選手のスパイクが受けられるレシーブ体験のふるさと納税返礼品がわずか1分で締め切られ、地元の小学校との共同企画を経て認知度が50%も上昇。バレーボールのV.LEAGUE DIVISION1(V1)男子・パナソニックパンサーズが、スポーツ界にとって注目に値するコート外での取り組みを積極的に行っている。

Vリーグが「企業スポーツからの脱却、リーグのビジネス化」を掲げる流れの中、地域に愛されるプロチームへと変革を遂げようとする企業チームの、その進化の過程を追った。

(文・本文写真=米虫紀子、トップ写真提供=パナソニックパンサーズ)

1分で締め切られた“レシーブ体験”。「60%で…」力加減のリクエストも

今シーズン、バレーボールのV.LEAGUE DIVISION1(V1)男子のパナソニックパンサーズは、コート内外でさまざまな話題を提供した。

今年1月には、パナソニックのホームタウンである大阪府枚方市が、「パナソニックパンサーズの選手が放つスパイクを受けられる!」レシーブ体験(先着20人)を、ふるさと納税返礼品として用意。今年で3回目となるが、毎年人気で、今年も受け付け開始からわずか1分で締め切られた。

返礼品のレシーブ体験は、3月6日に枚方市のパナソニックアリーナで行われたホームゲーム終了後のコートで実施。

選手全員が残って見守る中、参加者はスパイクを打ってほしい選手を指名し、「60%で」などスパイクの力加減もリクエストできる。体験終了後は、1人ずつ選手全員と一緒に記念撮影も行った。

三重から来たという男性は、受け付け開始と同時に素早く申し込めるよう、他のふるさと納税で申し込みの練習をして、このレシーブ体験の応募に臨み、先着20名の狭き枠を勝ち取ったという。当日はポーランド代表主将も務めたミハウ・クビアクのスパイクをリクエスト。「クビアク選手は本当にパナソニックを支えていると感じる選手。スポーツマンシップあふれる姿に惹かれて応援するようになりました。

スパイクは、速くて一瞬でした。一生の宝物にします」と声を弾ませた。

パナソニックの主将・山内晶大は、「この返礼品のことをニュースに取り上げてもらったり、受け付け開始後すぐに定員に達したり、そういうことを聞くとすごくうれしいですね。これを機にバレーボールやパンサーズのことを知って、会場に行って応援してみよう、となる人もいると思う。実際にスパイクを体験してもらって、球が速いとか、すごいというのを肌で感じてもらったら、見方が変わったりするんじゃないでしょうか。こういうイベントが増えていったら、パンサーズやバレー界もより注目されるんじゃないかなと思います」と語っていた。

パナソニックは着々と地元・枚方市との結びつきを深めてきた。2017年10月からはPR大使を務めている。小学校でバレー教室を行ったり、地元のショッピングセンターやひらかたパークなどのイベントに積極的に参加。今季は京阪電車とコラボしたホームゲームも行い、車内にはパナソニックの選手の声でアナウンスが流れた。駅にはパナソニックの選手たちの写真装飾があふれ、試合がない日でも、「あ、パンサーズや!」と立ち止まって眺める子どもたちの姿を見かけた。

地元の小学6年生が仕掛ける、パンサーズの認知度向上策

地道に種をまいてきた成果が、昨年、思わぬかたちで現れた。

パナソニックアリーナから徒歩圏内の場所にある五常小学校の6年生から、相互教育学習として「パンサーズを日本一にするために」というテーマの授業を1年間かけて行いたいという申し出があり、チームは全面的に協力した。

6年生はまず1学期に、パンサーズの現状を知るために、「パンサーズを知っていますか?」「パンサーズは好きですか?」といった質問を並べたアンケート調査を全校生徒に行った。その結果、パンサーズの認知度が予想以上に低かったため、2学期以降は、パンサーズを知ってもらい、ファンを増やすための活動に取り組んだ。

