東京五輪をきっかけに注目度が高まったスケートボード。その熱は地方都市にも波及している。
(文・撮影=吉田佳央)
スケートボード市場は成長予測ではあるが……
「地域社会との共存」
これはパリ五輪後のスケートボード界の大きなテーマではないかと思う。
日本ではオリンピック効果やそれに伴うインフラ整備などから、スケートボード市場は年間3~5%程度の成長と推測されている。行政の街づくり計画においても、スケートパーク建設とともにわが街からオリンピアンを! と全国各地で施設整備が相変わらず盛んであることは、その大きな後押しとなっていることは間違いない。
しかし水戸市や浜松市、甲府市などは市街地での滑走を禁止する条例を施行するなど規制強化に乗り出しており、地域によって対象的な対応をとっているのが実情だ。
それでも、東京大学と三菱地所による産学協創連携の総括寄付講座「ARISE City 研究拠点」では、スケートボードと街づくりをテーマに、エリアの多様性・包摂性を高める方法論としてのストリートカルチャーの導入に着目し、その効果の定量的な評価を目指す研究が進んでいる。今後はこういった政策支援や競技・愛好者人口の定着度合いによって、経済成長率予測も変動していくことだろう。
人口減少社会の現代におけるスポーツやアクティビティは、チームではなく個人で楽しめるものに注目が集まっている。中でもスケートボードはオリンピックで示したように新たな価値観をもたらしてくれるとキッズ世代からの人気が高く、未来を担う若い世代ほどスケートボードの本質に対する理解があるため、ポテンシャルは十分にあるといえるだろう。
「アーバンスポーツの聖地化」を目指す北九州市の取り組み
そんな中、面白い動きを見せている都市がある。北九州市だ。
テーマは「パークからストリートへ」。
一見すると国内世論とは逆境する試みに見えるが、これが若者の交流や流入の切り札となり得ると聞いたらどう思うだろうか。
そもそも北九州市は高齢化率が政令市の中でトップ、人口100万人近くの大都市でありながら、国勢調査において4回連続で人口減少数全国1位を記録。「人口減少を前提とした新たな繁栄のかたちをどう創り出すか」という課題に直面している先頭ランナーでもあるのだ。だからこそ同市は新たな挑戦の一つとしてアーバンスポーツによる街づくりを掲げ、取り組んでいるというわけだ。
同市が注目していることの一つにスポーツツーリズムがある。人口減少社会では「地域外から稼ぐこと」がとても重要になるが、その主力となり得るのが観光業だ。世界の観光市場はコロナ期を除いて右肩上がりで成長を続けていることもあり、11月末にはIOC(国際オリンピック委員会)の認定団体でもあるWORLD SKATEによるストリート種目の国際大会誘致も決まった。そこでスポーツ以外の北九州市の魅力も来場者に伝えるとともに、地域住民の方々にはスケートボードの魅力を幅広く認知してもらい、政策への理解を深めてもらう。そうして北九州市滞在の価値を高めながら、その後の環境整備や選手育成等も見据えた長期的なプランで「アーバンスポーツの聖地化」を目指すというものだ。
具体的には、「スポーツで、若者を中心とした新たな街のにぎわいを創出し、稼げるまち」をしている。
「アーバンスポーツは、若者文化と親和性が高く、街そのものをステージに音楽やファッション、アートと融合しながらカルチャーとして発展してきたスポーツです。この『スポーツと街の一体感』を創り出すことが、北九州市の『にぎわいのエンジン』となると考えています」
さらに、北九州市ではスケートボードをはじめとするアーバンスポーツの魅力を最大限に引き出すため、トップアスリートの育成やコーチの招聘、国際大会やジュニア大会の誘致といったチャレンジを続けており、これを通じて「アーバンスポーツの聖地化」を目指している。
「スケートボードは東京オリンピックでの正式種目化を機に競技人口が増加し、メジャー化が進む一方で、『うるさい』『危ない』というイメージからパークに押し込められ、残念なことに本来の自由でクリエイティブなカルチャーとしての魅力が失われてきています。北九州市では、そうした価値観を『否定から応援』、『排除から共存』へと転換し、誰もが街で自由に楽しめる環境やルールを整備していきたいと考えています」(同)
将来的には、子どもたちにとってアーバンスポーツが身近な存在となり、誰もが自由に楽しめる街を作り上げる――それが、北九州市が描く未来図だ。
日常のスケートボードツーリズムを生むには?
ここで話を当初のテーマである「パークからストリートへ」に戻そう。参考資料として日本スケートボード協会のプロサーキットにおける参加選手の平均年齢を挙げたい。昨年から今年にかけて行われた直近3戦を集計すると、17.5歳と非常に若く、高校生から20歳くらいまでがメインとなっている。さらにプロ戦はアマチュア大会を勝ち抜かなければ出場できないシステムとなっているため、アマチュアの選手層はさらに若く、中学年代が中心となっている。
では、体力的に最も充実する年代である20代は何をしているのか?
そこが北九州市のテーマである「パークからストリートへ」につながってくる。実はこの年代になるとスケーターは「ビデオパート」と呼ばれる公共の空間を使った映像作品、言い換えれば自らのプロモーションビデオのようなものを作る活動の方に重きを置く傾向がある。その映像作品制作のために世界を飛び回ることは、実はスケートボードの世界ではよくあること。そこにイベント時だけではない、ストリートをベースにした日常のスケートボードツーリズムが生まれるというわけだ。
北九州市は日本一ストリートスケートに寛容な大都市!?
北九州市は大都市でありながら、これほどストリートスケートに寛容な街はないと思える部分が多々ある。
まずJR小倉駅から徒歩約5分の立地にある、若者のスケーターに人気の「あさの汐風公園」。ここはスケートボードの滑走に向いた造りで、注意看板は「21時以降のスケートボードの使用はご遠慮ください」の文言のみであり、禁止の言葉はない。まさにスケートプラザ(スケートボードができる街の広場のような場所の総称)というに相応しい場所だろう。

