※本稿は木山泰嗣『ゼロからわかる日本の所得税制』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■株や投資信託の利益には15%以上の所得税
金融商品に対する「所得税」の「税率」は、所得税法の定める「税率表」(累進税率)が適用されず、基本的には「15%」の「比例税率」になっています(地方税である住民税の5%をあわせると20%)。所得税なのに、「累進性」は、ゼロなのです。このようにいうと、「金融所得課税を、強化すべきだ」という議論になりがちです。
しかし、企業への投資促進は、日本の経済の活性化のために重要です。そして、投資家は、常にリスクを負っていることも忘れてはなりません。たとえば、米国株が長いスパンでみて上がり続けていることを前提にした、長期分散の積立て投資が推奨される時代です。しかし、運用により儲(もう)かる人がいる一方で、暴落した場合などのリスクは自己責任です。
■マンションを売った場合も所有5年以上なら15%
一方で土地、建物、マンションなどの不動産の譲渡益(譲渡所得)については、「長期譲渡所得」(資産を取得してから5年を超えてからの譲渡)は「15%」(5%の住民税をあわせると20%)、「短期譲渡所得」(資産を取得してから5年以内の譲渡)は「30%」(9%の住民税をあわせると39%)の「比例税率」になっています。
以上の数値(税率)には、「復興特別所得税」(所得税の額の2.1%)は含めていません(「復興特別所得税」も含めると、あわせて20%は20.315%、あわせて39%は39.63%になります)。
話題の「NISA(少額投資非課税制度)」の拡充で、株式投資の配当や譲渡益については、国民一人ひとりに「生涯の非課税枠」が与えられています。これは、老後資金に心配の多い国民の「資産所得」を倍増させようという政策です。
NISAの拡充は、「特例」としての「政策税制」です。このとき、国民の「所得倍増」は打ち出せず、「資産所得倍増」をスローガンに岸田政権が導入しました。この政策の是非は、時間を経てから明らかになるでしょう。いずれにしても、日本の国力を底上げするため重要なのは、本来的には「勤労所得」を伸ばすことであり、「資産所得」を伸ばすことではないはずです(NISAの実情として、海外投資が多いという指摘もあります)。
さて、株式などの投資は、企業活動の活性化のために不可欠な部分です。国内企業への投資であれば、日本国内の経済活動を支えるといえるからです。一方で、投資家もリスクを負いながら企業への投資をしています。
■中古マンション価格が2倍、3倍になっている
これに対して、いま日本では、「中古マンション価格の高騰」という問題も起きています。
かつてのバブル時代には、全国的な「土地の値上がり」が起きました。令和時代は、都心部を中心に「中古マンション価格」が異常なほどに上がっています。
いま多くの中古マンションの相場をみると、特に東京都23区では、築20年、築30年以上のものでも、当時3000万円程度(分譲価格)で販売されたものが、その2倍も3倍もする価格で売り出されています。
これは、不動産のインターネットサイトにある「IESHiL(イエシル)」と「SUUMO(スーモ)」を併用してみると、一目瞭然です。
新築時に3000万円だったマンションが、6000万円でも買えず、8000万円、9000万円はあたりまえというのが、いまの中古マンション市場です。これがブランド立地になれば、驚くほどに高額な価格が、築40年、築50年以上の中古マンションにもつけられています。数億円はあたりまえの世界です。新築ではなく、中古マンションの売り出し価格の話です。
円安による外国人投資家の日本のマンション市場への流入や、国内富裕層の相続税対策などが要因になっているといわれています。
■投機ブームか? 短期の売却益でも所得税は30%
新築マンションの平均価格が軽く1億円を超えているのは、資源高による「コスト・プッシュ型」が要因といわれています。調達コストが、新築価格に反映されてしまうからです。
しかし、新築マンションが高過ぎて購入できなくなったことや、新築マンションの供給戸数が減少し続けていることから、中古マンションが爆上がりになっています。経済産業省のホームページをみると、「高騰するマンション市場」という見出しのレポートが公表されているくらいです(2024年12月12日)。
さらに最近話題になっているのが、マンションの転売です。自分で住むためではなく、中古マンション価格が上がり続けているので、新築マンションをお金があまっている個人の投資家や業者が購入し、それを新築価格より高額な値段ですぐに売却する手法のようです。
1億円のマンションを購入して、1億5000万円で売却する。これが1年程度の短期で行われることが増えているといわれています。この売却益「5000万円」も、「累進税率」ではなく、「比例税率」の30%で課税されるだけです(短期譲渡所得)。
