ベースとドラム、声があればいい
昨年から今年にかけてのノエル・ギャラガーの海外でのインタビューを読んでいると、とても興味深い言い回しに何度も行き当たった。それは「前に似合った服でも、それが今の自分に似合うとは限らない。ならば、今の自分が好きなものを俺は探して着る」という内容。オアシスの再結成について再び問われた際にも、この例え話を出しながらきっぱり否定していた。そして、彼が昨年からスタートしたノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズのEP三部作シリーズについても同様に、彼はこの例え話を引き合いに出している。
昨年6月にリリースした『ブラック・スター・ダンシング』EP、そして9月の『ディス・イズ・ザ・プレイス』EPを聴いた人は、彼のこの言葉に深く頷くに違いない。この3月6日リリースの『ブルー・ムーン・ライジング』EPをもってついに三部作が完結したわけだが、まとめて聴いていると、今のノエルが興味を持っている服が、オアシス時代のそれとは全く異なることがよくわかる。特にそれぞれの表題曲は、オアシス時代の名残りを全く感じさせない。驚くほどに。
まず、第1弾としてリリースされた『ブラック・スター・ダンシング』EPから紐解いていこう。この表題曲はまず発表された時に、ノエルの意外なほどストレートなダンス・チューンとして驚いた人も多いだろう。しかも、タイトルからデヴィッド・ボウイとまずリンクさせたくなる。
ちなみに、最近のノエルはベースで曲を書くことが多いという。「ベースとドラム、それから声だけがあればいい」とすら海外のインタビューでは語っていた。これもまた、以前までの彼からは聞いたことのなかった話だ。これまでギターやピアノで長年にわたり曲を作ってきたからこそ、ベースで曲を作るという新鮮な挑戦は、彼の音楽性に次々と新しい要素をもたらしたのは想像に難くない。
ハシエンダでの衝撃とデヴィッド・ボウイ
ベースで曲を作る経験は、『ディス・イズ・ザ・プレイス』EPにも刻まれている。この表題曲のムーディに蠢くベース・ラインやシンセ・サウンドが思い出させるのは、アシッド・ハウスの音だ。あたかも、ノエルのハシエンダでの若き日の衝撃と体験を、現代にアップデートしたかのような曲である。そして聴きながら思い出すのが、ノエルが他のミュージシャンの作品でメイン・ヴォーカルとして歌声を披露していたのが、ケミカル・ブラザーズの「セッティング・サン」(97年)と「レット・フォーエヴァー・ビー」(99年)のみだったという事実だ。
もちろんこの2曲と「ディス・イズ・ザ・プレイス」とはBPMも違うし、ケミカル・ブラザーズ曲でのノエルの声はもっとマッドチェスター的な揺らぎを重視してミックスされていた。だが、アシッド・ハウス~マッドチェスターを経由したダンス・ミュージックとノエルの声との相性の良さは、そのまま、彼自身が紡いだこの「ディス・イズ・ザ・プレイス」でも体験することができる。この曲を聴いていると、自分の体内にある気持ちいいベース・サウンドの記憶と、自分の声をごく自然にミックスしたらこの曲が生まれた、というような無作為のソングライティングを、ノエル自身が楽しむ姿まで浮かんでくる。
そして最新作の『ブルー・ムーン・ライジング』EPの表題曲は、今の彼のそういった志向をさらにミニマルなビートと歌声に映しつつ、曲の展開やメロディーからは完膚無きまでのドラマチックな光景が浮かび上がる。とはいえこのドラマチックさは、オアシス時代のそれとも、これまでのハイ・フライング・バーズとも違う。ドラマチックに転換してからのこの浮遊感たっぷりのシンセのサウンドは、この三部作の彼ならではの80年代を思わせる音だ。なんでもこの曲は、一昨年11月に「ブラック・スター・ダンシング」と同じタイミングで、英ロンドンのアビー・ロード・スタジオで生まれた曲だそう。今の自分が興味を持てる音に挑戦し始めたタイミングで、これまでの彼のイメージとは異なる曲をこうやって次々と産み落としていったという事実に、ノエルのソングライターとしての底力はもとより、いかに彼が熱心な音楽ファンとして当時の音楽を体に染み込ませていたかを感じずにはいられない。
それにしても、すでに多大な成功も名声も手にし、使いきれないお金があり(例えばオアシス曲が一晩に世界中で何回カラオケで歌われるか想像すると、その規模感がわかるだろう)、類まれなる笑いのセンスも幅広い世代から愛されている彼が、今なお挑戦し変わろうとし続ける姿勢には、改めて頭が下がる。そして思い出すのは、時には批判され酷評されても、生涯において立ち止まることなく自らに変わり続けることを課していた、デヴィッド・ボウイのことだ。もしかしたら、この三部作の一作目にデヴィッド・ボウイをそのまま彷彿させるタイトルをつけたあたりには、ノエルのそんな静かな覚悟も反映されているのだろうか。ノエルはそれくらいロマンティックなところがあることを考えると、この先のノエルがどう挑戦しどんな曲を作っていくかもまた、楽しみになってくる。
ベースを手に、自らの内側に蓄積してきた80年代UKのビートやサウンドを肩に力を入れることなく解放してみせたこの三部作。表題曲だけでも新機軸が窺えるが、ぜひカップリングにも、じっくり耳を傾けてみてほしい。ここではあえて各曲には触れなかったが、どれも例外なく、狂おしいほどの曲にもかかわらず、さらっと収録されている。この「さらっと」というあたりも含めて、これこそが、ノエル・ギャラガーの充実した現在地点だ。

ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ
『Blue Moon Rising EP | ブルー・ムーン・ライジングEP』
2020年3月6日(金)配信&輸入アナログ盤限定リリース
https://lnk.to/NoelBlueMoonRisingEP
輸入アナログ盤(ゴールド)
https://lnk.to/NGHFB2020VinylGold
輸入アナログ盤(ブラック)
https://lnk.to/NGHFB2020EPVinylBlack
日本公式サイト:
http://www.sonymusic.co.jp/noel