ニクソンショックの再来だろうか。そんな思いをぬぐい切れない。

高市早苗首相の国会答弁から生じた日中両国の対立に対する米トランプ政権の姿勢である。

20世紀のニクソンショックは1971年7月、ニクソン大統領が訪中方針を突如発表、寝耳に水の日本政府にとって外交的「悪夢」となった。今のトランプ政権の対応に、この事件に類似した面があることは否定できない。これが杞憂や「ミニショック」で収まるのか、あるいは一大衝撃に発展するかは「予測不能な」トランプ大統領次第だ。

始まりは2025年11月24日の米中首脳による電話会談だった。会談の半分は台湾問題に費やされたと報じられた。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによると、米中会談の後に行われた高市首相とトランプ大統領の電話会談で、トランプ氏は日本側に台湾問題に関する発言を抑制し、中国を刺激しないよう求めた。

米中、日中会談の後、トランプ氏は米記者団に東アジア情勢について聞かれ「うまくいっている」と強調した。真意は不明だが、近来になく日中関係が緊迫している中、東アジア情勢を「うまくいっている」と表現したのは「米国にとっては」ということではないか、と勘繰られても仕方ないだろう。

21世紀のニクソンショックか、トランプ対日外交の裏に孤立主義と伝統的な米中関係
トランプ大統領 画像出典:The White House公式facebook

12月6日、中国軍戦闘機が航空自衛隊機にレーダー照射した。オーストラリアのマールズ副首相兼国防相が翌日の日豪防衛相会談の後「大変憂慮すべき事態だ。強い決意を持ち、日本と力を合わせて行動していく」と直ちに中国を批判したのに対し、米政府の反応は鈍く、国務省報道官レベルでの対中批判はあっても、閣僚以上での批判はない。

実際、米大統領府は日本と中国への「等距離外交」とも受け取れる姿勢を打ち出している。レビット報道官は12月11日の記者会見で「米国は日本と非常に強固な同盟を維持しつつ、中国とも良好な協力関係を保つ立場にいるべきだと考えている」と述べた。「日中間の軍事的緊張が高まっているが、米国はどんな行動をとる用意があるか」との質問への答えだった。米国の姿勢はフィリピン国防省が12日、レーダー照射について「深く懸念する。(公海上空での)危険行為は許されない」と批判したのと対照的だった。

対中最強硬派として知られたルビオ国務長官も19日、「強固な日米同盟を維持しつつ、中国と生産的に協力していくことは可能だ」とレビット発言をなぞった。政権全体で歩調を合わせていることが明確となっている。

伏線はあった。トランプ氏に近いとされるFOXニュースのローラ・イングラム記者との11月10日インタビューでの以下のようなやり取りだ。

【イングラム】先週、大統領がとても気に入っている日本の高市首相が、台湾情勢が極めて厳しい状況にあり、中国の台湾に対するいかなる行動も日本の存立危機事態となる可能性がある、と述べた。その発言に対し中国の外交官がSNSで首相の首を切るべきだ、と語った。そういう中国人たちは米国の友人とは言えない、そうではないか?

【トランプ】同盟国の多くも米国の友人ではない。

同盟諸国は米国との貿易で米国を利用してきた。中国よりも、だ。中国も米国を大きく利用した。中国軍を建設したのは米国だ。

以上のやり取りから大統領の日本と中国に対する独自のスタンスが感じ取れる。

トランプ氏は台湾への姿勢も歴代大統領と大きく異なる。第1次トランプ政権で国家安全保障問題担当の大統領補佐官を務めたジョン・ボルトン氏は11月26日、英誌エコノミストとのインタビューで補佐官当時のエピソードを紹介した。大統領が執務室の椅子に座り、ビクトリア英女王から贈られたとされる大きな執務机と小さなペンを比べて「分かるか。ペンが台湾、この机が中国だ」と述べたというのだ。ボルトン氏は「トランプ氏が台湾に感じている価値はその程度のものだ。必要とあれば彼はどんなものでも取引するだろう」と指摘。さらに「大統領は中国と史上最大の貿易合意を達成したがっている。

より大きな政治的、軍事的意味合いなどは考えもしない」として「台湾にはおびえる理由がある」と警告した。

歴代の米大統領は近年、常に中国の人権問題を取り上げてきた。しかし、トランプ政権では1期目から2期目の現在まで、大統領本人が中国の人権問題を口にしたことはまれだ。トランプ氏が台湾や人権などをめぐる「価値観」外交から距離を置いているのは明白だろう。米政権は12月17日、台湾に過去最大規模の武器売却を発表したが、その反発もあって中国が台湾周辺で実施した大規模軍事演習について、トランプ氏本人は「懸念していない」と述べている。

10月に韓国で行われた米中首脳会談の後、トランプ大統領は会談を「G2(二大国)会談」と表現した。G2は米中2カ国で世界を仕切り、台湾問題などで中国に譲歩する意味合いがあるとして、米外交では「死語」となっていた。習近平国家主席は「太平洋は十分に広く、米中両国を受け入れることができる」として太平洋の「米中2分割構想」を唱えてきたが、G2をめぐるトランプ発言は習主席の姿勢に呼応する面がある。おりしも、第2次トランプ米政権で初めてとなった国家安全保障戦略(NSS)が12月に発表され、そこでは米国の最上位の利益として南北米大陸を中心とする「西半球」が強調されていた。この考えに基づけば、太平洋が米中によって東と西に分割できる、という習主席の主張は現在の米政権の姿勢と大きく矛盾しない。11月11日付の英誌エコノミストは、中国エリート層の間でトランプ政権は「歴史的好機」だとの見方が広がっている、と論評した。

