ドラマー、プロデューサー、ラッパー、ヴォーカリストとマルチな顔を持つカッサ・オーバーオールが、ジャイルス・ピーターソン率いるBrownswoodと契約し、2ndアルバム『I THINK IM GOOD』を発表した。ジャズとヒップホップの関係における可能性を追求する彼の魅力を、『Jazz The New Chapter 6』も話題のジャズ評論家・柳樂光隆が解説。


カッサ・オーバーオールに関する概要については、ブルーノート東京での来日時に紹介コラムも執筆しているが、そちらでも書いたとおり、どこか掴みどころがない「謎のドラマー」という印象をしばらく抱いていた。アート・リンゼイやヴィジェイ・アイヤー、テリ・リン・キャリントンといった先鋭的なミュージシャンと共演する一方で、ドレイクやカニエ・ウェストのカバーもやっていたりする。カッサは2019年、名刺代わりの1stアルバム『Go Get Ice Cream And Listen to Jazz』を発表しているが、新しさやは面白さは感じたものの、それを上手く言語化できずにいたのが正直なところだ。

その後、UKのBrownswoodと契約してリリースした『I THINK IM GOOD』を聴いて、ようやく彼のすごさがはっきりと見えてきた。さらに加えて、2月に行われたブルーノート東京での来日公演を観たことで、自分の中で彼の音楽のヴィジョンみたいなものがようやく像を結び、言葉にすることができるようになった。

『I THINK IM GOOD』はカッサが描きたいストーリーと手法ががっちり噛み合っていて、聴き手にストレートに響く傑作だ。ここにはカッサのラップや歌があるし、オートチューンや自身が打ち込んだビートも使われている。近年のラップにも通じるサイケデリックなエフェクトや、トラップ以降の感覚のビートもあるが、一方でオーセンティックなダブを思わせるディレイが聴こえてきたりもする。そこにはヒップホップやR&Bの要素がたっぷり入っていて、さらに様々なジャンルの要素が加えられているのは明白で、カッサの音楽を2010年代に行われてきたジャズとヒップホップなどのジャンルを溶け合わせる実験の延長線上にあるものと表現することも間違いではないだろう。

その一方で、これまで行われてきた多くのチャレンジとは明らかな違いがある。それを端的に示しているのは、カッサのドラミングだ。これこそが彼の音楽を特別なものにしている理由だと僕は思った。


2010年代には、ヒップホップやビートミュージック、テクノなどのビートを、生演奏のドラミングに置き換える手法が話題となった。J・ディラが作ったトラックのようなビートを、人力で叩いたクリス・デイヴやマーク・コレンバーグ。もしくはテクノにおけるプログラミングされたクールなビートを想起させる、マーク・ジュリアナやリチャード・スペイヴンのようなドラマーが注目を浴びた。それは例えばデヴィッド・ボウイ『★』のように、ジャズ以外のジャンルにまで波及することになる。さらに近年では、モーゼス・ボイドやフェミ・コレオソ(エズラ・コレクティブ)のように、グライムやダブステップを叩くドラマーがUKのシーンから出てきている。

クリス・デイヴのドラムソロ

マーク・ジュリアナのドラムソロ

つまりこの10年は、打ち込みで作ったビートのニュアンスをいかに正確にトレースするか――という課題に、多くのドラマーが挑んでいた時期だったとも言える。その際には、音色や質感をより正確に再現するために、セッティングにも大きな変化があった。クリス・デイヴが使っていたエフェクト・シンバルやピッチを変えたスネア、あるいはマーク・ジュリアナのようにタムをセットから省くドラマーもいたりと、いわゆるジャズ用のセッティングに囚われず、ハイブリッドなサウンドに合わせた特殊なセッティングが次々に施された。つまりドラムを叩くことだけでなく、ドラムセット自体も含めて、あらゆる工夫を凝らし、より正確に打ち込みのビートを再現しようとした、とも言える。それゆえ、2010年代にジャズミュージシャンがヒップホップやR&Bにアプローチするという話になると、まずはこういったリズムの刷新が重要なトピックとして語られることが多かった。

