ロシア経済の息切れを伝える報道が相次いでいる。ウクライナとの戦争が始まって3年以上が経過しており、軍需の堅調だけでは民需の不調を支えきれなくなってきたようだ。
借入増のけん引役は住宅ローンだった。2020年に生じたコロナショックを受けて、ロシア政府は経済対策の一環として、住宅の購入を促進するための優遇策を導入した。さらに2022年2月からウクライナと交戦状態となると、ロシア政府は優遇策を一段と強化した。この強化の狙いは、戦争に不満を持つ国民を懐柔することにあったようだ。
後述のように、この間にロシア中銀が利上げに努めた一方、政府が優遇策を強化したため、家計は住宅ローンを組み続けた。しかし住宅価格が高騰したため、政府は2024年7月1日をもって主な優遇策を廃止した。その結果、政策的に低く抑え込まれていた住宅ローン金利は急上昇し、新たに住宅ローンを組む国民は減少することになった。
■急上昇するローンの延滞率
優遇策に基づく住宅ローンの場合、金利は長期にわたって固定されるため、返済のめどが立てやすい。一方で、ロシア国民の多くが消費者ローンも借りている。この消費者ローンは、満期が短いこともあり、金利の変動の影響を受けやすい。
具体的にロシア中銀によると、消費者ローンの延滞率(90日以上)は2024年6月時点の7.7%をボトムに上昇に転じ、直近2025年3月時点では10.5%まで上昇した(図表2)。これは2018年4月以来の高水準だが、注目すべきはその上昇ピッチであり、ウクライナとの戦争が始まり景気に下振れ圧力がかかった2022年前半よりも速い。
ロシア中銀は通貨安と物価高に対応するため、2023年6月時点で7.5%だった政策金利を、2024年11月までに21%へと引き上げた。その後2025年6月には20%に引き下げられたが、この間の高金利で消費者ローンを借りた国民の返済負担は急増し、それが延滞率の急上昇につながったのだろう。急ピッチで利上げしたのだから、当然だ。
■多重債務者と「死の経済」
銀行での借入を断られたロシア国民は、いわゆる「消費者金融」に赴いているようだ。当然ながら、消費者金融で借り入れたほうが銀行で借り入れるよりも金利は高い。消費者金融で借り入れをしている国民の中には、いわゆる多重債務者も増えていると推察される。こうした多重債務者の多くは、いわゆる低所得者層ということになるだろう。
そのような多重債務者の増加を前提としたような法律が、2024年12月にロシアで施行されている。具体的には、ウクライナとの戦争に従軍した場合、1000万ルーブル(約2000万円)までを上限に借入の返済を免除するというものだ。
もともと、ロシアの志願兵には地方の貧困層の出身者が多い。彼らの平時の所得に比べると、軍から支給される給料は著しく多い。死亡時には、残された家族が暮らしていけるだけの多額の保証金が支払われる。そうして志願兵をリクルートしてきたロシア政府だが、戦争の長期化で、徴兵のすそ野を地方から都市に拡げようとしているようだ。
もちろん対象者は限定されるから、このルートを通じた徴兵には限界がある。しかしながら、多重債務者の急増は政府の不適切な経済運営の結果でもある。そのツケを「兵力の提供」というかたちで国民サイドに負担させようというロシア政府の姿勢は、ご都合主義的なパッチワークに過ぎず、問題の根本的な解決にはつながらないものだ。
■企業向けにも増えている不良債権
これまでは家計の不良債権問題について述べてきたが、実は企業向けにも不良債権は増えている。企業向けローンの延滞率(90日以上)は、中小企業向けと大企業向け何れもが2023年末をボトムに上昇しており、直近2025年3月末で、それぞれ8.8%と6.5%まで上昇した(図表3)。特に大企業向けのローン延滞率は侵攻前より高い。
ロシアの公式統計によると、2024年のインフレ率は消費者物価ベースで8.4%であり、GDP価格ベースで9.7%だった。
なおロシア中銀の『金融安定性報告書』を読むと、大企業向けには鉱業や建設・インフラが不調という。これらはいわゆる国策企業に相当するため、政府による救済が見込まれる企業と言えよう。問題は中小・零細企業となる。とりわけ零細企業など、この間の好景気を謳歌できなかったどころか、むしろ経営難に陥ったケースも多いはずだ。
なぜなら、軍需関連の大企業の関連企業や孫請け企業などならばともかく、軍需関連に属さない零細企業の中には、この間のコスト高で、経営が苦しくなった企業が多く存在すると推察されるためである。そうした企業を中心に財務体質が悪化し、借り入れの返済が延滞し、最悪の場合、廃業に追い込まれるケースも増えていったことだろう。
■政権は問題の先送りで対処か
不良債権とは定義の問題でもあるから、定義を変えれば不良債権とは見做されない。ロシアが先進国と足並みを合わせていた時は、不良債権の定義も国際通貨基金(IMF)が定める先進国的な基準に歩調を合わせる必要があっただろうが、欧米日と対立している現在ではそれに合わせて処理をする必要もない。要するに、問題は先送り可能だ。
とはいえ、処理を先送りすればするだけ、不良債権は累積し、将来的な処理コストは増大する。増大した不良債権を政策的に処理する場合、多額の費用が生じるが、そのコストを最終的に負担するのは納税者、すなわちロシア国民となる。
いずれにせよ、ロシアの不良債権問題は、軍需にけん引されて高成長が続いたロシア経済の息切れを強く示唆するものだと言えそうだ。ウクライナとの戦争が今後も続き、膨張した軍需を抱えたままで、ロシアの政府と中銀はどのような政策的対応を打つのか。あるいは、とりあえず問題を先送りするのか。対応が注視されるところである。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)