は出てきますか。
僕は昨年、雑誌のインタビューで「これから伸びる自民党の政治家」として小林鷹之さん、鈴木英敬さん、尾﨑正直さん、塩崎彰久さんの若手4人(いずれも衆院議員)の名前を上げました。その小林さんも昨年の総裁選に立候補しましたが、あの時に手を挙げた9人のうち、次の総裁選で何人生き残っているかが重要です。
■参議院選後に予想される混沌
――参院選後、自民党・石破政権はどうなりますか。仮に、衆院選に続き、参院選で自公が過半数を割ると、自公政権ではだめだという明確な民意が示されたことになります。
まず、言ったことを実現しなければなりません。勝敗ラインを自公で過半数、つまり今回の改選で50議席以上と言ったわけだから、それを割ったら当然……。そうですよね。
石破首相は衆院選で負けた時も責任をとるべきでしたが、選挙の総括をする前に国民民主と「握る」ことで政権維持できた。それで自民党内でも誰も石破さん辞めろと言えなくなった。しかし今度は、そうはいかないと思いますよ。
辞めずに粘れば、第一次安倍政権の安倍さんのようになる可能性はあります。彼は参院選に惨敗した2カ月後に辞めざるを得なくなった。それと同じようになる思います。
――一方で、野党からは政権を取ろうとする雰囲気は感じられません。
現実的には野党統一の連立政権ができる可能性は非常に低い。国民民主や維新は立憲と組むつもりがないようですから。野党の間には近親憎悪のような感情があります。
さらに野党第一党の立憲にも政権を担えるだけの能力はまだない。それなら、この前の衆院選の後と同じように、少数与党の自民党に政権を運営させ、自分たちの政策を少しでも飲ませるほうが良い。そんな期待が野党にはあるんだと思います。
自民党が、参議院でも少数になれば、もっと自分たちの意見が通る。自民党は通さざるを得ない、という状況が続いて自民党政権そのものが信頼を失ったところで最後に衆院選に持っていこうと思っているんでしょう。
■「お好み焼きじゃなくてもんじゃ焼きになっちゃう」
――いまそんな悠長なことを言っていられない状況だと思いますが。
目を国外に向ければ、台湾海峡をめぐる問題、イランとイスラエルの問題、ロシアとウクライナの問題もある。韓国の対北朝鮮政策もどう動くか分からない。与野党の駆け引きで問題を先送りにする政治が続いていたら、この難しい情勢に対応できません。
――今のお話だと、自民党は選挙で負けても政権を失わない。一方、野党は選挙で勝っても政権を取らない。それでは、ますます重要な決定ができなくなり、政治不信が高まりませんか。
確かに、そんなことでは政治に緊張感も生まれないですよね。内外の状況も非常に厳しい。いま必要なのはリーダーシップを発揮できる政権をつくれるかどうかです。勝負は、次の衆議院選挙です。その衆議院選挙で自民党が回復するのか、あるいは野党がもっと議席を伸ばすか、それによって新しい形ができてくると思います。
――自民党に活路はあるのでしょうか。今年は結党から70年。自民党の役割はすでに失ったのではないでしょうか。
政党は必要です。政党は思想なんです。仮に自民党が無くなっても、自民党的な政党は自然にできるんです。自民党は保守の総称。そういう人たちの集まりでもあるわけだから。
だからこそ、彼らを固めきれる政治家が出てこないと、ダラダラと続いていくことになる。お好み焼きじゃなくてもんじゃ焼きになっちゃう。自民党がしっかりしないと政治全体が、グジャグジャになっていきかねないと思っています。
原点に返って国民が一体何を求めているのか、日本という国をどういう国にしようとしているのか、きちっとした分かりやすい展望・ビジョンを作らなければ、人はついていきません。石破首相の言う「楽しい日本」ではダメなんです。
日本人が好きな四文字熟語でいえば、いま必要なのは「臥薪嘗胆」。時間をかけて、地道に、信頼を積み直すしかない。その覚悟を本当に持てるなら、まだ自民党に道は残されていると思います。

----------

城本 勝(しろもと・まさる)

ジャーナリスト、元NHK解説委員

1957年熊本県生まれ。一橋大学卒業後、1982年にNHK入局。福岡放送局を経て東京転勤後は、報道局政治部記者として自民党・経世会、民主党などを担当した。2004年から政治担当の解説委員となり、「日曜討論」などの番組に出演。2018年に退局し、日本国際放送代表取締役社長などを経て2022年6月からフリージャーナリスト。著書に『壁を壊した男 1993年の小沢一郎』(小学館)がある。

----------

(ジャーナリスト、元NHK解説委員 城本 勝)
編集部おすすめ