フジロック19初日の7月26日、トム・ヨークの前にWHITE STAGEを盛り上げたティコの中心人物、スコット・ハンセンにインタビュー。名門ニンジャ・チューンに移籍し、新境地を開拓した最新アルバム『Weather』にまつわるエピソードを中心に、繊細なエレクトロニック・サウンドを作り続ける理由、独自のリスナー遍歴について語ってもらった。


―アルバム発表直後という素晴らしいタイミングでフジロックに出演となりましたが、まずはライブの感想を教えてください。

スコット:フジロックの話は来日のたびに耳にしていてずっと出演したいと思っていたから、ステージに立てたことがまず嬉しかった。期待はしていたけれど、想像していたよりもはるかに素晴らしいロケーションだったよ。直前まで強い雨が降っていたのに、僕らの演奏する時間帯にはちょうどおさまったんだ。集まってくれたたくさんの人たちを見ていたら、特別美しい夜だと感じて。自分のキャリアの中でもハイライトと呼べるような、心に残るショーになったね。

―フジロック全体の印象は、海外のフェスティバルと比べてどうでしたか?

スコット:とてもリラックスしたムードで、ピースフルだったよ。ほかのアーティストを観たりする余裕まではなかったけど、キャンプサイトを歩いて写真を撮ったりしたんだ。美しい自然の中でやっているっていうのもあるのかもしれないけど、アメリカのフェスティバルは通常もっと多くの柵やフェンスで仰々しく覆われていたり、警官やセキュリティーがそこら中にいてどうも息のつまるような思いをする瞬間が多いんだよね。でも、フジロックはそれをまったく感じさせずにくつろげる雰囲気で、それがすごく新鮮に思えた。それと、海外ではステージに出ていく前に準備していると、観客がガヤガヤ騒いでいる音や、煽るような大声や叫び声なんかが絶えず聞こえてくるんだけど、フジロックではステージに出ていくまでの時間ほとんど完璧な静寂に包まれていて。雨のせいでみんな帰ってしまったのかもしれないと心配になって、ソワソワしながらステージに向かったくらい(笑)。
いざステージに出たら、それまでずっと静かに待っていたお客さんがあたたかく拍手で迎えてくれて、ホッとしたよ!

ティコが語るフジロックの思い出、叙情的なエレクトロニカを形作った音楽体験

フジロック19に出演したティコ(Photo by Taio Konishi)

―新作『Weather』は主にサンフランシスコのホームスタジオで作られたそうですが、制作環境の変化はサウンドに影響しましたか?

スコット:今作だけではなくて、これまでの作品はほとんど自宅でレコーディングしたものなんだ。前作の『Epoch』(2016年)だけはバークリーのスタジオを使ったんだけど、その間に1年かけて自宅を改装していたんだよ。前はただの機材置き場って感じだったから、ちゃんとしたスタジオに仕立てて。そういう意味では今回新しい環境で初めて作ったということになるかな。レコーディングはもちろん、ミックスやマスタリングまで同じ部屋で出来るようになったから、すごくスムーズに作業できるようになったね。今回別の場所で録ったのはローリー(・オコーナー)のドラムパートだけ。ドラムは振動もすごいしスペースも必要だから、自宅でやるのはさすがに怒られそうでさ(笑)。

―ニューアルバムでの驚きは、やはり初めてボーカリストを起用していることです。これまでにもツアーでは、ビーコン(Beacon)のトーマス・マラーニーをゲストに迎えた、ボーカル入りのリミックス「See」を披露していましたよね。そういったライブでの経験というのも、今回のボーカルの起用につながったんでしょうか?

