日本のアニメは海外でどのように見られているのか。エンタメ社会学者の中山淳雄さんは「第2期、第3期など続いている作品あれば、日本も海外も定番化し人気に大差はない。
これからは、日本の特定の世代だけにヒットした作品をどう展開するかが大事になる」という――。
■「おっさん向けアニメ大爆発」だった2025年春アニメ
世界中にいるアニメファン約2000万人が集う「My Anime List」は、アニメ好きのためのWikipediaのような存在だ。
3カ月ごとに60~70本放送される新作アニメのページが新設され、Members(アニメをリストインしている人、以下メンバー)、Score(アニメ評価、以下スコア)、Popularity(メンバー数の歴代ランキング)、Ranked(スコアの歴代ランキング)の4つがトップに表示される。当然海外のアニメファンのためのサイトであり、すべて英語。
ここはエンタメを研究する私のような立場の人間にとって宝の山だ。6~7割が10~20代の若者世代、5~6割が欧米ユーザー、あとはアジア・南米などで日本人はほんの1%未満、という純粋な「日本人以外のアニメファン」サイトだ。
ネットフリックスや海外における最大級のアニメ配信サイト・クランチロールによって世界中に配信されたアニメをどう受け止めているかのリアリティが、ここにある。
2025年春(4月~6月放送)アニメは、海外人気だけでいえば「当初下馬評そのままの結果だったクール」といえる。事前登録メンバー数からリリース前と3カ月後で2倍以上に増えた“番狂わせの作品”が全73本のなかに1本もなかった。これは過去4~5年さかのぼっても一度もなかった。
放映・配信中での増加数は『炎炎ノ消防隊 参ノ章』24万→45万、『LAZARUS ラザロ』20万→36万、『WIND BREAKER』17万→29万とトップ3はさすがの出来で、3期目の「炎炎」も2期の「ウィンブレ」も過去人気を持ち越しての盤石さを保った。どちらも講談社のマガジン作品だ。

■海外ファンの「ジークアクス」の評価
今クールのアニメの特徴は、「番狂わせがなかった」の他に「新作が非常に多かった」点があげられる。
通常のクールではトップ20のうち半分以上は、2期以降のシリーズものに偏りがちだが、今回はたった3割。14本はすべて新作だった、という意味では日本アニメ市場の豊潤さが表れた結果でもある。
ラザロに続き、週刊少年ジャンプ連載マンガ原作の『ウィッチウォッチ』、そこに、小説投稿サイト「小説家になろう」発の『片田舎のおっさん、剣聖になる』(おっさん剣聖)、『一瞬で治療していたのに役立たずと追放された天才治癒師、闇ヒーラーとして楽しく生きる』、『鬼人幻燈抄』と新作が続々とリリースされた。
そんな中で今回、個人的に注目したトレンドは「おっさん向けアニメ大爆発」である。
「エヴァンゲリオン」シリーズで知られるスタジオカラーが制作にかかわった『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』(ジークアクス)はガンダム史のアーカイブにアクセスし、それを組み替えて遊ぶような作品だった。
MALでの評価は、あまりにコンテクストすぎて海外ファンでは23位の9万メンバー、スコア7.1と決して高くなかった。
■海外のファンにはまだ早かった
「ジークアクス」の主人公マチュとニャアンのキャラクターそれぞれの掘り込みが成功していたとはいいづらい、というのが海外ユーザーの反応で目立ったところだった。
日本では劇場版での話題作りに大成功し25年1~3月で興収33億円、200万人超を動員。このヒットは日本人ならではといえる。
「ガンダムの映画を見に行ったらガンダムの映画が始まった」という感想がバズったように、界隈ファンのノスタルジーをくすぐる展開、さらに「絶対にネタバレ禁止」と誰もが感想はあれど批評を残さない拡散スタイルで、オタク心をくすぐった。そうした異例ともいえる新しい口コミの広がり方を作り出した。

