音楽は世界共通の言語である。人種も宗教も肌の色も関係なく、世界中の誰しもが心から一つになれる。
しかし、音楽に付随するビジネスやそれを生み出すアーティストの活動のし易さは、世界共通ではない。そしてここ日本は、欧米各国に比べて音楽活動やビジネスがしにくいと言われている。

そんな日本を飛び出し、グローバルで活動を続ける二人のアーティストが立ち上げた新たなレーベル「lemon soda music」の作品が、米ユニバーサル・ミュージックからリリースされる。

「lemon soda music」の発起人は、世界最大級のダンス・ミュージック・フェス「ULTRA EUROPE」など、世界各国のフェスで活躍するDJ/プロデューサーのDANTZと、ラッパー/シンガー/プロデューサーのRay Kirk。両者とも、日本のアンダーグラウンドシーンで音楽活動を始め、グローバルに羽ばたいたという共通項を持っている。

日本と海外、アンダーグラウンドとオーバーグラウンド、それぞれの場所やシーンで音楽を取り巻く人や環境、ビジネス構造はどのように違うのか。
国境・ジャンルの枠を超え、アメリカのメジャーシーンで新たな挑戦を行う二人との対話から、グローバルシーンの可能性を探る。

ー「ULTRA EUROPE」など、世界各地の大規模フェスでプレイされているDANTZさんですが、元々は日本で活動されていたんですよね。なぜ、海外で活動するようになったのでしょうか?

DANTZ:日本では西麻布にあったWAREHOUSE702や渋谷のWOMBでプレイをしていたのですが、15年前に雑誌の企画でオランダのフェスでDJをさせていただく機会があったんです。滞在中にオランダの老舗クラブ「ESCAPE」に遊びに行った時に、衝撃を受けて。同じクラブミュージックシーンでも、日本とオランダでは全く違ったんです。

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ー具体的にどのような点が違ったんですか?

DANTZ:まず流れている音楽が全く違いました。
当時の日本は今よりもリアルタイムの情報が入りにくかったものの、自分では最新のハウスミュージックを掘って、流しているつもりでした。しかし、オランダで流行っている音楽はもっと最先端で。クラブの音響設備や演出も、日本のクラブを遥かに上回っていて、日本は少し遅れているのだと感じました。それで「自分にはこっちの方が合っていると」と思い、活動の拠点をオランダに移したんです。

ー今や世界的有名フェスのヘッドライナーとして出演されるほど、世界的DJであるDANTZさんですが、その地位を得られるまでにどのような道のりがあったのでしょうか?

DANTZ:オランダでの活動を決めた時、まず「ESCAPE」でプレイをしたいと思い、デモテープを送ったんです。それがきっかけで、最初はオープン後のわずかな時間だけやらせてもらえるようになって。
そのうちに「もう少し鳴らしていいよ」と徐々に認めてもらい、レギュラーイベントにも出演させてもらえるようになりました。「ESCAPE」はアムステルダムにある数千人規模の大きなクラブなのですが、そこでレギュラー出演するようになったことがきっかけで、オランダを代表するフェス Amsterdam Dance Eventでもプレイすることができたんです。

ー実力で勝負しながら、駆け上がっていったんですね。

DANTZ:僕の場合チャンスをいただけたことも大きいです。ポルトガルの有名DJであるDiego Mirandaと共演した際に、彼が「お前はグローバルに活動した方がいいよ」と言ってくれて、彼の海外ツアーに帯同させてくれたんですよ。「チャンスは俺が努力して作る。
1ヶ月間一緒にツアーを回って、DANTZがDJできる状況は作るから。その代わり、ギャラや渡航費は出さない。自分の力をアピールしろ」と言われ、1ヶ月彼と一緒にツアーを回ったら、お金を出しても僕を呼びたいと言ってくれるプロモーターが現れたり、他のアーティストからも「絡もうよ」と話が来たりして。そのうち、ギャラや渡航費も貰えるようになって、2年後にはヘッドライナーとして大きいクラブでプレイできるようにまでなったんです。グローバルシーンは、実力主義ですが、本気でやり続けていればDiego Mirandaのようにフックアップしてくれる人もいます。

ーKirkさんも日本から海外へ活動拠点を移されたという共通項がありますが、「実力」と「人の縁」は海外へ羽ばたくための重要な要素でしたか?

