参政党が支持を集めている。『となりの陰謀論』(講談社現代新書)を書いた慶應義塾大学の烏谷昌幸教授は「私は米国のような陰謀論政治が日本で生まれるとは思っていなかったが、見立てが甘かった。
参政党は、トランプのように人々が無意識に抱えている不満を争点化し支持を集めている」という――。
■陰謀論は「剥奪感」「社会の分断」から生まれる
――陰謀論の背景には何があるのでしょう。
【烏谷】陰謀論は、何か大事なものが奪われるという感覚、あるいは他人に比べて自分が著しく損をしているという感覚から生まれてきます。これらの感覚を「剥奪感」と呼びます。
アメリカでは、白人の人口比率が減少し、いずれ優越的な地位を失っていくのは明白です。多くの白人は、祖国にいるのに、まるで見知らぬ土地に取り残されるような感覚や、自分が生きてきた快適で幸福な環境を奪われるような感覚を抱いています。
陰謀論は、そうした剥奪感や社会の分断のなかから芽生えてきます。アメリカ社会には建国以来、波のように陰謀論の流行が繰り返し訪れてきたと著名な歴史学者リチャード・ホフスタッターは述べています。2016年のトランプ大統領の誕生を機に、陰謀論の一大ブーム期がまた訪れたということでしょう。
――トランプ大統領は、ディープステート(陰謀論のひとつで、国家の意思決定に影響を及ぼす闇の政府や既得権益層)の存在を否定しません。
本来、政党政治は、民衆が持つ被害妄想や、事実とは異なる陰謀論的な訴えをノイズとして慎重に除去しながら「民の声」を適切に翻訳し、人々の利益を集約する役割を果たさなければなりません。
しかしトランプ大統領は「民の声」のなかに含まれる陰謀論的な訴えや、被害妄想を積極的に利用してきました。
陰謀論を政治的な武器として悪用する技術に長けています。
■参政党が躍進しているワケ
【烏谷】2021年1月6日に起きたアメリカ連邦議会議事堂の襲撃事件は、「選挙が盗まれた」と訴える「不正選挙陰謀論」(2020年の大統領選の本当の勝者はトランプなのに、民主党バイデン陣営が不正な方法で勝利を盗み取ったと訴える陰謀論)を使って、トランプが支持者を扇動して起きたものです。
陰謀論を駆使してこれほどの大事件を引き起こす政治家は、日本にはそうそう出現しないだろう、アメリカのような陰謀論政治は日本では生まれないだろうというのが、これまでの率直な印象でした。ですが、最近の参政党の躍進を見ていると、いままでの見立てが甘かったと感じています。
現在行われている参議院選挙では、参政党が支持を伸ばしています。その理由のひとつとして考えられるのが、日本社会における前向きな国家論の空白です。夢や希望を語る明るい国家論に対する渇望感が参政党躍進の背景にはあると思います。
■自尊心を傷つけられた日本人
【烏谷】いま、日本という国家は未来について論じても厳しいことばかりです。国の借金は過去最大の1300兆円を超え、人口は数十年後には8000万人台にまで減少する……。
日本に限らず、先進諸国は国力を維持できずに衰退しています。国力が低下していくという現象が、その国に生きる国民の精神にどのような影響を及ぼすものであるかは軽視できない問題です。
とりわけ隣国の中国は経済的にも政治的にも揺るぎない大国としての存在感を示すようになりました。
なかには、このような現実を受け入れられない人もいると思います。日本人としての自尊心を傷つけられたように感じる人もいると思います。
しかし、こうした状況にもかかわらず、既存の政治家や政党は、国民を元気づけるような国家論や、未来の社会像を提示できなかった。
そんななか、不満を持つ層が何にすがるのか――それが陰謀論です。
自分たちが弱いわけではなく、誰かの陰謀や、姿を見せない敵のせいで日本が弱体化してしまっている。だからこそ、陰謀や見えない敵に打ち勝ち、強い日本を取り戻さなければならないのだ、と。このように論理を飛躍させた「パラレルワールド」を生み出すのが、陰謀論なのです。
■参政党は「宿命的な存在」である
【烏谷】国力の低下を背景とした陰謀論の流行は、アメリカや日本だけで起きているわけではありません。どんな国でも社会でも、陰謀論的な言説によって、活力を得る層が一定数います。陰謀論は失った自尊心を取り戻すための元気のもとになるのです。
日本についていえば、そうした陰謀論によって元気になる層を取り込んで勢力を拡大させているのが、参政党なのです。
参政党にはすでに約150人の地方議員がいます。
一時的に躍進した泡沫政党だと受け止めるのは危険です。参政党は国力の低下に苦しむ日本社会にとっては、宿命的な存在だと考えた方がいいと思います。
――参政党は、現在はトーンを弱めたものの「反ワクチン」を主張しています。神谷代表はかつて、日本がユダヤ系の国際金融資本を中心とする組織の支配下に入っていると語っています。
トランプが、不正選挙陰謀論を前面に押し出すことによって共和党内の権力基盤を固めていったように、参政党も熱心な支持者たちを集めるために「反ワクチン」や国際金融資本の陰謀論を積極的に語ってきました。
しかし、今の日本の選挙でより広い層に訴えていくためには、陰謀論は必ずしも有効な道具ではありません。そのため選挙戦では、陰謀論の色を薄めながら支持拡大を狙っているようにみえます。とりわけ神谷代表は、政策論の言葉と陰謀論の言葉を巧みに使い分ける人物だと思います。
■急進右派ポピュリズムの日本版
【烏谷】もうひとつ参政党が有権者に訴えているのが、既存の政党やメディアへの不信です。政党やメディアが、自分たちに何かメリットをもたらしてくれるのか。むしろ自分たちをないがしろにして、既得権益をむさぼっているだけの存在ではないか。そうした不信感を煽っている。

