トム・ミッシュやジャイルス・ピーターソンなど、UKジャズ界からも称賛されてきたKan Sano。『Blue Note Re:imagined』は、昨年90周年を迎えた名門デッカ・レコードとブルーノートがタッグを組んだ企画で、デッカ・レコードが日本人アーティストの楽曲を世界リリースするのは、今回のKan Sanoが史上初となる。
「気がつけば10代の頃から今まで、ずっとブルーノート作品に魅了されてきた」というKan Sanoに、同レーベルの魅力と『Blue Note Re:imagined』について語ってもらった。聞き手はジャズ評論家の柳樂光隆。
―まず、Kan Sanoさんにとってブルーノートはどんなレーベルですか?
Sano:ここ最近、自分の中でレコードブームが来ていて。その流れで昔のブルーノート、50~60年代の作品を改めて聴いてるんですけど、やっぱりいいんですよね。ずっと音楽を聴いてきて、成長して耳が変わっていく中でも随所でブルーノートを必ず聴いている。それってよく考えるとすごいことで。王道なのに革新的だからだと思うんですけど、そういうレーベルは他にないと思いますね。
―ブルーノートの存在を知ったのはいつ頃でしょう?
Sano:僕のブルーノート歴は、イコール僕のジャズ歴になるんです。高校生からジャズを聴き始めたんですけど、最初に何を聴いたらいいかわからなくて。地元のCDショップに行って、ジャズのコーナーを見ていたらフリーペーパーがあって。
そのフリーペーパーで紹介されていたのはマイルス・デイヴィス、ビル・エヴァンス、セロニアス・モンク、ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズといった50年代のモダンジャズ。これがジャズなんだと思って聴いてました。最初は4ビートの良さがいまいちわからなくて。でも、高校生の僕にはCDをたくさん買うお金もないし、ずっと同じのを繰り返し聴いていたんですけど、買ったCDの中でもリー・モーガンの「The Sidewinder」(64年の同名作に収録)とか、ハービー・ハンコックの「Watermelon man」(62年の『Takin Off』収録)とか、最初に好きになったのはそこら辺のファンキージャズでしたね。
―その後は?
Sano:高校の頃に一番ハマったのがハービー・ハンコックが70年代にやってたようなジャズファンクと、マーヴィン・ゲイやダニー・ハサウェイみたいなニューソウル。当時は70年代の音楽が好きでした。
そこからバークリー音大に進学するわけですけど、周りにジャズマンもたくさんいたのもあって、どんどんジャズの世界に入っていって。そこで4ビートの面白さにハマって、ブルーノートをまたちゃんと聴くようになったんです。モダンジャズの中でも、もう少しコンテンポラリーな匂いがするウェイン・ショーターとかハービー・ハンコックを聴くようになって、アートワークとかもいいなって思うようになりましたね。
―ハービーの作品でいうと、お気に入りが『Head Hunters』(73年)だったのが『Maiden Voyage』(65年)に変わったと言いますか。
Sano:そうですね。あとは同じハービーでも、60年代にサイドマンとして参加しているようなものを聴くようになって。リー・モーガンの『Search For The New Land』(66年)や『Cornbread』(67年)、ドナルド・バードの『Free Form』(66年)とか。実際、バークリーもそういう学生が多かったんですよ。みんなハービーをとにかく聴くんですけど、その中でも60年代の作品を聴いている人が圧倒的に多くて。ハービーは年代によってジャンルが変わってくるので、聴いてる人も変わってくる。ちなみに僕らの頃は、(現在と違って)80年代のハービーは誰も聴いてなかったですね(笑)。
上からハービー・ハンコック『Head Hunters』、同『Maiden Voyage』、リー・モーガン『Search For The New Land』、ドナルド・バード『Free Form』の収録曲
―バークリーにいたらハービーのリーダー作もそうだし、マイルス・デイヴィスのセカンドクインテットに参加していたハービー、ショーター、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスをめっちゃ聴く感じですよね。いわゆる新主流派と呼ばれるような。
Sano:当時は僕もマイルスを一番聴いていたので、マイルスの周辺ってことでハービーも入ってましたね。
マイルス・デイヴィス『Bitches Brew』はコロンビア・レコードの作品、ウェイン・ショーターが参加
トラックメイカー視点から見たブルーノート、ドナルド・バードの魅力
