フィービー・ブリジャーズは人生を謳歌している。「もう最高よ」カリフォルニア生まれで現在25歳の彼女はそう話す。「うちの母は『フィービー・ブリジャーズのお母さんですか?』ってよく訊かれるらしいんだけど、何でもかんでもオッケーしちゃうの。『そのカップルのプロムであなたが演奏するって約束しといたからね』なんて言われるたびに、私はこう返してるの。『ちょっとお母さん! ダメだってば!』」
内省的で荒涼とした、20代特有の心象風景を描くソングライティングによって、ブリジャーズは近年でも屈指のシンガーソングライターとして知られるようになった。朝コーヒーを淹れながら聴いていると少し泣けてくる、彼女の鳴らすフォークロックはそういうものだ。しかし、実は彼女は不遜なユーモアセンスの持ち主であり、ソーシャルメディアの投稿にはそれが顕著に現れている。(「お尻を舐めることが悪だとしたら、私は正義なんていらない」「毎週水曜はAsh Wednesday(灰の水曜日)ならぬAss Wednesday(お尻の水曜日)」という2つのツイートはクラシックだ)
異なる2つの面は矛盾しないと彼女は考える。「世間が気づいてないだけで、私の音楽にはユーモアがあると思う」彼女はそう話す。「個性的なキャラを作ろうとしたことはないし、自分に関することを隠そうとも思わない。私はありのままの自分でいたいだけ。曲を書くことは、私にとってセラピーみたいなものなの。

CVSでのショッピング風景。彼女は1日の大半を制作活動に費やし、空き時間には読書や散歩を楽しんでいるという。「年寄りみたいでしょ」彼女はそう話す。「私は酒もタバコもやらないから、10時の時点で就寝してない場合は独りでNetflixを観てる」(Photo by Jessica Lehrman for Rolling Stone)
●ショッピング中の浮かれ騒ぎ(写真)
「この日はホントにCVSで色々買ったわ」そう話すブリジャーズは、この写真をとても気に入っているという。「おっぱいをいつ出してやろうかなって、タイミングを見計らってたの!」
2月のある日の夕方、新作『Punisher』について語ることになっているブリジャーズは、マンハッタンのLudlow Hotelのラウンジにいる。彼女はよく笑うが、その度に頰のグリッターが暖炉の炎に反射して光る。「ニューヨークシティでの充実した1日」カモミールティーを口に運びながら、彼女はそうつぶやく。「Glossier(NY発のコスメブランド)でいろんなものが無料配布されてたの。あとはいい感じの音楽を聴きながら通りを歩いて、すっかりゴキゲンよ」
『Punisher』の主なテーマは、「涙を流すこと」と「感覚の麻痺」だという。”あなたをもっと愛せる誰かの喉奥まで、あなたは舌を入れることができなかった”(「Moon Song」)、”あなたのお母さんが大嫌い/彼女が口を開くと苛立つの”(失恋の悲痛な思いを歌った「I See You」)等、本作のほぼすべてのラインは極めてパーソナルでエモーショナルだ。「Whole Foods(オーガニック系食料品スーパー)で相手のお母さんと口論になったの」不敵な笑みを浮かべながら、彼女は元カレと思しき人物について語る。「彼女はトランプの支持者だった」
トラウマに満ちた幼少期から、インディー界の有名人になるまで
カリフォルニア州パサデナで生まれ育った彼女の幼少期は、いい思い出ばかりとは言い切れない。
彼女は弟のJackson Bridgers(彼の名前はジャクソン・ブラウンに由来)とものすごく親しいという(彼女は2016年夏に行われたショーの場で、70年代の伝説的シンガーソングライターであるブラウンに弟を紹介したが、その時彼はインセイン・クラウン・ポッセのフェイスペイントをしていた。「ICPのメイクで私のショーに来たらウケると思ったらしいのよね」彼女は笑いながらそう話す。「『彼はジャクソン、あなたの名前にちなんでるんですが……』みたいな感じで、超気まずかった」)。
子供の頃から、ブリジャーズは音楽に慣れ親しんだ。母親のJamieの勧めでピアノのレッスンに通い始めたものの、それが自分に向いてないことを悟った彼女は、13歳の時にギターに転向する。Los Angeles County High School for the Artsを卒業した時点で、彼女はSloppy Janeというパンクバンドで活動しており、彼らの曲はAppleのCMに起用された。それがきっかけで他のCMでも曲が使われることになり、彼女はそこから得た収入で2017年発表のデビューアルバム『ストレンジャー・イン・ザ・アルプス』をレコーディングする。「家賃もちゃんと払いつつ、毎日スタジオに入って曲を作ってるうちに、それが自分の仕事になってた」彼女はそう話す。「そんな風になるためのアドバイスを求められたとしても、私はとにかく運が良かったとしか答えようがないの」