参政党は、世界的に台頭著しい急進右派ポピュリズムの日本版です。アメリカのMAGA(Make America Great Again)のムーブメント、ドイツのAfD(ドイツのための選択肢)、フランスの国民連合などが急進右派ポピュリズムの代表例として有名です。先進国の中では、日本のみ例外的に急進右派ポピュリズムの勢力が弱いと思われてきました。しかし、参政党の台頭である意味で先進国並みになったとも言えます。
ポピュリズムとは世の中をエリートと民衆に区別して、民衆の側に立って戦う政治スタイルです。民衆こそが正義で「民の声」にこそ忠実に行動しなければならないと考えるのが、ポピュリストの原則です。
ポピュリストの原則は、表面的に捉えられることが多いのですが、これを甘くみてはいけません。参政党にしても、「民意」と向き合うことを徹底している面があるからこそ、支持者が増え、まさにこの参院選の台風の目となっているのです。
■大事なのは「日本人ファースト」の“背後”
【烏谷】参政党の躍進の原因について、SNSでの宣伝の巧みさやロシアのような外国からの介入の影響を強調する意見もありますが、それらはあくまでも付随的なことです。
成功するポピュリズムの運動は必ずといっていいほど、社会の中の「集合的無意識」と強く共鳴する内容を持っています。
参政党の議員や支持者たちが語るさまざまな陰謀論の間違いをひとつひとつ指摘していくことは必要なことですが、「日本人ファースト」というスローガンの背後にあるものを軽視してはいけないと思います。
――ポピュリズムを生み出す「民意」とは、危険なもののようにも感じます。

