日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出していく。2022年6月の特集は「小田和正」。
2022年6月15日に発売になる新アルバム『early summer 2022』を中心に、小田和正の歴史を辿る。パート1とパート2は新アルバムの全曲紹介。パート2はゲストに小田和正を古くから知る制作者フジパシフィックミュージック代表取締役会長・朝妻一郎を迎え、小田和正の音楽や歴史を紐解いていく。

田家秀樹:こんばんは。「J-POP LEGEND FORUM」案内人・田家秀樹です。今流れているのは小田和正さん、6月15日に発売になります、アルバム『early summer 2022』から「風を待って」。アルバムの1曲目ですね。今日の前テーマはこの曲です。

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先週の放送のときに今月の前テーマはアルバムの中の「この日のこと」とお伝えしたのですが、今日は予定を変更してこの曲から始めております。来週からまた「この日のことで」で始めようと思っております。今月2022年6月の特集は「小田和正」。先週と今週はアルバムの全曲紹介。
今週はパート2、ゲストに1番古くからご存知の制作者フジパシフィックミュージック代表取締役会長・朝妻一郎さんをお招きしております。こんばんは。

朝妻一郎:こんばんは。朝妻一郎です。

田家:4月に「最新音楽本特集」という1ヶ月を組んだときに朝妻さんのアルテスパブリッシングから出た、『高鳴る心の歌-ヒット曲の伴走者として』。これをご紹介したときにもおいでいただきました。

朝妻:お世話になりました。おかげさまで売れ行きも悪くないみたいで、ありがとうございます。

田家:朝妻さんは1943年生まれで小田さんと最も長く伴走されてきた方。『高鳴る心の歌-ヒット曲の伴奏者として』の話を伺っていたときに朝妻さんが本の中で触れらなかった人がたくさんいるんだとおっしゃっていて。こちらもあの本の中で小田さんのことをお聞きする時間がなかったのですが、きっと小田さんはそういう1人だったんだろうなと。

朝妻:小田くんのことを書いたら、それだけで1冊できちゃうので、どこを取り上げたらいいのか分からないんですよね。


田家:あらためて確かめたら、本の中に1回だけ出てました(笑)。

朝妻:あ、そうだ(笑)。

田家:今週はたっぷりとまではいきませんが、今回のアルバムを中心にいろいろお聞きしていこうと思います。アルバムを最初にお聴きになったときどう思われました?

朝妻:コロナで世の中リモートだったり、人と人が直接触れ合わない時期が続いて。そういうことに対して小田くんがすごく心配しているんだなって気持ちが伝わってきましたね。

田家:今日は朝妻さんに7曲を選んでいただいたのですが、まずはこの曲からです。アルバムの1曲目「風を待って」。

田家:アルバムの1曲目らしい曲ですよね。

朝妻:そうですね。

田家:この曲はコーラスが根本要さん、和田唱さん、JUJU、松たか子さん、大橋卓弥さん、矢井田瞳さん、熊木杏里さん、水野良樹さん。「クリスマスの約束」のバンドメンバー。

朝妻:もうフルメンバーですね。


田家:朝妻さんは小田さんのことを日本のクインシー・ジョーンズだとお書きになっていましたね。

朝妻:それを言ったときには「クリスマスの約束」はまだやっていなかったと思うんだけど、明らかに小田くんがクインシー・ジョーンズみたいな力を持っていることを具体的に示していて。例えば、彼は自分の作る音楽の幅を超えて、レナード・バーンスタインの音楽や、ベルト・ケンプフェルトの音楽を研究したりして。ベルト・ケンプフェルトって、今の人はあまり知らないかもしれないけど、ウェイン・ニュートンがヒットさせた「ダンケ・シェーン」とかフランク・シナトラの「夜のストレンジャー」とか、ともかくいろいろな人にいい曲を書いているわけ。そういう曲の構成がどうなっているかを小田くんはすごく研究してた。音楽に対する取り組み方が普通のミュージシャンより、もう一段か二段上だって感じがして、これはクインシーの音楽の取り組み方と結構似ているなと思ったんだよね。「クリスマスの約束」は、クインシーが「ウィー・アー・ザ・ワールド」をやったのと同じようなもので、やっぱり小田くんってクインシーみたいな才能の持ち主なんだなとあらためて感心したんです。

