今年9月に書籍『なぜアーティストは壊れやすいのか?』を出版した、音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦。同書では、自身でもアーティスト活動・マネージメント経験のある彼が、ミュージシャンたちのエピソードをもとに、カウンセリングやメンタルヘルスに関する基本を語り、アーティストやスタッフが活動しやすい環境を作るためのヒントを記している。
そんな手島が日本に限らず世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている ~アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス~」。第3回は、レーベルやプロダクションはアーティストのメンタルヘルスを重視すべきという主張や動きについて語る。

11月24日、KARAの元メンバー、ク・ハラさんが自宅で自殺により死亡しているのが発見されました。人の命が失われるということはそれだけでとても悲しいことですが、それが自殺によるものとなると、一層痛ましく思います。心からお悔やみを申し上げます。また、この連載の一回目は「もし『死にたい』と打ち明けられたらーー最も悲劇的な”自殺”について考える」というテーマでした。悲劇を繰り返さないためにも、ぜひご一読していただけたらと思います。

こうした最悪の事態に至らぬように、レーベルやプロダクションはアーティストのメンタルヘルスを重視すべきという主張や動きが、海外を中心に始まっています。

2013年の3rdアルバム『THE GIFTED』、2014年の4thアルバム『THE ALBUM ABOUT NOTHING』が2作続けて全米No.1を獲得し、オバマ大統領の最後の一般教書演説の前に、ラッパーとして初めてとなるパフォーマンスを披露したWALE(ワーレイ)。彼は自身のTwitterで「月曜にはコメントで”お前は最高だ”と言われて、金曜には”お前は最悪だ”って言われる。それは難しいことだ。正直言うと、レコード契約には精神医療の保険をつけるべきだと思うよ。
契約の一部であるべきだ」と語り、アーティストが陥る精神的な問題を解決するためレーベルとの契約に医療保険を組み込むべきだと主張しています。

防弾少年団(BTS)の所属するプロダクション、ビッグ・ヒット・エンターテインメントのパン・シヒョク代表は、早い段階からのメンタルヘルス・ケアが重要と感じ、BTSに関して、彼らが人気を得る前の新人の頃からメンバーのメンタルヘルス・ケアに気を使っていました。彼は、アーティストが人気を獲得し、スターになってからでは、メンタルの専門家のサポートに拒否感を抱いてしまうことがあるので、普段から精神的なケアに対して慣れておくことが重要だと考えたのです。そうした先進性も、BTSが世界的に成功した一因なのでしょう。

また、マック・デマルコ擁するカナダのインディ・レーベル「ロイヤル・マウンテン・レコード」は、所属ミュージシャン全員にメンタルヘルスにかかる費用を1500ドル(約15万円)まで支給するプランを発表しています。日本では、インディーズ・レーベルのハウリング・ブルを創業し、ハイ・スタンダード等のマネジメントを手がけてきた小杉茂氏が、アーティスト・マネジメントに心理学やカウンセリングが必要と考え、ご自身がカウンセリングやコーチングを学んでマネジメントの現場でも実践されています。

レーベル以外でも様々な団体がミュージシャンのメンタルをサポートする試みを始めています。アメリカでは「ミュージケアーズ」、イギリスにはミュージシャン専門の24時間相談窓口「ミュージック・マインズ・マター」、オーストラリアでも音楽業界人を対象とした24時間無料電話相談窓口「ウェルビーイング・ヘルプライン」が開設されています。また、アヴィーチーはメンタルに問題を抱えて自殺してしまいましたが、死後彼の父親は、業界のメンタルヘルスの改善に取り組む財団「ティム・バークリング・ファウンデーション」を創設しました(ティム・バークリングはアヴィーチーの本名)。

日本では、メンタルヘルスの不調を未然に防ぐために「ストレスチェック制度」が厚生労働省から2015年に公布され、従業員50人以上の職場では産業医、保健師等によるストレスチェックを最低1年に1回は実施することが義務となっています。しかし、プロダクションをはじめとした音楽・芸能関連の事業場の多くは従業員数が50人以下であることが多く、そのため現時点ではこの制度に関しては「努力義務」扱いになっており、従業員もミュージシャンもケアの対象外にしてしまっているケースがほとんどでしょう。

連載の第二回「『助けて』を言えない社会の方に問題はないか? 他人に助けを求める『援助希求行動』」に詳しく書きましたが、個人が誰かに助けを求めるということはとても大切なことであると同時に、「助けて」と言えない理由が存在する場合があります。
それを乗り越えるためには「助けて」と言えるような、できれば「助けて」と言わなくても自然と助けてもらっているような社会や環境であるべきです。そのためには、社会や産業側の方が変わることがとても重要になります。その「社会」には、アーティストをとりまく私たちファンひとりひとりも含まれます。私たちも、アーティストを壊さずに守る一員なのです。

経済的な理由等もあり、実際にメンタルヘルス・ケアを行なうことが困難な場合もあるとは思いますが、できるところからでも、諸国ではじまっているメンタルヘルスに関する動きに、日本の音楽・芸能産業も歩調を合わせて欲しいと思います。

参照
■Waleが「レーベルとの契約には精神医療保険をつけるべき」と主張
https://fnmnl.tv/2019/08/11/78869
FNMNL 2019.08.11 

■BTS(防弾少年団)大活躍の秘密はすぐれた”メンタル管理”! メンバーへの愛に溢れた会社の体制が明らかに
https://www.kpopmonster.jp/?p=15870
KPOP monster 2019.06.02

■心が壊れそうな音楽業界に新動向。ミュージシャン専門〈24時間電話窓口〉開通。メンタルヘルス費用を支給するレーベルも
http://heapsmag.com/music-industry-musician-mental-health-crisis-24-h-help-line-benefit-record-label
HEAPS 2019.4.19

■『新時代ミュージックビジネス最終講義』山口哲一著 リットーミュージック

■Aviciiの死がきっかけ、「Tim Bergling Foundation」が解決に取り組む音楽業界のメンタルヘルス問題
https://block.fm/news/avicii_timberglingfoundation
block.fm 2019.09.17

<書籍情報>

音楽レーベルやプロダクションはアーティストのメンタルヘルスを重視すべき、世界の流れ


手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。
2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

Official HP
https://teshimamasahiko.com/
編集部おすすめ