マシュメロが子どもに爆発的な人気を得ているのは、彼のビジネスチーム、つまりマネージャーのモー・シャリジとザ・シャリジ・グループのCOOクリスタ・カーネギーの戦略に負うところが大きい。そして現在のザ・シャリジ・グループはビジネスのターゲット層をさらに引き下げて、2~4歳の幼児に広げている。7月10日の真夜中、「Mellodees」という新たなYouTubeチャンネルを開設。これは歌を歌うロボットが登場するアニメ番組で、対象年齢は2~6歳だ。マシュメロ自身は1~2度カメオ出演するかもしれないという程度だが、設定と音楽は彼の手によるものだ。
【動画】マシュメロが監修する幼児向け動画コンテンツ
シャリジとその会社は、昨年エレクトロニック・ミュージックと幼児教育の合体を試みており、この使命はCOVID-19によるシャットダウンによってますます重要な意味合いを持つようになった。「子どもたちが画面をみている時間の長さは過去最長だ」とシャリジがローリングストーン誌に語った。彼が言うところの「クリエイティヴィティとイノヴェーションを融合」させることで、彼の会社とマシュメロは「児童向けプログラムのギャップを埋める」ことを目指していると言う。シャリジのチームはマシュメロの「クールな姿」を維持したままで子どもに寄り添う新たな商品を開発したのである。
シャリジのビジョンに助けられながら、マシュメロは無名のアーティストから、あらゆる方面に広がったクロスプラットフォームなブランドへと成長した。白いバケツのマスクをかぶったマシュメロの本体は28歳のクリストファー・コムストックだが、その参謀となっているのがシャリジという30歳のカリフォルニア南部の低所得者用住宅が立ち並ぶ地区で育った男だ。
シャリジの両親は40年前にアフガニスタンからアメリカに移り住んだ。両親と一緒に住んでいた頃のシャリジはそれほど音楽を聴くこともなく、家の中でラップをかけることも許されなかった。「10歳ころにクーリオを聴いていた記憶がある。彼の曲に”one, two, three , four, get your woman on the floor”という歌詞があって、父親がそれを聴いていた俺に激怒したんだ。『お前にはそんな歌詞は聞いてほしくない!』ってね」と、シャリジが教えてくれた(しかし、父親に激怒されても彼はDMXのCDを隠し持っていた)。
親に隠れてヒップホップを愛し続けた彼は10代でレイヴ・カルチャーに夢中になった。最初に参加したフェスティヴァルはサンバーナーディーノで開催される「Nocturnal Wonderland」。このフェスに惚れ込んだ彼は趣味でDJを始めた。ターンテーブルのCDJ-1000を買うために金が必要になったシャリジは、地元の怪しげなバーと取引をした。ちなみにこのバーはあまりにも活気がなさすぎて、リアリティ番組『Bar Rescue(原題)』に登場したほどだった。このバーでシャリジはEDMナイトを企画し、バーのオーナーから3000ドル以上の売り上げを上げたら収益の50%をもらう約束を取り付けた。
10代の頃に出来上がったシャリジのマーケティング戦略
しかし、このとき、シャリジは念入りに戦略を立てたのだった。
「俺のマーケティング戦略はあの頃に出来上がったものだよ」と、当時を思い出してシャリジが言った。
17歳のときに父親が他界したため、彼は妹と母親の面倒を見ざるを得なかった。そして、シャリジはビジネスで成功しなければならないと強いプレッシャーを感じるようになり、カリフォルニア大学リバーサイド校で金融学の学位を取って卒業した。その後、彼の友だちの一人で人気DJボルゴアが一緒にアーティストのマネージメントを始めようと提案してきた。そして、シャリジはボルゴアのマネージメント会社レッド・ライトの最年少マネージャーの一人となった。
シャリジの最初の大ブレイクが訪れたのは、エレクトロニック・アーティストのジョーズと契約した後だ。
意図的に噂や情報をリーク マシュメロがブレイクするまで
マシュメロが2016年にデビューしたとき、二人とも何も期待していなかった。最初のギグが決まるまで1年間かかり、出演したのがHARD Day of the Deadで、このフェスは彼らが絶対に下げないと決めていた3万ドルの出演料を承諾してくれたのだ。「俺たちは金はなかったけど、最初に決めたことを守り抜いたんだ。最初に決めた出演料を払ってもらえる機会が来るまで待ったのさ」とシャリジ。
このフェスの出演後の彼らは相変わらず金欠状態が続いたが、マシュメロの匿名性がエレクトロニック・ミュージック好きの心を刺激した。そして、彼らが「変装したセレブがマシュメロと名乗っているらしい」というゴシップを広め始めたのだった。
その頃を思い出して、「みんな『一人の人間がやるにしちゃ音楽が良すぎる』と言っていたね。俺たちの思うつぼだったよ。連中にマシュメロが誰か絶対に明かさなかったからね。クレイグスリストで小道具を作っている男を見つけて、そいつに400ドルでマシュメロ・ヘルメットを作ってもらったんだ。ストッキングとスキーマスクは使えないってなったから。2週間後、その男はヨガマットを持って現れて、そのマットでヘルメットを作って、目をくり抜いた」と、シャリジが語った。
