ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。クルアンビン、ジェイムス・ブラウン、細野晴臣、ヴルフペック、Jingoの楽曲考察に続き、第6回となる今回はマーヴィン・ゲイの「You Sure Love To Ball」を徹底考察する。


当連載のタイトルは「モヤモヤリズム考 - パンツの中の蟻を探して」なわけですが、今回は趣向を少々変えて「モヤモヤギター考」と題し、我々の下半身をモヤモヤさせて止まないデヴィッド・T・ウォーカーのギターを取り上げたいと思います。曲はマーヴィン・ゲイの「You Sure Love To Ball」。

早いもので師走ですね。「お前さん、そんなのチェックしてるの?」と思われるのもやや癪ですが、去る12月2日に発表された「新語・流行語大賞2019」について触れたいと思います。トップテンからは外れましたが、ノミニーのひとつに例の「ポエム/セクシー発言」がありました。小泉進次郎環境相が国連気候行動サミットに関連する共同記者会見で「気候変動問題に取り組むことはクール、セクシーでなくちゃね」と発言したこと。そして、何かそれらしいといえばそれらしいのだが、具体性の欠片もない一連の発言が「ポエム」だと揶揄されたことを受けたものです。

以前、Netflixの人気番組『KonMari~人生がときめく片づけの魔法~』を観ていたら、依頼人のアメリカ人夫婦がこんまりこと近藤麻理恵による片付け指南を通じ、「片付けって意外にセクシーだね」なんて言って考えを改めていたので「アメリカじゃセクシーって言葉をそんな使い方するのかぁ。へぇ」と思った次第ですが、今回「You Sure Love To Ball」を形容するときの「セクシー」という言葉はあくまで本来の意味合いでの「セクシー」であって、小泉進次郎的な「セクシー」ではありません。色っぽい、艶やか、センシュアル、ホットというような意味だと考えていただけたらと思います。

「You Sure Love To Ball」はギター云々の前に、作品そのものから、むせてしまいそうなほどの色気が放たれています。アレンジ、演奏、歌唱すべてにおいてセクシーでないところが一切ないといって過言ではありません。
極め付きは女性の甘い吐息にトラックを一つ用意しているところ。中学生の頃、ガンズ・アンド・ローゼスの「アペタイト・フォー・ディストラクション」をかけていたら、ラストの「Rocket Queen」で女性のうめき声が聴こえてきたので、びっくりして咄嗟にステレオのボリュームを絞った経験がありますが、「You Sure Love To Ball」の場合は曲自体がセンシュアルなので吐息が聴こえてきてもあまり突飛に感じません。非常に馴染んでいるためスルーしてしまうこともあるかと思います。

ところで、みなさんは音楽を聴いているときに楽器に感情移入というか共感をすることはありますか! 学生の頃、ママが切り盛りする飲食店でアルバイトをしていたのですが、あるとき洗い終わった食器を雑に置いてしまったところ、ママが「お皿が痛いって言ってるよ」と言うのです。本来、無機物である食器にもあたかも感情があるかのごとく考え、食器を慮り、丁寧に扱おうねという意図のもと、そのように忠告したのでしょう。ママはある意味、食器に感情移入したと言えます。これは食器を楽器に置き換えてみても通じそうではありませんか。決してミュージシャンは商売道具である楽器を雑に扱ったらいけませんよという話ではありません。あくまで誰かが演奏している楽器そのものに感情移入するかどうかということです。例えば、力まかせに叩かれたスネアの音を聴くとスネアに共感して苦しく感じてしまいます。体育会系の新人研修で大声を出すことに慣れていない人が、無理やり大声を出させられている感じと言ったら良いでしょうか。

もし仮に「ねぇ、誰に弾かれたいのか教えなよ」と尋ねられとしたら、デヴィッド・T・ウォーカーと答えたいと思います。
彼のシグネチャーともいえるティアドロップ型のピックの尖ってない部分で弦をそっと撫でるピッキング、レガートで演奏されるトリルを用いたスイートなアルペジオ、鼓膜が溶けてしまいそうなほどメローなスライドはタッチのニュアンスに富んでおり、あからさまに肌と楽器の接触を連想させます。「You Sure Love To Ball」のギターを聴いた誰もが「ギターが気持ち良いって言ってるよ」とつぶやくことでしょう。