さらにJR小倉駅から徒歩7分の場所にある浅野町緑地は、イベント使用もできるようにと整備された一般の広場であるにもかかわらず、縁石の一部分がレンガからスケートボードによる破損防止のために取り付けるアングルに変更されており、その隣にはクォーターセクション(円を1/4にカットした滑走面が湾曲した障害物)まである。セクションとしてのクオリティには課題があり、これを愛好者が好んでトライするかといえば決してそうではないのだが、行政の手によって市街地に造られたという事実には驚きを隠せない。

フランス・ボルドーでは、スケーターバニズム(SKATURBANISM:SKATEBOARDとURBANISMを組み合わせた造語)と呼ばれる、フェンスで囲われたスケートパークを増やすのではなく、街との共存を目指す取り組みに成功した。そこでは、愛好者に認知されているスケートスポット(スケートボードに適した公共の空間)の縁石を、スチールアングル(L字型の鋼材)で補強して解放している。それと同じとは言わないまでも、似たようなことが文化の違う日本でもすでに行われていたことは非常に興味深い。
ただ、北九州市はどこでもスケートボードがOKかというとそうではなく、JR小倉駅の目の前のベンチにはスケートストッパーが取り付けてあるし、JR小倉駅の南西にある勝山公園では一部禁止看板も見受けられる。

とはいえ、大きな問題は起きておらず、勝山公園内も場所を選べば滑走自体は可能。

ではスケートパークはあるのかというと、市街地からは多少離れるものの小倉北区の延命寺臨海公園内に公共のパークが存在する。
この施設の面白いところは、柵の外でも愛好者が自由に滑走していることだ。もちろん通行人に注意する必要はあるが、パーク内は中級者以上、柵の外のフラットな部分は初心者の利用が多く、ボール遊びをする子どもたちとの棲み分けと共存の両立に成功している印象を受けた。

スケーターに寛容な理由、今後の課題
なぜ北九州市は、ここまで市街地の滑走に寛容なのだろう? その理由を考えてみると、政令市でトップの高齢化率が示す裏で若者に愛好者の多いスケートボードの市街地滑走が表立っていないことがあるのではないか。
しかしWORLD SKATEの開催やそれに伴うメディア露出等で、今後は日本のみならず世界からスケートボーダーが集まることが予想される。海外は市街地滑走における文化も日本とは全く違うので、そこでマイナスイメージを与えてしまうようなら、現状は目立っていない反対派の声が大きくなっていくかもしれない。その辺りのシステムをどう整えていくのかは、今後に向けた課題と言える。
現状の寛容さを残しつつ、さらに良くするためにはどうすればいいのか。市の担当者は「北九州市スケートボード協会や愛好者の方々と話し合いを重ねながら、いろいろな人の意見を伺い、検討を進めていきたい」と話してくれた。
国際大会誘致だけでなく、その先も見据えた北九州市の長期にわたる壮大なプロジェクトは、まだ始まったばかりだ。

<了>
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