一連の動きは、トランプ氏という特異な政治家の存在ゆえに起きたのだろうか。

歴史を振り返れば、トランプ氏は米外交の底流に一貫する孤立主義の流れに乗っている。「アメリカ・ファースト(米国第一)」はトランプ政権のスローガンだが、もともとは米国の第2次世界大戦参戦に絶対反対を唱えた「The America First Committee(米国ファースト委員会)」が看板に掲げた。

米国ファースト委員会は、愛国主義、孤立主義を打ち出し、外交では不介入主義をモットーとした。委員会の代表格だった冒険飛行家チャールズ・リンドバーグは1941年4月23日、ニューヨーク市で行った演説で欧州への介入に反対し「フランスは今や敗北した。ここ数カ月の混乱とプロパガンダにもかかわらず、英国が負けつつあるのも明白だ。英国にいくら支援を行っても、われわれはこの戦いには勝てない、という結論を下さざるを得ない。だから米国ファースト委員会を作ったのだ」(米テレビのスミソニアンチャンネル)と述べている。英国を現在のウクライナに入れ替えると、トランプ政権の主張と合致する。

米国ファースト委員会は日本の真珠湾攻撃を契機に解散したが、孤立主義の系譜は連綿と続き、1992年と96年の大統領選共和党候補指名争いに出馬した政治評論家のパット・ブキャナン氏もアメリカ・ファーストのスローガンを掲げ、外国への一律関税や対外援助の停止、対外不介入を強調した。トランプ政権では伝統の孤立主義が前面に押し出されているとみるべきだろう。

一方、孤立主義と並び、歴史的な米中関係の枠組み、という視点にも留意する必要がある。米中間には太平洋を挟んだ大国同士として、日本からは見えにくい親和性が存在する。

単純化した言い方になるが、米国には中国の歴史と文化に対するリスペクトがある。米最高裁の建物に西洋の哲人に並んで孔子像が刻まれているのがその象徴だ。戦前、多数の宣教師が中国に渡り、ノーベル賞作家パール・バックの小説などを通じ中国に親近感を持った米国人も多い。米国は1900年の義和団事件の賠償金で、中国人学生への留学制度を設け、名門清華大学の前身となる学校も設立した。

中国から見れば、日本との戦争、中ソ対立時のソ連による攻撃の脅威、という歴史的危機の崖っぷちから2度も自国を救ってくれたとして米国に「恩」を感じる人も少なくない。第2次世界大戦に勝利し、戦後秩序の基礎を米国と共につくったという自負もある。世界大戦前夜、日本軍と戦う中国軍を支援した米国人飛行部隊「フライングタイガース」のエピソードは、米中関係について中国メディアや当局者が持ち出す十八番だ。「美国」(米国を示す中国語)は中国人にとって長い間、最も憧れる移民先、留学先だった。

このような関係を背景に、中国が日本と接する際に米国を頼りにする、あるいは日本を敵視することで米国に接近しようとする、という姿勢は戦前にとどまらない。個人的な経験では2005年に米有力シンクタンク、戦略国際研究センター(CSIS)代表団が訪中した時のことを思い出す。中国側のシンクタンク代表が米代表団との会議で「日本なんかと同盟を組んでいると日英同盟の英国みたいにひどい目に遭うぞ」と警告したのだ。旧知の米側出席者に聞くと、発言したのは中国の平和的台頭を唱え、娘を日本に留学させていた知日派の人物だったため、なおさら意外感があった。

21世紀のニクソンショックか、トランプ対日外交の裏に孤立主義と伝統的な米中関係
リチャード・ニクソン

歴史的事例を見てみよう。ニクソン訪中前年の1971年10月、地ならしのために北京入りしたキッシンジャー大統領補佐官と周恩来首相の会談内容が21世紀に入り機密解除されている。要旨は次の通りだ。

【周恩来首相】日本人はものの見方が狭く、とても変わっている。島国の国民だ。

【キッシンジャー補佐官】中国は伝統的に普遍的な視野があるが、日本は部族的な視野しかない。日本人はほかの国民がどう感じるかに何の感受性もない。日本に何の幻想も持たない。

【首相】日本は第二次大戦の賠償も払わず戦争から利益を得た。経済拡大は軍事拡大につながる。米国は日本を今の状態に太らせた。

【補佐官】日本を経済的に発展させたことを今は後悔している。

【首相】日本は過去25年余り防衛に必要以上の金を使ってきた。今や羽が生え飛び立とうとしている。一度日本が軍事拡大に走ればどこまで行くか分からない。

【補佐官】日本が米軍撤退を希望すればいつでも出ていく。日本が自主防衛すれば周辺の国にとって危険だ。米国が米国のために核兵器を使うより日本のために使う可能性は実際は少ない。日本が大規模な再軍備に走るような事態になれば伝統的な米中関係が再びものを言う。米国は日本の拡張を抑えるために、他国と協調しできることをする。日本についてわれわれは同方向の利害を持つ。(ソースは米シンクタンク国家安全保障公文書館)

高市首相発言を受けて行われた米中首脳の電話会談。内容が明らかになるのはかなり先になるだろうが、少なくとも中国側が「伝統的な米中関係が再びものを言う」ことを米側に期待したのは確かだろう。

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