―バークリーの頃はハンコックのヴォイシングとか和声とかそういうのを分析しながら聴いていたと思うんですけど、それからKan Sanoさんはビートメイカー/プロデューサー的な方向にもアプローチするようになります。そうなると、また違う視点でブルーノートを聴くようになったのではないでしょうか。
Sano:バークリーに行って、ちょっとしてから本格的にトラックを作るようになると、聴く音楽もクロスオーヴァーとかブロークンビーツ、ネオソウルとかにどんどんシフトしていきました。周りにいた同じような趣味の人たちはみんな「今、ロンドンがやばい」となっていて、僕もマーク・ド・クライブロウとかにどっぷり浸かってましたね。その流れで、70年代のドナルド・バードを聴くようになったんです。
あと、その頃はジャザノヴァも好きでしたね。彼らも携わっている『Blue Note Trip』というコンピレーション・シリーズがあって、それをよく聴いてたんですよ。そこにゲイリー・バーツ「Carnaval De LEsprit」(※)とか僕が好きな感じの曲がいっぱい入ってて、そこから「クラブ視点から見たジャズ」として、もう一回ブルーノートと出会った感じですね。
※77年作『Music Is My Sanctuary』収録。レーベルはブルーノートではなくキャピトル。
ゲイリー・バーツ「Carnaval De LEsprit」を収録した『Blue Note Trip: Scrambled / Mashed』(2006年)
―きっかけはジャザノヴァなんですね。
Sano:そう、ジャザノヴァとか4ヒーローが大きくて。そこからマイゼル・ブラザーズの存在を知って、彼らがプロデュースしていたドナルド・バードを聴くようになりました。
―今回の『Blue Note Re:imagined』で、Sanoさんはドナルド・バードの「Think Twice」を取り上げていますよね。彼の作品だとどの辺りが好きでした?
Sano:70年代のものは全部好きで聴いてました。「Think Twice」が入ってる『Stepping Into Tomorrow』や『Places & Spaces』(共に75年)とか。あとはそういえば、ブルーノートだとマッドリブが手掛けたリミックス・アルバム『Shades of Blue』(2003年)もよく聴いてました。あそこでもドナルド・バードが何曲かサンプリングされていましたよね。
DJ/プロデューサーのマッドリブによる『Shades Of Blue』は、90年代のUs3、2000年代以降のロバート・グラスパーと共に、ブルーノートとヒップホップの関係を象徴する重要作
―その頃のドナルド・バードってどんなところが好きですか?
Sano:サウンドの色彩感が好みでハマったんですよね。ドナルド・バードの『Black Byrd』(73年)って、彼が教えてた大学の生徒とやってたバンドの名前じゃないですか。みんな音楽に対して真面目というか、ただジャムってるんじゃなくて、アレンジもしっかり作られているんですよね。
僕はorigami PRODUCTIONSに入る前に、Circulationsってレーベルから『Fantastic farewell』というアルバムを出しているんですけど(2011年)、それとかはマイゼル・ブラザーズの影響を受けています。ビートはJ・ディラ以降の感じなんですけど、エレピとピアノとシンベを使った、ウワモノのカラフルな音作りとかはドナルド・バードの影響だと思いますね。
ドナルド・バードが「Black Byrd」を演奏する73年のライブ映像
―マイゼル・ブラザーズはもともと、モータウンにも曲を提供していた人たちですもんね。
Sano:そうそう。マイゼル・ブラザーズ関連のレコードを掘っていた時期もありました。結局、ドナルド・バードが一番好きですけど。
―ドナルド・バードってヒップホップの世界でも愛されてきた人で、サンプリングやカバーも結構ありますけど、その辺はどうですか?
Sano:よく聴いてたのはJ・ディラの『Welcome 2 Detroit』(2001年)と、エリカ・バドゥの『Worldwide Underground』(2003年)のバージョンですかね。特にJ・ディラの方は、ドナルド・バードのウワモノ感とJ・ディラのビート感が好きだったので、自分が当時やりたかったことに近かったと思いますね。
「Think Twice」カバーの背景とUKジャズの独自性
―では、そろそろ『Blue Note Re:imagined』の話を。これはどんな感じでオファーが来たんですか?
Sano:コンピが出るというのはTwitterで見かけていて。
―ボーナストラックとして参加することになったわけですが、なぜドナルド・バードの「Think Twice」を選んだんですか?