Kirk:そうですね。
僕は元々、地元大阪のアンダーグラウンドシーンで地元のクルーと一緒にラップをやっていたんです。その時にお世話になった方の縁で、ChingyやDJ Unkの前座をやらせてもらって、チケットを売り捌いたりしていました(笑)。そういうことをしていく中で知り合ったNYの実業家Ejovi Newereにスカウトしていただき、コロンビアレコードからメジャーデビューしたんですよ。メジャーデビュー後も、M-floのVERBALさんにお世話になったりもしました。ある時、AKONが東京に来た時に知り合った方のサポートで、アトランタでライブのお仕事があったんですよ。そうしたら、すごい反響が大きくて興奮しました。
その後、湘南乃風のHAN-KUNさんのサポートでNYでライブをやる機会があったのですが、その時に「絶対行ける。もう俺、グローバルでしかやらんとこ」って決めたんです。

ーなぜ、そう思ったんですか?

Kirk:ライブ前に、ブルックリンが地元のBrotherたちにSay Helloしても無視されたんですよ。僕はBlackの血が流れているけれど、日本育ちでアメリカと韓国のハーフです。彼らは日本人のセレブと一緒にいる自分のことを「なんだこいつ」と思ったのでしょう。それで「本気で認められないとダメだ」と思って全力でパフォーマンスをしたら、ライブ後に彼らが優しく接してくれたんです。グローバルシーンは実力主義だけど、本気でやれば認めてもらえるんです。

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ーDANTZさんもアジア人として海外で活動をするにあたって、人種の壁を感じることはありました?

DANTZ:ありましたよ。海外ではアジア人のDJって本当に少ないんです。街を歩いてて物を投げられることもありましたし、エレベーター乗ったら笑われたこともありました。オランダ語で「平べったい顔しやがって」と言われたりとか。アジア人だったら絶対誰でも経験することだと思いますね。

ーステージ上でも、人種の壁を感じることはありましたか?

DANTZ:ステージに上がると、より差別が大きくなるんです。特に僕の場合は、クラブミュージックの中でもややオーバーグラウンド寄りなジャンルのポップなHOUSEやEDMを流していたので、オーディエンスの人数が多い分、アングラシーンよりも人種の壁を感じることが多かったです。ヘッドライナーになり始めた頃、僕がステージに上がった瞬間に数千人もの白人のオーディエンスたちが一気に後ろを向いたこともありました。僕らはアニメや漫画などの日本文化を彼らに紹介するのではなく、彼らの文化に入り込んでいる身なので、その分彼らの見る目も厳しいんです。テクノ系のクラブにブッキングされた時に、エージェントに「EDMなどのポップなものをかけろ」と言われてその通りにしたら、オーディエンスから詰められて殴られそうになったこともあります(笑)。でも、いい音楽をしっかりやるとオーディエンスは認めてくれるんです。日本だと、一度ついたイメージを払拭するのに時間がかかると思いますが、海外だといい音楽をやれば、見方を変えてくれる。だから、いい音楽をやり続けることが、人種の壁を取り除くためのひとつの解決策なのだと思っています。

ー今世界中でアクションが起きているBlacklivesmatterの運動も、音楽と切り離せない問題だと思います。ブルースがなければ今ある音楽は全く違うものだったと思いますし、多くのアーティストも声をあげています。世界的歌姫であるBeyoncéも、Blackであるが故に不当な扱いを受けたこともあったと告白していますが、実際に音楽業界でも理不尽な差別はあるのでしょうか?

Kirk:奴隷解放宣言以降、音楽やエンタメのおかげで人種の壁が低くなったことは事実です。だから業界にいる白人の人たちは差別意識がなく、フェアなが多い。しかし政治的なことが関わると、不当な差別が起こっていることは多々あります。例えばライブをやる会場やスポンサーなどが絡むと理不尽なことが起きている。音楽業界自体はいい方向に向かってはいるのですが、政治的な部分で根深い差別はありますね。

ーKirkさん自身は、不当な扱いをされたことはないのですか?