田家:そういう曲でアルバムが始まっております。こういう話は朝妻さん以外にお聞きすることができないだろうなという回です。

田家:流れている2曲目「坂道を上って」。

朝妻:これは映画のために書いた曲なんだけど、頭のサブギターがすごくかっこいいなと思って。

田家:映画『坂道のアポロン』。
ギターの音色も小田さんは研究している?

朝妻:いろいろなアーティストのレコード、CDを聴いて、あ、これはいいなとか、本当にいっぱい音楽を聴いていますよね。

田家:昔からそういうことをしていらっしゃる?

朝妻:昔からそうだと思う。今でも新しいものをいっぱい聴いているんじゃないかと思うね。

田家:実は今週、朝妻さんにもう1つの選曲案を選んでいただいて、このアルバムとは別に今まで出会ってきた中での印象的な曲。その最初の曲が1973年の「僕の贈りもの」でした。

朝妻:それはなぜかって言うと、そもそも僕は小田くんと知り合ったのは、田家さんも彼について本を書かれているCMプロデユーサーの大森昭男さんが「朝妻さん、誰かいいアーティストいませんか?」って言ってきて。そのとき、東芝からオフコースというグループが出て、でも当時は小田くんが曲を書いてなくて加藤和彦くんとか、東海林修さんが書いた曲を小田くんと鈴木くんが歌っていたわけ。だけど、そのコーラスがすごくよかったので、「大森さん、このオフコースっていうグループいいですよ」っていうので紹介したら、最初はアメリカ屋っていう靴屋のコマーシャルで使ってくれた。その後、大森さんが気に入ってくれて、次に味の素がマヨネーズを出すときにまたオフコースを使ってくれた。そのときに曲はあったんだけど、小田くんがイントロをくっつけてコマーシャルが完成して、そのイントロがすごくいいと言うので、イントロを伸ばして「僕の贈りもの」になったわけ。そこで僕と小田くんとの付き合いができた。

田家:「坂道を上って」の中には〈僕らはみんな大人になっていった〉という歌詞がありますが、今の朝妻さんの話を頭に置きながら歌詞を聴くとどんなふうにお聴きになられるでしょう。
朝妻さんがお会いになった頃はまだ大人じゃなかったでしょうからね(笑)。

朝妻:両方ともね(笑)。

田家:小田さんが大人になったなと思われたのはどのへんですか?

朝妻:今回のアルバムを聴くと、世の中の人を守ってあげたい気持ちがすごく出ているんだよね。初期を聴くと、自分の気持ちとか自分と相手がどうかという狭い関係だったのが、今はみんなを幸せにしたいという気持ちになっているところが全体として感じられる。

田家:なるほどね。ライブは特にそういう感じがしますよね。この曲は映画主題歌ですけども、小田さんは映画監督で2本作ってらして、映画監督は小田さんのキャリアの中でどういう影響をもたらしていますか?

朝妻:やっぱり映像と音楽というのって不可欠なものだけど、映画を作ることによって小田くんの詞の世界も広がった気がするな。

田家:より大人にならざるをえなかったところもあるんでしょうし(笑)。

田家:3曲目「小さな風景」です。この曲については?

