時代の流れに取り残されないために、日本企業は何をしたらいいのか。富士通副社長の大西俊介さんは「過去の成功体験から抜け出せずに苦しんでいる日本企業が多い。
グローバル企業に遅れを取らないために、従業員の価値観や行動を変革する『CRO』(最高収益責任者)の存在が不可欠である」という──。
※本稿は、大西俊介『CROの流儀 人・サービス・売り方を変え提供価値と収益を最大化する』(日経BP)の一部を再編集したものです。
■変化の潮流に乗り遅れないために
企業は今、非連続な変化の時代に直面しています。テクノロジーは加速度的に進化し、グローバルでビジネスにまつわる規制やルールの見直しが相次いでいます。
地政学リスクの火種は各国・地域でくすぶり、民主主義と法の支配に基づく国際秩序も揺らぎ始めています。グローバル経済社会を覆う変化の潮流に乗り遅れた企業はあっという間に競争力を失い、市場から淘汰されかねません。
多くの日本企業はこうした現状に危機感を抱いているでしょう。富士通も同様です。変化の時代をリスクではなく、成長の機会とするため全社的な変革を進めています。変革の先に見据えるのは「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていく」というパーパスの実現です。
クラウドサービスなどを使い、顧客に寄り添って開発を続け、持続的に価値を提供し続けられるサービス企業になるのが目標です。いわゆる「プロダクト企業」、システムを作って納める従来の業態からの大転換といえます。

簡単ではありません。組織や事業、商品、営業や製造の体制まですべてを見直し、新しい形に変革する必要があります。
■「CRO」として改革を進めてきた
変革の打ち手はつなげてきました。変革の道しるべとなるパーパスを作り、製販統合の組織に変えるため事業の構成を見直しました。グローバルのデリバリー体制を変え、人事制度も見直しました。社会課題を起点とした新事業モデル「Fujitsu Uvance」を立ち上げ、オファリングを軸とした営業体制への転換も始めています。
顧客と向き合う人材をコンサルタント志向に変え、コンサルティング事業「Uvance Wayfinders」も始動しました。グローバルで統一された「OneCRM」(CRM=顧客情報管理)、「OneERP+」(ERP=統合基幹業務システム)の稼働など、データドリブン経営への転換も進んでいます。
これらの一連の変革を、私はCRO(チーフ・レベニュー・オフィサー:最高収益責任者)として陣頭指揮してきました。現場の社員、経営幹部を含むすべてのステークホルダーの理解と実践のおかげで少しずつ、変革の成果は出始めています。ただ、変革に終わりはありません。
CROとして不断の変革を富士通に根付かせ、実践し続けることが今現在も課題です。

■CROを設置している企業は少ない
ここまでお読みいただいた皆さんの中で「CROとは何ぞや」という疑問を持たれた方もいるかもしれません。
マッキンゼーのリポート「How CROs are propelling growth from the C-suite」(2023年)によると、世界で見てもフォーチュン100企業のうち、CROを設置しているのはまだ1割ちょっとにすぎません。
ですが実は、IBMやオラクルにはかなり以前からCROがいます。SAPも数年前に置きました。セールスフォースにもCROがいます。欧米のテック系、特にスタートアップでは最近、増えつつある職です。
CROは何をやるのか。例えば、CFO(最高財務責任者)なら財務、CMO(最高マーケティング責任者)はマーケティング全般の責任を担います。CROも言葉通り、企業の収益全般の責任を担います。
収益の最大化を実現するためには同時に企業として市場に提供する価値を最大化する必要があります。提供価値を最大化し、顧客の成功を導き、価値に見合った適切な対価を顧客からいただく形にできないと収益は最大化できません。
■CROは「顧客企業の最大の理解者」
尊敬する顧客の1人である大和ハウス工業前執行役員デジタル戦略担当(2025年4月1日付で同社顧問)の松山竜蔵氏の言葉を借りると「顧客企業の最大の理解者」がCROです。