確かに、民意と言えば聞こえはいいですが、民衆の叫びのなかには陰謀論や事実に基づかない訴えが含まれる場合も少なくありません。
現在も各議員の元には多くの陳情が寄せられていることでしょう。これまでも議員たちは、民衆の不満に耳を傾けつつ、陰謀論混じりの言説を取り除きながら現実や事実に即した点を拾い上げ、陳情として受け止めてきたものと思います。
参政党の懸念点は、そうした不満の声を丸ごと吸い上げてしまってはいないかということです。彼らの「民意」をそのまま受け取ることで、陰謀論抜きにはいかなる問題意識も語れないような集団になっていないかと心配になります。
■どんな人が参政党を支持しているのか
――参政党の支持者とは、どのような人たちなのでしょうか。
【烏谷】評論家の古谷経衡さんが「参政党支持層の研究」(※1)という話題になった記事において、参政党支持者の多くは、人生で初めて投票するような政治的無関心層であると指摘していました。そのため、既存の政治的イデオロギーでいう右や左という分類に単純に当てはまらない面があるようです。
(※1 Yahooニュース「参政党支持層の研究」2025年6月26日)
他方で、評論家の荻上チキさんが主催するチキラボの「2025年東京都議選をめぐる有権者の意識調査」における「参政党に投票したのはどんな人か?」(※2)では、興味深い結果が出ていました。
(※2 社会調査支援機構チキラボ「参政党に投票したのは、どんな人なのか ~参政党への投票行動を分析する②」2025年7月9日)
以前は、元航空幕僚長の田母神俊雄氏や日本第一党の櫻井誠氏ら、自民党以外の保守政治家に投票していた層が、参政党を支持しているという結果が出たのです。参政党が、自民党に不満を持つ人たちの受け皿になっている面もはっきりと見えてきたということです。
「民意」の中に陰謀論が含まれているという事実は、これまで民主主義について考える際にあまり議論されてこなかったことのように思います。

トランプ大統領についていえば、彼は極めて「ポピュリズムの純度」が高い政治家だといえます。ポピュリズムの純度が高いというのは、民衆の中にある被害妄想や誇大妄想まで含めて全て受け入れるということを意味しています。それが彼の強みであり、危険な面でもあります。
■どんな人でも陰謀論に影響を受けている
【烏谷】トランプ氏は演説集会や後援会で人々に率直な言葉で語りかけ、人々の生の反応のなかにある本音、本心をつかみ出すところから自身の方針を決めていくタイプの政治家です。
「国境に壁をつくる」や、主要メディアに対する「彼らはフェイクニュースメディアだ」などの攻撃的な言葉も、聴衆の熱狂的な反応から定番化していきました。もともとは政治思想的に無色透明だったといわれる彼が、急進右派ポピュリズムの立場に落ち着いたのは、このようにして民意を吸い上げ続けた結果であったと考えられるのです。
「民意」に忠実であり、トランプ大統領同様に既存メディアを敵視する参政党は、新たな日本型ポピュリズムとして危険な存在になる可能性があり、注視していく必要があります。
もはや陰謀論は無視しておけば、そのうち消えてなくなるノイズではありません。ネットやSNSが発達した時代、どんな人でも多かれ少なかれ陰謀論に触れて、影響を受けています。
民意としての陰謀論とどのように向き合っていくべきなのか。真剣に考える段階にきている――。私は先月刊行した『となりの陰謀論』でそう指摘しました。執筆時は民意としての陰謀論が力を持つには、もう少し時間がかかると想像していましたが、参政党の躍進で懸念していたことがいままさに現実となりつつあります。
陰謀論は荒唐無稽であるがゆえ、政治学や社会学の分野では真剣に研究する価値がないと無視されてきました。メディアも同じはずです。しかし陰謀論は、現実の社会を浸食しはじめています。だからこそ、真剣に陰謀論との向き合い方を考えていく必要があるのです。

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烏谷 昌幸(からすだに・まさゆき)

慶應義塾大学法学部政治学科教授

1974年6月14日生まれ。愛媛県新居浜市出身。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。慶應義塾大学法学研究科にて修士号、博士号を取得。武蔵野大学現代社会学部、政治経済学部准教授を経て、現職。法学部政治学科に所属すると同時にメディア・コミュニケーション研究所においても研究会を担当している。専門領域は政治コミュニケーション研究、メディア社会論、ジャーナリズム論。主な著書に『シンボル化の政治学』(新曜社)、『となりの陰謀論』(講談社現代新書)、『陰謀論はなぜ生まれるのか』(昇亜美子氏との共同翻訳、慶應義塾大学出版会)など。

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(慶應義塾大学法学部政治学科教授 烏谷 昌幸)
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