■2020年に予測していた「自民党の弱体化」
今回の参議院議員選挙後には政権交代はまだ起きないでしょう。しかし与党の議席減でその手前の状況に追い込まれるのは確実な情勢になってきました。
私は未来予測の専門家です。特に5年、10年のスパンで起きる長期予測が得意です。2020年に出版した『日本経済予言の書』(PHPビジネス新書)に当時書いた内容のかなりの部分が、5年後の2025年段階で現実化しています。その中で政治についてどう書いていたのか、紹介します。
「2020年時点では自民党政権が倒れることをイメージするのは難しいでしょう。安倍一強と呼ばれるほどの強い政権が、実績を伴って存在しています」
という記述から予測が始まっています。
当時は、コロナ禍が始まり、当時の安倍首相―菅官房長官による強い政治的リーダーシップの下で、東京五輪延期、ワクチン接種の推進、GoToトラベルなどの対策が次々と打ち出された時期でした。5年前は世の中の空気として、自民党が凋落することを想像するのは難しかった時代なのです。
その上で、
「未来予測の立場で考えると3つの要素が同時に起きれば、自民党が崩れ野党のポピュリズム政権が誕生するような状況が2020年代のどこかで起きる」
とはっきりと書かれています。
その3つの条件が現実になってきたのです。その予言の内容に入る前に、まずは私の予測の前提からお話しさせてください。
■サプライズは言い訳にならない
私が未来予測の技術を叩きこまれたのは最初に勤務したコンサルティングファーム時代でした。そこで学んだ一番大切な教えは「サプライズは言い訳にならない」ということです。
「どんな思いもよらない前提条件の変化が起きても、5年前にさかのぼってみると必ずその変化の兆しを発見できる」と教わりました。だから「誰にも予測できない変化が起きたのだ」という言い訳は通用しないというわけです。
その前提で、今から5年前の2020年段階で、政治の世界でこれから10年以内に起きるであろうサプライズの「兆しの芽」が芽生え始めたと『日本経済予言の書』の中で指摘しています。
象徴的な出来事は2019年10月の埼玉での参議院議員補欠選挙でした。当選したのは前埼玉県知事で数字の上では圧勝でした。なにしろ他に立候補したのはN党の立花孝志候補たったひとりだったからです。
ところがこの選挙では奇妙なことが起きました。立花候補が東秩父村を除くすべての自治体で10%を超える票を獲得したのです。
■「泡沫候補」と呼ばれていた人たちが議席を獲得
その選挙に先立つ2019年4月の統一地方選挙でもおかしな現象が起きていました。全国各地でそれまでの選挙では「泡沫候補」と呼ばれていた人たちが次々と議席を獲得したのです。マック赤坂氏の当選はその象徴的な出来事でした。過激派として公安にマークされている中核派からも議員が誕生します。
それ以前の選挙では考えられないような、有権者の投票行動が起き始めている。これが2020年の段階で私の目にとまった「変化の兆しの芽」でした。
このような場合、未来予測技術としては状況を俯瞰するのが定石です。具体的にはこのような現象が世界各地でも起きているのかどうかを検証します。
そうするとわかりやすい類似例がいくつも目に飛び込んできます。2020年から遡ること4年前の2016年にアメリカではトランプ大統領が誕生しました。2015年までは共和党の泡沫候補だと思われていた人が、わずか1年で世界の最高権力の座を射止めたのです。
それだけではありません。イギリスでは野党の一議員だったボリス・ジョンソンが旗振り役となってEU離脱が2016年の国民投票で決議されています。韓国では反日的なメッセージを繰り返すことで2017年に文在寅大統領が誕生しました。
この頃から大衆の不満を扇動するポピュリズムが世界各地で台頭し始めていたのです。
■ポピュリズム台頭のきっかけはリーマンショック
そうなったきっかけは2008年のリーマンショックだったと私は分析しました。資本主義の暴走でリーマンブラザーズが破綻(はたん)したのですが、アメリカでは金融システムの連鎖破綻を回避するために政府の資金投入が行われました。
