約2年間のリノベーションを終えて、ニューヨークのウェブスター・ホールが今年の5月1日に再開される。
ウェブスター・ホールのビルは1886年に建てられており、建築当時は仮面舞踏会から労働組合の集会、結婚式、講演など、あらゆる目的で使用されていた。しかし1953年にRCAレコーズに買収され、このレコード会社の主要レコーディング・スタジオとなった。RCAレコーズと契約した直後にエルヴィス・プレスリーが「ハウンド・ドッグ」をレコーディングしたのもこのスタジオで、フランク・シナトラからハリー・ベラフォンテやルイ・アームストロングまで、当時の人気アーティストたちがこのスタジオで多くの作品を生み出している。1962年2月2日、ボブ・ディランがここで行われたハリー・ベラフォンテのセッションでハーモニカを演奏し、これがディランにとってプロ仕様のレコーディング・スタジオで作業した最初の体験となった。
1980年、ビルの所有者が変わったことを契機にウェブスター・ホールはロッククラブへと変貌を遂げ、メインのパフォーマンス・スペースであるザ・リッツが新たに加えられた。このため、すぐさまニューヨークの主要コンサート会場となり、プリテンダーズ、キッス、プリンス、ティナ・ターナー、エリック・クラプトンなどがここでコンサートを行った。そして1980年12月6日、ジョン・レノンが殺害される2日前、U2がこのクラブで北米デビュー・ライブを行ったのだが、このとき会場にいた観客は25人程度だったという伝説が残っている。
1986年7月16日にザ・リッツでライブを行ったルー・リードが「ワイルド・サイドを歩け」(原題:Walk on the Wild Side)を演奏している動画がこれだ。「この曲はホンダのスクーターのテーマ曲としても知られている」と、リードが観客に語りかけているが、これは当時、ホンダのスクーターのコマーシャルでこの曲が使用されたことを指している。
洞窟のようなウェブスター・ホールでは、かつて羽目を外したワイルドなダンスパーティーも行われたこともあり、このクラブのファンの多くが、BSEグローバルとボワリー・プレゼンツが牛耳る新たな管理会社によって、クラブで行われるお楽しみが制限される可能性を危惧している。しかし、そんなことはないと管理会社側は強調し、「かつてここは非常にダイナミックなクラブで、何よりも多様性が信条でした。再開したときに、あの頃の多様性を復活させたいと思っています」と、BSEグローバルのプログラミング部長キース・シェルドンがニューヨーク・タイムズ紙に語っている。