「みのミュージックの令和ロック談義」第3回は「200年前に誕生したリズムの定義と人間の曖昧さ」をテーマにお届け。

昨年の真夏はレコーディングスタジオに籠もりっきりだった。
20曲収録のアルバムを完成させることを目標にぶちあげ、かつベーシックトラックはバンド全体のライブ録音のみの方針。分業が許されないため、時間もコストもかさむ。いささか酔狂な作業だったかもしれない。但し、それはどうしても私にとって妥協できない点であった。人間的な質感の残る、不完全性を帯びた音像をパッケージしたかったのである。特にリズムの部分で……。

ミノタウロス/肖像 1stアルバム全20曲公開 Trailer

リズムは技術の進歩と共に「数学的な正確さ」を段階的に獲得していっている。かつて楽曲のテンポは形容詞的な説明しかできなかった。「アンダンテ=歩くような速さで」といった具合である。「BPM120」みたいな表現に慣れてしまった我々からすると、極めて曖昧な表現だ。メトロノームによるテンポ表記を初めて行なった重要な作曲家はベートーヴェンだと言われている。それまで、横軸に終始一定のリズムで楽曲が展開するという発想が、そもそも一般的でなかったとも言えよう。
1816年のメトロノーム登場によってテンポは可視化され、明確な定義が与えられた。これは音楽史において革命的な出来事であったのである。

人間が再現不可能な「真に正確なリズム」を表現可能に

しかし譜面にテンポが数字で表記されるようになったからといって、実際の演奏は数学的な正確さを獲得したわけではない。楽器の演奏や歌唱は肉体によるものであるが、人間はどこまで訓練を積んでも「真に正確なリズム」を刻むことはできない。常にそこに生理的な曖昧さが介在するからである。音楽制作の場で、ミュージシャンがメトロノームをヘッドホンで聴きつつ演奏することはごく一般的であるが、そのような方法論を用いた作品であっても、それぞれの拍の前後に微細なズレを持っているものだ。

リッキー・マーティンの”Livin la Vida Loca”が、1999年に完全なるデジタル録音の作品としては初のNo.1シングルに輝いたのを皮切りに、音楽制作の主流は徐々にデジタル化していった。2001年にビート・ディテクティブというプラグインがリリースされたのだが、これはドラムビートを正確にグリッド上に再配置する機能を持つ制作ソフトだ。つまり小節上にピッタリ定規で線を弾くように、ドラムを再配置できるようになったわけである。この技術により、生ドラムの演奏であっても、人間的に再現不可能な「真に正確なリズム」を表現することが可能となった。

Ricky Martin - Livin La Vida Loca (Official Music Video)

ジョン・ボーナムのドラムをデジタル表示。数学的な正確さを与えていくと……。


リック・ベアトというアメリカ人YouTuberが面白い実験をしている。彼はプラチナアルバムも獲得をしたことがあるキャリア豊富なプロデューサーであるが、活動の軸をYouTubeに移してから、豊富な経験に基づいた数々の動画を公開している。中でも「HOW WOULD JOHN BONHAM SOUND TODAY? (Quantized)」という動画。つまり「ジョン・ボーナムのドラムは今日どのように聴こえるのか」という動画であるが、これはジョン・ボーナムのドラムをデジタル環境で表示し、ビート・ディテクティブで数学的な正確さを与えるという実験である。

HOW WOULD JOHN BONHAM SOUND TODAY? (Quantized)

無加工の状態でジョン・ボーナムのドラムをグリッド上で聴くと明らかになるのだが、彼のドラムは全く一定ではない。極めて人間的なズレが散見され、数小節もすると、ビートは開始時よりも数BPM前後する。史上最高のドラマーとされる彼のビートがここまで奔放なのは、デジタル上でここまで解剖しないと見えてこない部分だろう。

正確性と引き換えに、ジョン・ボーナムのドラムに光るもの

さて、このビートを素材にグリッドに沿ってリズムを作り直す実験だ。スネアやキック、細かな要素を細切れに寸断し、定規にあわせ数学的な配置に再構築していく。この作業を経て、全くズレがなくなった途端、ジョン・ボーナムのドラムは輝きを失ってしまうのだ。もちろん音色は格別である。紛れもなくあのジョン・ボーナムのサウンドだ。
但し何かが決定的に欠けている。さも人力ドラムマシーンと化しているとでも言おうか、私には演奏者の表情が全く浮かんでこない、人間的な魅力が著しく損なわれたサウンドに聴こえた。

「真に正確なリズム」を真っ向から否定するわけではない。ジャンルや狙う効果によっては大きな武器になる。だが2001年にビート・ディテクティブが登場した時期と、アメリカのチャートからロックが姿を消していった時期は符合する、とリック・ベアトは指摘する。これは全くの偶然だと言えるのだろうか。J Dillaやディアンジェロが人間的な、心地よいズレを伴うリズムをクールだと証明してから20年以上経過するが、そろそろロックも生理的なリズムに向き合ってもいいのかもしれない。

Edited by Aiko Iijima
編集部おすすめ