■この20年間で50代の魚摂取量は半減した
若者よりは中高年のほうが魚を多く食べていることは誰もが想像がつく。しかし、50代の魚摂取量が激減していることはご存じだろうか。2003年は1日あたり105グラム以上食べていたのに2023年はほぼ半減の約55グラム。現在はさらに減っているだろう。アジ1匹の可食部は60グラムほどなので、社会の中枢を占める世代がいかに魚を食べなくなったのかが伺える。
かと言って、回転寿司などで人気のサーモンを中高年がどんどん食べるとは思えない。筆者はまだギリギリ40代だけど、年齢を重ねるにつれて、脂たっぷりの肉や魚は体が受け入れにくくなったのを感じる。旬のブリなどはおいしいけれど、刺身だと3切れぐらいで十分だ。
■脂少な目でおいしい魚は何か
我々の活路は、脂は少なめでうまみが強い魚にあると思う。いま食べるとしたらどの魚がいいのか。多様な魚を店頭に並べている鮮魚店に相談するのがいい。
「こないだ教えたシイラ(記事はこちら)とセットの魚だよ。どちらも黒潮にのって日本列島にやってくる。トビウオの背の深い青色が黒潮の色と似ているのは鳥から狙われにくくする保護色なんだね。腹の銀色は海中から見上げた時の保護色だ。海の中でシイラなどの天敵に襲われると、海上にジャンプ。大きな胸ビレを広げて数百メートルも滑空する。だから、脂は少なく内臓は小さい。筋肉とコラーゲンの塊のような魚で、筋肉の多さゆえの強いうまみが特徴だよ」
■酸化しにくく、うまみが強い
関東出身の筆者はトビウオと聞くと伊豆諸島のくさやを思い出す。
くさやよりは広く流通しているのは「あごだし」。トビウオを焼いて固く干したもので、香りは少なめだけどうまみがしっかり出る。上田さん流に言えば、「名乗らずにお世話をしてくれるいいヤツ」なのだ。
「くさややだしを作るのであれば、酸化しやすい脂は少ないほうがいい。トビウオを使うのは保存の意味でも合理的なんだね」
■特殊な構造と思いきや、非常にさばきやすい
この日のマルカマには相模湾の定置網で獲れた新鮮なトビウオが並んでいた。小型のサバぐらいの大きさなので1人1匹あれば十分なおかずになる。1匹500円だから財布もさほど痛まない。マルカマで企画と広報を担当する狩野真実さんはこの魚の「お得」はまず子どもが喜ぶことだと笑う。
「飛ぶことに特化したこのカッコいいフォルムを見て下さい。
アパレル出身の狩野さんはトビウオの見た目を絶賛する。確かに、グライダーのモデルになったのでは思うほど無駄のない流線形は美しいしユニークだ。しかもうまいのだから、子どもも大人もワクワクする。
「特殊な構造をしているように見えますが、胸ビレと腹ビレを取り除けば、とてもさばきやすい魚です。」
包丁を入れてみると、狩野さんの言う意味がわかった。背骨と中骨がしっかりしているのでその上に包丁を滑らすと簡単に3枚おろしができる。さばきやすさという点でもお得な魚なのだ。
■もっちり食感と濃厚な甘みがトビウオの特徴
上田さんによれば、トビウオは他の魚と違って獲りたてでも味が出る魚。新鮮なトビウオはまず刺身で味わいたい。注意すべきは小骨が多いこと。包丁を寝かせて薄いそぎ切りにしてもいいけれど、上田さんは骨切りを推奨。包丁で骨を断ち切りつつも皮は残す。
「骨切りを5回やって、6回目で切り離すと食べやすい大きさの刺身になる。1、2、3、4、5、そして6。このリズムを覚えよう」
骨切りは難しいように感じるけれど、だんだんと慣れて手が覚えてくれる。上達するって楽しいな。失敗して細かく切ってしまった身もなめろうに使えるのでも問題なしだ。
「生姜醤油が定番だけど、一味唐辛子と醤油で食べてみてほしい」
一味醤油か。青唐辛子と醤油をつける島寿司みたいだな。南の海で飛び跳ねているトビウオのイメージとも合う。早く試してみたいけれど、その前になめろうを教えてもらおう。あれ? アジのときも教えてもらった料理法だぞ(記事はこちら)。味の違いはあるのだろうか。トビウオの外見だけでなく中身にも惚れ込んでいる狩野さんは「アジとは全然違う」と断言する。
「トビウオのもっちりねっとりした食感と濃厚なうまみと甘み。なめろうにするとより楽しめます」
さらにフライもお勧めだという。これもシイラの記事で紹介した料理法だけど、脂の少ない魚に揚げ物で油を足すのは王道なのだろう。魚の味がいいので、衣には卵を入れなくていい。
■どんな酒にも負けない強い味
マルカマで下処理を済ませたトビウオを持ち込んだのは、ムギイカのとき(記事はこちら)と同じお宅。葛飾区在住の酒飲み夫婦だ。料理上手かつ好奇心旺盛な奥さんが刺身のツマなどを準備して待ち構えていてくれた。
トビウオはとにかくカッコいい。刺身は姿造り風にしたいな。でも、串を上手に打てなかった。胸ビレを広げて固定するのも難しい……。頭付きの骨を皿に置いて刺身を並べ、胸ビレはたたんだまま添えるだけで良しとしよう。
「ビヨ~ンと飛んでいる感じが出ているね。面白い!」
イメージ通りの姿造りができずに少し凹んでいた筆者を明るく励ましてくれる奥さん。大人の余裕と知力は人に優しくするためにあるのだ。旦那さんのほうは見た目よりも内容、というか酒との相性を重視。トビウオの味の強さに驚いたようだ。
「どんな酒にも負けない味ですね。一味醤油、ありだな~」
■うまみが強いためフライにソース不要
刺身とビールで早くもテンションマックスに達した旦那さん。なめろうを見た途端に冷酒に切り替え、「焼き海苔を持って来て」と奥さんに指示を出した。むっちりした食感のトビウオなめろうをパリパリの香ばしい海苔で巻いて食べたいらしい。
これが大正解だった。ちまちまと手巻きするのも楽しく、酒をゆっくりじっくり飲める。我が家にもさっそく導入しよう。
締めはトビウオのフライ。これは口に入れた瞬間に旨さがやってくる。やっぱり揚げ物は偉大だ。なお、トビウオのうまみが強いのでソースなどの味付けは不要。
「味が濃いね~。身がしっかりしているので食べやすい!」
興奮気味の奥さん。刺身となめろうでさっぱり食べた後の揚げ物。禁断の順番である。
「フワッフワだね~!」
旦那さんも前のめりで食べてくれた。鮮度が良い魚は加熱するとフワフワに仕上がる。そのメカニズムは知らないけれど、口当たりがいいと味も良く感じることは確かだ。
干物やだしだけでなく、生でも加熱してもうまいトビウオ。人気が高まって値段が上がらないうちにまた買って味わい尽くしたい。
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大宮 冬洋(おおみや・とうよう)
フリーライター
1976年埼玉県所沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。著書に『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せの見つけ方~』(講談社+α新書)などがある。2012年より愛知県蒲郡市に在住。趣味は魚さばきとご近所付き合い。
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(フリーライター 大宮 冬洋)