朝妻:明日は必ず来るからって言っているわけ。繰り返しになるけど、ちゃんと世の中の人のことを考えてメッセージを発しているなと。このアルバム全体に小田くんのやさしい気持ちが溢れている感じがする。


田家:朝妻さんの選んでいただいた別の5曲の中に1977年の「秋の気配」が入っていたりしました。「小さな風景」というタイトルで思い出したのですが、オフコースの「小さな部屋」というシリーズコンサートがありましたよね。日本青年館とか小さいところで。その頃のことを朝妻さんはどんなふうに思い出されるんだろうと思って。

朝妻:僕は好きだったけど、広がりがいまいちね。このグループいいのに、なんで人気が出ないんだろうなと、もどかしい気がしていました。「秋の気配」をなぜ選んだかと言うと、初めて小田くんの詞が能動的に動いた。要するに僕が君から離れていくっていう、それまでだとちょっと相手を好きなんだけど想ってくれない、でもどうしようかなみたいな感じだった。

田家:こんなことはなかった。

朝妻:そう、能動的な動きが出てきたので、あ、このグループ絶対大丈夫だって。もちろんその前から「小さな部屋」のときとは違って売れてきていたんだけど、あ、もう大丈夫だなっていうのを実感したのは「秋の気配」だったね。

田家:そうやって大きくなってきた小田さんが今回は小さいことを歌っています。小田さんのこの曲に対してのコメントが公になっておりまして、「小さな風景はいくつもあったんだと思います。できるだけ言葉数を少なく、短く、印象的な歌にしたかった」。

朝妻:そういう意味で言うと、この曲が昔からのオフコースの感じを1番よく出しているよね。

田家:昔から言葉数がそんなに多くないですもんね。ずっと小さいことを大切にして、小さい関係、小さな風景を歌ってきた人たちだった。

朝妻:そうだと思う。「生まれ来る子供たちのために」の後にまた1つ違う流れができて、その流れは流れで幅広く滔々と川が流れている感じがするんだけど、でもこの下には「小さな風景」みたいな、昔からの流れもちゃんとありますよという。

田家:今おっしゃっていただいたのでその話を聞いてしまうのですが、「生まれ来る子供たちのために」をオフコースの方がシングルにしたい。レコード会社は「いや、これはシングルは困る」。そのやり取りはどうご覧になっていました?

朝妻:そこは知らないんだけど、でも絶対シングルで出したから、今の小田くんのいろいろな活動ができていると思うよね。レコード会社として反対したというのはメッセージ性が強すぎるということに対しての心配だったと思うんだけど。

田家:「さよなら」みたいなものを出してくれ。

朝妻:まあ、本当はね。だけど、あそこで「生まれ来る子供たちのために」を出したおかげでリーダーとしての小田和正のステータスは一段上がったと思う。

田家:そう思う伴走者がいたことがいまのキャリアを支えてきたのかもしれません。

田家:アルバム4曲目「この道を」。朝妻さんはこの曲も選ばれております。ドラマが書かせてくれた曲ですね。

朝妻:海堂尊さんの小説って医学本だけど、ストーリーもおもしろいし、小説も好きだしこのドラマもおもしろかったですよね。

田家:TBS系日曜劇場『ブラックペアン』。原作は海堂尊さん。タイトルになっている「道」という言葉で思われることはどういうことですか?

朝妻:「道」と「風が」ある部分小田くんの1つのテーマになっている感じがするよね。

田家:このアルバムは「風」と「道」のアルバムという感じですよね。

朝妻:そう思う。同じ時期に書いたんじゃなくて、間が空いたにも関わらず「道」と「風」は小田くんの1つの人生に対しての見方になっている気がする。

田家:この曲の中に〈繰り返す迷いも争いも悲しみもすべて時に任せて選んだ道を行く〉その後に〈誇りと正義のために戦う自分がいるはず〉。

朝妻:それもさっきの「生まれ来る子供たちのために」に繋がる詞ですもんね。

田家:小田さんは正義感の強い人ですよね。

朝妻:正義感があって、「生まれ来る子供たちのために」も、なんで政府なり時の権力者たちが動かないんだということに対する苛立ちとか、やりきれなさみたいな気持ちがすごく出てましたもんね。

田家:同じ海堂尊さんの原作映画がありまして、2011年『ジーン・ワルツ』。このときも主題歌「こたえ」を書き下ろしている。小田さんと海堂尊さんは合うのかもしれませんね(笑)。

朝妻:たぶん海堂さんも比較的世の不条理ってことに対して、医学という面から取り組んでいる感じがあるので、心情的には合うのかもしれませんね。

田家:医学と建築ですからね。小田さんが道を見失ったとか、道に迷った時期はあったと思われますか?