■普通の人が購入できる市場価格ではなくなった
数億円の中古マンション市場も、活発といいます。数千万円、数億円の売却益を得ても「累進税率」の適用はなく、「長期譲渡所得」なら「15%」、「短期譲渡所得」でも「30%」の課税で済みます(税率は所得税を指します)。住む場所であるはずの「中古マンション」が投機対象として転売目的で購入され、本来の価値(実需(じつじゅ))より市場価格が大幅に引き上げられているのです。勤労によって得た所得では、「4000万円」を超えれば「45%」の課税があることとの「均衡」が問われるでしょう。
そもそも、居住用住宅の場合には、売却する場合に、そのときには課税をされない「買い替え特例」や、譲渡益が出ても「3000万円」までは課税されないなどの「特例」もあります。これらは、国民の暮らしを守る「特例」です。国民が、生活のために実際に暮らしている住居について、住み替えを行う際の「税制」上の配慮だからです。
ところが、投機目的の転売は、国民が購入できるレベルの本来のマンションの市場価格が、ゆがめられる弊害を生じさせます。それなのに「特例税率」をそのまま放置することは、国民が生活のためにマンションを買う機会を奪うことと引き換えに、「富裕層」のマネーゲームに加担することになりかねないでしょう。
■マンション価格正常化のための税制改正が必要
このように考えると、「資産所得」についてまず行うべきことは、「マンション価格」の正常化のための「税制改正」だと思います。「応能負担原則」を妥当させるためにも、不動産の譲渡益については、「租税特別措置法」の「特例税率」に「累進性」を導入するのも、一案になるかもしれません(トランプ関税などによって円高に大きく変わった場合には、外国人投資家が撤退し、中古マンションの高騰問題は終息するかもしれません。しかし、こうした点は不透明なので、ここでは除きます)。
現状の「比例税率」(長期譲渡所得15%、短期譲渡所得30%)の基本は維持するとしても、たとえば、不動産の「譲渡所得」については、1億円を超える所得の「税率」を引き上げ、「複数税率」を導入する方法が考えられます(たとえば、所得が1億円を超えると、税率が上がる「2段階税率」など)。これを転売に限定する方法もあります。
■1億円を超える売却益の税率を引き上げる案
本来は、これまでみたような「累進税率」が「所得税」には適用されるのですから、基本的な考え方には問題はないはずです。そして、「超過累進税率」の「本則税率」よりは緩和した「税率」にすれば、「特例」としての意味も保たれます。
かつての不動産バブルは崩壊しましたが、当時は地価の高騰を抑制するために、平成3年(1991年)に「地価税」がつくられました。土地バブルの崩壊による地価の下落を受け、平成10年(1998年)から適用がストップされています。
このような「税制」が土地バブルの平成時代につくられていたことは、参考になるかもしれません。中古マンション価格の高騰と行き過ぎた転売を抑止するために、居住用ではない転売などについて条件を設定し、「特例税率」に「累進税率」を設けることは、1つの方法にはなるでしょう。
■給与所得等にこれ以上の増税をすべきではない
大事なことは、働くことで得られる「所得」に、これ以上の増税をしないこと(国民が働いて所得を増やしたくなる「税率表」に見直しをすること)でしょう。
累進税率のつくる「所得段階」は「所得階層」ともいわれます。「段階税率」とはいえ、税負担が一挙に上がるラインとしての「壁」をつくります。人手不足がコロナ禍以降のインフレの原因であるという指摘もあるなかで、少子高齢化が加速する日本では、一人ひとりが働いて豊かな暮らしができるようになる、そんな社会を目指すべきでしょう。
すでに低賃金国といわれているのが、現在の日本です。国内の「給与所得者」のなかで相対的に1年の所得が高くなっただけで「控除」を減らしたり、過去の「所得階段」のままで累進性を維持したりしている場合ではないと思います。
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木山 泰嗣(きやま・ひろつぐ)
青山学院大学法学部教授
1974年、神奈川県横浜市生まれ。青山学院大学法学部教授(税法)、同大学大学院法学研究科ビジネス法務専攻主任。鳥飼総合法律事務所客員弁護士。2011年に『税務訴訟の法律実務』(弘文堂)で、第34回日税研究賞(奨励賞)受賞。主な著書に、『ゼロからわかる日本の所得税制』『弁護士が教える分かりやすい「民法」の授業』、『弁護士が教える分かりやすい「所得税法」の授業』(いずれも光文社新書)など。
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(青山学院大学法学部教授 木山 泰嗣)