※本稿は、和田秀樹『80歳で体はこう変わるからやっておきたいこと』(興陽館)の一部を再編集したものです。
■高齢者に“引き算の治療”は必要ない
年を重ねれば、体の機能や能力が衰えていくことは避けられません。若い頃ならば、健康診断で血圧やコレステロール値、血糖値が高いと指摘され、それを薬などで下げることで、命にかかわる病気を防ぐ意味はあるでしょう。ところが、それと同様の医療を高齢者におこなうと、元気や活力が奪われ、そのベースとなる免疫力にダメージを与えてしまうことになるのです。
あなたがこれまで元気に過ごしてきたとしても、80代になると、さすがに体のあちこちに異常を感じるようになります。そこで検査を受けてみると、血圧が高い、血糖値が高い、コレステロール値が高いなどと医者に言われ、あれやこれやの薬が出されて、それらの数値を「正常値」まで下げる、いわば“引き算”の治療をされることになります。
塩分の摂りすぎはダメだとか、糖質の摂りすぎはよくないとか、血糖値が高ければ下げましょう、血圧が高ければ下げましょう、コレステロール値が高ければ下げましょう、と言われるのです。
40~50代の中年世代までなら、異常値を正常値に戻すことは、病気の予防や改善に役立つかもしれません。しかし、これが高齢者になると、引き算は害になることが多いのです。
■かえって体調が悪くなる
まずは、多剤併用の問題です。高齢者のほとんどは、検診を受けると、血圧や血糖値などいくつも異常が出ます。
本書で記した通り、高齢者は若い頃と比べて、肝臓や腎臓の機能が落ちるぶん、薬が体内に残りやすくなります。それでも薬を飲み続けると、頭がぼーっとしたり、だるくなったりして、かえって体調が悪くなるのです。この一点からだけでも、私は数値を下げるだけの引き算医療に反対です。
たとえば、コレステロール値を下げる理由は、動脈硬化を予防して10年後、20年後の心筋梗塞や脳卒中を回避することにあります。ですが、年をとって動脈硬化がない人などまずいないということをお伝えしておきます。
私は、高齢者専門の浴風会病院で年間約100例の病理解剖に立ち会ってきました。その結果、80歳を過ぎて動脈硬化が進んでいない人はいませんでした。これは事実です。それなのに、高齢者に、何十年も先の予防を呼びかける意味があるのでしょうか。甚(はなは)だ疑問です。
■脳に大きな負担を与えてしまう
すでに動脈硬化がある高齢者に、血圧を下げろ、血糖値を下げろと引き算医療を施すことは、かえってダメージを与えることになります。
動脈硬化を起こすと血管の壁が厚くなるので、血圧や血糖値を多少高くして血液を巡らせないと、脳に酸素やブドウ糖がゆき渡りにくくなるのです。結果、脳は栄養不足になり、頭がぼんやりしたり、だるくなったりなどの不調が現れることになるのです。したがって、血圧も下げすぎるのはよくないというのが私の考えです。
糖尿病は、血糖値が高くなる病気ではありません。血糖値が不安定になる病気です。そんなこともよく知らずに、血糖値が高くなると、薬で正常値まで下げる引き算医療がただちに始まります。
血糖値は、元来、年齢とともにゆるやかに高くなるのが自然なものなので、高齢者の場合、必要以上に薬で血糖値を下げることは危険なのです。インスリンや薬で血糖値を下げると、低血糖を起こすことがしばしばあります。
これが脳に大きな負担を与えます。そして、失禁やふらつき、ボケたような症状が現れてしまうのです。糖尿病の薬を減らすと、どんよりした表情の人が「頭がすっきりした」といって、みるみる元気を取り戻すのです。
■「不必要な治療」や「厳しい生活管理」は害が大きい
塩分も控えすぎるのは問題です。味気ない食事を続けていると、血液中のナトリウム濃度が非常に低くなる低ナトリウム血症のリスクが高まります。
低ナトリウム血症の症状は、意識がぼんやりする意識障害、倦怠(けんたい)感、吐き気、疲労感、頭痛、筋肉のけいれんなどです。ヘボ医者の指示をかたくなに守って塩分を控えていると、気づかないうちに低ナトリウム血症が生じ、意識障害や歩行障害による転倒、骨折の危険性も増大します。そのほか、熱中症にもかかりやすくなります。
そもそも、年をとると味覚が衰えるため、薄味はまずく感じるはずです。我慢しすぎず、自分が美味しいと感じる塩味で食事をとるのが一番いいに決まっています。
大前提として、医療には、患者さん一人ひとりにとって「ちょうどいいかかわり方」というものがあるのです。病気で苦しんでいる人に必要な治療を少ししかしなければ、苦しみをとり除くことはできませんが、具合が悪いわけでもない人に、不必要な治療をしたり、生活を厳しく管理したりしすぎても害が大きいのです。場合によっては、命を縮めてしまう可能性もあります。
■元気な高齢者は“よく食べる”
どんな薬にも副作用はありますし、「あれをしちゃダメ」「これは食べるな」と自由を制限させられるストレスは免疫力を著しく下げることになるだけなのです。
いまの高齢者をとりまく医療は「本当は必要がないのに、やりすぎている」に傾いています。
ヘボ医者は“生活指導”と称し、食事や運動、お酒や喫煙などにも口を出してきます。「塩分を控えなさい」「揚げものやラーメンはダメ」「甘いものを摂りすぎないで」「腹八分目に」「お酒はほどほどに」「タバコはやめましょう」「運動してください」「痩せるのです」……。私などは、聞いているだけで、気が滅入ってきます。
身近なところにいるエネルギッシュな高齢者は、総じてよく食べます。異常値が一つや二つあっても気にせず、人によっては医者にやめるように言われたタバコなども嗜たしなみ、好きなことをやって楽しんでいる人が少なくありません。
元気な高齢者とは、ヘボ医者が指導するような「清く正しい」高齢者とはかなりかけ離れているというのが、私の実感です。反対に、医者の言うことを聞く「清く正しい」高齢者は枯れているのです。