スコット:そうだね。実は音楽制作を始めた頃からずっと、ボーカルを入れてアルバムを作りたいとは思っていたんだ。ボーカルをフィーチャーした作品に特に影響を受けていた時期もあったし。
だから、ビーコンが自分の曲にボーカルをつけてくれてアイデアが膨らんだし、それをまた自分でリミックスしたこともひとつのきっかけになったね。トーマスとライブをしたことで、ボーカルの入った音楽の構造をより深く理解できるようになって、ボーカリストと曲をつくるイメージもできたから、オリジナルの作品をアウトプットするにあたって自信が持てたんだ。

―セイント・シナー(Saint Sinner)ことハンナ・コットレルとの出会いと、彼女の声に惹かれた理由を教えてください。

スコット:ハンナとは、彼女がサンフランシスコの家族のもとを訪れていたときに共通の友人を介して知り合ったんだ。そのときはすでにボーカルを入れる想定で曲がいくつか出来あがっていたんだけど、ボーカリストをみつけることに手間どっていたところで。声というのは音楽を大きく特徴づけるものだし、そもそも自分の楽曲に「音」として合う声を探し出すこと自体が難しい工程になるのはわかっていた。でも、ハンナの歌声を聴いたとき、瞬時に「これだ!」と思ったんだ。自分の使ってきたすべての音に調和する、新しい音色としての声。それを目の前にしたことで、今作のヴィジョンがはっきりと浮かび上がって、必要としていた最後のピースが見つかったと思った。

あと、以前からボーカリストを入れた作品をつくるのであれば、いろいろなゲストを迎える形ではなく、ひとりのシンガーと作り上げたいと考えていたんだよね。もちろん、タイミング的にもっと多くの出会いがあれば違う形になっていた可能性もあるけど、彼女の人生やキャリアに関わることに決めて、この作品を一緒に作り込むことができて、本当によかったと思っているよ。

―ではハンナと出会う前から、今作にボーカルを起用することを自分の中で決めていたんですね。


スコット:そうだね。ここ数年アイデアとしてはずっと持っていて、『Epoch』を制作する前くらいからボーカルを入れるつもりで曲を書きはじめていたんだ。実は、2003年の時点でフルでボーカルを入れたレコードを録ったこともある。でも、方向性がハッキリ定まっていなかったせいか、自分でもいまいちピンとこなかったんだ。だから、そのうち成功させたいと思って心に常にひっかかってはいたんだけど、また本格的にやってみようと考えはじめたのは2015年くらいかな。実際に何人かのボーカリストとレコーディングをして、アイデアが上手くいくかを試したりしたよ。ただ、それらは作品としてリリースするというよりも、サイドプロジェクトみたいな感覚でやっていて。ハンナに出会ってようやく、ティコ名義のひとつのレコードとして彼女の声がほしいと思ったんだ。アルバムごとに異なるコンセプトがあっていいと思うしね。

―セイント・シナーがフィーチャーされた曲すべてのメロディーとリリックを書いたのはハンナですか? あなた自身もディレクションをしたり、曲のイメージを伝えて一緒に作った部分もありますか?

スコット:それはほとんどないよ。基本的にはできあがったインスト楽曲を彼女に渡して、ハンナの思う通りに作ってもらったんだ。特に歌詞については、自分の手を一切加えずに自由な表現をしてほしかった。
自分が条件をつけることで創造力を締めつけてしまう可能性もあったし、声だけじゃなく、彼女のアーティストとしての感性を信じていたから。お互いがいい仕事をして、美しいなにかが生まれることが真のコラボレーションだと思うし、自分はプロデューサーでありミュージシャン、彼女はボーカリストとしてやるべきことをやって、完成に至ったんだ。

―「Japan」というタイトルのシングルが発表されたことは、日本のファンにとって嬉しい驚きでした。この楽曲はあなたが箱根で過ごした時間がインスピレーションになっているとのことですが、そこに別のストーリーをハンナが加えたということでしょうか?

