第1回のクルアンビンから始まり、JB、細野晴臣、ヴルフペックと続き、今回はオブスキュアなアフロ・ファンクのマスターピース、ジンゴの「Fever」を取り上げたいと思います。アフリカのベーシックなリズムの型が内包された非常にクールな1曲です。
「Fever」は1977年にケニアでリリースされた自主制作盤の7インチです。国外に紹介されたのはリリースから24年後の2001年のことでした。イギリス人ディープ・ディガーのダンカン・ブルッカーがアフリカを放浪しながら発掘した60~70年代のアフロ・ファンクの音源をまとめたコンピ『Afro Rock』のオープニングトラックに取り上げられたことがきっかけです。『Afro Rock』は元々ダンカン・ブルッカーの自主レーベル、コナ・レコーズからリリースされたコンピですが、2010年にイギリスの再発系レーベル、ストラットから再発されています。彼はストラットの『Nigeria 70』シリーズを監修しており、アフリカもののファンたちはブルッカーに足を向けて寝られないと言って過言ではないでしょう。
「Fever」を初めて聴いたときの衝撃たるや、それはもう凄まじいものでした。初めて手に取ったアフロ・ファンクのコンピの1曲目がこれと来た日には、そのインパクトはなおのこと。自分がこれまでに接してきたリズムとは明らかに異なると同時に、各楽器のリズムパターンには馴染みがあるような気がするという不思議な感覚がありました。適当に近所をぶらぶら散歩をしていたら知らない道に迷いこんでしまったものの、ずんずん足を進めるうちに馴染みのある風景が見えてきた。しかし、なんだかいつもと違って感じられる。
イントロのど頭はドラムとパーカッションで構成されています。鉄製のベルっぽい硬い音色の頭を抜いた3連符のパターンや、皮物打楽器の3連符の真ん中だけを演奏するパターンはアフロ的な感触があるものの、キックとスネアだけを聴けばなんてことはないシャッフルのパターンです。これを6/8拍子、いわゆるハチロクだと解釈することもできますが、ひとまずシャッフルとして話を進めます。イントロの4小節目の終わりからギターとベースが加わり、しばらくしてホーン隊がさらにそこへ加わります。ここに来て急に耳慣れたはずのシャッフルのパターンがぐにゃりと屈折したかのように感じられないでしょうか。どこがオモテでどこがウラなのかわからない。どういう周期でリズムが進行しているのかも不明。それが気持ち悪いのだけれど、同時に気持ち良くもある。脳の使われていない部分が刺激される感じがあります。
この不思議なリズムへの強い興味関心から、気合でベースラインをコピーするなどしてみたものの、依然としてその仕組みはよくわからないままでした。しばらくして、たまたまTwitterで予てから興味のあったアフリカのポリリズムについて言及されていると知り、『ポップミュージックのゆくえ 音楽の未来に蘇るもの』(高橋健太郎著)という本を読んでみました。
ここで6/8と4/4のポリリズムについて私なりに説明したいと思います(人によってはこれをポリリズムと区別してクロスリズムと呼ぶこともあるようですが、ここではポリリズムとします)。まず同じサイズのピザを2枚用意して、それぞれ12等分します。続いて、片方のピザを6人に2枚ずつ配ります。そして、もう片方のピザを4人に3枚ずつ配ります。前者が6/8のグループ、後者が4/4のグループとなります。この2つのグループが「ヨーイドン」で一人ずつ順番に配られたピザを食べ始め、同時に食べ終わるのがポリリズムといえます。ちょっとわかりにくいですか。別の方法で説明をしてみましょう。
「タタタタタタタタタタタタ」と鳴っているメトロノームの打点に合わせてAくんが「2個2個2個2個2個2個(ニコニコニコニコニコニコ)」と唱えている横で、Bさんが「3個3個3個3個(サンコサンコサンコサンコ)」と唱えつつ、それぞれが一文字目を発するタイミングで手拍子を打てばポリリズムになります。12個の点を2つずつグルーピングすれば6/8になり、3つずつグルーピングすれば4/4になるというわけです。これを簡単なドット譜と呼ばれるリズム譜に表すと以下のようになります。
6/8 |X.X.X.X.X.X.|
4/4 |X..X..X..X..|
「X」を打点、ドットを休符だと考えてみてください。このリズム譜を元に両手で太ももやテーブルを叩けば1人でポリリズムを演奏することができます。
『ポップミュージックのゆくえ』を読みつつ、戯れに両手でポリリズムを刻んでいるうちに、ふと「あれ? もしかして『Fever』もこのリズム?」と思い、音源を流しながら両手で太ももを叩いて確認したところ、ばっちりハマるので思わず膝を叩きました(ポリリズムで)。「4分3連符のポリリズム」ってこういう使われ方をするのかと腑に落ちたのでした。
