オーストラリアの新星ギターヒロイン、タッシュ・サルタナがサマーソニックで待望の初来日を飾る。ジミ・ヘンドリックスやサンタナと比較されるほどのギター・テクと、7月24日に日本盤リリースされるデビュー・アルバム『Flow State』でも発揮されていた現代性を兼ね備える彼女の魅力を、3つのポイントから解説する。


2018年のコーチェラは、ブラック・ミュージックの歴史を総決算するかのようなビヨンセのパフォーマンス=ビーチェラが、世界中の話題をかっさらったことは言うまでもないだろう。筆者も自宅でコーチェラのライブストリーミングを楽しませてもらったひとりだが、そのビーチェラ以上にインパクトを受け、思わず画面に釘付けになってしまったのが、オーストラリア・メルボルン出身のシンガーソングライター、タッシュ・サルタナのライブだった。

曼荼羅模様のカーペットが敷かれたステージに裸足で現れたのは、タッシュただひとり。ギターの音色をルーパー(≒ループ・ペダル)で重ねながらメロディを構築するアーティストは、エド・シーランやKTタンストールを筆頭に珍しいものではないが、彼女の場合はギター、キーボード、ドラム、パーカッション、トランペット、パンフルート、サンプラー、ボイスパーカッションに至るまで、ほぼすべての楽器(彼女が演奏できる楽器は優に20を超える)をリアルタイムで同期させながら、有無を言わせぬ熱量でフロアの空気を塗り替えてしまうのだ。しかも、ファジーに歪ませまくったギター・ソロは鳥肌が立つほどエモーショナルで、超絶技巧。俳優のジェイソン・モモアを彷彿とさせるワイルド&ピースフルな佇まいといい、「ファッキン・レイシストは今すぐ失せな!」と叫ぶ挑発的なMCといい、彼女がステージを降りてからもしばらく、その興奮と余韻が冷めることはなかった。

「ジミヘンの再来」タッシュ・サルタナが神童と呼ばれる3つの理由


1. ストリートで開発、「ひとり」で完結した演奏スタイル

ローリングストーンが「ワン・パーソン・バンド」と称するタッシュは、昨月15日に24歳の誕生日を迎えたばかり。3歳のとき、祖父からギターをプレゼントされたことをきっかけに独学でギター演奏を習得すると、ティーン時代はマインドパイロットというバンドの最年少メンバーとしてギタリストを担当。ガンズ・アンド・ローゼズからニルヴァーナ、キングス・オブ・レオン、ジェットといったロックの王道をカバーしまくる一方で、アイアン・メイデンやメガデスなどメタルの重鎮、そしてサンタナからの影響を公言しており、彼女の奏でるギター・サウンドにロック・ファンの心が突き動かされたのも無理はない。

やがてバンドを脱退したタッシュは、17歳でドラッグ中毒に陥り、精神を病んでしまったという。優れたセラピストを見つけたことと、音楽をつくることでその孤独や困難を乗り越えた彼女だが、ドラッグへの偏見からか「オマエ、店のもの全部盗みそうだな」と心ない言葉を投げかけられるなど、職探しは難航。そこで「世間の言う『正しいこと』になんか従うもんか!」と一念発起したタッシュは、奇しくもデビュー前のエド・シーランや豪州の先輩ジョン・バトラーがそうだったように、バスキング(路上パフォーマンス)で生計を立てることになる。


タッシュの地元メルボルンは「アートの街」と呼ばれるほどバスカーたちに優しい街ではあるが、裏を返せばライバルだらけ。そこで人々の心を射止めるために「開発」したのが、先述のルーパーを駆使した演奏スタイルだ。何かが憑依したかのごとき一心不乱のパフォーマンスと、音の断片が重なり合い音楽が生まれる魔法のようなサウンドスケープはすぐさま音楽関係者の目に留まり、2016年にEP『Notion』でデビュー。この作品は母国オーストラリア・チャートで39位を記録したほか、タッシュが自身のYouTubeチャンネルで投稿する動画シリーズ「LIVE BEDROOM RECORDING」で収録曲「Jungle」のライブ・レコーディング映像をアップすると、わずか5日で100万再生を突破。世界中のリスナーがタッシュ・サルタナの名前を知ることとなった。

2. ロック逆境の時代に抗う、驚異のギター・プレイ

同じくサマソニに出演するフランスの鬼才、FKJと同様にマルチインストゥルメンタリストであること/ルーパー使いであることに注目が集まりがちだが、タッシュの驚異的なギター・プレイも人気の秘訣だろう。ここで米ローリングストーンの名物セッション「Take One」に出演した際の動画をご覧いただきたい。溜息が漏れるほど美しいクリーントーンから、リバーブ、ディレイ、エコーを使い分けた空間演出、そしてワウ・ペダルでガツンと歪ませたブルージーなギター・ソロまで、恍惚とした表情でのけぞる姿はギター・ヒーローそのもの。メルボルンの新聞ヘラルドサンは「ジミ・ヘンドリックスと肩を並べる」と賞賛を送っているが、個人的にはレッド・ホット・チリ・ペッパーズ在籍時のジョン・フルシアンテを思い出してグッと来てしまう。