「You Sure Love To Ball」におけるデヴィッド・T・ウォーカーのバッキングは、アレンジの中に埋もれたかと思えばパッと顔を出すようなところがあります。さながら薄暗がりの中で光を乱反射させるシルクのシーツのようです。これはアーティキュレーションと滑らかな運指のなせる技でしょう。マーヴィン・ゲイの非常にセンシュアルな歌唱とデヴィッド・T・ウォーカーの演奏によるセクシー合戦のような様相を呈しています。

「点と点が線に。線と線が面に。」という言い回しがあります。高校生の頃に講演会にいらした方がこのフレーズを使用されていました。どういう文脈で使われていたのか忘れてしまいましたが、それはともかく、リズムにも点・線・面という3つのディメンションがあるように感じます。どのディメンションを前面にもってくるかということは音楽によって異なります。例えば「何の楽器を持っていようがドラムを叩くかのごとく演奏したまえ」と指示を出したJBのファンクなどは点を強調したリズムだと言えましょう。
一方、今回取り上げた「You Sure Love To Ball」のような歌もののソウルなど面を前面に持ってきたリズムだと言えます。では、線のリズムとはどういうものか。それは今後考えていきたいと思います。

話を面のリズムに戻します。面のリズムといえども点がないというわけではありません。点と線と面はどのタイプの音楽にも内包されているもので、それらを実際に音にして表現しているかどうかの話です。デヴィッド・T・ウォーカーの奏法はリズムの面を表現しているように感じます。さきほど、シルクのシーツを引き合いに出しましたが、まさに面がゆらゆら煌めいている感じです。これはリズムの点がしっかりしているから面が輝くのです。点を打つポイントがまばらでは、目の荒い安手の使い古したシーツのようになってしまうことでしょう。言うまでもありませんが、デヴィッド・T・ウォーカーはやはりタイミングコントロールの名手でもあります。

昔何かのテレビ番組で心霊写真を特集していました。
そこに出演していたテリー伊藤がフリップに点を3つ描いてこのようなことを言いました。「これ人の顔に見えませんか?人間っていうのは点が3つあると人の顔に見えるように出来てるんです。それを心霊だなんておかしな話じゃない」。この3つの点を目と口に描き換えれば実際の人間に近づくし、さらにそこへ陰影を足すとより写実的になります。この陰影を音楽ではダイナミクスだったり、アーティキュレーションで表現するわけです。音楽は何かを模写するものではないので、厳密に言えば実際はこの通りではないのですが。また、ダイナミクスやアーティキュレーションをリズムに関連することとして扱って良いのものか少し逡巡もあります。モジュレーション系のプラグインにテンポシンク機能がついていることから、思い切って含めてしまおうと思います。何はともあれ、デビィッド・T・ウォーカーは陰影と光彩の表現が素晴らしいという話です。おわかりいただけただろうか。

「You Sure Love To Ball」のリズム隊について少し触れたいと思います。ドラムはポール・ハンフリーで、個人的に贔屓のドラマーです。
リズムの癖が結構強いのですがそこがまたファンキーです。ベースはウィルトン・フェルダー。クルセイダーズのサックス奏者ですが、ベーシストとしての腕も一流で、売れっ子スタジオ・ミュージシャンでもありました。ジミー・スミスの「Root Down」もこの2人が演奏しております。また、デヴィッド・T・ウォーカーのギターが炸裂するニック・デカロの『Italian Graffiti』収録の「Under The Jamaican Moon」もこの二人だと思われます。「You Sure Love To Ball」のイントロ及びコーラス部分のリズムはブラジル風味でエキゾチックなムードがあります。拍を優しくプッシュするようなフィーリングはバネの伸縮を思わせ、まさに下半身モヤモヤのリズムです。

最後に余談ですが、「You Sure Love To Ball」の異様なまでにセンシュアルな世界は行為そのものを音で描写したものとは思いません。むしろこうした音楽がその行為の官能性を再定義している面もあると考えています。「You Sure Love To Ball」のような音楽がもし仮にこの世に存在しなかったとしたら我々は我々の営みを甘美なものとして捉えていなかったかもしれない。そんなことを思う人肌恋しい2019年の冬であります。


鳥居真道
鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター


1987年生まれ。
「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。Twitter : @mushitoka / @TRIPLE_FIRE

◾️バックナンバー

Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」

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