2015年の終わりにワン・ダイレクションが活動休止期間に入ると、誰もがルイ・トムリンソンはソロアーティストとして瞬く間にポップ界での成功を手に入れるだろうと思った。
ワン・ダイレクション時代のトムリンソンのトレードマークは、気取ったウィットと”生意気なルイ”と呼ばれた好戦的なビッグマウスだった。だが、この数年間でトムリンソンは大きな痛みを経験しなければならなかった。2016年に母親ががんで亡くなったのだ。2019年にトムリンソンは切ない追悼シングル「トゥー・オブ・アス」をリリースした。だが、そのわずか2週間後に一家はティーンエイジャーの妹が突然の死を遂げるという悲劇に襲われた。『ウォールズ』は個人の贖罪が色濃い一枚だが、そこには独創的な新境地を開こうとするポップアーティストならではのサウンドも感じられる。オアシス風のブリットポップギターが響く「キル・マイ・マインド」はそのひとつだ。
ーニューアルバムの発売おめでとうございます。たくさんの想いと魂が込められた作品のようですね。
そうだね。なんとなくだけど、波に逆らってずっと泳いできたような気分だよ。「よし、自分ひとりで何かしてみよう」と思い切って踏み出した頃は、具体的に何をするか思いつくまでに少し時間がかかった。大抵の人は、初めてのことに取り組むときは、予め準備をしたり、いろんなことを試したりするよね。でも、僕の場合は世間の目というものが少なからずあったんだ。キツイと思ったこともあるよ。だから、心から誇れるアルバムができてほっとしてる。
ー世間の人は、もっと早くに何らかのヒットを出すと思っていました。時間をかけたのはなぜですか?
たしかに、手っ取り早くレコードを作ることはできただろうね。
ー「ノー・コントロール」や「ミッドナイト・メモリーズ」など、ワン・ダイレクション時代はいくつもの名曲を手がけましたね。ソロアーティストとしては、何か違ったことをしないといけないと思っていましたか?
ソロアーティストとしてのキャリアを歩み始めた当時は、スティーヴ・アオキとエレクトロニックな楽曲を作った。彼はマジでレジェンドだよね。ビービー・レクサともコラボしたな。彼女も最高にクールだ。でも、当時の楽曲を振り返って聴いてみても、本当の意味で自分を表現しているように思えないんだ。だから、自分の心の命ずるままに進めばいいって気づくのに少し時間がかかった。僕にはワン・ダイレクションのメンバーという貴重な経験がある。それに幸運にも、ワン・ダイレクションで数多くの成功を経験した。
ー2019年、必死にヒットチャートのトップ40にランクインしようとするのをやめて「僕にとっての成功とは何か」を考え直す必要があると、Twitterで重要な声明を発表しました。何がそうさせたのでしょう?
僕にはワン・ダイレクションという規模のグループでの経験しかない。だから当然、どれだけ必死に謙虚で現実的でいようとしても、その経験に縛られてしまう。でもそれは、現実の人生とはかけ離れたもので成り立っていた。こうした事実を受け入れるのに少し時間がかかってしまったんだ。
ー2019年の「トゥー・オブ・アス」であなたは大きな変貌を遂げましたね。これは、感情的にもとても勇敢な作品です。
ご存知の通り、「トゥー・オブ・アス」は僕のいままでの人生でもっとも誇らしい瞬間のひとつであることは間違いないよ。作曲家として、僕目線のこれほどの重みと大切さを持つ楽曲を手がけたのは初めてだった。それなのに、友達同士でおしゃべりしてると、誰かが僕にこっそり「トゥー・オブ・アス」にどれだか支えられたかを明かしてくれる。
不思議だよね。だって当時僕はご存知の通り、クリエイティブ面で自分が不要な存在だと感じていた。僕は本当にもがいていたんだ。振り返ってみると、それは「トゥー・オブ・アス」を生み出さないといけなかったからなんだよね。「トゥー・オブ・アス」を完成させるまで、それ以外のコンセプトは僕にとって意味のないものだった。
ー最近では、男性の作曲家がこのように胸の内を明かすのは稀なことです。
母は僕の人生にとてつもなく大きな影響を与えてくれた。
ーその数カ月後にどうやって「キル・マイ・マインド」のようなロックチューンを作曲できたのですか?