他の学年の生徒たちにもパンサーズの選手を知ってもらうため、選手やチームを紹介するプレゼンテーションを行った。また、選手と接する機会をつくろうと、東京五輪に出場した清水邦広や山内をオリンピック報告会に招いて、オリンピックの舞台裏を話してもらったり、サーブでペットボトルを倒すなど、トップレベルの技を披露してもらった。オンラインで選手と児童が一緒にビンゴ大会をしたり、リーグ開幕後は、児童、保護者約700人でホームゲームを観戦した。

さらに、学校外の市民にもパンサーズを知ってもらおうと、6年生がポスターを作り、ひらかたパークや図書館、飲食店などに貼ってもらえるようお願して回った。

そうした活動を経て、3学期に再び校内でアンケート調査を実施したところ、大きな成果が見られた。

「パンサーズについて知っていますか?」という質問に対して、1学期は知っている生徒が30%ほどだったが、それが約50%も増加した。「パンサーズは好きですか?」という質問に対しては、「好き」と答えていたのは10%程度だったが、3学期には約70%に大幅に増加。

保護者に対するアンケートでも、「パンサーズの試合を見たことがある」という人が60%に、「パンサーズの話を子どもから聞いたことがある」という人は90%に達した。

全然知られてないとショックを受けるも、最後は「感動」

今年3月9日に五常小学校の体育館で行われた最終報告会では、こうした1年間の取り組みが発表された。コロナ禍のため、パナソニックからは一部の選手、スタッフのみが参加するかたちとなったが、参加者は皆、感激の面持ちだった。

パナソニック・スポーツマネジメント推進室の久保田剛室長(現パナソニックスポーツ社長)はこう語っていた。

「一言で言うと、感動しました。応援してくれるだけじゃなく、マーケティングを含めてあそこまでやってくれて、ありがたいし、本当にうれしい。涙が出てきましたと言うスタッフもいました。やらされているんじゃなく、子どもたちが全部自分たちで考えてやってくれている。中学校に行っても同じようなことをやりたいとか、中学でバレー部をつくりたいと言ってくれている子もいますし、校長先生には『自分たちの代で終わらないようにしてほしい』と伝えてくれているそうなので、それもうれしかったですね」

報告会に参加したアウトサイドヒッターの今村貴彦も、「感動しました。1学期から報告を聞きながらずっと一緒にやってきて、最初は『こんなに近くにある学校なのに、全然知られてないんだな』とショックはありましたが、2学期、3学期とやっていくにつれて、認知されて、試合にもきていただいて、すごくうれしいです」と感謝していた。

Vリーグ機構は、企業スポーツからの脱却、リーグのビジネス化を掲げて2018-19シーズンに新生リーグを立ち上げた。だが、変化はあまりに緩やかだ。V1女子のヴィクトリーナ姫路やV2男子のヴォレアス北海道などのプロチームが地元に根ざし、新しい施策を打ち出している一方で、Vリーグ機構のリーダーシップや企業チームの変化は見えにくい。その中にあって、パナソニックは積極的に変革しようとしているチームの1つだ。現状は選手のほとんどが社員で、プロ選手は一部だが、まずは運営面のプロ化を目指す。

企業チームからプロ化のモデルケースへの挑戦

今年4月1日には、スポーツマネジメント推進室がパナソニックから分社独立し、「パナソニックスポーツ株式会社」が発足。かつてJリーグ・大宮アルディージャの経営にも携わった久保田氏が社長に就任し、バレーボールのパナソニックパンサーズと、ラグビーの埼玉パナソニックワイルドナイツ、そしてサッカーのガンバ大阪の強化と運営、興行を行う。またパナソニックから野球部、女子陸上競技部の運営も受託する。

久保田社長は、「ヨーロッパのスポーツを見てもらってもわかるように、やっぱり長く、安定して応援してもらえるチームになるには、地域に根ざすこと」と地域密着を重視する。

「地域の人々に、『自分たちの街の誇りだ』、『われわれのチームだ』というふうに言ってもらえるような存在になることで、持続可能になっていくんじゃないかと信じています。それができるんじゃないかという手応えは感じています」

バレーボールにおける、企業チームからプロ化のモデルケースとなるべく、今後も新たなチャレンジを打ち出し続ける。

<了>