朝妻:それは全然記憶にないんだけど、道をどっちへ行ったらいいかなって思ったんだろうなというときがあって。小田くんが5人のオフコースになって、今まで自分が録音したアルバムをアメリカ人のミキサーでやってみたいと、「それで誰かいいミキサーを知りませんか?」って聞いてきた。そのときに僕は誰がいいかなと思って、パブロ・クルーズていうA&Mのアーティストがいて、アルバムの音がすごくよくて、この「ビル・シュネーという人がいいよ」って言っていたら、「ボズ・スキャッグスをやっていたしいいね」と言うので、小田くんもOKしてくれて、アメリカに連絡してビル・シュネーにコンタクトをとって、ビル・シュネーのスタジオで『We are』のリミックスをしたの。そしたら、ビル・シュネーと小田くんがハモっていい関係になって。そこから小田くんもアメリカでいろいろ仕事してもいいかなって気持ちになってきたんだけど、「誰かいい人知りませんか」って言われたときにビル・シュネーを思いついて紹介したことが、小田くんこっちの道がいいですよって言ったことになって。それが本当に正しい道だったんじゃないかと僕は思っているんだけどね。

田家:道を提案した、道を指し示したことになりますね。次はアルバム5曲目「so far so good」ですね。アメリカ、ビル・シュネーの話をされましたけども、朝妻さんが選ばれたこれまでのキャリアで印象深い曲の中に、1985年の英語アルバム『Back Streets of Tokyo』がありました。

朝妻:その中で「愛の歌」という曲が「Ill be coming home」というタイトルになったんだけど、その曲を聴いて、あ、これカーペンターズみたいでいいなと思って。なんとかリチャード・カーペンターに届くようにってA&Mの人に頼んだの。そしたら、その後に小林明子さんをリチャード・カーペンターにプロデュースしてもらおうということで、レコード会社が小林明子さんをリチャードのところに送ったら、リチャードがこの曲どうだって言って、「Ill be coming home」のテープを聴かせてくれた話を僕は小林さんから聞いたんだよね。

田家:わお! すごいなこれ(笑)。

朝妻:たしかにリチャードは僕がいろいろA&Mで頼んだのを受け取ってくれていて、なおかつ、いいなと思ってストックしてくれていたんだよね。

田家:小田さんのソロの1枚目『K.ODA』、1986年のアルバムは9ヶ月間アメリカに滞在して作られていて、それも全部朝妻さんが設定されていた?

朝妻:いや、それはほとんどビルだと思う。

田家:ビルの存在は大きかったということですね。

朝妻:ビルと小田くんはすごいハモって、例えばランディ・グッドラムっていう作詞家がいるんだけど、ランディ・グッドラムも半分僕が紹介したようなものだし、ビル・シュネーも小田くんに「ランディ・グッドラムなんかどうだ?」って紹介したんだと思うね。

田家:なるほどねー。伴走者であります。「so far so good」に関しては、「このドラマはコメディですというインフォメーションがあった。でも、原作漫画を見たらコメディというイメージが湧かなかった。軽快に明るいというテーマはクリアしないといけない。それで頑張った」という小田さんのコメントですね。

朝妻:でも、みんなを幸せにしたい気持ちはすっごく出てるよね。

田家:これはNHKのドラマ主題歌なんですけど、タイアップとかの窓口みたいなところに朝妻さんは?

朝妻:僕は全然そんな重要なところには参加させてもらえないんだけども。

田家:制作者として関わる。

朝妻:「ラブ・ストーリーは突然に」のときは担当させてもらったけど。

田家:それはケース・バイ・ケースでという。

朝妻:はい。

田家:そういうときはどういうお願いの仕方をするんですか?