ブリジャーズはコナー・オバーストが率いるインディーロックバンド、ブライト・アイズからの影響について公言している。「ジャクソン・ブラウンやジョニ・ミッチェルが好きだった私にとって、自分の世代に近いバンドとして初めて共感できたのがブライト・アイズだった」(Photo by Jessica Lehrman for Rolling Stone)
●写真ギャラリー「フィービー・ブリジャーズの日常」
『アルプス』はまさに、感情的なソングライティングのツールドフランスだ。
彼女にとって長年のヒーローだったオバーストと組んだことは、ブリジャーズにとって大きな出来事だった。「不釣り合いだって感じてた」彼女はそう話す。「彼はすごく敬意を払ってくれるし、私の意見を聞いてくれるけど、それでも萎縮しちゃってた」。彼女が『アルプス』の後に発表した2作の露出は、あくまで適度に保たれていた。「活動を通じていろんな人と知り合うんだけど、そのうちに『バンドやろっか』って話になるの」
『Punisher』の制作背景「私はクラシックロックが大嫌い」
『Punisher』の制作にはより長い時間を費やし、レコーディングは2018年の夏から2019年の秋にかけて断続的に行われた。「今から1年後くらいに、このレコードの本当の意味が理解できるんじゃないかって思ってるの」彼女はそう話す。「恋人と別れてから5年くらい経って、『ああ、そういうことだったんだな』って不意に悟るような感じ」
新作はフィービー・ブリジャーズらしさに満ちている。「Savior Complex」は、彼女が夢の中で書いたメロディーを用いた、胸を打つアコースティックな曲だ。
「基本的に、私はクラシックロックが大嫌いなの」ブリジャーズはそう話す。しかし、いくつかの例外はあるという。「ジョン・レノンは好き」彼女はそう続ける。「ダントツで一番のビートル。エリオット・スミスとかダニエル・ジョンストンとか、私のヒーローたちはみんな彼から影響を受けてるし」

