(L-R) 平野美宇/Miu Hirano, 伊藤美誠/Mima Ito, JULY 23, 2023 - Table Tennis :2023 ZEN-NOH Cup Tokyo Women's Singles Semi-Final at HELSPO HUB-3 Arena in Tokyo, Japan.(Photo by Naoki Nishimura/AFLO SPORT)

卓球女子シングルスの2つの枠を巡る争いが、いよいよ佳境に入っている。年内最後のパリ五輪選考会、全農CUP大阪大会。

すでに選考ポイントでトップをひた走る早田ひな(790.5pt)がほぼ当確といえる状況の中、残る1つの枠を狙う、2位・平野美宇(486pt)と3位・伊藤美誠(451.5pt)が直接対決でぶつかり合った。結果は、4-0。平野のストレート勝ちに終わった。残る大一番、全日本選手権でも激しい火花を散らすであろう2人。平野が逃げ切るポイントはどこにあるか。そして伊藤に大逆転の秘策はあるのか。

(文=本島修司、写真=西村尚己/アフロスポーツ)

平野美宇の「決め手」と「凄み」

平野美宇の持ち味といえば、ハリケーンと呼ばれる強烈な両ハンドでの連打だ。体をしっかりと切り返し、台から離れない位置で打ち合う。

ボールのスピードだけではなく、打点のタイミングも速い卓球を展開する。それが最高の形で繰り出された時には、卓球大国・中国のトップ選手も圧倒することがある。

2023年は「衝撃の7月」もあった。WWTコンテンダー・ザグレブで、準々決勝で劉瑋珊、準決勝で蒯曼と中国2選手に連勝。そして決勝では、世界女王・孫穎莎を相手にフルゲームの接戦をものにして初勝利。

中国勢力相手の3連勝を決めて奇跡的な優勝を果たしている。この平野特有の“爆発力”は、他の選手にはないものだ。

また、「対、伊藤美誠」という点でも、最近では引けを取らない試合が多くなった。11月に行われた全農CUP大阪大会でも、伊藤が表ラバーを貼っているバック側を、1ゲーム目から巧みに攻めた。伊藤の決め手のパターンである、フォア側に移動して出す巻き込みサーブも、キッチリと返球することができていた。

2ゲーム目はバックミートの打ち合いが続いたが、ここでも平野の精度がよかった。

連続ポイントもあって圧倒している。

3ゲーム目では、伊藤が大きく回り込んで打ってくるフォアでのスマッシュをカウンターする場面もあった。これは伊藤に競り負けた7月の全農CUP東京大会では、伊藤に決められている得点パターンだ。そこを読み切っていた。このあたり、伊藤が「何をしてくるか」を見抜いている感じもある。 4ゲーム目も平野の勢いが止まることはなく、ストレート勝ち。

結果、24.5ポイントあった差を、34.5ポイントへと広げた。

一方で、平野には…。試練といえる正念場

一方で、平野には、思いもよらない「負け方」もある。

全農CUP大阪大会でも、準々決勝で長﨑美柚(選考ポイント354pt/4位)に0-4であっさりと敗れている。その後の5位・6位決定戦でも大藤沙月(選考ポイント226pt/8位)に3-4で競り負けている。これが平野の“恐さ”でもある。

爆発力では中国選手にも引けを取らず、大物食いの可能性が大きい一方で、格下の選手に絶対的に勝ってくれるような安心感が増せば、平野の“新ハリケーン”はさらに頼もしさと凄味を増すだろう。

パリ五輪代表が確定となる全日本選手権では、「大物食い」よりも「取りこぼしのなさ」が問われる。

平野自身、全農CUP大阪大会の大会後のインタビューでは「全日本は、何も懸かっていない時と、オリンピックの代表権などが懸かっている時では、まるで違うもの」と語っている。この言葉からも“最終ラウンド”を戦う覚悟が垣間見られる。