ジャズを刷新する新たな才能、カッサ・オーバーオールを今こそ知るべき理由

Photo by Tsuneo Koga

カッサ・オーバーオールが特別なのは、そのトピックに当てはまらない稀有なドラマーだからだろう。そもそも彼は、生演奏でヒップホップのビートを叩くタイプのドラマーではない。
ヴィジェイ・アイヤーがラッパーのマイク・ラッドと組んだ『Holding It Down: The Veterans Dreams Project』や、アート・リンゼイ率いる「Restless Samba」バンドでの演奏でも、ループを意識したドラミングはしているが、即興要素はかなり多めに入ってくるし、セッティングは決してヒップホップ仕様ではない。サウンドもジャズドラムの音色で、打ち込みのビートを置き換えたような成分はかなり薄い。

彼は『I THINK IM GOOD』でも、ヒップホップ仕様のセッティングではなく、ジャズドラムそのものの音色で叩いていて、それと共存するようにカッサ自身がプログラミングしたビートが使われている。つまり、「ヒップホップっぽさ」をトレースするのではなく、ジャズのドラミングをジャズのドラムセットでやりながら、そこに打ち込みのビートを織り交ぜつつ、個別のビートではなく、その楽曲のトータルの構造やムードによってヒップホップの要素を聴かせている。そのなかで、ドラムと打ち込みは全く別の人格のように扱われており、それぞれが出てきては消え、時に重なり合い、等価に扱われているように聴こえる。

そして、カッサのドラミングはリズムというよりは、(本人も公言しているように)メロディを奏でるようなフレーズ的なものであり、同時に即興濃度が高く、抽象的な表現も多い。その刻々と変化するドラミングと同じように、ところどころで差し込まれる打ち込みのビートもリニアなものではなく、リフ的もしくはフレーズ的だったりする。それらを切り刻んで繋ぎ合わせてコラージュし、ドラムとビートだけでもひとつのストーリーとして成立する流れを描いてしまうのがカッサの音楽だ。そのうえに歌声や様々な楽器が加わり、エフェクトで彩られることで、彼が陥っていたというメンタルヘルス問題などの情感やムードを、音でエモーショナルかつ繊細に表現している。

これは来日公演を見て気付いたことなのだが、そのコラージュ的な要素はカッサだけで作り上げているわけではない。『I THINK IM GOOD』にはアーロン・パークスやヴィジェイ・アイヤー、ラフィーク・バーティア、サリヴァン・フォートナー、クレイグ・テイボーンなど全く異なるタイプのミュージシャンが参加していて、それぞれが全く異なるスタイルで演奏しているが、それらを自身とバンドメンバーの演奏やビートとコラージュし、アルバム一枚のなかで共通するムードを通底させることで、ナチュラルに違和感を感じさせることなく楽曲に収めている。

鍵盤奏者のアーロン・パークスが参加した「The Best Of Life」

僕はこれがカッサがもつエディットの手腕によるものかと思っていたが、来日公演を観て、そこに同行していたメンバーたちの存在もかなり重要であることに気づいた(彼らは『I THINK IM GOOD』にも参加している)。


ライブでもカッサはドラムを叩き、シンセを弾き、ラップトップをいじり、歌っていて、その多才さに驚かされたが、それ以上に衝撃的だったのが、現在21歳のモーガン・ゲリンだった。来日公演のクレジットではサックスと表記されていたモーガン・ゲリンだが、実際には多くの場面でベースやピアノも弾いていたし、EWI(ウィンドシンセサイザー:サックス形態の息を吹き込むことで音を出すシンセサイザー)も吹き、しまいにはドラムも叩いていた。その演奏を聴けば片手間なものではないのは明らかで、どれも水準が高かったことは驚きを通り越して、訳がわからなかった。ライブ後にモーガンが会場を歩いていたので話しかけてみたら「僕にはメインの楽器はないよ。全てがメイン。もともとチャーチでドラムを叩いてたから、ドラムがルーツだけど」みたいなことを話していた。