Kirk:僕が疎いだけなのかもしれないのですが、ないんですよ。警察官もいい人ばかり出会っています。ただ、周りの話を聞くと酷いことが多い。Blackがいい車に乗っているだけで警察に止められることもあるそうです。アメリカは自由派とコンサバ派の差が激しいんです。特にビジネス社会は白人社会なので、Blackのラッパーがいかつい格好をしているだけで酷い扱いを受けています。白人が警官の前でナイフを持っていても何も言われないのに、タトゥーだらけの紳士的な黒人は声をかけられるんです。

ーDANTZさんはBLMについてどのように考えていらっしゃいますか?

DANTZ:本当に根深い問題ですが、エンタメは社会を変えていける一つのきっかけになると信じています。アメリカの「WWE」というプロレスには黒人も白人もアジア人も出ていますし、肌の色や言語関係なく同じ舞台で輝いているんですよね。胸が苦しくなるニュースが多いですが、エンタメが人種の壁を取り除くきっかけになってほしいと願っています。

Kirk:知れば知るほど、我慢している黒人が多いんです。もう2020年なのに、なんでこんなことが起きているんだって思いますよ。だから引き続きDANTZさんも僕もBLMに関してはフルサポートしていくつもりです。一人に影響が与えることができれば、世界は少しずつ変わっていけるはずですから。

ー先ほどDANTZさんが日本とオランダのクラブが全く違ったと仰っていましたが、オーディエンスにも違いはありましたか?

DANTZ:ありますね。音楽を求めてクラブに来ている人ばかりで、現場の熱量も違います。音楽が本当に好きで楽しんでいる人が、日本よりも圧倒的に多いんですよ。

ー日本よりも欧米の方が、音楽をはじめとした文化芸術の価値に重きを置いている人が多いと感じます。コロナ禍でも、アーティストに対する支援が日本よりも欧米の方が圧倒的に手厚かったことも話題になっていましたよね。

DANTZ:欧米は、日常の中で音楽と触れ合う時間が多いですからね。街にいい音楽が普通に流れていますから。以前、アメリカでKirkに日曜の礼拝に連れて行ってもらったのですが、賛美歌のレベルの高さに驚きました。子どもの頃から当たり前にそういう音楽が生活の中にあったら、音楽を好きになるのは当然だなと感じます。

ー日本だと、日常でいい音楽と触れ合う機会も少ないですよね。いい音楽が流れているクラブやライブハウスのイメージは未だに「チャラい」「怖い」といったネガティブイメージも強い。そのせいでいい音楽の出会いが制限されてしまうのは、勿体無いと感じます。

Kirk:欧米は、一般層に芸術とか音楽が完全に浸透しきっていているんです。家族に誰か一人歌がうまい人がいたり、おじさんが著名なダンサーだったり。そういう人があちこちにいるので、アーティストの意識も高いですね。だから、アーティスト自身がジャケットのデザインから全てのクリエイションを担うことも多い。YouTubeで1週間デザインの勉強をする人もいます。メジャーシーンのアーティストでも、インディペンデントマインドを持つ人が多いんです。

DANTZ:日本の音楽業界では、アーティストが事務所に所属してマネージメントを任せることが一般的ですが、欧米は逆なんです。アーティストがマネージャーを雇ったり、エージェントを決めています。エージェントがちょっと合わないなって思ったら別の所と契約するなど、常に自分で考えて動いています。Kirkがよく「ハンドルを握っているのは僕たちだよ」と言うのですが、欧米のアーティストは自分たちでハンドルをしっかり握っている人ばかりですね。

ーアーティストがインディペンデントな活動をしているという点で、海外のオーバーグラウンドシーンはアンダーグラウンドシーンと通ずるものがあるのかもしれませんね。日本でもアンダーグラウンドで活動するアーティストは、自ら全てを行う人ばかりですから。

DANTZ:そうですね。ただ、アンダーグラウンドとオーバーグラウンドではマネタイズの仕方が大きく違います。あくまでも僕の経験上ですが、アンダーグラウンドでは、出演料が主な収入源で音楽自体はプロモーションツールのようなものでした。フリーダウンロードで作品を配ったりして自分の名前を広め、お金は出演料で賄うことが基本。その分、欧米ではDJの出演料に関してものすごくしっかりしていますけどね。アーティストに対してしっかり対価を払うことが当たり前になっています。一方で、今Kirkと一緒にオーバーグラウンドシーンで活動してみて感じるのは、印税のことをしっかり考えながらビジネスを作る人が多いことです。だから作品の価値にすごく重きを置いています。

ー印税を意識すると、「売れるものでないと音楽的にダメだ」という風潮も生まれるのではないでしょうか?トレンドを意識した作品でないとダメであったり、アーティストが自分の意思で動きづらい部分もあったりしませんか?