朝妻:たぶんどのテレビ局でも映画会社でも同じだと思うんだけど、いかにこの番組、この映画に小田くんの音楽が必要かってことのプレゼンをどういうふうにしていくかってことだと思う。ただ、やっぱり小田くんが「あ、そうかこれに自分が参加することによって、こういうふうに良くなるんだ」ってことが分かれば、喜んで書いてくれると思うし、「俺が参加してもあまり意味ないんじゃないの?」っていうプレゼンだとなかなか話が前に進まないと思う。

田家:小田さんはこの曲に対して、「みんなに迷惑をかけないで少しでも役に立ってこいよという気持ちで送り出した」というコメントがありました(笑)。

田家:アルバムの7曲目「こんど、君と」です。これは「みんなのうた」60周年の歌。

朝妻:僕も今回初めてあ、そうなんだって聞いたんだけど。

田家:「みんなのうた」のような番組は、朝妻さんのように洋楽に精通してらして洋楽を日本のポップスにどうミックスさせられるかと考えてらっしゃる方にとって、どういう番組ですか?

朝妻:あれはあれで1つの使命を持っていて、あそこから出てくる曲は洋楽オリエンテッドの曲とは違う浸透の仕方をしていく。日本の流行歌、あるいはポピュラーミュージックを作っていく1つの重要な番組だと思う。

田家:小田さんは「みんなのうた」が初めてかなと思ったら、1975年に「老人のつぶやき」という曲があって、「みんなのうた」で不採用になったエピソードがあると、事務所の吉田雅道さんが教えてくれたのですが。

朝妻:結構ビッグネームでもNHKってちょっとスケジュール的に合わないからとか言って、断られているケースがありますよね。

田家:ビッグネームでも断られるわけですから、1975年のオフコースは(笑)。

朝妻:ビッグネームのビっていうあたりだったからね、まだ(笑)。

小田和正、8年振りアルバム『early summer 2022』を朝妻一郎と紐解く

左から朝妻一郎、田家秀樹

田家:コメントには「今回の「こんど、君と」は「みんなのうた」ということと、コロナ禍に対する気持ち。色合いの違う2つの内容をどう紡ぐかがテーマだった」とあります。

朝妻:たぶん小田くん自体は、ここでコロナをある程度気にしてたかもしれないけど、アルバム全体を聴くと、他の曲でも人と人との繋がりを重要だと通して言っているんだよね。コロナで1番インパクトを与えたのは、マスクで顔の表情が見えない。なおかつ、学校にも行けない、人とも会えない、コンサートもできない期間がすごい長くて。やっぱり人と人が会って話すことがいかに重要か、コロナで証明されたと思う。この間、6月3日に福島で1回目の小田くんのコンサートがあったんだけど、最後の方に「あ、これだけの人のところでこれだけのコンサートができたんだ」という想いで、ちょっと本人も涙ぐんでいたところがあるんだけど、その気持ちがすっごく分かった。それだけ人が集まって、人が出会って、小田くんとも出会ってということが実際に起きること、いかにコンサートが重要か。あるいは人と人とが接するということがどれだけ重要かってことを、すごくはっきりと示していたと思うね。

田家:そういう瞬間を思いながらこの曲を書いたんだと思いますね。歌詞を書いたというよりも、心の言葉が歌になったアルバムという気がしました。

朝妻:本当にそう思う。だから、アルバムのジャケットがドローイングで描かれているんだけど、あのアルバムジャケットを見ただけで全部の風景が浮かんでくるような感じがするんだよね。

田家:アルバムの9曲目「会いに行く」。もうそのままですもんね(笑)。

朝妻:そうね(笑)。言葉をそのまま。

田家:みんなに会いたいというのが、そのまま言葉になっているみたいな。これはフジテレビの「めざましテレビ」のテーマで2008年の「今日も どこかで」以来、2回目だそうです。2回目のプレッシャー、期待されているプレッシャーを感じながら書いた。

朝妻:プレッシャーもあっただろうけど、結果はすごくいいし、番組の軽部さんも喜んでノッているのが画面越しでも伝わってきましたよね。

田家:何度も話に触れている朝妻さんが選ばれた5曲の中に1997年の「愛の歌」がありました。さっき話に出た1975年のオフコースのセルフカバー。

朝妻:英語版の「Ill be coming home」の話ね。オフコースのときの「愛の歌」はちょっとおとなしすぎる。だけど、97年のものはオリジナルより元気な感じでとてもポップで僕は本当に大好きなんです。

