男子プロバスケットボールリーグB3のクラブ・TUBCは、2022年のBリーグ参入1年目に1万人近い観客を動員。しかも、その挑戦は「大赤字」の無料招待から始まった。

そこに込められていたのは、地域とつながるクラブ経営の哲学だった。今年B1の2クラブがTUBCと同じ江東区に移転してくるという非常事態の中、迫る新リーグ移行を前に、TUBCが見据える未来とは?

(文=花田雪、写真提供=TUBC)

1万人動員で始まった、無名クラブの挑戦

9295人――。

3年前の2022年10月10日、あるバスケットボールクラブが本拠地に動員した観客数である。この数字は前日、Bリーグの最上位カテゴリであるB1のアルバルク東京が千葉ジェッツ戦で記録した9167人を上回る、当時のリーグ最多観客動員となった。

驚くべきは、この数字を記録したのが、Bリーグに加盟したばかりの新規参入クラブだったことだ。クラブの名は、東京ユナイテッドバスケットボールクラブ(以下TUBC)。

実績も知名度もなく、しかもリーグ3部に相当するB3所属の無名クラブが、新規参入1シーズン目のホーム開幕戦でいきなりリーグ新記録を樹立――。一体なぜ、そんな現象が起きたのか。クラブをゼロから立ち上げ、現在も代表を務める家本賢太郎はこう回顧する。

「私自身、15歳で初めて起業し、その後いくつものスタートアップ/ベンチャー企業を立ち上げてきました。その中で、『いつかやりたい』と思っていたプロスポーツクラブに着手でき、ありがたいことに有明アリーナという素晴らしいホームアリーナと契約を結ぶことができた。B3からのスタートでしたが、まずは世間のみなさんに『TUBC』というクラブを認知してもらいたい。スタッフ全員がその思いを共有して取り組んだのが『ホーム開幕節での1万人動員計画』です」

新規参入クラブとして、まずは「認知されること」を目指して行われた動員計画。

とはいえ、B3所属の名もなき1クラブであったTUBCが、いかにして人を集めることができたのか――。その裏には、スタッフによるまさに“手作業”の努力があった。現在もチーム広報、プロモーションマネージャーを務める柳谷宣達は、その“からくり”をこう解説する。

「人を集めるためにまず考えたのが、『無料招待』です。有明アリーナの周辺には当時からたくさんのタワーマンションが建設され、多くのファミリー層が流入していました。そこで、江東区の協力を得て小中学校の生徒約3万6000人に案内チラシを配布。さらには東京ベイエリアのマンションにも許可を得てポスティングも実施しました。もちろん、ただ無料で招待するのではなく、公式LINEの友だち登録を条件に加えるなどして、会員数、招待数を可視化することにも努めました」

地道な営業戦略と平行してSNSの活用なども行い、試合当日には東京五輪の車いすバスケットボール銀メダリストによるバスケットボール教室の開催など、「試合以外」も楽しめるイベントを複数実施。結果、前述のような大観衆をアリーナに集めることに成功した。

当時のキャプテンで昨季、リーグ最年長となる47歳ながらコートに立ち、現在はチームのGMという役職を担う“日本バスケ界のレジェンド”宮田諭は当時をこう振り返る。

「最初は本当にそんなにお客さんが集まるのかと半信半疑な部分もありました。ただ、スタッフのみんなのおかげで、アリーナに1万人近いお客さんが集まってくれたことは、本当に感動しましたね。

反響もすごかったです。試合の翌日にはバスケの関係者はもちろん、そうではない人からも『すごいね』『ニュース見たよ』といった声をかけてもらって、あの1試合だけでTUBCの認知度が一気に高まったことを実感しました」

“1万人動員”のB3クラブ、TUBCの挑戦。地域とつながる、新時代バスケ経営論

「無料でも意味がある」戦略の裏側

B3参戦1シーズン目の開幕節で、いきなり日本バスケ界の度肝を抜くことに成功したTUBC。一方で、多くの観客を“無料”で招待したことは、当然ながらこんな事実も生む。

「1試合だけで見たら、大赤字ですよ(笑)」

クラブ代表の家本は笑いながらこう語る。バスケに限らず、プロスポーツクラブの大きな収入源はアリーナ(スタジアム)に集まった観客による「入場料」だ。もちろん、それ以外にグッズの売り上げや放映権料など、多くのファクターが存在するが、特にB3のような下部カテゴリのクラブは、収入の大半を入場料に依存する傾向が強い。