その割を食ったのが同じアメリカの生活弱者です。かつてない大不況という形で、農業、工業といった伝統的な仕事に関わってきた人たちが生活に大打撃を受けることになりました。それまで勤務していた会社が倒産したり、工場が閉鎖されたりして職を失う人が全米に続出したのです。
リーマンショックによって明らかになったことは、1%の富裕層が99%の人々から富を奪っているということでした。しかしここでパラドックスが生まれます。資本主義は99%の国民に不満を強いるのですが、その不満を持つ99%の層が民主主義では多数派になるのです。
結果として国民の不満をあおる候補者が選挙では強くなる。これはまさにトランプ大統領台頭のメカニズムそのものであり、世界中で生まれ始めた「変化の芽」でした。
■政権交代が起きる「3つの条件」
そして2020年の『日本経済予言の書』の出版後も、状況は進行し、ヨーロッパ各国で極右勢力が台頭します。イタリアでは2022年に極右のメローニ首相が誕生しました。フランスでは同じく極右のマリーヌ・ルペン氏が一時、2027年の大統領選の有力候補に躍り出ました。ルペン氏はその後の裁判で有罪となり被選挙権を5年間停止されましたが、極右政党の台頭は政局を依然不安定にさせています。
ただ日本では2009年から2012年にかけての民主党政権で国民が懲りたことや、その後のアベノミクスで一時的に日本経済が持ち直したことから、世界各国ほどは野党は力を伸ばすことができませんでした。
ただ、そのアベノミクスも当初の5年間は株価を上昇させたのですが、肝心の経済成長にはつながらず日銀の負債だけを増やす状況に追い込まれています。日銀が望んだインフレが経済成長を伴わない形で起き、国民の実質賃金は低下しました。経済に対する国民の不満は徐々に高まっていきます。
そして予言の書には、
「国民の不満が高まる2020年代中盤から後半にかけて政権交代の機運が起きる可能性が出てきます」
とはっきり書かれています。
その政権交代が起きる3条件の話をしましょう。
■「消費税廃止」と「外国人問題」
3つの条件のひとつめは与党の政権が弱いうえに失点を重ねることです。「あれではダメだ」と民意がそっぽを向く状況が生まれることです。
ふたつめの条件は、野党の対抗馬としてカリスマが立つことです。予言した当時はこの条件に当てはまる国政政党の党首はれいわ新選組の山本太郎代表だけでした。5年たってみてここに「党首の人気が高い政党」という切り口では国民民主党の玉木代表、参政党の神谷代表らの名前が加わってきました。
つまり状況として条件がだんだんと出揃ってきたのです。しかし実際に政権交代が起きるためには、その状況に加わる3つめの条件が一番重要です。それは、与党自民党と公明党が賛成できないアジェンダが国政選挙の争点となることです。
最近の風潮を前提に考えるとそのような争点が2つあります。ひとつは消費税廃止。もうひとつが外国人問題です。
もしこの3つの条件が揃って本格的な政権交代が起きるとしたら、それは早ければ2028年までにやってくるかもしれません。
■日本に本格的なポピュリズム政権が誕生する可能性は…
与党としては状況打開のために衆院解散を狙うはずですが、参議院議員選挙の結果が前提の場合、このままだと年内解散では大幅な議席減になることが見えています。そこで状況が好転したタイミングでと考えるのですが、この先、トランプ関税による不況、生産者の引退に伴うコメ不足、気候変動による猛暑と電力不足、輸入物価の高騰、日銀の利上げなどの悪材料が今よりもさらに悪い形で噴出する可能性の方が高いのです。
そのように解散できないまま、もし、2027年以降を迎えたとしたら? それが日本に本格的なポピュリズム政権が誕生する条件がすべて揃う日です。
さて、大衆の民意に沿った主張をするポピュリズムのどこが悪いのでしょうか? 民主主義なのですから民衆が望むのであれば消費税はとっとと廃止して、税金も大金持ちから取るようにすればいいと思いませんか?
