大谷翔平選手はアメリカではどのように見られているのか。現地で広告代理店を営む岩瀬昌美さんは「大谷選手による経済効果の恩恵を受けているのは、ドジャースやスポンサーとなっている日本企業だけではない」という――。
(第2回)
※本稿は、岩瀬昌美『大谷マーケティング』(星海社新書)の一部を再編集したものです。
■2024年の大谷翔平の経済効果1168億円の内訳
オータニ・エフェクトについて、関西大学の宮本勝浩名誉教授は2024年10月7日、2024年大谷翔平の経済効果は1168億1181万円にものぼると発表しました。
当時まだドジャースは2024年ワールドシリーズの出場を決める前で、ワールドシリーズに出場することを仮定して導出された試算を見てみましょう。ちなみにエンゼルス在籍時の2023年の経済効果504億1008万円と比べると約2.3倍になったと言います。
発表を報じたネットニュース「ITmedia ビジネスオンライン」の記事によれば、その内訳は次の表の通りです。
これに波及効果をあわせて1168億円1181万円になると言います。宮本氏は「大谷選手が社会現象として経済効果を拡大している」と結論付けています。
この経済効果の予想は、むしろ過小評価しているように思います。実はロサンゼルスの最大産業は観光業ですが、大谷の活躍以降、彼を生で観戦するためにロサンゼルスを訪れる日本人ファンが急増しています。
スポーツメディアSportsProによると、2024年7月、日本人観光客の訪問数が91.7%増加し、その80%が滞在中にドジャー・スタジアムを少なくとも1回訪問したそうです。
■荒れたリトルトーキョーが一変した
これを受けて、ドジャーズは日本語ガイド付きのスタジアムツアーを導入し、ゲームデーのメニューに人気の日本食アイテムを組み込むなど、日本向けの観光振興策を強化しています。私はボブルヘッドデーで数時間並ぶのに辟易して後日、並ばずに入れるスタジアムツアーに参加したのですが、これは入場チケットとは別に120ドル(約1万7000円)かかりました。

また、コロナでホームレスが増えて荒れたロサンゼルスのダウンタウン、リトルトーキョーに大谷翔平の壁画が登場しました。私もロサンゼルスに住んでいながらリトルトーキョーには何年も足を運んでいなかったのですが、大谷の壁画があるとなれば行くしかないといざリトルトーキョーを訪れました。
すると、日本人のみならず色々な人が写真を撮りに来ているではないですか。偶然に壁画の作者に会って写真も撮りました。さらに偶然会ったリトルトーキョーの日系ホテルの方に「ホテルの稼働率はどうですか?」と聞くと、毎日が満室だそうで驚きました。これもオータニ・エフェクトです。
聞けば数年前までほとんど潰れていたお土産屋さんも復活し、リトルトーキョーのレストランも毎日が大盛況。
■エンゼルスとドジャースの違い
さて、最近では日本から私の会社に「大谷翔平選手を使って安く宣伝する方法はありませんか?」というお問い合わせが増えております。
大谷がまだアメリカでは無名選手だったエンゼルス時代、年間スポンサー料は多分50万ドル(当時約7300万円)もいってなかったはずですが、今やMLBで最も観客動員数の多いチームの選手となり、その価格はだいぶ上がっています。
たとえば日本のクライアントからはバックネット広告についての問い合わせをよくいただきます。バックネット広告はバッターの後ろに位置し、試合中継でよく映ります。大谷がホームランを打つとそのリプレイ映像がSNSで拡散されるので、とても人気なのです。
エンゼルスの場合はバナー単体でも購入でき、値段も1週間で数百万円と、日本の露出度の割には結構お得だったんですね。
ところがドジャースの場合は私のコンタクト会社によると「パッケージディール」でないとオファーが出ません。
どういうことか。バックネットだけでなく、スタジアムでのブース(ポップアップ屋台)、ボブルヘッドなどのギブアウェイ(観客無料プレゼント)、バックドロップ(記者会見などのバックに置かれるロゴ入りスタンド)など、それらを含めたパッケージでしか広告を購入できません。その価格はエンゼルスの年間契約のおよそ10倍です。その上、最低で4~5年といった複数年契約を求められるのだからすごいビジネスです。
■エルメスのやり方と似ている
ドジャースのこの戦略、高級ブランド「エルメス」のやり方とよく似ていますよね。
ご存じのように、エルメスもバーキンだけを買いたい人に、バーキンは売りません。ライフスタイルごとエルメス一色にしてしまうほど、エルメスに人生をかけているような顧客だけにバーキンを買ってもらいたいと彼らは考えています。
つまり革製品だけでなく、貴金属、食器などをあれこれ買って、やっとバーキンを購入できる権利を得られるわけです。私もバーキンが欲しくてネックレスやワイングラスなどに課金しましたが、馬の鞍を勧められたときはさすがにお断りしました。
そうしたやり方であっても、お客さんが喜んで買ってくれるのであればビジネスは成り立ちます。