つまり顧客の成功を最大限に追求し、そのために事業や商品や営業体制や担当者の行動など、顧客との接点に関連するすべてを見直し、改革していく。マネジメントを変え、提供価値を高め、社員それぞれの行動の変革を促す。これがCROの役割です。
“収益”という文字で誤解されがちですが、営業部を率いて売り上げや利益だけを追求する単なる「営業の親玉」「見積もり審査の最終ボス」ではないのです。
私がCROに就いたのは2023年4月です。新卒で就職した国内IT企業で約15年働いてから、外資系のコンサルティング会社に転じ、そこからキャリアを積んで、国内外のIT企業のトップの仕事も経験してきました。
富士通への入社は2019年(正確には再入社)。当時副社長だった古田英範(現取締役会長)から声を掛けられました。入社は8月でそのすぐあとの9月には「IT企業からDX(デジタルトランスフォーメーション)企業への転換」を宣言した新経営方針を発表したタイミングです。
社長の時田隆仁に初めて会ったときには「これからは大西くんのような人材が入りたいと思うような会社にしたい」と言われ、そこから時田が目指す変革を現場に根付かせ、実践していく日々を送ってきました。
■CROの役割を可視化する
そんななか、セールスフォースのプレジデント兼CROのミゲル・ミラノ氏と話す機会がありました。
彼との対話で、自分が今まで富士通の中でやってきたこと、目指していることが、グローバル企業のCROたちとそんなにずれていないと確認できました。
これが1つのきっかけとなり、時田の助言もあってCROを名乗ることにしたのです。
とはいえ、富士通の中でも「CROって何をする人?」と尋ねられることは多く、そのイメージはあまり明確ではありません。そこで、変革の意義や狙いを改めてまとめた「CROキーアジェンダ」を2024年秋に社内に公開しました。
CROキーアジェンダの中では、DX企業として「提供価値の最大化」と「収益の最大化」という2つの大きな目標の達成に向け、顧客フロントのマネジメント・提供価値・行動を変容させる6つの変革を今後も進めると改めて示しました。
その6つの変革とは、①ポートフォリオ、②インサイト(洞察)、③ケイパビリティー(強み)、④エコノミクス(経済性)、⑤ビヘイビア(行動様式)、⑥インティマシー(親密さ)です。
■高い価値のサービスを作り、高く売るのがあるべき姿
マネジメント変革の軸は「ポートフォリオ」と「インサイト(洞察)」です。富士通が抱える膨大な顧客層とどのように付き合うか、どこにどのように焦点を当てるかをグローバルで統一の基準で決める必要があります。その際に、勘や経験ではなく、顧客の声や業界動向のデータを分析・活用するデータドリブンな洞察力を磨いていくべきです。
提供価値変革のうち、「ケイパビリティー(強み)」は最終的にはコンサルティング能力に行き着くといってよいでしょう。富士通がパーパスで掲げた持続可能な社会への改革を進めるには、そうした社会へ進むためのストーリーを作って、仲間を集め、顧客と一緒の船に乗って先頭に立てる人材が必要です。「エコノミクス(経済性)」とは価値に応じた価格設定と、収益構造の最適化を意味しています。
人月商売ではなく、需要があるから高く売るのでもなく、高い価値のサービスを作って高く売るという形があるべき姿で、そのために提供するサービス自体や提供方法の改革も必要になります。

■過去の成功体験から抜け出せない日本企業が多い
最後は行動変革です。「ビヘイビア(行動様式)」と「インティマシー(親密さ)」を変えていきます。
富士通のような大きな組織では、特に顧客フロントの担当者が顧客への結果責任を明確に担う必要があります。そのためにも顧客フロントの担当者は顧客と日ごろから腹を割った話ができる距離感を保つ努力をすべきです。
こうした信頼関係の構築は日本人が苦手とする部分であり、顧客への結果責任についても、富士通のような大きな企業はそれゆえの課題があります。現在、JTC(ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー:日本の伝統的企業)には、過去の成功体験から抜け出せずに苦しんでいる企業がたくさんいます。富士通もその1社です。
それぞれ危機感を持って改革を進めているものの、なかなか成果を出せない企業も多い。それ故に私たちの世代がこの国をダメにしてしまったと世間ではいわれてしまっています。またその中でも私のようなグローバル企業への転職組は、JTCを逃げ出したとみられがちで、内心忸怩たる思いを抱えていました。
■改革に取り組む企業には「CRO」の存在が有用に
私が富士通に参加したのは、自分の経験で富士通を再び元気にしたい、元気にできると考えたからです。外からの目で見ると、JTCがなぜ苦しんでいるのか、なぜグローバル企業に後れをとってしまっているのか、その理由が客観的に見えるのです。

最近、同世代のグローバル企業経験者の多くがJTCに戻っているのは皆がそれぞれ、なんとか日本の企業を再び元気にしたいと考えているからだと思います。
富士通に限らず、改革に取り組む企業には今後、CROの存在が有用になっていくでしょう。過去の成功体験を見直し、事業の中身を刷新し、顧客フロントをはじめとするすべての従業員の価値観や行動を変革する必要があるからです。
こうした仕事はもちろんCEO(最高経営責任者)の職掌ではありますが、特に顧客との接点を中心に全体のバランスを見ながら改革を統括し、CEOと現場をつなぐ専任の責任者がいた方が改革を進めやすいのです。
私がCROとしてどのような方針で、どういうふうに富士通という会社、特に顧客フロントを変革してきたのか、これからどうなるべきなのか。それを「CROキーアジェンダ」に集約しています。
この本では、富士通での私の経験を踏まえて「会社を変える仕事」におけるCROの役割の実際について解説していこうと思います。まだまだ道半ばではありますが、富士通もここまで変われました。皆さんの会社もきっと変わることができるはずです。

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大西 俊介(おおにし・しゅんすけ)

富士通執行役員副社長CRO、コンサルティング担当

1984年一橋大学経済学部卒業、日本電信電話に入社、NTTデータ、外資系コンサルティング会社などを経て、2013年NTTデータグローバルソリューションズ代表取締役社長。2017年インフォシスVice President日本代表。2019年富士通に入社。2023年4月よりCRO兼グローバルカスタマーサクセスビジネスグループ長。CRO(最高収益責任者)として、フロント組織のガバナンス強化とグローバル横断で顧客のビジネス拡大をリードしている。2025年4月より現職。

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(富士通執行役員副社長CRO、コンサルティング担当 大西 俊介)
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