【研究の要旨とポイント】
ラン科のバニラ属植物から得られるバニリンは、バニラアイスクリームやシュークリームの上質な甘い香りの主成分で、香料化合物として広く使用されています。

本研究では、酵素タンパク質を分子進化させることにより、植物由来のフェルラ酸から一段階でバニリンを生成する酵素の開発に成功しました。


米ぬかや小麦ふすま等の農産廃棄物から豊富に得られるフェルラ酸を、開発した酵素と常温で混ぜるだけでバニリンを生成できるため、確立した技術は簡便かつ環境にやさしい香料化合物生産手法を提供することができます。


【研究の概要】
バニラアイスクリームやシュークリームの上質な甘い香りの主成分は、ラン科のバニラ属植物から得られるバニリンという化合物です。さまざまなスイーツの香料や香粧品などに広く使用されており、世界的に需要の高い化合物ですが、植物からの抽出により得られる量は限られているため価格高騰がしばしば問題となります。

東京理科大学創域理工学部生命生物科学科の古屋俊樹教授、同大学大学院創域理工学研究科生命生物科学専攻の藤巻静香大学院生(当時)、坂本紗津記大学院生(当時)らの研究グループは、植物由来のフェルラ酸から一段階でバニリンを生成する酵素の開発に成功しました。フェルラ酸をバニリンに変換する酵素の創製を試行錯誤する中で、フェルラ酸と部分構造が類似するイソオイゲノールという化合物を変換する酵素に着目しました。この酵素タンパク質を分子進化(*1)させたところ、3つのアミノ酸残基を変えるだけでフェルラ酸をバニリンに変換するようになることを発見しました(図1)。原料のフェルラ酸は米ぬかや小麦ふすま等の農産廃棄物から豊富に得られる化合物です。このフェルラ酸と開発した酵素を常温で混ぜるだけでバニリンを生成できるため、確立した技術は簡便かつ環境にやさしい香料化合物生産手法を提供することができます。現在、企業との共同研究により、開発した酵素を利用したバニリン生産の実用化を目指しています。

本研究成果は、2024年5月10日にアメリカ微生物学会発行の学術誌「Applied and Environmental Microbiology」にオンライン掲載されました。

【研究の背景】
バニリンはバニラ属植物の種子鞘から得られますが、もともと含まれている量が少ない上に収穫量が天候に左右されること、栽培に適した場所が気候により限定されること等から、価格高騰がしばしば問題となります。化学プロセスにより比較的安価に合成することもできますが、食品や香粧品に使用するため植物由来のナチュラルなバニリンに対する需要が高いのが実状です。
そこで、植物由来の原料から微生物や酵素を利用してバニリンを生産する手法の開発に関心が寄せられています。再生可能な資源である植物由来の原料から、温和な条件下での反応を可能とする微生物や酵素を利用して有用化合物を生産する手法は、環境負荷を低減できるためSDGsの観点からも世界的に重要視されています。

研究グループは、酵素を利用したバニリン生産手法を試行錯誤する中で、イソオイゲノールという別の化合物を変換する酵素タンパク質Adoを遺伝子工学的に分子進化させることにより、農産廃棄物由来のフェルラ酸からバニリンを生成する酵素を創製できるのではという着想に至りました。当該活性を示す微生物酵素はこれまでに報告がなく、チャレンジングな研究です。

【研究結果の詳細】
Adoはカロテノイド酸化開裂酵素ファミリーに属する酵素で、活性中心に鉄(Fe)を有します(図1)。この酵素はイソオイゲノールのC=C結合を酸素原子(酸素分子由来)の付加により切断する活性を有していますが、フェルラ酸に対しては変換活性を全く示しません。しかし、この酵素をフェルラ酸とも反応するように分子進化させることができれば、そのC=C結合が酸化的に切断されてバニリンを生成するようになることが反応式から予想されます(図1)。つまり、フェルラ酸から一段階でバニリンを生成できるようになると考えられます。

酸化酵素Adoの立体構造をモデリングにより解析したところ、アミノ酸配列で82番目のフェニルアラニン(F82)と332、333、334番目のバリン(V332)、フェニルアラニン(F333)、フェニルアラニン(F334)が基質との相互作用に重要な役割を担っていることが予想されました(図1)。そこで、遺伝子工学的手法を用いてこれらのアミノ酸を段階的に種々のアミノ酸と入れ替えて、フェルラ酸に対する変換活性を評価しました。その結果、F82がチロシンYに、V332とF334がともにアルギニンRに入れ替わった変異体Y82/R332/R334において、フェルラ酸に対する変換活性が付与されていることを発見しました。

