中国の思想評論系の隔月刊誌「文化縦横」は、「中国経済学界がノーベル賞を受賞できない真相」との記事を掲載した。

同記事は、中国の経済学者がノーベル賞を受賞できない理由として、英国の著名な経済学者であるロジャー・E・バックハウスとキース・トライブが著した「The History of Economics::A Course for Students and Teachers」の内容の一部を引用して掲載している。

同著は、経済学が政治的イデオロギーと無関係ではなく、学派や研究潮流の形成にも社会的背景が影響してきたことを論じている。「文化縦横」はこの点を利用し、中国の経済学者がノーベル経済学賞を受賞できない理由は、西側経済学界の思想的枠組みや評価基準に原因があると主張している。

同著の概要は以下。

経済学において、研究成果とイデオロギーの関係は常に議論の対象となってきた。経済学者は時代によって「新自由主義者」あるいは「社会主義者」と批判されてきたが、その背景には、経済学が単なる自然科学とは異なり、政策や社会制度、人間の行動を分析対象とする学問であるという特徴がある。

経済学者に対するイデオロギー批判が難しい理由は、研究者自身が自らの政策提言や政治的立場を科学的分析によって正当化できると主張するためである。また、経済学では証拠の解釈が分かれる場合が多く、計量分析にも一定の誤差が存在する。そのため、同じ経済現象に対して異なる結論が導かれることも珍しくない。

こうした状況の中で、経済学の発展は研究機関や学派の影響を強く受けてきた。戦後、マサチューセッツ工科大学(MIT)はケインズ経済学や政府の役割を重視する研究と結び付き、シカゴ大学は市場メカニズムを重視する自由市場経済学の中心となった。このように、経済学の「研究拠点」は単なる学術施設ではなく、特定の研究思想や方法論と結び付いて発展してきた。

冷戦期には、経済学も政治的対立の影響を受けた。

米国では反共主義の高まりによって、国家介入を重視するケインズ主義的な考え方が批判される場面もあった。しかし、実際には大学の学術活動が大きく方向転換した証拠は乏しく、ケインズ経済学はその後も発展を続けた。

一方、1970年代以降は市場重視の「新自由主義」が台頭した。ハイエクらの思想はシンクタンクなどを通じて広まり、ノーベル経済学賞もこうした思想潮流の形成に一定の役割を果たしたとの指摘がある。特にハイエクの受賞は、単なる学術的評価だけでなく、当時の社会や政治の変化とも結び付いていたと分析されている。

このように、ノーベル経済学賞は単純に経済的成功や実務的成果を評価する賞ではない。世界の経済学に影響を与える理論や分析方法が評価される一方で、その評価は時代の研究潮流や学界の価値観とも無関係ではない。

経済大国であることと、世界的な経済理論を生み出すことは別の問題である。ノーベル経済学賞をめぐる背景を理解するには、個々の研究能力だけでなく、経済学がどのような思想的環境と学術競争の中で発展してきたのかを見る必要がある。(翻訳・編集/北田)

編集部おすすめ