頭の中でまとまらない考えを具体化したいときはどうしたらいいか。武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 学部長の伊藤羊一さんは「同僚との壁打ちが効果的だ。
その相手を探すときに有効な声かけがある」という――。
※本稿は、伊藤羊一『壁打ちは最強の思考術である』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■なぜか「いいアイデア」はボンヤリしている
壁打ちは一部のイケてるクリエイターやコンサルタントだけのものではありません。
「ちょっと壁打ちしませんか?」

「壁打ちお願いします」
こうしたやりとりは、企画や商品をゼロからつくりあげるクリエイティビティが問われる職業や、イケイケなアイデアをたくさん出していくコンサルタントにいかにも似合いそうですし、実際にそれらの業界では日常的に行われるとも聞きます(今思えば、僕が最初に「壁打ち」らしきものを目撃したのも、ビートたけしさんと構成作家の高田文夫さんが企画の種をただただしゃべりまくるという深夜番組でした)。
もちろん、クリエイター職にとって重要なコミュニケーションであることは間違いありませんが、壁打ちの本質は「その人の内側にあるモヤモヤを思考として構造化し、他者と交換できるアイデアに変える」というもの。そして、この本質はどんな仕事にも通じる汎用性のあるスキルそのものなんですね。
■「やる気スイッチ」を入れる壁打ちの力
たとえば、人事や総務、経理など、いわゆるコーポレートサイドの仕事は「非クリエイティブ職」と認識されがちですが、僕はまったくそう思いません。
自分の役割や目の前の仕事に対して誠実な人ならばきっと、チームの業務フローや他部署との連携の手法、そもそもの位置づけについて、「もっとこうしたらいいんじゃないかな?」という改善案を漠然とでも抱いているのではないでしょうか。
これも立派なアイデアの種。「思考の0→1」を生む壁打ちによって、チームあるいは会社全体を巻き込む素晴らしい提案に発展する可能性を秘めています。
さらに言えば、この「壁打ち」のビジネス上の価値は、10年前、5年前と比べて飛躍的に上がっています。
なぜなら幅広い業種のビジネスのあらゆる職種の人に、「企画開発力」が求められる機会が激増しているからです。

自動車メーカーがクルマだけをつくっていればいい時代は終わり、AI開発やサブスクサービスや街づくりなど「いったい何屋さん?」と言いたくなるような分野まで事業領域を広げる会社が増えていますし、「あの会社とあの会社が!」と驚くような異業種コラボレーションのニュースも絶えません。
世の中は完全に変わったのです。
決められた型通りにモノをつくる力で評価される大量生産時代から、クリエイティビティの時代へ。これからはあらゆる職種にとって「自分の頭で考え、自分で生み出したアイデアを形にする力」が必須のスキルになっていくはずです。
つまり、思考力はもっともっと重要になる。もっともっと、みんなのものになる。
難しい方法論や専門的なスキルは一切不要の壁打ちは、思考を民主化する起爆装置になるはずです。
■思考のラリー「壁打ち」相手を見つける方法
とはいえ、それでは「壁打ち」をしようと思っても、相手がその概念を知っているとは限りません。
「この人に話を聞いてもらいたいな」と思った相手が“壁打ち”という概念を知らない場合、どう始めたらいいのでしょうか。
そんなときに有効なのが、魔法のような“入り口の言葉”です。
僕のおすすめは、これです。
「ちょっと雑談なんですけど――」
この一言で、相手の構えはグッとゆるみます。
「相談があるんですけど」だと少し重たく、「聞いてもらっていいですか」だけだと深刻に聞こえる。でも、「雑談」というワードが入るだけで、「まあ、軽く聞くか」という気分になる。
僕も実際、「ちょっと雑談なんだけどね……」と切り出されると、自然に耳を傾けてしまいますし、「あ、これは壁打ちっぽいな」とすぐに察知して会話モードを切り替えられます。
また、声をかけるときには「アドバイスは不要」であることを添えるのも効果的です。
「ちょっと雑談なんだけど、答えは要らないんで、少し聞いてもらってもいいですか?」
こう言われると、相手は「何か気の利いたことを返さなきゃ」と身構える必要がなくなり、フラットな受け止めモードに入ってくれます。
■¥0でできる「壁打ち」は思考の万能薬である
この“魔法の言葉”は、職場でも家庭でも、様々な場面で使えます。パートナーと壁打ちしたいとき、子どもの様子を聞き出したいとき、同僚や取引先と関係を深めたいとき――まずは「ちょっと雑談なんだけど」と、軽く扉をノックするくらいの気分で切り出してみてください。
僕が「壁打ちはクリエイターやコンサルだけのものではない」と言っているのは、この切り出し方からも分かるでしょう。「ちょっと雑談なんですけど」さえついていれば、その先は「コピー機の調子が悪いから、入れ替えてもいいかもって思ってて……」、「子ども向け商品のアイデアがどうしても思い浮かばないんだけど、あなたのお子さんって最近何にハマってる?」、「自分は営業に向いてるかなって思ってたけど、もしかしたら事務のほうが合ってる気がしてきてさ」など、なんでもござれ。
会話は、切り出しの一言で9割決まる!
壁打ちの入り口にも、ちょっとした“言い方の工夫”を忍ばせてみましょう。

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伊藤 羊一(いとう・よういち)

武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部 学部長

アントレプレナーシップを抱き、世界をより良いものにするために活動する次世代リーダーを育成するスペシャリスト。2021年に武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)を開設し学部長に就任。
2023年6月にスタートアップスタジオ「Musashino Valley」をオープン。「次のステップ」に踏み出そうとするすべての人を支援する。また、ウェイウェイ代表として次世代リーダー開発を行う。代表作『1分で話せ』は67万部超のベストセラーに。

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(武蔵野大学 アントレプレナーシップ学部 学部長 伊藤 羊一)
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