■主力のフードコート店舗がアキレス腱に
「業績悪化の最も大きな原因は、ショッピングセンター内のフードコート店舗(以下、SC店舗)に頼りすぎていたことだ」と佐々野氏は自ら分析する。
「SC店舗は自社での出店に比べ少ない投資で済み、さらに売り上げは全体の席数の大体2~3割ぐらいと、予測がしやすい。商業施設からの引き合いも多かった。コロナ禍前、SC店舗が全体の5割まで増えてきていた」
2018年にはSC店を中心に49店舗を新規出店。これにより2020年2月期の売上高は472億と過去最高になっていた。
しかしそこへコロナ禍が直撃。施設の閉鎖や外食離れにより、リンガーハットにとって採算性が高かったSC店舗は一転、アキレス腱となってしまったのだ。コロナ禍終息後もロードサイド店やビル内店舗に比べ客足の戻りが遅く、業績低下の要因となった。
■「週刊誌2冊分」を守りたかったが…
物価高も同社の苦境を長引かせた一因だ。
とくに原材料の中で大きな比重を占め、月間700トンを使用するキャベツの高騰が打撃となった。
学生などに、栄養があるものを安く提供するのが創業時からの方針。佐々野氏が入社した42年前のマニュアルには「ちゃんぽんの値段は週刊誌2冊分」と書いてあったという。
しかし、コロナ禍と原材料費の高騰のダブルパンチに勝てず、やむなく値上げに踏み切った。例えば2022年に680円だった主力商品の長崎ちゃんぽんが、以降の価格改定により現在は840円(東京23区の場合。地域によって価格は異なる)となっている。しかしこれが客離れの原因ともなった。
確かに、一頃は「チェーンなのに個人店と同じぐらいの値段なら、個人店へ行く」という声もよく聞いた。
また、これがSC店出店戦略と結びついて、さらに悪い結果を招いた可能性も高い。フードコートといえば、一般的に安い、お得というイメージがあるのに、800円以上だと「価値に見合わない」と考える客は少なくないだろう。
■直近の値上げは客数に影響なし
ただ、冒頭にあるように、値上げは結果的に功を奏して業績の回復に結びついた。客離れがストップしたことが大きい。
「例えば2024年3月の値上げで、4~5月は客数が一旦減った。しかし2025年3月の値上げは客数に影響しなかった。価格が受け入れられたと見ている」
短期間に200円近くの値上げはインパクトが大きかったものの、競合を含めて全体的にものの値段が上がっていく中で、リンガーハットの価値を再認識した客も多かったのだろう。
そのもっとも大きなものが国産野菜へのこだわりだ。
全面的に国産野菜への切り替えを行ったのがちょうど中国製餃子の中毒事件と重なる2009年。しかし佐々野氏によれば、国産野菜を使う理由は「食の安全・安心」だけではないという。
■キャベツは80産地から仕入れている
むしろ最もこだわっているのが、新鮮さと美味しさだ。例えばキャベツは北海道から鹿児島まで80産地から仕入れている。産地が広い範囲にわたっているのは、一つには季節により収穫の時期がずれるためだ。また、静岡、京都、佐賀の3工場になるべく近い産地から仕入れることで、新鮮さを確保しながら輸送コストも抑えられる。ただ、温暖化の影響で、最近は夏の仕入れは北海道と群馬に頼っている状況だそうだ。
「現地に足を運び、現物を手に取り、現実を確認する」を方針としており、定植時と収穫時に必ず社員が産地へ出向き、キャベツの状態を確認、生産者とコミュニケーションを図っている。
2017年からはさらに進んで、JGAP認証(持続可能な農業の取り組みに向けた基準)の取得に生産者とともに取り組んでいる。キャベツ産地のうち50%が取得済みだそうだ。
もやしも工場で自社生産。新鮮さにこだわっている。一方で客が納得する価格設定も重要だ。同社では食材の約8割を自社工場で加工することで、コストを抑えながら品質確保を図っている。このような工夫により、例えば長崎ちゃんぽんには1杯あたり255gと、野菜をたっぷり使いながらも800円台という価格を実現している。
■コロナ禍で花開いた「冷凍食品事業」
苦境からの脱却策として同社が行ったのは値上げだけではない。
まず、拡大してきたのが外販事業だ。元々は17~18年ほど前から行っていた冷凍食品事業を、コロナ禍に本格化した。
「引き合いがあったが生産力に余裕がなく断っていた。
家庭でお店のような味が楽しめる長崎ちゃんぽんセットなどは自社サイト、ネット通販サイトともに好評。またリンガーハット監修商品の引き合いも増えて、売り上げは2倍以上になった。外販事業の売上高を見ると、2021年が17億2700万円、2025年は29億500万円で前年同期比116%と、店に客が戻った現在に至っても成長。中食需要の広がりに加え、ギフト用など新たな需要も生まれた。
■800円以上の高価格帯商品は2本に絞る
第3の策として挙げられるのが、メニュー戦略だ。以前から期間限定として、800円以上の高価格帯商品を投入してきたが、メニュー数が多くなることで店舗オペレーションが複雑になったという反省があった。
そこで、現在は春夏秋冬の季節商品と、地域限定で投入する戦略商品の2本に絞っている。
「いろいろな価格帯を試し、値頃感がどこにあるかを調べた。結果、値頃感とは価格の高い低いではない。それぞれの価格帯でしっかりと付加価値を感じてもらうことがポイントだ」
例えばこれまでに人気だった商品が「牛もつちゃんぽん」(1280円)や、毎年販売している秋冬季節商品の「かきちゃんぽん」(990円)だという。
以上見てきたように、同社では「国産野菜へのこだわり」という軸はしっかり持ちながらも、冷凍食品事業やメニュー戦略等、スピーディに対応してきたことが、結果として、業績の回復に結びついたようだ。
ただ、手放しに喜ぶわけにはいかない。
というのも、3期連続の前期超えとは言っても、コロナ禍前の472億円の水準にはまだ回復できていないためだ。
例えば同じ麺のチェーンで日高屋は、2020年の売り上げが422億900万円、リンガーハットと同様2年間は下降したものの、2024年にはもう487億7200万円と、コロナ前を超えている。
■今後の新店舗出店戦略は?
