1993年のJリーグ開幕以降、日本のサッカー界は目覚ましい形で進化を遂げており、2022年のW杯では2年連続のベスト16入りを果たした。
後にプロ化に至った競技のロールモデルとしても用いられるなど、Jリーグは日本スポーツ界の発展に多大な貢献を及ぼしてきた。
一方で近年は試合中継のあり方や、新規ファンの獲得などの面で課題も指摘されている。
今回は、かつてFC東京を運営する(株)ミクシィのスポーツ事業部長やザスパクサツ群馬(現ザスパ群馬)の代表取締役を務めた石井宏司氏に、サッカー界の現状についての思いを伺った。
今回はその後編。
写真:ご本人提供
「新たなサッカーファンを呼び起こすには?」
――Jリーグ開幕した頃の若者も今では30~40代となり、近年は新規サポーターの発掘が課題として挙げられるようになりました。今後も若いサッカーファンを増やしていくためにどのような施策が必要でしょうか?
日本国内のエンターテイメントに視点を向けると、「各個人の生活にどのようにして食い込んでいくのか」が重要になっていて、これからもその傾向は強まっていくように感じます。
サッカーに時間を使ってもらって、金銭を得ることも確かに大切ですが、その根幹にある「それぞれが心を奪われる瞬間」を巡って熾烈な争いが繰り広げられていて、この勝負を制すること必要があるのかなと僕は感じています。
いわゆる「ライフタイムバリュー」と呼ばれるような、1人当たりの売り上げを増していく施策については、サッカー以外の企業でも苦戦を強いられる部分ですし、これに関しては、さまざまな形の集客マーケティングを地道に続ける他ないのかなと思っています。
――ちなみに石井さんは、新規顧客のターゲットをどのように設定されていましたか?
僕がJリーグのクラブに在籍していた頃は、地元のエリアに住む人を呼ぶことを最初に意識していました。
と言うのも、遠くに住む方やこれまでにサッカーに触れたことがない人に来ていただくのはそのぶんハードルが高くなりますし、Jリーグのクラブは地域密着を謳って活動しているものの、実際のデータを見てみると、近隣にお住まいの方がスタジアムにあまり来られていなかったりもしました。
なので、まずは地域の方にクラブのことを知っていただくために、近隣へのビラ配りや、夏休みの花火大会のような小さなイベントを実施して小さな賑わいを作り出していく。そしてその賑わいに興味を持ってくださった皆さんを、どんどん巻き込み、それらを大きな賑わいとしていく。そのような地道な施策が大切なのかなと感じています。
――試合によっては、さまざまなノベルティグッズやアイテムが配布される場面も増えましたが。
サッカークラブで働いている時に、「何を配布すれば、皆さんがスタジアムに戻ってきてくださるのか」を調べたことがあるんです。
最も効果が高かったのは、高品質のTシャツでした。シャツは製作費用もかかりますが、同じ服を着て応援をする体験を通じて、よりチームへの想いを深めていただけるようで、再度スタジアムに来てくださる可能性がとても高い。
日本全体で少子高齢化が進むにつれて、単身世代がものすごく増えていますから、“精神的な価値”を持たせたり、コミュニティを作り上げていく施策がさらに重要になるのかなと、個人的には感じています。
――スマートフォンを使った施策も効果がありましたか?
そうですね。デジタルを通じた情報接触も大切ですが、その便利さとは対照的に「気に入らないと5秒で消されてしまう」という現実もありますから。
現状ではスマホやSNSを見た人が、すぐにスタジアムに来てくださるというケースは残念ながら少ないのではないかと感じています。それよりは、まずは実際に試合を見に来ていただき、その後また来ていただくためにクラブのLINEやSNSに登録してもらうといった流れで施策を進めていきました。
「Jリーグの発展に必要なこと」
――最近は「サッカーの試合が長すぎる」と言う声も聞かれるようですが。石井さんは、サッカークラブのファンビジネスは今後どのように発展していくとお考えですか?
アメリカはテレビがまだまだ強い力を持っていて視聴者も多いですし、国土も広いですから、現地で試合を観戦するのは裕福な層に限られるという状況があります。
なので、放送時間内に試合を終わらせるような施策が求められるんですけど。日本のJリーグは、「ライブエンタメ型」、もしくは「滞在型」のモデルを軸にして発展させられたら良いのかなと個人的には考えています。
サッカー観戦に出かけるのは1日掛かりになることも珍しくありませんが、例えば遊園地で「アトラクションの時間をもっと短くしてほしい」とか、音楽のライブに出かけて「長すぎる」というお客さんはほとんどいないように思うんです。
スポーツ観戦を視聴型から体験型のモデルに変化させていく必要があると思いますし、もっと言うならば「体験型で生き残るしか道はないのでは?」と思っています。
これは個人的な意見ですけど、情報化社会の発達により、我々が忙殺されるようになってしまいました。
ただ徐々にAIが進化し、さまざまなものが自動化され、少子高齢化の中で働き方改革が進んでいく。やがて、私たちの余暇はだんだん増えていくんじゃないかと思っているんです。
ですから、さまざまなレジャー施設やホテルが併設されたスタジアムで、一日のんびり過ごす流れに変化していくような気がしますし、もしそのスタイルが定着した時には、試合自体の長さはそこまで気にならないのでは?と、個人的には感じています。
――今年も2月にはJリーグが新シーズンを迎えます。サポーターの皆さんはさまざまな期待をお持ちだと思いますが、残念ながら思うように結果が残せなかったり、勝点が伸ばせずに苦しむクラブが毎年のように存在します。結果が出ないとき、クラブに携わる皆さんはどのような思いで、その戦いを見守れば良いと思いますか?
サポーターの皆さんが「どこまでクラブのことを信じてくださるのか」についてはまちまちだと思うのですが。一度立ち止まって「自分たちのサッカーとは何だろう?」というところに立ち返ることが大切だと思います。
僕が群馬にいた頃は、高校サッカーを制した前橋育英高校をはじめとする高校生やアマチュアサッカーが盛んな地域性に目をつけ、オーソドックスな4-4-2のフォーメーションを取り入れた、アマチュア選手の良き見本となれるような粘り強いサッカーを志向していました。
結果が出ない時には気持ちが揺らぐこともあるかもしれませんが、「自分たちがどんなサッカーを目指しているのか」を忘れてはいけないと思うんです。
強くなったチームは相手に研究される機会も増えるでしょうし、他チームのサッカーが魅力的に映ることもあるかもしれませんが、クラブが根ざす地域の気質や想いとの結びつきを大切にしながら、応援していただけるチームであり続けることが大切なのかなと思います。
石井宏司氏プロフィール(転載)
1997年にリクルート入社、デジタル関連やエンタメ関連の新規事業、人材関連のビジネスプロデュースに関わる。その後野村総合研究所にて経営コンサルティング、事業再生、次世代経営者育成コンサルに従事。その後スポーツ業界に転身し、プロクラブのM&Aやアリーナ建設プロジェクトに関わる。Bリーグ千葉ジェッツふなばし、FC東京、ザスパ群馬の経営に関わった。