酸化酵素Adoを分子進化させ、3つのアミノ酸残基を変えるだけでフェルラ酸に対する変換活性を付与できたことは驚くべきことですが、その理由を解析したところ、変異体Y82/R332/R334では酵素とフェルラ酸の相互作用が新たに形成されていることがわかりました(図1)。
つまり、変異導入により形成された相互作用を通して酵素がフェルラ酸を安定に保持できるようになり、その結果、フェルラ酸とよく反応するようになったことが明らかとなりました(図1)。

開発した酵素はフェルラ酸に対して高い変換活性を示し、実際に反応液リッター当たりグラムスケールでバニリンを生産可能なことを明らかにしました(図2)。また、有機化合物に酸素を付加する酸化酵素の多くは、NAD(P)H等の高価な補酵素(*2)を反応に必要としますが、この酵素は補酵素を必要としません。そのため、酵素とフェルラ酸、空気(酸素分子)を常温で混ぜるだけでバニリンを生産できます。

さらに、変異体Y82/R332/R334はフェルラ酸だけでなく、p-クマル酸やシナピン酸に対する変換活性も有することがわかりました。これらは再生可能資源であるリグニン(*3)の分解により得られる化合物で、開発した酵素はリグニンの有効利用にも役立つことが期待されます(図3)。

[画像1: https://prtimes.jp/i/102047/82/resize/d102047-82-3dbd5fceb341dccbe628-3.jpg ]


図1 分子進化によるフェルラ酸からバニリンを生成する酵素の開発
野生型Adoを分子進化させ、3つのアミノ酸残基を変える(F82/V332/F334→Y82/R332/R334)だけでフェルラ酸に対して変換活性を示す変異型Adoを創製できた。Feは活性中心の鉄を示す。黄色の構造は基質のフェルラ酸を示す。それ以外の構造は酵素中のアミノ酸残基を示す。右図の破線の丸は変異導入により形成された酵素とフェルラ酸の相互作用を示し、これにより酵素がフェルラ酸を安定に保持できるようになった。

[画像2: https://prtimes.jp/i/102047/82/resize/d102047-82-77583a671be5bbfd020d-0.jpg ]


図2 変異型Ado(Y82/R332/R334)によるフェルラ酸からのバニリン生産
変異型Adoは24時間の反応で7.0 mM(1.1 g/L)のバニリンを生成した。


[画像3: https://prtimes.jp/i/102047/82/resize/d102047-82-ce0343dceecae1c7fb2c-2.jpg ]


図3 変異型Ado(Y82/R332/R334)を用いたリグニンの有効利用
変異型Adoはp-クマル酸やシナピン酸にも変換活性を示した。


【用語】
*1  分子進化
生物が進化する過程で起こるDNAの塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列の変化。DNAやタンパク質を遺伝子工学的手法により人為的に進化させることもでき、この手法を指向性進化法と言う。

*2  補酵素
酵素の働きを補助する低分子量の有機化合物。有機化合物に酸素原子(酸素分子由来)を付加する酸化酵素は一般に、酸素分子の反応性を高めるためにNAD(P)H等の補酵素を必要とする。酵素を利用して有用化合物を生産する場合、NAD(P)H等は高価なため、その反応液への添加は生産コストを高めてしまう。

*3  リグニン
植物の細胞壁に含まれるリグニンは、地球上でセルロースに次いで豊富に存在する天然高分子で、再生可能資源として注目されている。リグニンは、芳香族化合物が主にエーテル結合で連結した高分子であり、石油に代わる芳香族化合物の供給源として有望視されている。

【論文情報】
雑誌名:Applied and Environmental Microbiology
論文タイトル:Engineering a coenzyme-independent dioxygenase for one-step production of vanillin from ferulic acid
著者:Shizuka Fujimaki, Satsuki Sakamoto, Shota Shimada, Kuniki Kino, Toshiki Furuya
DOI:10.1128/aem.00233-24
URL:https://doi.org/10.1128/aem.00233-24

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