人類が宇宙空間に移住した際、閉鎖された狭い生態系で果たして生存できるかどうかを検証するための科学実験プロジェクトが「バイオスフィア2」だ。この実験は当初100年継続する計画であったが、2年間しか続かなかった。


1991年9月。その日彼らは歴史を刻もうとしていた。外部から閉鎖され、生態環境(熱帯雨林、砂漠、遠洋のサンゴ礁)と生活居住区を備えた研究所バイオスフィア2の8人のメンバーは、米アリゾナ州オラクルに入念に建設された研究施設へと向かっていた。メディアの注目を一身に浴びる中、彼らは外の世界から離れて、バイオドーム内部での2年間の生活に旅立とうとしていた。

建物を囲むガラス窓から外を眺めることもできたし、観光客や訪問者、見物人が中を覗き見ることもできた。だが、ひとたび扉が閉まって中に隔離されるや、彼ら「宇宙船地球号」の乗組員たちは火星に降り立ったも同然だった。
他の惑星を植民地化する可能性(必然性?)に備えて、密閉式疑似「自然空間」の建設のためにデータを収集する、という計画だった。8人は青い惑星を離れることなく、人類がいまだ足を踏み入れたことのない領域へと果敢に進んでいった――彼らは人類のために地球滅亡後の未来を探訪する最初のパイオニアであり、そして最後のパイオニアとなった。

マット・ウルフ監督のドキュメンタリー映画『Spaceship Earth』は、この壮大なプロジェクトを知るには最高のガイドブックだ。カウンターカルチャーの中からプロジェクトの構想が生まれ、環境意識の高い奇人変人らの手によって実現し、最後は企業の手で永遠に葬り去られるまでが綴られている。サンダンス映画祭でこの作品を購入した配給会社Neonが、誰もがみなそれぞれの「生態環境」に閉じ込められているこの時期に、バーチャル映画館という形で公開に踏み切ったのも偶然ではあるまい。だが自宅待機であろうとかなろうと、ぜひご覧いただきたい秀作だ。
科学界の崇高な失敗を描いたこの作品は、バイオスフィア2の構造にたがわず、様々な文化背景を辿ることができる半ダースほどのショートストーリーで構成されている。

・ドームの内部では参加メンバーが暴走し、カルト集団化しようとする動きも(動画)

デザイナーはTV映えするように、8人の参加者に真っ赤なジャンプスーツを考案した

まずはキャサリン・グレイ(通称ソルティ)の物語。サンフランシスコのヘイト・アシュベリー地区に住んでいた17歳の少女は、ジョン・アレンと名乗る男性(通称ジョニー・ドルフィン――登場人物のほぼ全員が、仰々しいニックネームで呼ばれている)と出会う。2人は志を共にする自由な精神の仲間たちを集め、共同体生活の可能性を探り始める。続いて「シナジスト」の伝説。フリースタイルの演劇おたく集団が、ニューメキシコに牧場を拓き、航海船ヘラクレイトス号を建設するまでを描く。


続いて、アレンが仲間たちをカルト集団化するまでの物語。60年代の理想主義や70年代のニューエイジの慣習から生まれたその他多数のひとつだったが、それほど健全ではなかったようだ(この作品でひとつ難点をあげるとすれば、こうした批判がずいぶん後のほうで登場し、妙にあっさり一蹴されてしまっている点だ――根の深い話題をさらっと流してしまっている)。そして大富豪バス家の鼻つまみ者エドワード・バスのバラード。不動産がらみのジョイントベンチャーで大儲けした彼は、のちにバイオスフィア2計画の実現に欠かせないキーパーソンとなる。

続いてメディア神話。プロジェクトを「環境エンターテインメント」と謳って散々もちあげておきながら(デザイナーはTV映えするように、8人の参加者に真っ赤なジャンプスーツを考案した)、その後は世間と一緒になってプロジェクトへの風当たりを強めた。


ブルックリン出身のよろず屋マーク・ネルソン氏(通称ホースシット)を筆頭に、イギリスの環境活動家サリー・シルヴァーストーン氏、食事管理と運動で120歳まで生きると豪語していたロイ・リー・ウォルフォード医師まで、宇宙船地球号に乗船していた社会になじめない秀才たちの裏話も少々。

そして2年間に及ぶクルーの旅。いくつかの妥協と二酸化炭素過多のせいで研究の科学的正当性が損なわれ――クルーも正気を失いかける様子が、参加者自ら撮影した膨大な映像を通して映し出される。最後は、第1回ミッション後の企業買収劇。結果としてアレンと彼の仲間たちは追い出され、スティーヴ・バノンという名の男が破滅的な決定を下す。

ウルフ監督(代表作に『Wild Combination:A Portrait of Arthur Russell(原題)』)は、これら厖大な歴史と多様な要素をあの手この手で見事に操っている。
バイオスフィア2創始者に対する監督の意見ははっきりしないものの、失敗に終わった野望と彼らの偉業に内在する冒険は評価しているようだ。

監督の視線はつねに俯瞰的で、ヒッピーのユートピア思想が、どういうわけか予想外の現実を迎えるまでの過程に向けられている。昨今の気候変動危機により、バイオスフィア2の動機がより現実味を増しているとしても、このようなプロジェクトに再びお目にかかれることはないだろう。だが何はなくとも、『Spaceship Earth』は「事実は小説より奇なり」という例をまたひとつ証明した。