ガンダムという「おじさん軍記物」はすでに幾重にも語りなおされた現代版平家物語だが、まだ海外ファンにその素地が根付くまでには1~2世代続けなくてはならないだろう。
次なるおっさんアニメでいうと想定以上に人気が跳ねた「おっさん剣聖」だ。
数字を見ると、23万メンバー数(全体7位)にスコア7.04だった。登録者は伸びたがスコアの評価が低かったのは「原作の緻密な戦闘シーンが省かれている(うまく表現されていない)」というアニメ側の理由だ。生徒との練習試合ばかりのストーリーでは限界があったかもしれない。
■日本のオジサンだけにぶっ刺さった
「おっさん剣聖」は異世界モノではあるものの、転生モノではない。めちゃくちゃ人徳があり、最強の腕をもった片田舎の剣士が中年になってから、自分を慕う教え子たち(全部女子)が王国最強の剣士・魔術師になって恩返しに自分を引き上げてくれる、というお話だ。
違和感の正体は、腕がありながら自らの技量を自己認識しておらず異様なほど謙虚な主人公にある。男ヒエラルキーでは低評価なのに異様に女性部下たちからは高評価なのだ。これは……。「中年サラリーマンの危機」に対する賛歌なのではないか?
現代風に置き換えるなら、めちゃくちゃ仕事ができるのに出世しなかった40代半ば平社員が、自分が育てた女子社員がみな親会社で役員になってから、突如として自分を招聘して本社社長に呼び戻そうとする&実は自分のことが大好きだった、みたいな話だ。
もはや「なろう系」も「異世界系」もメインの視聴者は40~60代男性で、歴史あるジャンルになりつつある。
そういう意味で、「おっさん剣聖」はラノベ&2ちゃんねるに親しんだ就職氷河期世代にぶっ刺さったアニメ、だったのではないだろうか。
前クールだが『Aランクパーティを離脱した俺は、元教え子たちと迷宮深部を目指す』(エパリダ)も同様にハーレム型に「師と教え子」だった。このパターンが増えているのは明らかに視聴者層の高齢化を示すものだろう。
ただ、「エパリダ」も海外ファンのスコアは高くない。日本ならではの世代間格差が、海外アニメファンの評価にもありありと表れる時代になったということだろう。個人的には筆者も全く他人事ではない。
■海外と日本のアニメファンの嗜好の違い
「おっさん剣聖』はコミックでも優れた数字を出している。シリーズ累計部数は2025年4月時点で800万部。この2年で急激に火がついた上でのアニメ化。
2020年11月にノベル連載開始、2021年8月からヤングチャンピオンで漫画連載、外伝もスクウェア・エニックスから出版され、カラー版でLINEマンガ、ピッコマでも展開した上での満を持しての2025年4月アニメ、といったように「(異世界・Webtoon系に多い)令和型メディアミックス」の戦術を丁寧になぞっている。
ここで、国内と海外でのアニメ人気を比較してみたい。
日本での人気ランキングを独自に調査してみた(新作のみ)。
すると、面白い傾向が見えた。今回、日本の視聴データベースで一番人気の新作は「おっさん剣聖』でM2(男35~49歳)、M3(男50~)で2冠である。
女性向けでは『謎解きはディナーのあとで』と『完璧すぎて可愛げがないと婚約破棄された聖女は隣国に売られる』が人気だった。
シリーズ作品の人気は、『薬屋のひとりごと 第2期第2クール』「ジークアクス」「エパリダ」「ウィンブレ」「炎炎」と続く。
第2期、第3期などシーズンを重ねている作品であれば日本も海外も定番化し人気に大差はない。むしろ定番化したものは海外人気こそが救いにもなるともいえる。
■私がおすすめしたいロボットアニメ
例えば『僕のヒーローアカデミア』(ヒロアカ)の派生作品『ヴィジランテ -僕のヒーローアカデミア ILLEGALS-』などは国内ではそれほどだったが、海外ではメンバーもスコアも高い。
一方で、世界観やテーマなどを捨ておいて、単純なアクションスピードや爽快感といったアニメのテンポに対する評価は日本より海外ユーザーのほうが辛い。
その代表例が『最強の王様、二度目の人生は何をする?』だ。原作は北米のラノベサイトTapasでのヒット作『The Beginning After the End』で、そのアニメ化として期待値は高かった。放送前のメンバー数は5位だったが、予算の問題だったのかアニメ自体への批評が鋭く、スコアは6.64→5.74と急落。
耳目は集まっても最終的にはアニメ自体のクオリティで最終的には決まる。