そんな“大事な入場料”を棒に振り、さらには1万人以上収容できる有明アリーナで試合を開催することによって生じる人件費、警備費、アリーナの使用料……。

「たとえば、私が手掛ける他の会社で同じような事業計画を提出されても、まず通しません(笑)。ただ、TUBCにとってあの試合は、それをするだけの価値があった。多くの方にTUBCという新しいクラブを認知してもらい、そこからファンクラブの会員になってもらったり、主催試合に足を運んでもらったり、クラブを応援してもらうことにつながる。1試合単位で見れば大赤字ですけど、それをやる価値がある。だからこそ、今もそれを続けているんです」

家本が語るように、実はTUBCは開幕節での無料観客招待の施策を、1年目以降も続けている。2シーズン目には1万358人を集め、リーグ記録を再び更新するとともに前年達成できなかった「動員1万人」を成し遂げ、参戦3年目となった2024–25シーズンも9385人を動員。

B3の1試合最多動員記録を3シーズン連続で達成している。加えて観客数に占める「無料招待枠」の割合は年々減っており、「お金を払って、試合を見に来る」ファンの数は着実に増えているという。

“1万人動員”のB3クラブ、TUBCの挑戦。地域とつながる、新時代バスケ経営論

好調維持の裏でつかめなかった昇格の夢

「有明に1万人を動員するB3クラブ」として認知されたTUBCは、リーグ成績も好調を維持。1年目は33勝19敗でレギュラーシーズン6位、2年目は28勝22敗で同7位、そして昨季はクラブ記録の15連勝をマークするなど43勝9敗で同2位と、3シーズン連続でプレーオフ進出も果たしている。

その一方で、B2昇格を目指すプレーオフでは3シーズン連続で敗退。特にクラブ最高の成績を残した昨季は、悲願の昇格を大いに期待されながらクォーターファイナルでシーズン7位のアースフレンズ東京Zを相手に1勝2敗で敗れ、涙を呑んでいる。

実はこのプレーオフ敗退は、クラブにとっても、所属する選手にとっても、例年以上に「大きな」ものだった。Bリーグは1年後の2026–27シーズンから新リーグへと移行。現行のB1、B2、B3からリーグ名もB.PREMIER、B.LEAGUE ONE、B.LEAGUE NEXTに変更され、各カテゴリの入会条件はリーグ戦の成績ではなく、入場者数や売り上げ、ホームアリーナの規模になる。これにより、Bリーグ開幕から9シーズン続いてきた各カテゴリ間の「成績による昇降格」は廃止される。

つまり、昨季はTUBCにとって「勝ってB2昇格を決める」ラストチャンスでもあったのだ。

筆者はシーズン中から、選手、チーム関係者に取材を重ねてきたが、「プレーオフに勝って昇格できるのは今年が最後だから、なんとしてでも昇格を決めたい」という声を多く聞いた。シーズン2位と躍進したTUBCには、それを目指すだけの実力も、資格もあったはずだ。

しかし、結果は前述のとおり。今秋に開幕する2025–26シーズン、TUBCは4シーズン目のB3を戦うわけだが、たとえプレーオフを勝ち上ったとしても、その結果で昇格が決まるワケではない。ちなみにクラブとしては新リーグ体制下で上から2つ目のB.LEAGUE ONE参入を目指しており、その審査結果は今年の10月に発表される予定だ。

“1万人動員”のB3クラブ、TUBCの挑戦。地域とつながる、新時代バスケ経営論

昇降格なき新リーグで問われる価値

特にプレーする選手にとってはモチベーションの維持が困難な気もするが、GMの宮田は「その考え方は間違っている」と断言する。

「正直、TUBCだけでなく、他のクラブの選手からも『今季はモチベーション維持するのが難しいですよね』という声を聞くことがあります。でも、本当にそうなんでしょうか。プロのスポーツ選手には、たとえば優勝とか、昇格とか、場合によっては賞金とか、いろいろなモチベーションがあると思います。それを手にできるのはうれしいし、あるに越したことはない。

 でも、プロ選手としてのキャリアって限られているじゃないですか。昇格がなくても、今季がその中の重要な1年なのは変わらない。なにより、たくさんのファンがいて、応援してもらって、TUBCに関してはその中でまだ『プレーオフに勝つ』という姿を見せられていない。それをモチベーションにできないようなら、プロとしてコートに立つこと、これから立ち続けることはできないと思うんですよね」