そんな彼女の真骨頂とも呼べるギター・テクを味わえるのが、このたび日本盤がリリースされたデビュー・アルバム『Flow State』に収録の「Cigarettes」だ。ピンポイントのライブ動画が見当たらないのが残念だが、ホームビデオの素材で構成されたMVでは、幼少期のタッシュが子ども用のギターを弾き倒す可愛らしいシーンも確認できる(祖父に貰ったというギターがこれか?)。ムーディーなリフやクラップが印象的なネオ・ソウル調で幕を開けるこのナンバー、3分17秒から堰を切ったように溢れる獰猛なギター・ソロがとにかく素晴らしい。
ストリーミング・サービスでは「ギター・ソロがはじまると次の曲にスキップされる」なんて話題が上るほどロック逆境の時代にあって、これほど感情的で引き込まれたソロ演奏は久しぶりである。

もちろん、『Flow State』の聴きどころはそれだけじゃない。ストリングスとアンビエント的な電子音で構築したインスト「Seven」では、ボノボのようなトラックメイカーに通じるセンスを発揮しているし、ジャジーなエレピに乗せて「救いを得るのにあなたの愛は要らない」と吐露する「Salvation」の小気味良いグルーヴや、絶叫ボーカルと泣きのギター・ソロに胸を締め付けられる「Pink Moon」、前面に押し出した粘っこいベースラインがテーム・インパラを連想させる「Free Mind」、そしてフラメンコ風の鬼気迫る超絶&長尺ギターに唸らずにいられない「Blackbird」(ジョン・バトラーでいう「Ocean」と似た位置付けかも?)など、その音楽的引き出しの多さ/プレイヤーとしてのレンジの広さには驚かされるばかりだ。

タッシュの目下の新曲は、シドニーの男性シンガーソングライター、マット・コービーとのコラボレーション・ソング「Talk It Out」。管楽器のまろやかなアンサンブルと、タッシュお得意のビートメイクに乗せてアダルティーなデュエットを披露しているのでチェックしてほしい。

3. ネオソウルを通過した、魂を震わせるようなボーカル

筆者がタッシュ・サルタナに心酔するもうひとつの理由は、その歌声にある。儚くも透き通ったファルセットや、聴く者の魂を震わせるようなシャウトは、同じく95年世代のジュリアン・ベイカーなどに近いものを感じる読者もいるだろう。しかし、サイケデリック・ロックを基調としつつ、フォークにもR&Bにもレゲエにもヒップポップにも違和感なく溶け込む「土着感」は、さすが先住民族・アボリジニの歴史を持つオーストラリア出身といったところか。Tempalayの小原綾斗は、昨年Rolling Stone Japanが行ったインタビューにおいて、彼女の魅力について次のように言及している。

「今インターネットでなんでも音楽が聴ける時代で、電子音楽が増えているじゃないですか。そのなかに、どこかブルース的な要素、土着的なものを取り込んでる若い人たちって実はあんまりいないと思うんです。そういう意味でセン・モリモトやタッシュ・サルタナは若いのにすごいなと思います。
そういう音像を古臭く感じさせず、しっかり今の解釈をしているセンスもすごい」。

タッシュのボーカリストとしてのロールモデルを探る上では、彼女自ら編集したSpotifyのプレイリスト「#TUNE」がヒントになりそうだ。そこには同郷のオーシャン・アリーやハイエイタス・カイヨーテといった実力派バンドや、ボブ・マーリー、フリートウッド・マックといったレジェンドと並んで、エリカ・バドゥ、シャーデー、インディア・アリー、エイミー・ワインハウスら多くの女性ソウル・シンガーの楽曲がピックアップされている。特にエリカは全131曲中(7月23日時点)で4曲を選ぶほど大ファンらしく、オランダのラジオ局「3FM」のインタビューでも「Didnt Cha Know」をチョイス。ネオ・ソウルの文脈から『Flow State』を聴いてみると、また新たな発見ができるはずだ。

なお、アルバム・タイトルの『Flow State』とは、心理学で「覚醒」と「コントロール」の中間に位置する精神状態のことで、いわゆる「ゾーン」と呼ばれるものだ。つい我を忘れるほどの熱狂と没入感。サマソニでまもなく実現するタッシュ・サルタナの日本初パフォーマンスは、きっと、想像を絶する体験となることは間違いない。

<リリース情報>

「ジミヘンの再来」タッシュ・サルタナが神童と呼ばれる3つの理由


タッシュ・サルタナ
『フロー・ステイト(ジャパン・エディション)』
発売日:2019年7月24日(水)
国内盤CD(SICP-6185)
¥2,200+税
歌詞対訳付、ボーナストラック3曲追加収録、オリジナル・ジャケット写真
試聴・購入リンク:
https://lnk.to/TS_FlowStateAW
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