ブリジャーズはThe 1975の新作『仮定法に関する注釈』に、ゲストヴォーカルとして参加している。「成功してもエッジを失わない人って稀だと思うの」彼女は彼らについてそう話す。「彼らはハンサムでイケてるポップスターよ」(Photo by Jessica Lehrman for Rolling Stone)
●The 1975インタビュー「ルールを設けないこと、それが僕たちのルール」
捻りの効いたホリデーソング「Halloween」では、アップライトベースと控えめなシンセをバックに、彼女は遊び心たっぷりにこう歌っている。”でもあなたが本当のことを言ってくれるって信じてる/すっかり酔っ払ってマスクを被ってる時に”。オクターブの上下を行き来する彼女のヴォーカルは、どこか冷淡さを感じさせる。「憂鬱な気分でのホリデーって、ものすごく悲しいと思う」彼女はそう話す。「クリスマスっていうテーマは避けたいの、あまりに使い古されてるから。
「Halloween」が生まれた2017年の春頃、彼女はシンガーソングライターのクリスチャン・リー・ハトソンと出会い、2人は親友かつ不可欠なコラボレーター同士となった。「お互いにすごくピンと来たの」彼女はそう話す。「友情っていうのは一番ロマンチックな愛の形だと思う、変に意識する必要がないから」。彼女は彼のアルバム『Beginners』をプロデュースし(彼女にとって初のプロデュースワーク)、その経験は『アルプス』にも参加していたトニー・バーグとイーサン・グルスカと共同で『Punisher』をプロデュースする上で大いに役立つことになった。「彼らは誰よりも私の音楽のことを理解してくれてると思う」彼女は2人についてそう話す。「2人が出す音を聞いてると、それが自分の音なんだって気づくの」
バーグはベテランのセッションギタリスト兼プロデューサーであり、過去にはエイミー・マンやピーター・ガブリエル等のメジャーアーティストとの仕事も経験している。初めての日本滞在中に彼女が書いたバラード「Kyoto」を聴いて、バーグは曲のテンポを上げるべきだと提案した。ホーンやメロトロンを含む多様なサウンドが彩る同曲は、アルバム中最もアップビートな曲となった。「あなたは公衆電話から電話をかけてきた/その町では電話ボックスが今でも使われてる」彼女はそう話す(「あれは完全に空想なの」同ラインについて尋ねられると、彼女は堂々とそう答えた。「ググったりさえもしてないし」)。
●フィービー・ブリジャーズ、昨年来日時のインタビュー
『Punisher』の制作において、彼女はこれまで以上にコラボレーションを重視した。
パンデミックは『Punisher』のレコーディングとリリースプランだけでなく、楽曲のタイトルにも影響を及ぼした。「I See You」はもともと「ICU(集中治療室)」と題されていたが、世間の感情に配慮して変更することを決めた。ブリジャーズがいつツアーに出られるのかは定かではないが、今週彼女はロサンゼルスの自宅でバーチャルツアーを開始する予定であり、会場の中には「お風呂場」や「ベッド」も含まれている(同ツアーのアナウンスに伴って公開された映像は、彼女らしい遊び心に満ちている[編注:この記事は2020年5月27日に公開された])。
本物のツアーに出るたびに、彼女はこの上なく情熱的なファンに迎えられる。「私が聴きたいのは、自分がまさに感じていることを正確に切り取ったかのような音楽なの」彼女はそう話す。「そういう曲を聴くたびに、『まさにこれ!』って感動する。私の曲を聴いて、誰かがそういう風に感じてくれたら嬉しいな」

フィービー・ブリジャーズ
『Punisher』
発売中
http://bignothing.net/phoebebridgers.html
A Day in the Life of Phoebe Bridgers
フィービー・ブリジャーズの日常
All Photo by Jessica Lehrman for Rolling Stone
Heart of Gold

彼女の名前は『Fleabag フリーバッグ』の主演女優フィービー・ウォーラー=ブリッジとよく見間違われるが、彼女は気にしていない。「むしろ光栄よ」彼女はそう話す。「彼女はごく普通の人がしてることを、当たり前なんだって伝えようとしてると思う。マスターベーションとか、万引きとかね」
Sunny Afternoon

2月にロサンゼルスで、食料の買い出しに出かけた時の様子。「しばらくツアーに出てないから、最近は友達と近況報告しあってるの」ブリジャーズはそう話す。
Mic Check

『Punisher』のサウンドに、ブリジャーズは徹底的にこだわった。「私がすごく意識してることって何だと思う?」彼女は笑いながらそう話す。「アダルト・コンテンポラリーであることなの」
Garden Song

「何についての曲なのかって訊かれるのが不思議なのよね」彼女はそう話す。「ミステリアスなところなんてそんなにないと思う」
Shopping Spree

「この日はホントにCVSで色々買ったわ」そう話すブリジャーズは、この写真をとても気に入っているという。「いつオッパイを出してやろうかなって、タイミングを見計らってたの!」(Photo by Jessica Lehrman for Rolling Stone)
●その他の撮り下ろし写真