いよいよ9月30日に開幕する世界卓球選手権を控え、現在、日本男子には二人のエースがいる。代表枠を競い熾烈な争いが続いているパリ五輪選考ポイントでもダントツの1位、誰もが認める大エース張本智和と、もう一人は戸上隼輔だ。

パリ五輪代表選考会を兼ねた全農CUP TOP32決勝で張本を破った戸上は、極端にミスの少ない選手へと成長した。日本男子2人目に名乗り出たエースは、なぜ急激にすべてのプレーの精度が上がったのか?

(文=本島修司、写真=Getty Images)

攻守において、すべての「精度」が上がっていた戸上隼輔

9月4日に行われたパリ五輪代表選考会 全農CUP TOP32男子シングルス決勝。戸上隼輔が国内選考会での初優勝を飾った。すでに今年1月に行われた全日本卓球選手権大会で優勝している日本一のプレーヤーの一人だが、その後は大事な試合での惜敗が続き、「勝てない全日本チャンピオン」との声もあった。パリ五輪代表選考会でも現在4位。張本、及川瑞基、篠塚大登の後塵を拝している。

しかし今回の優勝は、それらを払拭するのに十分な内容と結果だろう。決勝戦では、張本智和を4-1で圧倒。その張本と並んで「日本の男子には二人のエースがいる」と思えるほど、勝負強さが際立っていた。再び輝きを取り戻した戸上隼輔。

戸上にとって一つの節目の大会となるであろう全農CUP TOP32でのプレーで、どんな変化があったのだろうか。

戸上のスタイルは、前陣でのフォアドライブを主体とした「王道の攻撃型」だ。奇をてらったプレー、変化をつけたプレーは少なく、真正面から攻撃的にぶつかる、現代卓球の教科書のようなプレーをする。

今大会では、持ち前の攻撃の“精度”が上がっていた。中盤以降、それは「戸上がバックスイングに入り、打つ体勢に入ると、もうミスをするとは思えない」というほどの絶対的な安心感だった。

精度の高い卓球。それは見ている者を安心させる卓球だ。そして、安心できる攻撃的な卓球は、エースと呼ぶにふさわしい。こうした一連の試合ぶりが、見ているファンに、「張本と並ぶ日本男子の二人目のエース」を印象付けていく。2回戦では、特別な思い入れもあるであろう、自身のダブルスパートナーの宇田幸矢に4-1で勝利。準決勝では、篠塚大登にストレート勝ち。調子と仕上がりは抜群だった。

特に篠塚には、2022年LION CUP TOP32でフルゲームの末に敗れている。このときの負けが、戸上を奮い立たせたのではないだろうか。今回の篠塚戦では、サウスポーの篠塚のバックドライブを、フォアドライブでカウンターするシーンが象徴的だった。

バックミートもさえわたり、篠塚が左右に振られるシーンが多く見られた。そしてラリーに入れば、両ハンドの素早い切り返しで圧倒する。その寸分狂いもない精度は、まるで何か“ゾーンに入った”ような状態で、一度頂点を極めた男が再び悔しさを噛み締めて猛練習を積んだ光景が、嫌でも思い浮かんでくるものだった。

緩急をつけるラリー、その精度も上がっていた

そして迎えた決勝戦。張本も決して調子が悪かったとは思えないなかで、ここでも相手を圧倒することになる。ひと言で表現すると「勝負強い」。そういう試合だった。

1ゲーム目は、張本がフォア前に短く出してくるサーブで、チキータを封じられながら落としてしまう。しかし、2ゲーム目からは“戸上劇場”が開演。目の覚めるような爆発力を発揮した。

0-5からスタートしながらも、まずは長いサーブを出し、張本の甘くなったレシーブをバックハンドでたたきにいく。そして10-7となったところでのプレーが、この試合を象徴する一本となる。戸上は両ハンドで打ちながらも、意図的にスピードを落としたユルいツナギの軽打を使った。

そしてそれがミスなく入り「緩急をつけて連動している攻撃」となった。次の一球を見据えた力のコントロールで、ミスのないラリーをつくったのだ。

ラリーの中に、上手に意表を突くユルいボールがあると、今度は速いボールへの対応が遅れてしまうもの。戸上はこのセットあたりから、そこをうまく使い始めた。そして、10-9からバックの打ち合いでジュースに持ち込むと、12-11からサービスエースでこの第2ゲームを逆転で取り切る。そのまま一気に流れに乗った。

第3ゲームは、バックストレート、そしてバッククロスへと、バックミート系の技術が決まり始める。第4ゲーム、第5ゲームともに、その流れは変わらず。バック対バックで、距離を取ったユルいボールを挟む戸上の攻撃がまたしてもさえわたる。

ユルい軽打の後だからこそ、速いボールがさらに速く感じられる。第5ゲーム、一進一退の攻防の中、8-5から、サーブをフォア側の位置から出し、ミドルへ攻撃。また一つ新しい“引き出し”を使う戦術を見せて、そのまま勝負が決まった。

卓球において「精度が上がるとき」は…

ドライブ、ブロック、時に想像もつかないようなスーパープレーまで飛び出しながら、卓球において「精度が上がるとき」とはどんなときだろうか。多くの場合、それは練習時から今まで以上に「意識を高く持っているとき」と言われる。 

当然、プロの選手であれば、全員が普段からアマチュアよりも高い意識で練習に挑んでいるは当然だが、そのなかでも特に「自覚が芽生えた状態での練習」というのは、大きく実力を引き延ばすことがある。戸上にとっては、前回の篠塚の敗戦が、自身の練習に火をつけるターニングポイントになったのではないだろうか。

そしてそこに、緩急をつけた安定感も加わってきた。

今大会、張本が打点の速い中国のような爆発力のある卓球だったならば、今の戸上はヨーロッパの一流プレーヤーがやるような少しだけ台から離れた位置で繰り出す抜群の安定感のある卓球を感じさせた。前陣、中陣、そのどちらもが力強い個性と戦術であり、とても頼もしい。もともと、戸上こそが「超攻撃的卓球」と称されることが多かったが、ここにきて戦術の幅が大きく広がったといえそうだ。

すでに全日本選手権を優勝している戸上が、「勝てない全日本チャンピオン」から、「日本男子2人目のエースに」変貌したことは、日本の卓球ファンにとって心強い限り。

全農CUP32。日本のエース二人が見せた最高の決勝戦で、多くのファンが感じた、強気だけど乱れずに、まるでミスをする気配が感じられない戸上隼輔が、日本の男子卓球界を背負い、盛り上げ、勝たせていく。

<了>

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