欧州連合(EU)のアントニオ・コスタ欧州理事会議長(EU大統領)とウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長は7月23日、石破茂首相と日本で会談した。そして双方は「日・EU競争力アライアンス」と名付けた枠組みを発足させ、経済安全保障、産業政策、イノベーション政策、エネルギー等の幅広い分野で具体的な協力を推進することで合意に達した。
日本とEUは共通の課題に直面している。協力関係にあったはずの米国からは輸入関税で、大国にのし上がった中国からは輸出規制で、それぞれ圧迫されている。したがって双方には、協力の余地が大きい。それに、EUが重視する民主主義や法の支配、基本的人権といった価値観を共有できる日本は、EUにとって心強いパートナーとなる。
そう考えると綺麗なストーリーだが、本当のところは「敵の敵は味方」の理屈でEUは日本に接近していると考えた方が、現実的な解釈だろう。米国の保護主義を批判するEUだが、そもそも保護主義を強めていたのはEUだった。EUが重視する脱炭素化政策は、実態として「非関税障壁」の性格が強く、日本の製造業を圧迫し続けてきた。
それに、EUは政府の支援を受けた中国製品の競争力が不当に高いことを批判し、対抗手段として中国製品に対して高関税を敷いたり、またはEU域内の企業に対する補助金の給付を強化したりしているが、これもまた保護主義そのものである。日本が重視する自由貿易体制とEUが思い描く経済観は必ずしも一致せず、ズレがある印象だ。
とはいえ、日本だけで米国や中国に対峙することは非現実的であるから、EUとの協力にはある程度、意味がある。ここで重要な視点は、EUが日本を利用しようとしているのと同様に、日本もまたEUを利用するということだろう。老獪なEUは、一見、平等と思わせながら、自らに有利な方向に議論を持っていく。
■EUの狙いは「鉱物資源の権益確保」
例えば、EUが日本に期待していることは、EUが内外で推し進めようとしている鉱物資源開発に対する投資だ。世界経済にとってのボトルネックの一つに、重工鉱物であるレアアース(希土類元素)の存在がある。様々な製品に使われると同時に、今後ますますその需要が高まると予想されるレアアースの供給を一手に担っているのが中国だ。
レアアースは地球上の様々なところに存在するが、その採掘から精錬までに生じる莫大なコストを背負える存在は、現状、中国だけだ。ゆえに、中国は世界のレアアース供給の9割を担っている。その中国は、外交手段としてレアアースの供給に制限を加えることがよくあるため、EUはその影響を軽減しようと自主鉱山の開発を急いでいる。
EUは欧州域内ならびに近隣の東欧、アフリカ諸国でレアアースの自主鉱山を開発しようと模索しているが、それには多大なマネーが必要となる。EUは、そのスポンサーに日本がなることを期待している。しかし、日本自身がかつて石油公団で失敗したように、鉱山開発はリスクが極めて大きく、そのマネジメントには神経を配る必要がある。
それに、鉱山そのものの開発に成功しても、精錬までのコストが莫大となり、経済性に見合わなければ、計画は頓挫する。仮に計画が成功するにしても、日本が十分に権益を確保できなければ意味はない。
法の支配を重視するEUであるから心配ないという意見は、楽観が過ぎる。先に述べように、老獪なEUは、一見すると平等だが、よく読めばEU側に有利なように物事を設計するものである。EUの鉱山開発のスポンサーになるなら、余り余るほどの権益を確保するくらいの姿勢で臨まないと、日本は簡単にはしごを外されてしまうだろう。
■EUが強行したEV・再エネシフトの教訓
また日本とEUの首脳は、双方でさらなる貿易と投資の深化を図ることを確認したようだ。日本とEUは2019年に経済連携協定(日EU・EPA)を発効したが、双方の貿易は盛り上がりを欠いている(図表1)。日本からすれば、EUはとにかく規制が強く、ビジネスがやりにくい地域である。EPAが発効されても、そうした障害は残ったままだ。
当然ながら、労働規制や環境規制は必要であるからこそ設けられている。しかしEUの場合、目標を実現するうえでの戦略(Strategy)と戦術(Tactics)の在り方まで規定し過ぎるきらいがある。電気自動車(EV)シフトや再エネシフトなどその端的な事例だ。炭素の排出を抑制する方法はいくらでもあるが、EUはその手法を定めようとする。
EUは域内市場での規制の強化を通じて、政治的な影響力をグローバルに行使しようとする。下火となって久しい言葉だが、いわゆる「ブリュッセル効果」である。戦略と戦術の在り方まで規定しようとするのはそのためだが、そうした姿勢こそが非関税障壁であると舌鋒鋭く批判してきたのが、何を隠そう米国のトランプ大統領という皮肉だ。
その実、EUは規制を導入する前に、諸外国との間で対話の門戸を開いている。それにブリュッセルには、EUにロビイングをするための機関が多く存在する。それらの機会を、それも日本は活かしてこなかった。そのため日本は、EUが小出しにしてきた規制の内容を掴めず、いざ全容が発表されると、急を突かれて右往左往することになる。
言い換えれば、「日・EU競争力アライアンス」という枠組みを機に日本がEUと本当に経済関係を深めていきたいのなら、日本はもっとEUの政策決定に対して対話を行い、注文を付けるべきである。EUが日本のマネーやノウハウに期待するなら、スポンサーとして、主張すべきことは主張する必要がある。それが互恵関係というものだろう。
■米国回帰で日本に圧力が加わる可能性も
かつてEUは、第一次トランプ政権が誕生した際にも、日本に接近してきた。第一次トランプ政権の登場で米国とEUの関係がギクシャクしたためで、それが日EU・EPAの推進力にもなった。
今回の「日・EU競争力アライアンス」も、おおよそ同じような文脈から現出してきた印象が否めない。となると、トランプ政権の後継の政権がEUに対して融和的な姿勢に転じれば、EUはまた米国に接近し、日本に対して圧力を加えてくるかもしれない。いささか単純な見方だが、だからといってそうした展開を否定することもできない。
とかく、日本がEUとの関係を深化させるなら、日本は自らの国益を最大化するように、EUに対して強く主張をしていく必要がある。そうでなければ、「日・EU競争力アライアンス」も空中分解するか、ないしはEU側が一方的に利益を得るかたちで終わってしまう。これを機に、日本はEUとの関係の在り方を戦略的に再構築すべきだろう。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)
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土田 陽介(つちだ・ようすけ)
三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員
1981年生まれ。2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。
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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)