当連載のタイトルは「モヤモヤリズム考 - パンツの中の蟻を探して」なわけですが、今回は趣向を少々変えて「モヤモヤギター考」と題し、我々の下半身をモヤモヤさせて止まないデヴィッド・T・ウォーカーのギターを取り上げたいと思います。曲はマーヴィン・ゲイの「You Sure Love To Ball」。
早いもので師走ですね。「お前さん、そんなのチェックしてるの?」と思われるのもやや癪ですが、去る12月2日に発表された「新語・流行語大賞2019」について触れたいと思います。トップテンからは外れましたが、ノミニーのひとつに例の「ポエム/セクシー発言」がありました。小泉進次郎環境相が国連気候行動サミットに関連する共同記者会見で「気候変動問題に取り組むことはクール、セクシーでなくちゃね」と発言したこと。そして、何かそれらしいといえばそれらしいのだが、具体性の欠片もない一連の発言が「ポエム」だと揶揄されたことを受けたものです。
以前、Netflixの人気番組『KonMari~人生がときめく片づけの魔法~』を観ていたら、依頼人のアメリカ人夫婦がこんまりこと近藤麻理恵による片付け指南を通じ、「片付けって意外にセクシーだね」なんて言って考えを改めていたので「アメリカじゃセクシーって言葉をそんな使い方するのかぁ。へぇ」と思った次第ですが、今回「You Sure Love To Ball」を形容するときの「セクシー」という言葉はあくまで本来の意味合いでの「セクシー」であって、小泉進次郎的な「セクシー」ではありません。色っぽい、艶やか、センシュアル、ホットというような意味だと考えていただけたらと思います。
「You Sure Love To Ball」はギター云々の前に、作品そのものから、むせてしまいそうなほどの色気が放たれています。アレンジ、演奏、歌唱すべてにおいてセクシーでないところが一切ないといって過言ではありません。
ところで、みなさんは音楽を聴いているときに楽器に感情移入というか共感をすることはありますか! 学生の頃、ママが切り盛りする飲食店でアルバイトをしていたのですが、あるとき洗い終わった食器を雑に置いてしまったところ、ママが「お皿が痛いって言ってるよ」と言うのです。本来、無機物である食器にもあたかも感情があるかのごとく考え、食器を慮り、丁寧に扱おうねという意図のもと、そのように忠告したのでしょう。ママはある意味、食器に感情移入したと言えます。これは食器を楽器に置き換えてみても通じそうではありませんか。決してミュージシャンは商売道具である楽器を雑に扱ったらいけませんよという話ではありません。あくまで誰かが演奏している楽器そのものに感情移入するかどうかということです。例えば、力まかせに叩かれたスネアの音を聴くとスネアに共感して苦しく感じてしまいます。体育会系の新人研修で大声を出すことに慣れていない人が、無理やり大声を出させられている感じと言ったら良いでしょうか。
もし仮に「ねぇ、誰に弾かれたいのか教えなよ」と尋ねられとしたら、デヴィッド・T・ウォーカーと答えたいと思います。
「You Sure Love To Ball」におけるデヴィッド・T・ウォーカーのバッキングは、アレンジの中に埋もれたかと思えばパッと顔を出すようなところがあります。さながら薄暗がりの中で光を乱反射させるシルクのシーツのようです。これはアーティキュレーションと滑らかな運指のなせる技でしょう。マーヴィン・ゲイの非常にセンシュアルな歌唱とデヴィッド・T・ウォーカーの演奏によるセクシー合戦のような様相を呈しています。
「点と点が線に。線と線が面に。」という言い回しがあります。高校生の頃に講演会にいらした方がこのフレーズを使用されていました。どういう文脈で使われていたのか忘れてしまいましたが、それはともかく、リズムにも点・線・面という3つのディメンションがあるように感じます。どのディメンションを前面にもってくるかということは音楽によって異なります。例えば「何の楽器を持っていようがドラムを叩くかのごとく演奏したまえ」と指示を出したJBのファンクなどは点を強調したリズムだと言えましょう。
話を面のリズムに戻します。面のリズムといえども点がないというわけではありません。点と線と面はどのタイプの音楽にも内包されているもので、それらを実際に音にして表現しているかどうかの話です。デヴィッド・T・ウォーカーの奏法はリズムの面を表現しているように感じます。さきほど、シルクのシーツを引き合いに出しましたが、まさに面がゆらゆら煌めいている感じです。これはリズムの点がしっかりしているから面が輝くのです。点を打つポイントがまばらでは、目の荒い安手の使い古したシーツのようになってしまうことでしょう。言うまでもありませんが、デヴィッド・T・ウォーカーはやはりタイミングコントロールの名手でもあります。
昔何かのテレビ番組で心霊写真を特集していました。
「You Sure Love To Ball」のリズム隊について少し触れたいと思います。ドラムはポール・ハンフリーで、個人的に贔屓のドラマーです。
最後に余談ですが、「You Sure Love To Ball」の異様なまでにセンシュアルな世界は行為そのものを音で描写したものとは思いません。むしろこうした音楽がその行為の官能性を再定義している面もあると考えています。「You Sure Love To Ball」のような音楽がもし仮にこの世に存在しなかったとしたら我々は我々の営みを甘美なものとして捉えていなかったかもしれない。そんなことを思う人肌恋しい2019年の冬であります。
鳥居真道
1987年生まれ。
◾️バックナンバー
Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
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