ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。前回のクラフトワークの楽曲「電卓(Pocket Calculator)」とファンクのリズムの関連性の考察に続き、第13回はニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」とそのリズムを徹底考察する。


ハンソンという兄弟3人組のバンドがいます。「キラメキ☆MMMBOP」という曲が1997年に大ヒットしました。当時、彼らはまだ十代でした。日本のテレビ番組でも取り上げられるほどの人気だったので、ご存知の方も多いと思われます。

彼らのアー写にニルヴァーナのロゴをコラージュした画像がいっときネットミームのようになりました。それがプリントされたTシャツを見つけて思わず購入してしまいました。小学生が修学旅行で京都の新京極に行った際に「AJIDESU」や「PAMA」といったパロディTシャツを購入してしまうノリの延長と言って良いでしょう。今回は、そんなTシャツから考えるニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」とそのリズムといった趣向で進めていきたいと思います。

ところで、フィアレス・フライヤーズが昨年「MMMBop」をライブでカバーしている動画を見ました。ボーカルはヴルフペックのテオ・カッツマンが担当しています。ステージにはジャック・ストラットンも同席しており、ドラムのネイト・スミスに向かって「バーナード・パーディのサンプル? バーナード・パーディのサンプル?」というオタクっぽい煽り方をしたのち、演奏がスタートします。

「MMMBop」はメルヴィン・ブリスの「Synthetic Substitution」のドラムがサンプルとして使われています。
この曲のドラムを叩いているのがバーナード・パーディなので、ジャックは上述のような煽りをしたわけです。「Synthetic Substitution」は『Ultimate Breaks and Beats』にも選ばれている定番ブレイクで、サンプリングのデータベースサイト、WhoSampledに登録されている曲の数は808にも登ります。

ちなみにこれは有名な話ですが、「MMMBop」をプロデュースしたのはザ・ダスト・ブラザーズです。彼らはベックの『Odelay』やビースティ・ボーイズの『Pauls Boutique』をプロデュースしたことで知られています。他にも『ファイト・クラブ』の音楽を担当したことでもお馴染みです。トラックに「Synthetic Substitution」のサンプルを持ってきたのは彼らのセンスだと思われます。

数年前、ある先輩ミュージシャンと話しているときに、ももクロの話からニルヴァーナの話題になりました。その先輩ミュージシャンが「Smells Like Teen Spirit」を初めて聴いたときに「ロックのリズムじゃない!」と感じて、とても衝撃的だったとお話していたのが印象に残っています。

スタジオ練習にドラマーが遅刻した際など、遊びで「Smells Like Teen Spirit」のドラムを叩いたりするのですが、ドラムだけ抜き出すと、サブディビジョンが16分音符かつシンコペーションのパターンゆえに、わりとパーディ的あるいはブレイクビーツ的なリズムに感じます。パーディがドラムを叩いているアレサ・フランクリンの「Rock Steady」のブレイク部分に近い。また、最後のキックをスネアに変えてテンポを落としてややハネたフィールで演奏するとミーターズのジガブー的なパターンになりますね。

「MMMBop」のヴァース部分のアレンジは「Smells Like Teen Spirit」以降の曲という感じがします。
「Smells Like Teen Spirit」はボストンの「More Than a Feeling」の類似を指摘されたとのことですが、カート・コバーンが言うように、両曲ともにキングスメンの「Louie Louie」のクリシェです。そういう意味では「MMMBop」のヴァースも「Louie Louie」タイプと言えます。

「MMMBop」の翌年にヒットしたシュガー・レイの「Every Morning」もブレイクビーツのサンプル風のドラムが使用された「Louie Louie」タイプの曲です。こうしたタイプの曲は探せばもっと見つけることができるかと思われます。また、ザ・スワンプ・ラッツが1966年にリリースした「Louie Louie」のカバーなどはほとんど「Smells Like Teen Spirit」と言って過言ではないでしょう。いや、それはさすがに言い過ぎか。ちなみに、こちらはカート・コバーンもファンだと言っていたザ・ソニックス版を下敷きにしたものだと思われます。

余談ですが、「MMMBop」のサビにはトレンドを反映してターンテーブルのスクラッチが入っています。「Smells Like Teen Spirit」のギターの「チャカチャカ」という16分のブラッシングを聴くとどうしても「キュピキュピ」というスクラッチを連想してしまいます。