「Fever」を聴いてなんか妙だなと感じるのは、スネア=バックビートだと捉えてしまう癖がついているからでしょう。「Fever」はドラムは別として、その他の楽器隊が6/8の拍をオモテとウラに細分化し、縦に細かく揺れるような16ビート的なフィールで演奏しています。ここに4/4拍子のシャッフルのドラムパターンが入ると、通常は表拍のバックビートとして機能するはずのスネアが6/8側から見たときに裏拍となるので非常にインパクトがあるわけです。ただし、ウラなんだけど同時にオモテでもあるということがミソだったりもするので、ポリリズムを6/8と4/4に区別して片方だけ聴くということはできれば控えたいです。カレーライスを食べる際に、先にルーをゴクゴク飲み込んで、後からライスをハフハフかっこむようなものです。これではポリリズムの美味しさが削がれてしまいます。
また「Fever」には、ラテン音楽におけるクラーベのような定型のリズムが内包されているように感じます。
アフリカ音楽の研究者の間で標準リズム型と呼ばれるパターンがあります。
12/8 |X.X.X..X.X..|
この5つの打点によるパターンがキューバに渡ってクラーベになったなんていう話もあります。ハチロク・クラーベないしアフロ・クラーベと呼ばれるパターンと同じものです。標準リズム型について詳しく知りたいという向きは『アフリカ音楽の正体』(塚田健一著)という本をあたってみてください。
「Fever」の平歌部分のベースとオルガンのリズムはこの標準リズム型が土台になっているように感じられます。アメリカ産のファンクのように4/4という安定感のあるビート上で強拍と弱拍が入れ替わるシンコペーションを駆使して強烈なグルーヴを作っているというよりは、標準リズム型を骨子とし、各演奏者がそれに肉付けしていく要領で演奏してリズムに躍動感を生んでいるという印象を持ちました。さらに、標準リズム型の5つの打点の前半3つのパートと後半の2つのパートが漫才よろしくボケとツッコミのような応酬を続けてリズムの押し進めているようにも聴こえます。小節の前半と後半でコール・アンド・レスポンスをしているような感覚です。これはそんな気がするというレベルの話に過ぎませんが…。
構造がわからないけれど踊れてしまうという「キモ気持ち良い」とでも言うべき「Fever」リズムの仕組みについて自分なりに解釈を与えた後であっても、「Fever」は以前のようにフレッシュな響きをもったままです。仕組みがわかってしまうと魔法が解けてしまうなんてことを言われたりもしますが、「Fever」に限っては全くもってそんなことはありませんでした。
前回に続いて今回もまたプレイリストを作成しました。アフリカもののコンピからリズムが6/8の曲をまとめたものとなります。あ! ハチロクだ! と一人で盛り上がりつつ闇雲に集めたら全63曲、トータルタイムが5時間33分のプレイリストが出来上がりました。これをそのままどうぞと言ってご披露するのも気が引けるので、比較的賑やかでダンサブルなものを抜粋して90分程度にまとめてみました。わかりやすくポリリズムになっている曲もあるし、標準リズム型やその発展型が聴こえてくる曲もあります。見つけたら是非ニヤリとしてください。
鳥居真道

1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。Twitter : @mushitoka / @TRIPLE_FIRE
◾️バックナンバー
Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
<ライブ情報>
トリプルファイヤー
「アルティメットパーティー7-1」
2019年11月22日(金)渋谷 TSUTAYA O-nest
出演:トリプルファイヤー(ワンマン)
時間:開場18:30/開演19:30
「アルティメットパーティー7-2」
2019年11月29日(金)渋谷 TSUTAYA O-nest
出演:トリプルファイヤー(ワンマン)
時間:開場18:30/開演19:30
前売(1日券)3500円(ドリンク代別)
チケット:7月21日(日)10:00より発売
ぴあ(Pコード:159-985)
ローチケ(Lコード:73830)
e+:https://eplus.jp/triplefire/
O-nest店頭
トリプルファイヤー公式tumblr
http://triplefirefirefire.tumblr.com