Sano:実は何曲か候補を出していて、最終的にこれになったんですよね。一番思い入れが強いのもあるし、ちょっと歌が入ってたほうがいいかなっていうのもあって、「Think Twice」にしました。
―ちなみに他の候補は?
Sano:ジーン・ハリス「Losalamitoslatinfunklovesong」とか、ボビー・ハッチャーソン「Montara」とかですね。ボーナストラックなので、多くの人が知ってる曲がいいのかなと思って。
―この「Think Twice」のカバーはどんなイメージでアレンジしたのでしょうか?
Sano:割と音数が少ないアレンジにしたかったので、ドラムとベースが基本鳴ってて、ウワモノを少なくしようというのは意識しました。あとは今、自分の新しいアルバムを完全に一人で作ってるんですけど、それとは違う作り方をしてみたかったので、普段ライブでサポートしてもらっているMimeの森川祐樹くん(Ba)と内野隼くん(Gt)、BREIMENのドラムの菅野颯くんにも少し参加してもらいました。ベーシックの部分は僕が作って、その上に乗っかってもらう感じで。ドラムに関しては完全に任せるか迷ったんですけど、基本は僕が打ち込んで、その上にパーカッション的なものを加えてもらう形になりました。
―特に意識したことはありますか?
Sano:最近のドラムって、もはや打ち込みなのか生音なのか判別がつかない時がありますよね。今回の『Blue Note Re:imagined』もそうで、トラックメイカーと生バンドの人がごっちゃになってて、ちゃんと聴いてても打ち込みなのか生なのかわからなくなる時がある。
イギリスといえば、ジャイルス・ピーターソンのレーベル、ブラウンズウッドが出してる『Brownswood Bubblers』ってコンピレーション・シリーズがずっと好きで。今回の『Blue Note Re:imagined』に参加している人たちにも繋がるようなサウンドですよね。その辺りをなんとなく意識しながら、「打ち込みなんだけど生っぽい」質感を目指してみました。
―なるほど。今のUKのミュージシャンが手掛けている音にも溶け込むように作ったんですね。
Sano:そうですね。『Brownswood Bubblers』は初期の頃から聴いてるんですけど、ホセ・ジェイムスやフライング・ロータスも入ってたし、すごく幅広かったですよね。あと、少し前(2018年)に松浦俊夫さんがUKの若い人たちを集めて、『LOVEPLAYDANCE』というアルバムを発表してたじゃないですか。あれを聴いて、向こうのミュージシャンの良さを知ったところはありましたね。
『LOVEPLAYDANCE』にはドラマーのトム・スキナー(サンズ・オブ・ケメット、メルト・ユアセルフ・ダウン)、トム・ミッシュと共演作を発表したユセフ・デイズ、『Blue Note Re:imagined』にも参加しているヌバイア・ガルシアなどが参加
―松浦さんのアルバムはUKクラブシーンの名曲を、今の若い世代によるバンドでカバーするプロジェクトでしたよね。今のお話も踏まえて、ドナルド・バードをどんなふうにカバーしようとしたのか教えてください。
Sano:マイゼル・ブラザーズって16ビートが多いので、70年代のドナルド・バードもそうなんです。だから、今回もそういうビートなんですよね。ドラムは打ち込みだけど、ハイハットは僕が叩いたもので、16ビートにはこだわりました。
あと、J-POPってコード進行を聴かせる作りが顕著じゃないですか。コードがはっきりしてて、コードの動きでエモさとかを表現しがちというか。でも、『Blue Note Re:imagined』に参加してる人たちはそういうベクトルじゃないんですよね。僕もコード進行は好きだし、つい動かしたくなっちゃうんけど、今回はコードをべったりにはしたくなかった。だから、あくまでドラムとベースが基本で、なるべく和音は控えめにしようと思って。そこにはこだわりましたね。Bセクションでハーフタイム・フィールになって、ふわふわしているんですけど、そこはそういう感じで。コードの動きじゃなくて、ウワモノの音作りで聴かせたいというのは意識しましたね。
―つまり、普段の自分の作品とも違うし、日本人のアーティストをプロデュースする時とも違うことを意図的にやっていると。
Sano:違いますね。日本人のプロデュースだったら、もっとコードがはっきりしたものが求められると思うし、自分もそういう曲の方が多いので。あとは「Think Twice」のメロディがキャッチーでしっかりしているから、納得できるバランスに仕上げられたのかなとも思います。
『Blue Note Re:imagined』とKan Sanoの今後
―『Blue Note Re:imagined』に参加している、UKの新世代についてはどんな印象ですか?