その意味では今回メンバー数31位でしかなかった『アポカリプスホテル』をぜひ取り上げたい。
CyberAgent Picturesによるアニメオリジナル作品だ。メンバー数こそ7万人どまりだが、スコアは7.98で、今クールでは『小市民シリーズ』第2期につぐ海外ファンの高評価作品である。しかも「薦めない」ユーザーがゼロという秀作だった。
ウィルスによる大気汚染で存亡の危機にたたされ宇宙に脱出した人類。無人となった銀座のホテル「銀河楼(ぎんがろう)」では、従業員ロボットが、ベットをクリーニングしたり、シャンプーハットを整えたり、フロントドアを開け閉めしたり……。ただ毎日人類の帰りをまって日々の業務をこなすロボットたちの話だ。
■人類を人類たらしめているものは何か
海外アニメファンの「アポカリプスホテル」の評価は高い。
MALでは「何度も涙を流し、大笑いし、席で『オー・ノー!』と叫びました」「アートスタイルは完璧」「背景は私がこれまで見てきたアニメの中でも最高峰」「人類の壮大な内省の機会を提示しているアニメ」「『ウマ娘』のガチャマネーは間違いなく有効に活用された」と賛辞が並ぶ。
現在の世相にもあったディストピアストーリーで、ロボットたちがまるで人間のように無駄な作業を繰り返し、人間以上に人間らしくなる。逆に宇宙に脱出した人類が、もはや地球の環境に適用できなくなってしまうなど『風の谷のナウシカ』を彷彿とさせる。
こういう作品をみていると、思うことがある。
人類が人類でなくなってしまう瞬間というのは人口爆発でも食料危機でも大気汚染でもない。シャンプーハットがなくなること、なのだ。
われわれは壮大な時間とエネルギーを様式や儀礼的なものについやし、くだらない発明や享楽的な時間で喜び合う。まさにそうした集大成としての「シャンプーハット」こそが人類を人類たらしめているのだ、ということを。ぜひ見ていただきたい。
新作が多く、おっさん向けアニメが急伸した今クール。それをひっぱったのはM3(男性50~64歳)という中高年男性だった。
ジークアクスとおっさん剣聖とウマ娘、アニメ市場におけるこの消費者(視聴者)層は十分に消費のフロントランナーとなっており、改めてアニメのマス化を実感する。
この「重厚なアニメ消費者のインフラ」を同様に海外でも涵養(かんよう)していけるかということが、今後10年の日本アニメの目標だろう。

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中山 淳雄(なかやま・あつお)

エンタメ社会学者、Re entertainment社長

1980年栃木県生まれ。東京大学大学院修了(社会学専攻)。カナダのMcGill大学MBA修了。リクルートスタッフィング、DeNA、デロイトトーマツコンサルティングを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ、マレーシアにてゲーム開発会社・アート会社を新規設立。2016年からブシロードインターナショナル社長としてシンガポールに駐在。2021年7月にエンタメの経済圏創出と再現性を追求する株式会社Re entertainmentを設立し、大学での研究と経営コンサルティングを行っている。著書に『エンタの巨匠』『推しエコノミー』『オタク経済圏創世記』(すべて日経BP)など。

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(エンタメ社会学者、Re entertainment社長 中山 淳雄)
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