こうした観点から「Smells Like Teen Spirit」を1990年代的なブレイクビーツの感覚を伴ったロックの一種として捉え直すことも可能ではないかと考えてみました。捉え直したところで何になるのかという話はここでは捨て置きます。しかし、改めて聴いてみると別にそうでもないかもと思わざるを得ませんでした。
それはなぜか。

当連載の前回の記事でJBの「全員ドラム」について言及しましたが、「Smells Like Teen Spirit」はさしずめ「全員ギター」と言ったところでしょうか。中心に例のギターリフがあり、それをベースとドラムで肉付けするという構造になっています。発想としてはザ・キンクスの「You Really Got Me」やレッド・ツェッペリンの「移民の歌」、ザ・ナックの「My Sharona」のアレンジに近い。ひとつのリフをバンドで太く濃くするというものです。JBの細かいリズムパターンの掛け合いで曲全体を形作りのとは真逆の発想と言えるでしょう。ところで、カート・コバーンは自分たちのサウンドを「ブラック・サバスやブラック・フラッグに犯されたザ・ナックやベイ・シティー・ローラーズ」と説明したことは有名な話ですが、改めて「うまいこと言いますね」と感じた次第です。

話を戻しましょう。「Smells Like Teen Spirit」のドラムはブレイクビーツっぽさを感じないこともないが、やはりアレンジの主役はあくまでギターリフです。ギターリフそのものがブレイクビーツ的なリズムを内包していたというほうが適切なように感じます。

ニルヴァーナの歴史を見たときに、「Smells Like Teen Spirit」のギターのようなサブディビジョンが16分音符でシンコペートしたリズムパターンの登場はいささか唐突に思われます。

「Smells Like Teen Spirit」がピクシーズにインスパイアされて書かれたことはとても有名な話です。
カート・コバーンがあまりに「ピクシーズすぎる」ことを気にしてボツになりかけていたそうです。カート・コバーン本人が言うように、ピクシーズの「ラウド・クワイエット・ラウド方式」で曲全体にダイナミクスがつけられています。アレンジの細かいところに関しても「Gigantic」や「Where Is My Mind?」的な要素が感じられます。リズムにおいては「Gigantic」のコーラス前のハットが16分刻みになる箇所に影響が伺えます。

リズムで言えば「Debaser」的と言えそうです。「Debaser」の8分刻みのギターリフと16分刻みのドラムのパターンを圧縮してひとつにしたのが「Smells Like Teen Spirit」のギターリフなのではないかという気がします。「Smells Like Teen Spirit」はアレンジを練り上げる段階で、クリス・ノヴォセリックの提案でテンポを落としたそうなので、元は「Debaser」ぐらいのテンポだったのかもしれません。「Debaser」のドラムをギターに落とし込んだものを、デイブ・グロールが「移民の歌」的な発想で例のドラムをつけたということなのではないかと思います。あくまで妄想でしかありませんが。

最後に、リズムにおいても「ラウド・クワイエット・ラウド」方式が採用されていることに注目しておきたいです。ラウドな箇所はサブディビジョンが16分音符で、クワイエットな箇所は8分音符となっています。ヴァースの重たいビートが重さを伴ったままコーラスで躍動するという仕掛けになっています。
やはり「Smells Like Teen Spirit」はバンド一丸となってギターリフを演奏することであの迫力を演出していると改めて思いました。ハンソンを持ち出したことに何か意味があったのか今となっては不明であります。


鳥居真道
ニルヴァーナ「Smells Like Teen Spirit」に出てくる例のリフ、鳥居真道が徹底考察

1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。Twitter : @mushitoka / @TRIPLE_FIRE

◾️バックナンバー

Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」
Vol.4「ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす」
Vol.5「Jingo「Fever」のキモ気持ち良いリズムの仕組みを、鳥居真道が徹底解剖」
Vol.6「ファンクとは異なる、句読点のないアフロ・ビートの躍動感? 鳥居真道が徹底解剖」
Vol.7「鳥居真道の徹底考察、官能性を再定義したデヴィッド・T・ウォーカーのセンシュアルなギター
Vol.8 「ハネるリズムとは? カーペンターズの名曲を鳥居真道が徹底解剖
Vol.9「1960年代のアメリカン・ポップスのリズムに微かなラテンの残り香、鳥居真道が徹底研究」
Vol.10「リズムが元来有する躍動感を表現する"ちんまりグルーヴ" 鳥居真道が徹底考察」
Vol.11「演奏の「遊び」を楽しむヴルフペック 「Cory Wong」徹底考察」
Vol.12 クラフトワーク「電卓」から発見したJBのファンク 鳥居真道が徹底考察
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