■宮内庁が小室眞子氏の出産を発表
宮内庁は困惑しているように見える。
何に対してか。
それは、眞子(まこ)元内親王の出産に対してである。
秋篠宮家を支える「皇嗣(こうし)職」のトップである宮内庁の吉田尚正(なおまさ)皇嗣職大夫が、定例の記者会見で、それを発表したのは5月30日のことだった。
ただし、それよりも前の時点で、アメリカ郊外でベビーカーを押しながら歩いている小室圭・眞子夫妻の写真が週刊誌で報じられており、出産はそれよりもかなり前のことと考えられる。今のところ、出産した日についても、性別についても一切伝えられていない。
男女が結婚すれば、子どもが生まれることはある。もちろん、生まれない場合もあるが、出産は自然なことである。しかし、宮内庁は、そうしたことが起こるとは想定していなかったのではないだろうか。だからこそ、困惑しているように見えるのだ。
戦後、結婚して皇室を離れた女性皇族は、全部で8人いる。内親王は、昭和天皇の四女であった厚子内親王からはじまって総計6人である。
こうした皇族女性が結婚する場合、皇室会議の決定を受け、一般の結納にあたる「納采(のうさい)の儀」を行った上、結婚式の日取りを男性の側が告げる「告期(こっき)の儀」、皇室を離れる女性が宮中三殿で拝礼を行う「賢所(かしこどころ)皇霊殿神殿に謁(えっ)するの儀」を経て、「結婚の儀」へと進んでいく。
■一連の儀式を行わずに結婚した元内親王
結婚の儀の後には、天皇皇后に拝謁する「朝見(ちょうけん)の儀」、一般の披露宴にあたる「宮中饗宴(きょうえん)の儀」などが待ち受けている。こうした儀式を行った上で、地方自治体の役所に婚姻届を提出する運びとなる。
皇族の場合、一般の戸籍はなく、その身分は皇統譜に記されている。皇籍を離脱すると戸籍が作られ、役所への婚姻届提出も制度上処理される。
多くの場合、こうして皇籍を離れた女性皇族には、皇室経済会議の承認を経て「一時金」が支給されてきた。その金額は、天皇の妹である黒田清子(さやこ)さんの場合は1億5250万円と報じられた。これは皇室経済法と皇室経済施行法に基づく審議により決定されるもので、定額ではない。ちなみに女王の場合は、過去の事例から約70%となることが多い。
眞子元内親王の場合、こうした一連の儀式をまったく行わずに結婚に至っている。
そこには、メディアで報道された一連の出来事がかかわっている。いったんは婚約が発表されたものの、小室圭氏の母親とその元婚約者との間に金銭問題が生じていると報道されたことで、結婚にまつわる儀式は延期された。しかし、本人たちの意思は堅く、父親である秋篠宮が結婚を認めたことで、二人は結婚にこぎつけ、アメリカで生活するようになったのである。小室氏は、弁護士として順調にキャリアを重ねている。
■皇室を離れた女性たちの生き方
皇室を離れた女性たちは、それによって一般国民になるわけで、それ以降、直接皇室とかかわることはない。
しかし、これは拙著『日本人にとって皇室とは何か』でもふれたように、元内親王の場合には、皇祖神を祀る伊勢神宮の祭主となる伝統が生み出されている。また、伊勢神宮を「本宗」とする神社本庁の総裁にも就任することが慣習となっている。現在の伊勢神宮の祭主は、黒田清子氏であり、神社本庁の総裁は池田厚子氏である。
拙著でも指摘したが、現在、結婚して皇室を離れた元内親王は池田、黒田氏の他は、池田氏の妹である島津貴子(たかこ)氏と小室眞子氏しかいない。島津氏はすでに86歳であり、祭主や総裁に就任することは考えられない。
小室眞子氏が一時金を受け取らなかったことは、皇室を離れて以降、皇室との関係を一切持たないという意思表示であるようにも見える。アメリカで生活するようになったことも、それと深く関係することだろう。
■上皇夫妻にとっての初曾孫
しかし、出産によって、その立場に微妙な変化が起こっているのではないだろうか。
生まれた子は、小室夫妻にとって初めての子であるとともに、秋篠宮夫妻にとっては初めての孫である。さらには、上皇夫妻にとっても初めての曾孫なのである。
そのことがやがて意味を持ってくる可能性は十分に考えられる。宮内庁が困惑しているように見えるのも、それが関係する。
重要なのは、皇位の安定的な継承や皇族の確保ということが、これまで以上に危機に瀕していることである。だからこそ、国会において審議が進められたわけだが、結局、先送りになっている。
次の臨時国会で審議が継続されることになってはいるが、事態を複雑化させる事態が起ころうとしている。それは今回の参院選で、保守的な傾向の強い参政党の大きな躍進が見込まれるからである。