Kirk:アメリカでは大きいレーベルに入らない人が増えているんですよ。アーティスト仲間とよく「音楽は発明品だ」と話すのですが、その発明品をビジネスマンに弄くり回されるよりも、個々のセンスで作品を作って売るために、自分たちでレーベルを立ち上げる人が多いんです。

ー少し前に、メンバー全員副業で携わるバンドであるtoeを取り上げたnoteがバズり、「音楽で飯を食わなくてもいい」という意見がネット上で散見されました。お金を稼ぐために音楽をやるのではなく、好きな音楽をやることに重きを置く方が健全なのではないかという意見もあります。お二人は、音楽をビジネスにすることについてどのように考えていらっしゃいますか?

DANTZ:個人的には稼ぐことも大事だし、稼がなくてもいいと思います。ただ、お金を稼がないと続けられないし、副業で音楽を十分にやるためには本業で十分に稼いでないと難しい。時間の余裕も必要です。だから好きな音楽をずっとやっていくためには、音楽で稼ぐことは重要なのではないかと思っています。それに、好きな音楽をやって、それがビジネスになることが証明されれば、それに憧れる人も増えますから。音楽業界の裾野も広がりますし、業界全体の可能性が広がると思いますね。

Kirk:趣味でやるかビジネスにするかはその人次第だと思うのですが、ビジネスを選んだ以上は信じてやっていくしかないと思っています。自分の人生の賭けですよね。

ーお二人が「lemon soda music」を立ち上げたのも、自分たちのやりたいことを実現するためかと思います。どのような想いでレーベルを立ち上げられたのでしょうか?

DANTZ:日本ではなくアメリカでレーベルを立ち上げた理由の一つは、音楽ビジネスに関わる人たちの仕事の仕方が日本と全く違うからです。みんなで一緒に仕事を作り上げる力や感謝の気持ち、周りをリスペクトする気持ちがすごく強い。日本だと、それぞれの役割ごとに個々に動くことが多いのですが、欧米はみんなで一つの作品やステージを作る意識が強いですし、僕とKirkもそこを大事にしています。それぞれが愛情を持って関わることで、いい作品が生まれるので。

ー米ユニバーサル・ミュージックからレーベルとしてデビューという形ですが、どのような経緯があったのでしょうか?

Kirk:スタジオでたむろしながらみんなで曲を流し合っている時に、僕らのチームの中にいたA&Rの人が「ユニバーサルから面白いことやろうよ」って提案してくれて。

DANTZ:アジアの要素を入れつつ、グローバルで通用するR&BやHIPHOPを作れたら面白いよねってKirkと話していたんです。今回リリースする「Let You Go」は、ピアノの音を琴にして、アジアのエッセンスを取り入れているんです。

Kirk:僕たちは、アジア発の才能をもっとグローバルに広めたいんです。アメリカでは、KPOPはすごい人気があるんですよ。Blackのコミュニティでも、女の子はBTSにキャーキャー言ってますから。ブラックメタルバンドのSIGHさんやスティーブ青木さんのように、世界を舞台に活躍する日本人のアーティストがもっと増えたらいいと思っていて。日本には才能がある人だらけなので、僕たちがうまいことブリッジになれたらと考えています。

ー最後に、Rolling Stone Japanの読者へ向けて、メッセージをお願いします。

DANTZ:Rolling Stone Japanを読まれている方の中には、音楽に関わる何かをしたいと思っている人が多いと思います。その人たちに言えるのは、月並みですが「続けることが大事だ」ということですね。そして、自分一人の力には限界があるということ。だから常に周りの人を大切しながら、信念を持って続けていくことが本当に大切だと伝えたいです。

Kirk:「No music No love」。今、COVID-19によって世界は揺れ動いていますが、MusicとLoveがあれば、世界は良い方向に向かうと信じています。

<作品情報>

DANTZ
「Let You Go ft. Ray Kirk, Cat Clark」

日本のアングラから世界へ アジアンアーティストが世界で活躍する方法とは?


lemon soda music公式ホームページ:https://lemonsodamusic.com/