リンガーハットがさらに成長していくためには何が必要なのだろうか。
まず、店舗出店について、今後の新店舗は関東、中部、関西がメインになっていくとする。
店舗構成については現在、SC店50%・ビル内店舗15%・ロードサイド店舗35%の割合。冒頭の佐々野氏のコメントからはSC店に頼った出店方針から転換していくと思われる。2024年は国内出店10店舗のうちSC店の出店が5、ロードサイド店が2となっている。席数や駐車場台数が多いロードサイドの立地確保に向け、引き続き注力していくようだ。
ちなみにリンガーハットは550店舗のうちフランチャイズは130店舗と、直営のほうが多い。本部が足を延ばせない地方をFCで、という棲み分けのようで、「FCは3割まで」という方針なのだそうだ。本部でしっかりと運営をコントロールできるようにという意図がある。
また重視しているのが人材教育だ。もともと社員全員が経営者意識をもち、店単位で採算を追求する「アメーバ経営」と企業理念を共有するフィロソフィセミナーを全社員対象に実施。「損得より善悪」「報恩感謝」といった40ほどある企業哲学を再確認しながら、日々実践を目指しているという。
3年前からはそれに加え、全社員のつながりを強化する「ダイバーシティみらい座談会」というボトムアップの取り組みを始めた。週に1回、部署や役職の垣根を越えたオンラインミーティングで、より働きやすくするための意見を出し合う。社長をメインに取締役も参加することで、スピーディな対応が可能となり、2024年は10以上の新しい制度が生まれたそうだ。
■大卒のみならず高卒人材の採用にも力を入れる
例えば、パートナー制度や髪色・服装制限の緩和、外国人社員の年1回の帰国旅費負担制度、育児休暇ならぬ「育孫休暇」などなど、ユニークなものもある。
外国人社員の帰国旅費負担については、単身赴任社員には月1回の帰省手当があるため、外国人に対しても何かできないかというアイディアから生まれたそう。
正社員への外国人の雇用は近年増えており、2023年以降の外国人入社率は総入社数の3割近くを占めるまでになった。インドネシア、ミャンマー、ベトナムが多い。これまでの退職者数はゼロ。つまり離職への対策というよりは、D&Iやウェルネスに向けた取り組みとして、社員から上がってきた意見をまとめた結果、このような制度ができてきたということのようだ。
採用状況は厳しくなってきており、近年では大学卒の応募が減少。高卒人材や外国人人材への期待が高まっている。高卒の雇用では学校との関係性が重要だそう。大卒のみならず高卒人材の採用に力を入れたいというリンガーハットの考えと、生徒の就職希望を叶えたい高校とのニーズが合致。高校との関係性の強化を図っていくそうだ。
今後、リンガーハットが期待をかけているのが海外、とくにASEAN諸国。現時点でハワイ、タイ、カンボジアにそれぞれ1店舗出店している。早いうちに3桁を目指したいという。
同社では急速な成長を目指すというよりは、長い目で見た確実な成長に向けて、足元を固めている印象がある。現場主義に基づく国産野菜へのこだわりがあったからこそ、打撃からも回復することができた。また今後の成長にあたっても軸となっていくだろう。同社のDNAとも言えるこの方針を、海外を含む今後の展開にあたってもしっかりと守り続けてほしい。
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圓岡 志麻(まるおか・しま)
フリーライター
東京都立大学人文学部史学科卒業後、トラック・物流の専門誌の業界出版社勤務を経てフリーに。健康・ビジネス関連を両輪に幅広く執筆する中でも、飲食に関わる業界動向・企業戦略の分野で経験を蓄積。保護猫2匹と暮らすことから、保護猫活動にも関心を抱いている。
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(フリーライター 圓岡 志麻)