シャリジは周囲の懐疑的な人々の反応を覚えていて、その中にはマシュメロの母親の「私の息子に本当にそれを被らせるつもりなの?」も含まれている。しかし、シャリジはビルボード誌にHARDフェスの舞台裏で撮ったとされる「マシュメロの初公開写真」を意図的にリークし、人々の噂話に油を注いだのである。「これがネット上で急速に拡散した」とシャリジ。そして、あっという間に1万5000人収容の会場で行われたマシュメロのギグはソールドアウトとなった。今日、マシュメロには4000万人を超えるSpotifyリスナーがいる。最もストリーミングされているのはバスティルとのコラボ曲「ハピア feat. バスティル」で、すでに10億回を超えている。
誰もがヘルメットを被った彼に共感できないのだから、誰もが彼になれる
過去のあっという間の大ブレイクも、スターダムへの急上昇も、すべてはマシュメロというブランドを固持し続けた結果だとシャリジは言う。つまり、クライアントそれぞれの要求に応えながら、常に先手を打った結果だと言うのだ。マシュメロの場合、シャリジは社会不安を抱えた内向き傾向のオーディエンスをどうやって開拓するのかを考えた。「この男は世界で一番有名なDJになったのにあのヘルメットを一度も脱いでいない。彼がショップに立ち寄っても、みんなは彼が何者か知らない。それがみんなをつなげる共通点なんだよ」と、シャリジが説明した。
言い換えれば、誰も彼に共感できないのだから、誰もが彼になれるということなのだ。「2年くらい前に料理番組を始めたけど、今ではYouTubeの『Cooking With Marshmello』にはアップされたエピソードが100本ある。アフガニスタン移民の家庭で育った俺は、早い時期から文化の重要性に気付いていた」とシャリジ。料理は同じ言語を喋らない地域の人たちにもマシュメロの魅力を伝えられる一つのブランドとなった。
シャリジとマシュメロが料理番組の次に作ったものが「Gaming With Marshmello」。彼らは「フォートナイト」内でコンサートを行った最初のアーティストで、このとき、1070万ビュワーという記録を達成したのである。ちなみに、このビデオ・ゲームのプラットフォームには今年初めにトラヴィス・スコットがゲスト出演している。シャリジ曰く、「彼らはあのゲームを史上初めてシャットダウンしたんだよ。みんな何もできなくて、コンサートに参加するしかなかった」
マシュメロのブランドチームが唯一合意したパートナーシップは、”マシュメロ提供のStuffed Puffs”というチョコレートが中に入ったマシュマロで、これは発売前に100万袋のオーダーが入った。現在ではウォルマートで最も売れるマシュマロだ。シャリジは「多くの人が一つのブランドのために観客をないがしろにする。そのブランドが自分のソーシャルメディアの投稿やキャンペーンに百万ドルを払ってくれるとしたら、考えてみてよ。連中はその百万ドルのためにこっちの観客全員に手を出した後だし、連中が欲しいものを確実に手に入れた後だ。こっちから必要なものをすべて搾取した後なんだよ。連中に搾取されるものを自分のために活用できたら、その先もっと大きな成功を得られる可能性があるのさ」と持論を展開した。
マシュメロのミュージック・ビデオですら、感情やストーリーに焦点を当てて人々の共感を得るように作られている。最も閲覧回数の多いYouTubeビデオは「Alone」だ。これはマシュメロ自身が子どもの頃に体験したいじめを題材にしており、25億回再生されている。この曲は一度もラジオで流されたことがないにもかかわらずに、だ。
メジャーレーベルからの援助は受けていない
マシュメロは、今もインディペンデントなアーティストであり、彼の作品はすべてザ・シャリジ・グループによって管理されていて、メジャーレーベルからの援助は受けていない。
シャリジによれば、複数のレコード会社からオファーを受けたことはあるものの、とあるレーベルの社長がマシュメロのことを「頭にバケツを乗せた男」とあざ笑ったことで、シャリジは激怒。契約の話は完全に白紙になったという。それ以来、チームは音楽ビジネスの弁護士ジョシュ・ビンダーのアドバイスを受ける以外は、曲ごとにメジャーレーベルとパートナーシップを組みつつ、誰からの援助も受けずに活動してきた。
シャリジは、アーティストとファンの間には本物の感情的なつながりが必要だと深く信じています。「アーティストはたくさんいる。毎日5万曲の新曲がSpotifyにアップロードされているだろ。その中で生き残るには、本質が必要だ。プレイリストを聴いてるだけでは、誰かのファンになるのは難しいよね。自分のためにキュレーションされた、自分の好きなジャンルの様々な人たちの最高の曲を集めたプレイリストを聴くことができるのに、なぜ特定のアーティストを聴きたいと思うのか? そう考えると、これまで俺たちがやってきたことはすべて有機的なことだと言える。文化や人を騙すことはできない。彼らはそれが本物かどうか気づくからね」