さらに、その来日公演では、ピアノのジュリアス・ロドリゲスもドラムセットに座ってドラムを叩いたり、ベースを弾いたりしていた。つまり、カッサ、モーガン、ジュリアスの3人が楽器を入れ替え、それぞれの役割をシャッフルしながら、ライブが進んでいったというわけだ。そこに鍵盤奏者でエンジニアでもあるポール・ウィルソンがシンセで音を重ねつつ、バンドサウンドにエフェクトをかけていた。

ジャズを刷新する新たな才能、カッサ・オーバーオールを今こそ知るべき理由

左からジュリアス・ロドリゲス、モーガン・ゲリン、カッサ(Photo by Tsuneo Koga)

『I THINK IM GOOD』もジャズのあり方としては極めて個性的だが、ライブの現場で個々の役割や立ち位置がどんどん変化していく光景もそれと同等、もしくはそれ以上にユニークなものだった。特定の楽器だけにアイデンティティがあるわけでないミュージシャンたちが、自身の軸足を置く場所を定めずに奏でたい楽器を手にし、奏でたい音を出していく軽やかな光景は、自身の演奏やビートだけでなく、様々なミュージシャンの演奏を素材として録り貯め、それを自由に切り刻んで組み替え、どの演奏もどの音も全てを等価に扱いながら、ひとつのストーリーを描いている『I THINK IM GOOD』の軽やかさと通じるものが感じられた。そこでは特定の楽器にアイデンティティを持たないことのある種のクールさやドライさと、それゆえ特徴の捉えづらい一人のミュージシャンが、総体的な表現を模索しようとする非常に人間的でエゴイスティックとも言えそうな側面の二つがせめぎ合っているようにも映る。
ミュージシャンのことを「ひとつの楽器を極めようとしている人」といったイメージで捉えると見えてこないものが、この音楽にはある。

このアルバムはカッサ・オーバーオールの作品だが、ここには主役がいるようでいない。そこにいる全員が主役で、同時に全てが素材に過ぎない。その音楽性――というよりは、その音楽がもつ思想に関しては、カッサがカニエ・ウェストを影響源に挙げていることとも関係があるのかもしれない。サンプリングソースのヴォーカルのピッチを変えてしまうドライな姿勢や、楽曲の流れを突如切り替えるような過激なコラージュ感覚など、2000年代以降のゲームチェンジャーだったカニエの手法とも通じるものがある。

それともうひとつ。ライブの後、カッサや彼のマネージャーと話していた時に、彼らが上述したモーガン・ゲリンのすごさについて語ってくれた。モーガンが2017年に出したアルバム『The Saga Ⅱ』を聴けば、あらゆる楽器を1人で演奏してしまう彼のスタイルが、来日公演のずいぶん前から形になっていたことがわかる。

カッサは自身の肩書を「バックパック・ジャズ・プロデューサー」としている。最低限の荷物だけ背負い、ひとつの土地や住居に留まることなく世界中を旅するバックパッカーの姿を、自分がつくる音楽に重ねているのだろう。そんなふうに、ドラマーであることや、ジャズであることなど、様々なことから自由になろうとしているカッサが、最初からどこにも軸足を置いてない新世代のモーガンから多大なインスパイアを受けたであろうことは想像に難くない。『I THINK IM GOOD』には、これまでのジャズにはなかったタイプの、もっと言ってしまえば、これまでの器楽奏者にはなかったタイプの新しい思想や哲学が詰まっている。


これまで行われてきた技術や理論、方法論などではなく、もっと大きなところで音楽に対する考え方や捉え方が変わりつつある。僕はこのアルバムを聴いて、ここから新しい変化が起きるのではないかとワクワクしているところだ。

ジャズを刷新する新たな才能、カッサ・オーバーオールを今こそ知るべき理由

Photo by Tsuneo Koga

ジャズを刷新する新たな才能、カッサ・オーバーオールを今こそ知るべき理由

カッサ・オーバーオール
『I THINK IM GOOD』
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国内盤CD ¥2,200+税
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BEATINK.COM:
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