スコット:そうだね。でも実は、偶然すべてがうまくいったみたいなところがあってさ。日本から(サンフランシスコに)戻ってすぐに作った曲で、たしかに箱根で得たインスピレーションが反映されているんだけど、その時点では「Japan」というタイトルにしようなんて考えていなかったし、彼女に日本に関する歌詞を書いてほしいと伝えたわけでもなかった。ただ、ふいに単語が思い浮かんだから「Japan.wav」っていうファイル名のデモを彼女に送ったんだ。それなのに、彼女から戻ってきたときには「Came home from Japan」ではじまる物語が展開されていて。そうか、この曲はもともと「Japan」と呼ばれるべきだったんだと、そこで初めて自分も気づかされたというか。そんなふうに出来上がったんだ。

―ちなみにインスト楽曲と、ボーカルを入れることを事前に意識した曲では、トラックメイキングの過程に大きな違いはありますか?

スコット:特に最終的な過程、ボーカルを入れた後のアレンジメントの部分に関してはもちろん調整が必要になるから違ってくるけれど、アイデアを曲に起こす部分に関しては特に決まった流れや違いというのはないかな。曲を作っていく過程でアイデアが浮かべばとりあえず上手くいくかどうか試してみるから、最終的に完成するまでに最初とは全然別の方向に落ち着くこともある。
そういった意味では、「See」はインストゥルメンタル曲として完成させた後で、ボーカル入りのバージョンを新たに作ったし、「Japan」や「Pink & Blue」はボーカル入りの曲として完成させてからインスト・バージョンをリリースしているから、聴き比べてみると面白いかもしれない。

―『Weather』の制作に、特に影響を与えた音楽を教えてください。

スコット:このアルバムを作るにあたって、音楽制作をはじめた頃のルーツともいえる音楽に立ち返ってみた。Zero 7、エール、シーヴェリー・コーポレーション、シネマティック・オーケストラだとか、自分の今の音楽性を形作るもとになったアーティストの作品をたくさん聴いていたんだ。彼らは素晴らしいインストゥルメンタル・ミュージックの作り手だけれど、ボーカルをフィーチャーした楽曲も多く作っている。それはまさに自分が挑戦しようとしていたことだったし、そのコントラストに改めて感銘を受けて。彼らのレコードが自分の初期の作品にどれほどの影響を与えたかを振り返るとともに、その頃の自分が表現したかったことや、個人的な感傷なんかが一緒に甦ってきて、すごく懐かしい気持ちで初心に戻れた気がするよ。

エールの2004年作『Talkie Walkie』収録曲「Cherry Blossom Girl」

シネマティック・オーケストラの2002年作『Everyday』収録曲「Man With the Movie Camera」

―たしかに今作は、あなたの初期のサウンドを彷彿とさせる部分がとても多いように感じました。ちなみに、現代のエレクトロニック・ミュージックと比べて、さっき名前があがったアーティストの音楽に今なお惹きつけられる理由はなんでしょうか?

スコット:彼らは現在もあらゆる世代のアーティストに影響を与え続けているし、エレクトロニック・ミュージックのコンポーザーにとって常に偉大な先生のような、いわゆるパイオニア的存在で、そのこと自体は今もこの先も変わらないんじゃないかな。エレクトロニック・ミュージックの変遷を語れるほど詳しいわけじゃないから、あくまで自分の経験をもとにした見解だけど、90年代初期に聴きこんでいたジャーマン・ベースやダンス・ミュージックが自分にとってはエレクトロニック・ミュージックの原体験で、その作り手はミュージシャンというよりもむしろエンジニア然としていた。彼らが楽器を使わなくともクールなサウンドを作り出していることに強く惹かれたんだ。僕は20歳まで一度も楽器に触ったことがなくて、ソフトウェア工学を勉強していたから、単純に持っているコンピューターで音が出せるということのほうが理解しやすかったし、自分と繋がりが深いように思えた。


