グラミー賞7冠を誇るシンガーソングライターにして天才ギタリスト、ジョン・メイヤーが、メジャーデビューから20周年となるアニバーサリーイヤーに通算8作目となるアルバム『Sob Rock』をリリースした。そんな記念すべきアルバムでありながら本作、ジャケット写真のセンスが謎すぎる。ブラインドから差し込む日光を浴びながら、袖をまくったジャケット姿でギターを抱えてこちらを見つめるメイヤー自体は、様々な美女と浮名を流してきたモテ男のそれ、つまり通常モード。だが色調がモノクロ写真にあとで水色を塗ったかのように不自然なのだ。
実はこうしたデザインは、80年代のロックアルバムによくあったもの。しかもいわゆる名盤ではなく、リリース当時はそこそこ売れたのに、今では忘れられてしまっている作品に多い。こうしたデザインが意図的であることを強調するかのように、各種ストリーミングのジャケット写真にはソニーミュージック系のレコード会社が、リリースしてから一定期間が経過したCDに貼り付ける「The Nice Price(お買い得の意味。アメリカでは発売からしばらくするとCDの値段が下がっていく)」シールが、ニューアルバムでありながら予め貼られている。
年季の入ったロック好きをニヤリとさせるデザインは、アルバムの中身を反映したものでもある。なにしろ冒頭曲「Last Train Home」のシンセフレーズやテンポ感は明らかに、The Nice Priceの売れ筋商品であるTOTOの1982年作『TOTO IV~聖なる剣』のラストを飾る「アフリカ」にオマージュを捧げたもの。ビートナンバーではあの時代特有のジャストな8ビートが強調される一方で、スローナンバーでは従来のメイヤーの持ち味であるカントリー音楽的要素が抑えられ、深いエコーが音数を絞り込んだバンド演奏を包み込むかのようにこだましている。
AORとヨットロック
こうした『Sob Rock』のプロダクションは、本国メディアでは「メイヤー版ヨットロック」と評されている。
そんな状況を変えたのが、2005年にお笑い専門ネットテレビ局「チャンネル101」でスタートした『ヨット・ロック』と題された短編コメディ番組だった。ディープな音楽オタクのJ. D. ライズナーらがクリエイターを務めたこの番組は、日本で言うAORをヨットが似合う爽やかな音楽であることから「ヨット・ロック」と勝手に命名して、名曲誕生秘話を再現ドラマ方式で語るユニークなものだった。これがYouTubeで拡散されて人気を呼び、アメリカで言葉と定義が普及していったのだ。
番組でヨットロッカーとして扱われたのは、ドゥービー・ブラザーズの大ヒット曲「ある愚か者の場合」を共作したマイケル・マクドナルドとケニー・ロギンズのコンビをはじめ、スティーリー・ダン、クリストファー・クロス、そして彼らをバックで支えたセッション・ミュージシャン集団TOTOといった面々である。この「ヨットロック」史観がミュージシャン側にフィードバックされた成果が、サンダーキャットがマイケル・マクドナルドとケニー・ロギンスをゲストに招いた『ドランク』であり、前述の「アフリカ」のカバーを収めたウィーザー の2019年作『ウィーザー(ティール・アルバム)』だったわけだ。しかしサンダーキャットやウィーザーに比べると、ジョン・メイヤーは遥かにメジャーなアーティストである。『Sob Rock』のサウンドはヨットロックをそのまま取り入れたものではない。
『Sob Rock』のサウンドはAORというより、もっとメインストリーム寄りのロッカーが80年代にリリースしたアルバムに近い。
個人的に本作を聴いて真っ先に思い出したのは、エリック・クラプトンがフィル・コリンズにプロデュースを委ねて製作した『ビハインド・ザ・サン』(1985年)と『オーガスト』(1986年)の二枚のアルバムだった。両作ともフィルゲインズがキーボードで参加しており、特に『オーガスト』ではマイケル・ジャクソン『スリラー』(フィルゲインズがセッションに参加していた)で取り上げるはずだったYMO「ビハインド・ザ・マスク」の存在をクラプトンに教えてカバーさせるなど、重要な役割を果たしている。
80sサウンドに接近した理由
なぜメイヤーは今になってこのようなプロダクションに挑んだのだろうか。原因としてはレコーディングの変質が考えられるだろう。かつてレコーディングがテープで録音されていた時代、録音されたバスドラムとベースは音色の境界線がぼやけて一体化した低音と化していた。実はそれがロックやR&Bのコクのあるグルーヴを生み出していた。
しかしハードディスク・レコーディングが主流になると、音色が忠実に録音される一方、低音の境界線ははっきりしたままになってしまった。加えて再生機器のデジタル化がそれに拍車をかけた。つまり従来の王道ロック・アレンジでは、かつての躍動感を生み出せなくなってしまったのだ。
こうした問題を克服する方法はふたつ考えられる。
そしてもうひとつが、音色の境界線が出来てしまう現実を受け入れながらモダンなロックを構築する方法である。以前から音数を絞り込んだストイックなアレンジを好んでいたメイヤーは後者のアプローチを選び、80年代ロックのビッグなエコーサウンドに辿り着いたのだろう。つまり同じようにクラプトンを敬愛する立場でありながら、トラックスは70年代、メイヤーは80年代のクラプトンに学んだことになる。
これだけ読むと、「メイヤーってロックの伝統を軽視してるんじゃないの」という意見が出てきそうだけど、寧ろ逆だろう。なにしろ本作の共同プロデューサーは、過去作『Born and Raised』『Paradise Valley』でも組んでいたドン・ウォズ。ヒップホップがシーンを侵食していった時代に、ローリング・ストーンズやボニー・レイットといったベテランにヒットアルバムを生ませたルーツロッカーの守護神のような人物なのだから。
またウォズが制作に絡んでいない「New Light」にも注目してほしい。80年代のプリンスが愛用したリズムマシン、リンドラムの音色を模した潰れたようなハンドクラップ音が印象的なこの曲をプロデュースしたのはカニエ・ウェストの師匠であり、コモンやジェイ・Zとの仕事で知られているノーID。ベースを弾いているのは、ディアンジェロのバックバンドのリーダーでもあるピノ・パラディーノだ。
そう、『Sob Rock』のサウンドは決して懐古趣味ではなく、ヒップホップ~R&Bが中心に居座る現在のミュージック・シーンでも有効に響くことを目的に周到に選ばれたものなのだ。果たしてメイヤーが選んだ答えは正解なのか。それはアルバムを聴いて確かめて欲しい。
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ジョン・メイヤー
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