■“引き算”より“足し算”が必要だ
日本の引き算医療は、高齢者をヨボヨボにする医療です。ヘボ医者の言うことを素直に聞く優等生患者ほど、このヨボヨボ医療にとりこまれていきます。何よりおそろしいのは、本人がヨボヨボにされていることに気づいていないことです。これはよくない。
私も本書や本稿で指導します。あなたも、私と一緒に老いを迎え撃ちましょう。
「ダメだ。もう間に合わない。私は引き算医療にどっぷりだった」と思うかたもおられるかもしれません。しかし、これはまったく心配はいりません。簡単に改善できます。80代を華麗に生きるには、足していけばいいだけです。
特に、栄養を足していきましょう。食事で必要な栄養を足していくことは、健康長寿に何よりも必要なことです。
では、どんなものを食べればいいのでしょうか? これから、老化を防ぐ食材や、メニューの話をしたいと思います。具体例を挙げて説明していきます。
■一番食べてほしいのは「肉」
脂肪については、オリーブオイルなどに含まれるオメガ9脂肪酸、脂ののった魚に含まれるオメガ3脂肪酸は、細胞レベルで必要な脂肪なので、気にしないで摂ってください。
気をつけてほしいのは、マーガリンやマヨネーズに含まれるトランス脂肪酸、肉の脂身やバター、ラードなどに含まれる飽和脂肪酸です。これらは、血液をドロドロにして細胞の炎症を引き起こす張本人になりかねません。
「こってりしたものが食べたいな」というときは、なるべく「いい脂」を摂ることをおすすめします。たとえば、ドレッシングの代わりにオリーブオイルとレモンを絞ってサラダにかけるのもよいでしょう。脂を控えようと思ったときにも、脂を控えるのではなく魚の脂を足すのです。「昨日は肉を食べたから、今日は魚にしよう」という心構えでいてください。
何度でも言いますが、あなたに一番食べてほしいものは、ずばり肉です。日本人は肉が足りない。私はあらゆる機会をとらえて「肉を食べよう」と言い続けています。これからも、ずっと言い続けます。
肉を食べて、タンパク質を十分に摂ることで、筋肉量が増え、年をとってもスタスタ歩ける足腰をキープすることができます。肉にはセロトニンの材料となる必須アミノ酸のトリプトファンが多く含まれているので、食べておけば、意欲の低下やうつ病の予防にもなるのです。肉は、必須といっていいでしょう。
■肉を摂るほど病気リスクが低くなる
つい最近亡くなった老年医学の専門家である柴田(しばた)博(ひろし)先生は、国内外の百寿者を対象に長期にわたる調査をおこない、長寿の人に共通する健康習慣を分析しました。豊富な臨床経験と、綿密な調査に基づいた柴田先生の意見や指摘は説得力があるので、私は多いに参考にしています。
柴田先生の指摘によっても、日本の長寿者の特徴は動物性タンパク質(肉)の摂取割合が高いということです。
肉に含まれる動物性タンパク質を摂ることで血液中に増えるアルブミンという物質は、脳卒中、心筋梗塞、感染症の予防に効果があります。柴田先生の調査によると、血液中のアルブミン濃度が低い人ほど早期に死亡しているとのことです。肉の摂取量が多くなるほど、病気のリスクが低くなると柴田先生は指摘しています。
嫌厭(けんえん)されがちなコレステロールも、低下すれば意欲がなくなり、惚(ほう)けたような症状が出ます。年をとったら日々の食事で肉を積極的に食べ、コレステロールを摂る必要があるのです。なお、一日にとる肉は120~150g程度が適量です。
とはいえ、毎日、肉をこれだけの量食べるのはしんどいと言う人もいるでしょう。その場合は、魚はもちろん、豆腐、納豆などの大豆製品を積極的に摂りましょう。特にサバやイワシなどの青魚は、血栓をできにくくして心筋梗塞や脳梗塞を予防するEPAやDHAといった必須脂肪酸が多く含まれているので、病気予防になります。大豆製品は、良質なタンパク質が含まれているだけでなく、ミネラルや食物繊維も豊富なので、体にとって非常にお得です。
■タンパク質を意識的に摂ってほしい
一日に必要なタンパク質は、体重1㎏に対して1gです。体重60㎏なら60gのタンパク質が必要になってきます。ただし、タンパク質から筋肉をつくる効率は年をとるにつれて落ちてしまうので、私たち高齢者世代は、体重1㎏あたり1.2g程度のタンパク質を摂取するのが理想です。
肉100g中、豚ヒレは22.2g、鶏モモ肉は17.3g、和牛サーロインは17.1g程度のタンパク質が含まれています。卵は1個(60g)につき7.4g、木綿豆腐は1丁(300g)につき21g、納豆は40gにつき6.6g、牛乳は200mLにつき6.6g程度のタンパク質が含まれています。参考にしてください。
タンパク質は体内で貯蔵できないので、一度にたくさん食べても意味がありません。一日3食で、肉、魚、卵、乳製品などの動物性タンパク質と、大豆や大豆製品などの植物性タンパク質をまんべんなく摂ることが大切なのです。
シャキッと元気な体をつくるには、栄養をしっかり摂らなくてはなりません。中でも、とりわけタンパク質は重要なので、意識的に摂るように心がけてください。
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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。国際医療福祉大学教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)。一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。
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(精神科医 和田 秀樹)