「キル・マイ・マインド」は本当にあえてのステートメントとして作った曲なんだ。人に同情されたくなかったから、エモーショナルな重い楽曲を作り続けるつもりはなかった。だから、完全に気分を入れ替えて僕のインスピレーションに従うのは最高のチャンスだと思った。
ー「ノー・コントロール」のようなパンクロックの雰囲気がありますね。数年前にTwitterに投稿した「それがワン・ダイレクションの曲ですごくいい曲だったら、僕が作曲者だってことを覚えておいてね」というコメントが大好きです。
見てたの? あんまり自画自賛するタイプじゃないんだけど、そのときは「ファック! 真実なんだから仕方ないだろ!」って思ってた。あれは結構楽しかったな。
ー20代後半での活動は、20代前半と比べてどう違いますか?
作曲ごとに上達しているのを感じるよ。でも言っておくけどね、本当に年のことはマジで気にしてるんだ。先日28歳になったんだけど、「ファック。これを10年やり続けてきたんだ」って思ったよ。またゼロから始めたら、38歳になっちゃうよ!
ーソロになると所属していたバンドやグループを非難しなければいけない、というお決まりのパターンがありますが、あなたは違いますね。
理由を教えてあげるよ。まず、僕はワン・ダイレクションをマジで愛してる。僕を育ててくれたグループを心から誇りに思ってる。だって、ワン・ダイレクションはドンカスター(イングランドのサウス・ヨークシャー州の町)出身の僕に最高のチャンスを与えてくれた。でも、グループを脱退した人がくだらない悪口ばかりを言う傾向があるのも事実だ。でもそれって、あまりにあからさまな気がするんだよね。クールでありたい必死さばかりが伝わってくる。だから、本心だと思ってないよ。アイツらのことはマジで大好きだし、一緒に成し遂げたすべてを心から愛してる。いまでもアイツらとの時間が恋しいよ。他のメンバーが違うって言ったら、それは嘘だと思う。だって、間違いなく僕らの人生においてスペシャルな時間だったから。
ーメンバーはそれぞれの音楽を追求していますが、それぞれの個性がうかがえますね。
それは、まさにワン・ダイレクションというグループの強さと、僕たちが持ち寄った個性の証だと思うよ。それに、みんなインスピレーションを得る範囲が違うから。キャラクター的にも、音楽的にも面白かった理由はそこかな。みんなマジで最高の音楽を作ってると思う。だから、ラジオをかけてメンバーの名曲が流れてくるのは嬉しいよね。
ーソロツアーについて教えてください。
ものすごくワクワクしてるよ。ずっとツアーを目標にしていたからね、だって、スタジオとかリハーサル室とか、テレビ局のスタジオとかとはまったくの別物だから。それに、ファンに会って、本当に目を見て僕の歌詞をどういうふうに受け止めてくれたかを実感できる。空間のエネルギーも感じられる。それに勝るものなんてないよ。
ーワン・ダイレクション時代は、いつもライブでオーディエンスとダイレクトにつながっていましたね。
ある程度は、あの時代を生きていたおかげだと思う。90年代のいくつかのボーイズ・バンドを振り返ってみると、そこにはボーイズ・バンドとしてのあるべき姿があった。でも、僕たちはいつも自分らしくいられたし、だからこそファンのみんなも僕たちとのつながりを感じやすかったと思う。それに、みんなができる限り参加してる気分になってほしいしね。
ーコラボレーションしてみたい憧れの人はいますか?
ご存知の通り、僕はリアム・ギャラガーが大大大好きだ。彼は、最高の作詞家だよ。正直なところ、僕が車で聴くレパートリーは少ないんだけど、たいていオアシスを聴いてる。
ー最近お気に入りの音楽はありますか?
キャットフィッシュ・アンド・ザ・ボトルメンはマジで好きだね。でも皮肉なことに、キャットフィッシュ・アンド・ザ・ボトルメンにワン・ダイレクションの悪口を言われたんだ。僕はただファーストアルバムを聴いて「すごくかっこいい!」って思った。だから「このアルバム最高」とツイートしたら、返信がきた。ポップ野郎を中傷する典型的なインディー野郎みたいなことをしたかったんだろう。気の利いたことを言おうとしてくだらない悪口ばかり言ってたから、無視したよ。でも、けっこう前のことだから、またキャットフィッシュ・アンド・ザ・ボトルメンを聴いてもいいかな。彼らの音楽はマジで最高だからね。

ルイ・トムリンソン
『ウォールズ』
発売日:2020年1月31日(金)
https://SonyMusicJapan.lnk.to/LouisTomlinson_WallsJP