ザ・ローリング・ストーンズ『メイン・ストリートのならず者』のジャケットを撮影した写真家であり、ドキュメンタリー映画『Cocksucker Blues』の監督でもあるロバート・フランクが享年94歳で逝去した。「古い価値観を打ち破る独自のスタイルを持った希代のアーティストだった」と、ストーンズは共同声明を発表し追悼した。


革新的な写真家であり映画製作者のロバート・フランク。ロックファンの間ではローリング・ストーンズのツアー風景を収めた1972年のドキュメンタリー作品『Cocksucker Blues(原題)』を監督したことで知られている彼が、現地時間9月9日にカナダ東部のノバスコシア州インバネスにある自宅で他界した。享年94歳だった。

「先見の明のある写真家であり映画製作者のロバート・フランクの逝去のニュースを聞いてとても悲しんでいる」と、ローリング・ストーンズは共同声明を出した。「ロバートとは何度かコラボレーションし、『メイン・ストリートのならず者』のジャケットもその一つだった。ドキュメンタリー映画『Cocksucker Blues』の監督も彼だ。彼は古い価値観を打ち破る独自のスタイルを持った希代のアーティストだった。今、私たちの心は彼の家族と友人たちに寄り添っている」と続いた。

ストーンズがフランクと初めて会ったのは1972年で、『メイン・ストリートのならず者』がもうすぐ完成するという時期に、彼らはフランクをベルエアにある別荘へ招いた。ストーンズから新作のアルバム・ジャケット用の写真撮影を依頼されたフランクは、ロサンゼルスのみすぼらしい地域を歩くメンバーの姿をカメラに収めた。しかし、彼らが最終的に採用したのは、ルート66の途中にあるタトゥーショップで22年前に撮影された写真だった。このジャケットはサーカス芸人の小さな写真をコラージュしたもので、この作品に収録された音楽のイメージを完璧に表していた。
最も刺激的な写真は「スリー・ボール・チャーリー」。この前座芸人は大きなボールを3個口に入れることができた。

『~ならず者』のアルバム・ジャケットを気に入ったストーンズは、1972年の全米ツアーのドキュメンタリーを撮影するために再びフランクを指名した。これがドキュメンタリー映画『Cocksucker Blues』となったのだが、21世紀の現在の基準に照らし合わせても刺激の強い衝撃的な作品といえる。同作品では、飛行機の中でのふざけた乱痴気騒ぎで無理やり服を脱がされるグルーピーたち、滞在ホテルの部屋を破壊するサックス奏者のボビー・キーズ、コカインを鼻から吸引するミック・ジャガー、ヘロインを注射するグルーピーなどが映し出される(ストーンズがデッカとのレコード契約を満了するために、わざとリリース不可能なタイトルで作った曲と同じタイトルになっている)。

このドキュメンタリーにはローリング・ストーンズの素晴らしい演奏シーンも数多く収録されているが、ストーンズは完成版の出来に納得せず、発売の差し止めを請求した。最終的に、フランクが映画の公開に必ず立ち会う条件で、年間4回までの公開を認める契約を交わしたのだが、これは非常に珍しい契約だった。フランクはストーンズの許可を喜び、死ぬ少し前まで同作品の公開時には必ず立ち会っていた。

『Cocksucker Blues』はフランクにとって悪名高い作品だったかもしれない。しかし、彼の作品の中で最も知られているのは1959年の画期的な写真集『The Americans(原題)』だろう。これは1950年代半ばにアメリカ国内を旅しながら撮影した白黒写真を集めた作品だ。戦後のアメリカ人を様々な角度から撮影し、今日では20世紀で最も重要な写真集の一つと考えられている。
この写真集の出版50周年を記念して、2009年に大々的な回顧展がメトロポリタン美術館で開催された。

ストーンズ『メイン・ストリートのならず者』ジャケット撮影をした写真家が逝去

Cocksucker Bluesのミック・ジャガー、1972年(Photo by Kobal/Shutterstock)

「この写真集は傷心、怒り、恐れ、寂しさ、時々喜びをも蒸留して、年を経るごとに味が変わる醸造酒のように変える効果があるが、その説得力は決して色褪せない」と、芸術評論家ホーランド・コッターがニューヨーク・タイムズ紙の同回顧展のレビューに記した。そしてフランクの独創性に富んだ作品について、「写真集『The Americans』を初めて見るとき、メトロポリタン美術館での回顧展を初めて見るとき、あなたはその後の自分がどうなるか知らないだろう。しかし、数枚見ただけであなたは作品から目が離せなくなる」と述べていた。
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