プロのスポーツクラブにとって“勝敗”は、もちろん大切だ。ただ、「それだけではない」と宮田は語る。

「僕はコロナ禍で無観客試合になって、打ち切りになったシーズンも経験しているんですけど、誰もいないアリーナでプレーするのは本当にキツいんですよね。ただ、あの経験はプロの選手として『応援されること』のありがたさを改めて実感するきっかけにもなった気がします。見てくれる人、応援してくれる人がいなければ、それはプロスポーツではなくただの『競技』です。昇降格がなくなる新リーグについては、当然まだまだ改善しなければいけない部分もあると感じていますが、それ以上に『見てもらうこと』『応援してもらうこと』が数字として今まで以上に可視化されて、それが条件になる。私も含めた選手たちも、それを再認識するキッカケになるんじゃないかなと思うんです。

 TUBCにはB3というカテゴリにいながら『1万人』というB1トップクラブ並みの観客の前で試合をした経験があります。選手たちも、クラブのスタッフたちも、少なからずそこで『見られることで生まれる力』みたいなものは感じているはず。クラブとしてはまだリーグ全体の盛り上がり、熱量に追いつけていない部分もありますが、そこはこれからの課題として、新シーズン、新リーグを戦っていきたいですね」

「見てもらうこと」「応援してもらうこと」――。宮田だけでなく、代表の家本も新リーグをキッカケにその重要性を再認識したという。

「最初に新リーグの要項を目にしたとき、『おぉ……』と思ったのも事実です。ただ、時を経て、その奥にあるリーグから私たちクラブへの『あなたたちは、本当に地域に貢献できていますか?』というメッセージを読み取れるようになった気がします。各クラブが地域と連携して、どれだけ地元の人に応援してもらって、それを返せているか。

もちろん、勝ったほうがファンのみなさんは喜んでくれますし、勝敗にこだわらないワケではない。ただ、『じゃあ勝てばいいのか』と言われると、それもまた違うんですよね。

 クラブ名にもある『UNITE』は団結という意味がありますが、TUBCをキッカケに地域の人がつながりを持ち、それが『UNITE』につながる。クラブを経営してきて、多くの方から『TUBCがキッカケで仲間ができた』『新しいつながりが生まれた』という声を頂くのですが、それが一番うれしいんです」

“1万人動員”のB3クラブ、TUBCの挑戦。地域とつながる、新時代バスケ経営論

B1クラブとの共存共栄。TUBCが目指す「UNITE」の形とは

リーグが発足時から掲げる「地域とのつながり」。新リーグ移行には、そのメッセージがより色濃く打ち出されている。

その一方、「江東区・有明」をホームとするTUBCにとって、大きな転機になりそうなのが今年10月に開場するアルバルク東京の本拠地・トヨタアリーナ東京の存在だ。TUBCと同じ江東区に、現役日本代表選手も複数擁するB1クラブのアルバルク東京が移転してくる。また、同じくB1のサンロッカーズ渋谷も、トヨタアリーナ東京をホームアリーナとして共同使用することが発表されている。

同じ江東区内に、B1の2クラブが移転――。B3のTUBCにとっては死活問題と言えるかもしれない。ただ、家本はこの窮地とも言える状況を逆手に考えている。

「同じ区に3つのクラブが存在することについては正直驚きました。しかも、アルバルクさんもサンロッカーズさんもわれわれよりはるかに格上。ライバルと言える立場ですらありません。ただ、これを機に江東区という街が『いつでも、どこかでバスケをやっているよね』という環境になれば、それはむしろプラスになるのではないか――そう思うんです。

 私は毎年、視察も兼ねていろいろな国に行くのですが、たとえばヨーロッパに行って『バスケが見たいな』と調べると、どこかしらで、どこかのクラブの試合がやっているんです。江東区も同じように、ふと思い立ったときに試合が見られる。そんな環境になれば最高じゃないですか。その選択肢の中に、アルバルクさん、サンロッカーズさん、そしてTUBCが入れるようなことがあれば、これまで以上に地域の方とも、もっといえばクラブ間の『UNITE=団結』も強くなる気がするんです。もちろん、そのためには我々がもっと頑張って、2クラブに負けないくらい魅力のあるクラブになる必要があります。

 今後、B.LEAGUE ONEやその先のPREMIERを目指していくうえで、私たちには『1万人動員』という経験はもちろん、有明アリーナというB3としては破格のホームアリーナの存在もあります。今はまだ、年間数試合をメインで行い、残りをサブアリーナで開催する形をとっていますが、今後カテゴリが上がればメイン使用試合を増やして、今まで以上に多くのお客さんにTUBCの試合を見てもらえるよう、クラブとしても働きかけていくつもりです」

B3に所属しながら、「1試合1万人」を動員する異色のクラブ・TUBC。その運営方針、経営の指針は、リーグがこれから打ち出していく新リーグの指針とも、どこか重なる。

「地域と、ファンとUNITEする」

2025-26シーズン、B3を舞台に戦うTUBCの行く先を、これからも見続けたい。

<了>

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