田家:「愛の歌」の元の歌詞の中にも、〈永遠の命も名誉もいらない あなたに会えたことそれだけでいい 歩き慣れた道を今一人で行けば〉という歌詞があったり、やっぱりずっと変わらないものが流れているんですね。

朝妻:ただそのときの気持ちより今の気持ちの方が、個人の想いじゃなくて、もうちょっと高いところから世の中を見ている感じが僕はするんだよね。だから、小田くんが大きくなったのかなって感じがする。

田家:これも繋がりがテーマになっております。8年振りのアルバムが発売になりますが、今後の小田さんについてどんなふうに思われますか?

朝妻:ともかく少なくとも1枚か2枚はアルバムを絶対作ってほしいなと思うし、でも今回の福島のコンサートを観た感じでは全然心配ないと思う。

田家:例えば、体力的なことだとか。

朝妻:体力的にも全然。この3年間コンサートやってなくて大丈夫かなと思ったんだけど、走り回っていたし、最後まで歌いきったし、コンサート心配ないんだから次もアルバムを作ろうと思ってほしいなと切に希望するね。

田家:切に希望しましょう。ありがとうございました!

朝妻:どうも!

小田和正、8年振りアルバム『early summer 2022』を朝妻一郎と紐解く

アルバム『early summer 2022』ジャケット写真

田家:「J-POP LEGEND FORUM」6月15日に8年振りのアルバム『early summer 2022』を発売する小田和正さんの特集、今週はパート2。ゲストに最も古くからお付き合いのある制作者、フジパシフィックミュージック代表取締役会長・朝妻一郎さんをお迎えしてお送りしました。流れているのはこの番組の後テーマ、竹内まりやさんの「静かな伝説」です。

先週のゲストが1番近しい評論家・小貫信昭さん。今週は1番古い制作者、伴走者ですね。朝妻一郎さんという2人による全曲解説をお送りしました。実は朝妻さんに曲を選んでいただいたとき、朝妻さんの方からもう一案選曲をいただいたんですね。自分の中の小田和正さん。キャリアを辿りながら、自分にとっての忘れられない曲を選んでいただいた。どっちを番組で取り上げようかなと想いながら、アルバムの発売前に組む番組でもあるので、アルバム曲にさせていただきました。

朝妻さんが選ばれた5曲は「僕の贈りもの」、「秋の気配」、『Back Street of Tokyo』これはアルバムタイトルでこの中の曲、そして「愛の歌」、「キラキラ」という5曲だった。話の中でそのときの気持ちも話して頂いたので、この5曲を選んだことの意味も伝わったかなと思いながらお送りしました。『高鳴る心の歌-ヒット曲の伴走者として』をお書きになった方ならではの選曲だったのではないでしょうか。そうやって古くから一緒に歩いてきた、走ってこられた方が今回のアルバムに対してどんな感慨とともに聴いたか伝わればと思います。来週のゲストは最も古いステージスタッフです。オフコース時代からライブPAを担当している木村史郎さん。ツアーの合間を縫っての登場ですね。どんな話をしてくれるんでしょう。

<INFORMATION>

田家秀樹
1946年、千葉県船橋市生まれ。中央大法学部政治学科卒。1969年、タウン誌のはしりとなった「新宿プレイマップ」創刊編集者を皮切りに、「セイ!ヤング」などの放送作家、若者雑誌編集長を経て音楽評論家、ノンフィクション作家、放送作家、音楽番組パーソリナリテイとして活躍中。
https://takehideki.jimdo.com
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「J-POP LEGEND FORUM」
月 21:00-22:00
音楽評論家・田家秀樹が日本の音楽の礎となったアーティストに毎月1組ずつスポットを当て、本人や当時の関係者から深く掘り下げた話を引き出す1時間。
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