そういったアプローチで曲作りをはじめてから5年くらい経った頃、彼らみたいなアーティストが一斉に世に出てきたんだ。自分の音楽に対する認識がまるごと塗り変わるくらい衝撃的だったよ。音楽性も豊かだし、興味深いテクスチャーと工学的なセンスを共存させている。まったく新しい音色と質感、作曲方法、音楽そのものに対する造詣の深さ……たとえばアレンジメントにしても、クラシックを基調としているのに柔軟で、硬くなりすぎない。彼らの音楽と比べると、自分が作っていたダンス・ミュージックはフレーズの繰り返しに単調な変化をつけていただけのように思えた。もっと違ったやり方があるということを、彼らが教えてくれたんだ。

―また、『Weather』はニンジャ・チューン移籍後初となるリリースでした。それこそシネマティック・オーケストラのように、あなたが多大な影響を受けたであろうエレクトロニック・アーティストが多数在籍していますが、特に音楽的つながりが深いと思うアーティスト、今後コラボレーションをしたいアーティストなどはいますか?

スコット:ボノボは音楽的に自分に近い部分もあるように感じていて、ずっとなにか一緒にできたらと思っているよ。彼のセンス、その揺るがないスタイルや静的な美しさがとても好きで、尊敬しているんだ。それから(傘下レーベルのCounterに所属する)オデッサ。彼らの音楽はマッシブなEDM寄りの音とエモーショナルなメロディーの組み合わせが興味深くて、そのバランス感覚が素晴らしいよね。ちょうどメインストリームとアンダーグラウンドの間に位置していて、どちらにも響くと思う。

―ボノボの音楽について”静的な美しさがある”と表現していましたが、ティコの音楽もまさにデリケートで穏やかな美しさがひとつの魅力だと思います。そういった音楽を作り続けるモチベーションはどこからくるのでしょうか

スコット:穏やかな楽曲を作ろうと意識しているわけではなくて、自分の中にあるものを自然なまま形にするとそうなるんだ。たとえば前作の『Epoch』はティコのレコードの中では動的で、ダークな雰囲気があると思うんだけど、それはメンバーのザック(・ブラウン:Ba,Gt)の影響によるところが大きい。彼は『Awake』(2014年)からギターとベースをメインに弾いてくれているんだけど、僕よりもダークでエッジの効いた音を作るんだ。中でもわかりやすい曲は「Epoch」と「Division」かな。僕にとってはチャレンジだったけど、そういう部分はザックのおかげで発揮されたものだと思う。『Awake』と『Epoch』の2作は特に彼の影響が大きくて、僕ひとりだともっとメロウでリラックスしたムードのものが出来るのかもしれない。生まれもった気質というか、性格が出るのかな。リラックスするのはいいことだけど、ずっとそれだけではきっと面白みがないからね。新しいことにもどんどん挑戦したいと思っているよ。

―そんなあなたの気質とは真逆のように聴こえる音、たとえばメタルやハードコア・パンク、ギャングスタ・ラップのような音楽からインスピレーションを得たことは?

スコット:もちろんあるよ! LTJブケムの『Logical Progression』やDJシャドウの『Entroducing』(共に1996年)に行き着くまでは、ヘヴィな音楽をたくさん聴いていたんだ。ほかのロックキッズと同じように、最初の音楽体験はビートルズだったし、高校生の頃はロックやヘヴィメタル、AC/DCとかよく聴いていた。90年代はパンクにどっぷりで、フガジは今も好きだな。自分のオールタイムベストのひとつにはインターポールの『Turn on the Bright Lights』(2002年)を挙げるし、実際ティコの音楽にも反映されている部分がある。たとえば「PDA」って曲は後半がインスト・ロックみたいになるんだけど、そういう部分は特にバンドとして演奏していて近いものがある気がするんだ。だから答えはYESだね!

ティコが語るフジロックの思い出、叙情的なエレクトロニカを形作った音楽体験

ティコ
『Weather』
発売中
国内盤はボーナストラックを追加収録

詳細:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10274
編集部おすすめ