実は大きな問題があります。その問題は現在進行形で起きている問題でもあります。それが、ポピュリズム有利な環境下では「政治がマーケティング志向になる」という変化です。
今、その傾向はすでに「新たな芽」として現実化しています。そのことは参議院議員選挙で各党が主張している公約を比較してみるとよくわかります。政治がマーケティング志向になると、結果として各党の主張に大きな差がなくなるのです。
■与党も野党も「バラマキ」を主張
具体例を見てみましょう。参院選は当初「国民の生活が苦しいこと」が最大の論点としてスタートしました。これは各党のマーケティングのアンテナが捉えた消費者ニーズです。それに対して一見、与党と野党は違う政策を掲げているように見えます。与党が給付金で、野党の大勢が減税ですから外見的には「異なる主張」に見えるのです。
しかし実際はどちらの政策をとってもそれはバラマキです。どちらも重点をおかずに全体に還元させる政策だからです。野党が食料品の消費税率をゼロにすると言ったので、マーケティング上の対抗手段として総理が急に給付金を言い出した。選挙戦が苦戦だと判明すると今度は「給付金は一回に限らず」とさらなるバラマキを表明します。
さらに選挙中盤では「外国人問題」が急浮上します。SNSのXで話題となっている政治のキーワードの7月3日から13日までの集計で、「消費税」の186万件を大きく離して「外国人問題」が448万件と大きな関心となっていることがANNの調査で数字から明らかになりました。するとそれまで一部の党だけが掲げていた外国人問題について、各党の党首が一斉に言及を始めます。
野党が外免切替や外国人の土地購入、不法労働などの問題について演説を始めた結果、ついには与党の党首が「ルールを守らない方にはしっかりそのルールを守らせる厳格な運用」など外国人にルールを守らせることを選挙演説で約束するようになります。
■マーケティング志向の選挙戦が招く景気の悪化
このように顧客志向だけで政策を変えるマーケティング志向の選挙戦では、各党の主張がくるくると変わります。まるで全政党が風見鶏になってしまったかのような選挙戦です。政治家としての矜持も政党としての矜持もそこには存在しません。
国民の生活が苦しいことが問題だとすれば、本当は「どこで経済を成長させるのか?」「どうやって成長産業に労働力を振り向けるのか?」といった重点政策や、「コメ問題や電力不足の問題など、待ったなしの問題にどう取り組むのか?」への対策が必要です。
ばらまく財源は3兆から(給付金が一回だけではない場合は)6兆円にのぼります。それだけの財源があれば他にできる政策はあるのですが、その政策では票がとれない。票が欲しければマーケティング志向で選挙を戦わなければならないという現実に政治家たちは直面しています。
結果として選挙が終わると、日本の景気はさらに悪くなります。なぜなら政策に振り向けられたはずの財源をバラマキに向けてしまったからです。まあ選挙戦での「一回に限らず」は「公約ではない」と反故にすることはできるかもしれませんが、それでも3兆円分の税収はバラマキに消えます。
さて、
「2025年7月に本当の大災害がやってくる」
というお騒がせな予言がありました。当たらなかったけれども、この7月の参議院議員選挙の結果は将来の災いの芽になりそうです。
■「次の選挙の最大争点」は何になるか…
もう一度、日本で政権交代が起きる3条件を眺めてみましょう。1番目の「与党が議席を減らして弱体化するうえに、政権が失態を重ねる」という状況はすでに起きています。2番目の「野党のカリスマが台頭する」という点については、今回の選挙で議席を伸ばした各党の党首や代表の存在感が上がれば、条件達成に近づきます。
問題は3番目の「次の選挙の最大論点に与党が賛成できない場合」です。たとえばまともな政治家であれば、財務省解体や外国人ヘイトまでは主張できない。だから仮に、アメリカの大統領選挙のような移民排斥がこの次の国政選挙の争点になった場合は、伝統ある政党はマーケティング競争に負けてしまうかもしれないのです。
ちなみにその後はというと、かなり怖いことが起きます。『日本経済予言の書』ではそのことについても触れているのですが、本当に日本がそこまで行くかどうか、確率的には半々というところではないでしょうか。まずは参議院議員選挙後の今年から来年にかけての政治動向に注目していきたいと思います。
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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経済評論家
経済評論家。未来予測を得意とする。経済クイズ本『戦略思考トレーニング』の著者としても有名。元地下クイズ王としての幅広い経済知識から、広く深い洞察力で企業や経済を分析する独自のスタイルが特徴。テレビ出演などメディア経験も多数。
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(経済評論家 鈴木 貴博)