Sano:向こうは音楽教育、ミュージシャンを育てる環境が充実しているという話をいろんな記事で見かけますけど、それが伝わってきますよね。それに今はインディーズが面白いっていうのがよくわかります。松浦さんの『LOVEPLAYDANCE』を日本人のメンバーで作れなかったのは悔しいなと思ってたんですよ。でも、日本人であれが作れたかって考えるとどうかなとも思うので、ロンドンはすごいなって思いましたよ。
―『Blue Note Re:imagined』で取り上げられているカバーの選曲はどうですか?
Sano:ハービーやショーターの周りが多いですね。60年代のハービーやショーターの周辺で、今もロバート・グラスパーが使ってるようなハーモニーみたいなものが出てきているので。それにショーターはメロディがすごくいいから、カバーするのもやり甲斐がありますよね。僕も20歳くらいの頃、ショーターにハマったんですよ。インプロはよくわからなかったけど(笑)、曲がすごく好きで。バークリーでも「ミュージック・オブ・ウェイン・ショーター」っていう、ショーターの曲を分析してみんなで演奏してみる授業を取ってましたから。だから、今の若い人がそういうところを選ぶのはよくわかりますよね。
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―イギリスならではの感じもある気がしますが、そこはどうですか?
Sano:もともとジャズに関しては「自分たちの国の音楽」って意識でもないだろうから、もう少し俯瞰しているし、だからこそやり方が自由ですよね。
―そうなんですよ。カバーなんだけど、プロデューサーやビートメイカーっぽい発想でメロディをサンプリングしているような感覚もあって、原曲と全く違うものになっている。このアルバムで最も原曲に近いカバーをやってるのは、実はSanoさんかもしれません。
Sano:そこをどうしようか迷いましたけど、ボーナストラックだったので、サービス精神も大事かなと思って。みんな自由に作っててすごいですよ。ぶっ飛んでますよね。
―ジャズのプレイリストというよりは、ローファイ・ヒップホップとかジャジー・ヒップホップのプレイリストに入りそうな曲も多いんですよね。トム・ミッシュ&ユセフ・デイズの『What Kinda Music』もブルーノートの作品ですけど、あの感じにも近いというか。
Sano:たしかに。
UK新世代ジャズシーンをまとめたプレイリスト「Jazz UK」
―Sanoさんは以前、トム・ミッシュのツアーで共演されてましたけど、彼はどういう経緯でSanoさんの音楽を知ったんですか?
Sano:お姉さんのローラ・ミッシュから僕の音楽を教えてもらったらしいです。僕がカバーしたロイ・エアーズの「Everybody Loves The Sunshine」を気に入ってくれたみたいで。『Fantastic farewell』を出してた頃にNYのレーベルから7インチのレコードで出したんですよ。この曲は未だに海外からの反響がありますね。
―クラブ系のリエディットがきっかけというのも、イギリスのアーティストっぽい話ですね。最後に、新作を作っているそうですが、現在どんな感じですか?
Sano:ほぼ完成していて、今回も全部一人で作っています。前作の『Ghost Notes』も一人だったんですけど、サウンドはけっこう変わりました。もうちょっとビートが強めになってますね。前作は自分の中で培ってきたネオソウルに区切りをつけるのがコンセプトとしてあったんですけど、その頃からやってみたかったこと、考えていたことが新しいアルバムに反映されている感じ。BPMも90とかじゃなくて、110とかノリやすいテンポの曲が多いですね。ライブだとそっちの方がしっくりくるんですよ。みんなにも早く聴いてほしいです。

V.A.
『Blue Note Re:imagined』
2020年10月2日日本先行発売
試聴・購入:https://va.lnk.to/BN_ReimaginedPR
日本公式HP:https://www.universal-music.co.jp/blue-note-reimagined
Instagram:https://www.instagram.com/bluenotereimagined/
Kan Sano ONEMAN LIVE ”PLAY WITH 2020”
※配信チケットのみ販売中
日程:2020年10月4日(日)
時間:17:00 OPEN / 18:00 START
会場:東京・渋谷WWW X
配信チケット:2,000円
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