まさに、平野にとって試練といえる、正念場になりそうだ。

伊藤美誠の大逆転はあるか? 「逆境」と言える今の状況が…

伊藤美誠は、今シーズン、平野美宇に対してどうも分が悪い。

それでも、7月22日の全農CUP東京大会での直接対決では、4-3で伊藤が勝っている。

特に7ゲーム目は、本来の伊藤の勝負強さを象徴するようなシーンもあった。

8-9と平野がリードの場面。サーブは伊藤。立ち位置をフォア側へ変え、何度も平野の位置を確認し、縦横回転系の巻き込みサーブで決めようとするが、平野は冷静にフォアハンドのハーフボレーのようなレシーブ。これを伊藤が表ラバーを貼っているバック側へ返球。表ラバーに、ドライブがかかっていないナックル性のハーフボレーを“つかみ”切れなかったか、伊藤はネットに落としてしまう。8―10。そんな状況からでも、またサーブを出す位置を変え、レシーブは表ラバーのツッツキを入れて、逆転勝ちを決めた。

こういうプレーが、今もできるのだ。

ただ、近年、勝負への執念のようなものがあまり感じられなくなってもいる。これは仕方がないことだろう。幼少期から上だけを見て戦ってきた。東京五輪では、水谷隼とのペアで、混合ダブルスでの悲願の金メダル奪取まで上り詰めた。そう、これまで伊藤は、休むことなくどこまでも高みを目指して血の滲む努力を続けてきた。一人の人間が、何年もの間ずっと張り詰めた状態でいられるわけがない。

現在は極端にモチベーションが落ちているようなことはないだろう。だが、すでにどこか達観したような領域に入っているのではないだろうか。

もしそうであれば、この「逆境」と言える今の状況が、伊藤の「執念」という闘志に火をつける、キッカケの一つにならないか。 長い代表権争いの試合続きで、疲労もピークに達しているはず。それでも、年明けの全日本選手権ですべてが決まる。それを思えば、眠れる爆発力がここで目覚める可能性はまだ残されているはずだ。

「最後まで諦めはしない」モノをいう伊藤の経験値

伊藤には世界最高峰の卓球の舞台で修羅場をかいくぐってきた「経験値」がある。

全農CUP大阪大会の7位・8位決定戦では、平野が5位・6位決定戦で大藤沙月に敗れる中、伊藤は横井咲桜を競り落として勝利している。

ギリギリのところで、伊藤のポイントは平野と34.5ポイント差に留まった

全日本選手権で、平野がもしベスト32で敗退した場合「+10ポイント」。その際に伊藤がベスト8まで勝ち上がれば「+50点」となる。

この状況を、23歳にしてすでに百戦錬磨の伊藤なら、冷静に見つめているはず。他力本願なところもあるとはいえ、このポイント差ならまだ詰められる可能性は十分ある。

全日本選手権では、国内から下克上を狙ってくる若手選手を、「安定して倒していく力」が求められる。幾多の僅差の試合を勝ち抜いてきた伊藤の経験値がモノをいうシーンも多くなりそうだ。 全農CUP大阪大会の後、伊藤は「最後まで諦めはしない」と言い切った。勝負は、まだ終わっていない。

女子シングルスが「2枠」というつらい現実

全農CUP大阪大会は、決勝で早田ひなを負かした張本美和が優勝している。

高身長から繰り出されるミスのないラリーが、トップとでも渡り合えるレベルで安定感が出てきた。ここにきて、この張本美和こそ早田と並ぶツートップで、もしかすると「今一番強いのではないか?」という声もある。

日本の女子卓球は、近年、凄まじい勢いで成長してきた。少しずつ世界のトップ、卓球王国・中国に近いところまできている。現に中国が「一番のライバル」と警戒するほど、日本の女子卓球は強い。

だからこそ、この女子シングルスの代表者が2枠というのはとても残酷だ。

平野美宇、伊藤美誠、木原美悠、張本美和、長﨑美柚。さらには、全農CUPで平野、伊藤と対戦した、大藤沙月、横井咲桜も大接戦となった試合ぶりを見る限り大きな力の差は感じない。

つまり、本来この2枠に入ってもおかしくない実力の選手が日本には数多くいるのだ。

すでに当確となっている早田ひな。残る1つの席を射止めるのは誰になるのか?

現時点ではやはり平野が有力だが、意地とプライドと情熱がぶつかり合う、残るたった1つの代表枠の争いから、最後まで目が離せない。

<了>

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