右の袖にはダニエル・ジョンストンのイラストが、左の袖にはボブ・ディランのポートレートがプリントされた白い長袖Tシャツと、短パンにスニーカーというラフな格好。アコギを抱え、軽くサウンドチェックをしたかと思いきや、中腰になってしばらく無言のまま宙を見つめる。まるで苗場に宿る神様に、これから行うライブを奉納するための祈りを捧げているかのようだ。
まずは、6枚目のシングルとなった「生きたい」からライブはスタート。元BO GUMBOSの「Dr.kyOn」こと川上恭生をピアノに迎え、2人だけのシンプルな編成で”あなたには 愛する人はいますか。いつも隣にあるものですか。遠く離れて おもう人ですか””僕は罪のようなものを 感じるのです””だから僕は歌うんです。消えたいと願うように。消えまいとすがるように”と、叫ぶように歌われる歌詞が、心のもっとも深い部分にまでストレートに飛び込んでくる。そして、長いピアノソロの後、峯田が”Baby, Baby, Baby”とシャウトした瞬間、バンドが一斉に演奏を始め、怒涛のグルーヴを展開。アコギを置いて両手を後ろに組みながら、目をカッと見開いて熱唱する姿はまるでリアム・ギャラガーのようだ。そして15分にも及ぶ圧巻の演奏を終え、怒号のような大歓声が響き渡る中、峯田とハイタッチで挨拶を交わしたDr.kyOnは颯爽とステージを去っていった。

Photo by Kazushi Toyota
ここからはドラム、ベース、ギターx2というサポート・メンバーを率いてのステージだ。峯田は赤いリッケンバッカー・ギターを抱え、口にこびりついた唾液を拭いもせずに、「NO FUTURE NO CRY」(2005年『DOOR』収録)を歌う。歌う、というよりもほとんど叫びに近いその声には「激しさ」と「狂気」、そして「優しさ」が同居しており、聴き手の胸ぐらを掴んでグイグイと揺さぶりながら、心のひだにまで染み渡っていく。数十人規模の小さなライブハウスだろうと、4万人キャパのGREEN STAGEだろうと、常に峯田と一対一で対峙しているような気持ちにさせてくれるのは、そんな「声の力」が彼に宿っているからだ。

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「あの、フジロック様、ここGREEN STAGEに銀杏BOYZを招待いただきまして御礼を申し上げます。ありがとうございます」
息も絶え絶えの峯田が、汗だくでそう挨拶する。「僕、バンドを始めて23年目になりますけど、こんなに大勢の人たちの前で……って、前の人は分からないかもしれないですけど。後ろの方まですごい、びっしり入っていて。ただ僕、視力が悪いのでハッキリ見えません。前の方の人はなんとなく分かりますけど、5列目から後ろは、なんか黒光りしたゴキブリの大群のような……さらに後ろまでいくとウジムシのような。ホワイトアウトで何も見えません。ウジムシの皆さま、どうかご勝手に、踊りたい人は踊って、歌いたい人は歌ってください。
「僕、SMAPさんの”世界に一つだけの花”という曲が大好きなんですけど、大好きだからこそ一つ苦言を言わせてもらえば、”NO.1にならなくてもいい もともと特別なOnly one”という部分が、ちょっと引っかかっていて。それって”No.1になりたい”と思っている人を排除しているような気がします。『No.1がいい』と言う人をも認めることが、Only oneということじゃないと……そう思いませんか?」
そう話しながら、勢い余ってマイクを思いきり自分の頭に叩きつける峯田。額を赤く腫らしながら、なおも続ける。「僕は、個性というものを考えていて。個性って、人と違う格好をしたり、人と違う髪型をしたりすることじゃないと思うんですよね。なんか、みんなと同じ髪型で、みんなと同じ格好をして、それでも滲み出てしまうものが本当の個性なんじゃないかと思って。こういう場所って、面白くない仕事、面白くない家庭環境から抜け出して、好きなバンドを見にきて、自分の楽しみ方をして。それを周りがバカにしようが、自分が楽しくなっているっていうのを、世の中の誰も否定しちゃいけないと思うんですよね。そういう場所で、僕は歌いたいんですよね」と。
「ただ残念なのは、一番観たかった突然ダンボールっていうバンドが、ちょうど俺たちの裏でやってるから観れないことなんですよね。でも、仕方ない。やるか、自分たちの曲を」。そうオチを付け、笑わせたところで次の楽曲「SKOOL KILL」へ。中高生男子の妄想と純愛が入り交ぜになったこの曲を歌いながら、客の中にダイブする峯田。もみくちゃになり、膝が擦りむけ流血しながら歌い続ける姿に心打たれるも、曲が終わって疲労困憊、ヘトヘトで床に這いつくばりながら、ステージへと戻ってくる峯田の姿に思わず笑ってしまう。どうしようもなく無様で、どうしようもなく真摯、そして、どうしようもなく美しい。それこそが銀杏BOYZの本質なのだ。
文字通り「伝説」となったフジロックの初舞台
そして峯田は、「音楽に救われた瞬間」のエピソードを話し出した。10年くらい前、アルバムのレコーディングがうまくいかず、スタジオから飛び出たことがあるという。「もうバンドなんかやりたくねえ」と思い、タクシーに乗って環七を走っていたその時、ラジオからRCサクセションの「スローバラード」が流れ始めたそうだ。
「なんてタイミングでこんな曲が流れるんだ……と思いながら、運転手さんに『ちょっとボリューム上げてくれ』って言ったんですよね。
こんな曲紹介をされて、平常心でいられるわけがない。キラキラとしたリッケンバッカーのアルペジオと美しいメロディ&コーラスが、60年代ロックを彷彿とさせるこの曲にもみくちゃにされ、気づけば隣の人と泣きながらシンガロングしていた。
さらに、新曲「いちごの唄」(峯田と岡田惠和による、同名小説と同時に企画が進行した映画の主題歌)、GOING STEADY時代の名曲「愛しておくれ」を披露し、再び唾液と汗まみれになりながら「SEXTEEN」を熱唱。持ち時間を超えながらも「BABYBABY」そして「ぽあだむ」と畳み掛けてステージを後にした。
「生き延びてください。何やってもいいから生き延びてください。そしたらまた会えますからね? ハッパやってもいいっすからね。
ひしめくオーディエンスに向け、ひざまずきながら必死でそう訴えた峯田。GREEN STAGE横の巨大スクリーンに映し出されているのは、涙と汗でぐしゃぐしゃになったオーディエンスたちの美しい顔。結成から15年、初のフジロック参加となった銀杏BOYZのステージは文字通り「伝説」となった。

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