ドジャースも同じです。既にアメリカ系のスポンサーが長年ついているので、バックネット広告だけを安く買いたいスポンサーは要らないのです。
そして大谷選手自体のスポンサー収入は今年は合計で1億ドル(約145億円)に到達するという予測もあるほどです。
ではもう、大谷効果を狙った宣伝広告を安く出稿する方法はなくなってしまったのでしょうか。
■他球団への経済効果
実はまだあります。
それは、アウェイの試合を狙うという方法です。
ドジャースの試合の半分はアウェイでのものです。そして、そこまで人気のないチームのスタジアムだとバックネットだけのスポンサーも可能です。そこで、ドジャースがアウェイ試合で対戦するチームのスタジアムのバックネットに絞って広告を出せば、その動画が拡散されることでリーズナブルに大谷広告の効果を得られるのです。
これは日本で試合中継を観ている日本人向けの出稿だからこそ、「広告がドジャー・スタジアムにあろうとその他の球場にあろうとあまり関係ない」と割り切って実現できる技です。
ちなみにシーズンを通じてドジャースとの対戦試合数が多いのは同じナ・リーグ西地区に所属しているアリゾナ・ダイアモンドバックス、コロラド・ロッキーズ、サンディエゴ・パドレス、サンフランシスコ・ジャイアンツです。
実際、大谷が敵地で試合する際には他球団の球場に日本企業の広告が掲載されるため、フォーブスによると、他球団は大谷によって累計約1500万ドル(約23億円)の収益を獲得したといいます。

最近も、ドジャー・スタジアムは予算的に無理なので他球場のバックネット広告を出稿したいというご相談を受けました。そのときは「必ず大谷が打つときを確約してほしい」という無茶を言われて、結局出稿はなしになったのですが、値段はドジャー・スタジアムの10分の1くらいとかなりお得でした。
■こんなところにまで大谷効果
しかしながら最近は、この奥の手もかなり難しいことになりました。去年はアウェイの場合はミニマム5試合からスポンサーできたのが、今年は日本からの問い合わせがさらに増えたため、ミニマム30試合確約と制約が厳しくなり、それでもほとんどソールドアウト状態とのことです。
では日本向けでなくアメリカマーケット向けの場合はというと、バックネット広告にあまり効果はありません。バックネット広告は小さいですし、角度的に一塁や三塁の限られた場所からでないとはっきり見えないんですよね。
なので私は、球場に来るローカルのアメリカ人をターゲットにしたければ球場内でブース設置という方法をおすすめしています。これならパッケージ契約ではなく1日だけの単発でもできます(去年はできました)。私のクライアントさんで1日だけブースを設置し、日本食関係の商品を来場者に提供したり、球場のスコアボード横の動画のスポンサーをしたりしました。
また、ドジャースに近い新聞であるロサンゼルス・タイムズのスポーツ面で「野球シーズンスポンサー」になるという手もあります。大谷ファンは必ずチェックする新聞なので、球場に来ないアメリカ人もターゲットにできます。
最近は新聞広告代も以前より安くなっているので、こちらもおすすめです。
あるいは、球場に行くにはアメリカ人はほとんどフリーウェイ(高速道路)を運転していくので、球場近くのフリーウェイにビルボード(看板)広告を出す、という方法もあります。
最後はいささか細かい話になってしまいましたが、このようにさまざまなところでオータニ・エフェクトが働いていることをご理解いただけましたでしょうか。

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岩瀬 昌美(いわせ・まさみ)

マーケター

カリフォルニア州立大学サンディエゴ校で修士号取得後、同大学ロングビーチ校でMBAを取得。米国大手通信会社AT&Tのマルチカルチュラルマーケティングマネージャー、米国初のオンラインデリバリーサイトKozmo.comのフード・ビバレッジディレクターを経て、2002年ロサンゼルスでマルチカルチュラルマーケティング広告代理店MIW Marketing and Consulting Group, Inc.を設立。近年は女性のキャリアと子育ての両立支援のためライフワークインテグレーションを提案し、講演やメンターとしても活動。株式会社ペンシル社外取締役、一般社団法人日本オムニチャネル協会シニアフェローも務める。今年で在米35年。

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(マーケター 岩瀬 昌美)
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