参政党は、その憲法草案において、「皇位は、三種の神器をもって、男系男子の皇嗣が継承する」とし、「日本は、天皇のしらす君民一体の国家である」と掲げた上に、「教育勅語など歴代の詔勅(中略)は、教育において尊重しなければならない」としている。こうした政党が審議に加われば、今以上に改革案がまとまる見込みは遠のくであろう。
■皇室典範の改正が審議されない現状
参政党の代表である神谷宗幣(そうへい)氏は、皇位継承については皇室に一任するという考えを表明し、旧宮家の復帰や養子で継承者を早急に増やすべきだとしている。
ただし個人的見解では、秋篠宮と悠仁親王が何らかの事情で天皇に即位できないときは、愛子内親王に天皇に即位する余地を残しておくべきだともしている。少なくとも女性天皇は否定していないのだ(『維新と興亜』令和5年3月号)。
こうした主張は、これまで国会の審議されてきた議論と相当に隔たりのあるもので、これからの議論をまとめることがさらに難しくなることが予想される。
となると、次の臨時国会でも改正案はまとまらず、さらに先送りされ、結局は、皇位の安定的な継承と皇族数の確保を図るための皇室典範の改正は実現されなくなるかもしれない。何も対策は施されない。その可能性がますます高まっている。
■「20年後の皇室」はどうなるのか
何も変わらなければどうなるのか。
天皇も皇族も、誰もが年を重ねていく。内親王や女王の場合には、結婚すれば皇室を離れ一般国民となる。
女性宮家が創設されてその配偶者や子どもを皇族とするなら、あるいは、旧皇族を皇族の養子とするか、参政党の主張するように直接皇族に復帰させるなら、皇族の数が増え、皇位継承する資格を持つ男性も増えるだろうが、どちらの方向にも向かわなければ、そうした手段によって皇族や皇位継承資格者を増やすことはできない。
最終的には、悠仁親王が天皇に即位し、その前、あるいはその後に結婚し、子どもをもうけない限り、皇族は増えない。それが男子でなければ、皇位継承の資格を持つ皇族は新たに誕生しない。
では、悠仁親王が天皇に即位するのはいつになるのだろうか。仮に、現在の天皇が上皇と同様に85歳で退位するとしたら、今65歳なので、20年後になる。その時点で、秋篠宮は79歳であり、即位を辞退したら、悠仁親王が38歳で天皇に即位することになる。
若き天皇の誕生ということになり、国民はそれを歓迎するかもしれないが、そのとき上皇は111歳、上皇后は110歳、常陸宮は109歳、常陸宮妃は104歳、雅子皇后は81歳、紀子妃は78歳、愛子内親王は43歳、佳子内親王は50歳、三笠宮家の信子妃は90歳、彬子女王は63歳、瑶子女王は61歳、高円宮家の久子妃は91歳、承子女王は59歳となる。
■皇位継承資格者が新たに生まれないとき
その一方で、小室夫妻の子どもは20歳になっている。秋篠宮家と小室夫妻が、今どのような関係にあるかはわからないが、子どもの誕生がその関係を大きく変えることは珍しくない。
20歳であれば、大学に進学している可能性が高い。両親がアメリカにとどまっているなら、アメリカの大学に通っているであろう。
しかも、皇族が年を重ねていくことで、話題が少なくなれば、小室夫妻の子どもに対する世間の関心は自ずと高まっていく。悠仁親王が結婚し、新たな「ご成婚」として大きな注目を集めない限り、そうした事態が生まれるはずである。
「ご成婚」が実現し、新たに皇位継承資格者が生まれなければ、小室夫妻の子どもは、もっともそれに近い人物として浮上してくることになるであろう。すでに、八幡和郎氏などは、〈小室眞子さんの第一子 「将来『養子』の可能性も」と専門家 指摘する「天皇家」への近さと重み〉(AERA DIGITAL、2025年6月3日)という記事で、小室夫妻の子どもが養子になる可能性を示唆している。
宮内庁が、そのことを真剣に考えているというわけではないだろうが、そうした事態が将来に生じる可能性をどこかで予感しているのではないだろうか。小室夫妻には、今後も新たに子どもが生まれることもあり得る。
今は、アメリカのどこかにあるベビーベッドでまどろんでいる子どもが、日本社会にとって極めて重要な人物に育っていく可能性を、私たちは考えなければならないのかもしれないのだ。
----------
島田 裕巳(しまだ・ひろみ)
宗教学者、作家
放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、同客員研究員を歴任。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)、『教養としての世界宗教史』(宝島社)、『宗教別おもてなしマニュアル』(中公新書ラクレ)、『新宗教 戦後政争史』(朝日新書)など著書多数。
----------
(宗教学者、作家 島田 裕巳)