この10年、世界中の様々なアーティストが影響源としてノワー(Knower)の名前を挙げてきた。ノワーはルイス・コールとジェネヴィーヴ・アルターディ(Genevieve Artadi)によるデュオ・プロジェクト。
日本でお馴染みのルイス・コールと言えば、ファンクやジャズ、もしくはブラジル音楽や多重録音の印象があるが、ノワーはEDMの影響を受けたエレクトロニックなサウンドや展開が読めない突飛な構成などが特徴で、ルイス・コール関連の中でもかなり先鋭的なプロジェクトだと言ってもいいだろう。音楽における常識や定型、スタイル、更には音楽理論なども飛び越えるようなノワーの自由な音楽は今でもフレッシュであり、未だ謎めいている部分も多い。

ノワーの失われないフレッシュさや謎の多くに、ジェネヴィエーヴ・アルタディの特別な才能が貢献している。彼女は最初にリリースした『Genevieve Lalala』から、ブレインフィーダーと契約してからの『Dizzy Strange Summer』、そして最新作の『Forever Forever』まで、ずっと不思議な音楽を作り続けている。キャッチ―な部分もありつつ、なんだか掴みどころがないのだが、独特の情感や質感がずっと漂っていて、何度も聴いてしまう。ただ、何度聴いても掴めない。
それに特定のジャンル性が感じられるわけでもないので、影響源もよくわからない。そして、(なぜだか)情報もあまりない。

というわけで今回は、ジェネヴィエーヴ・アルタディの音楽遍歴をひたすら聞いてみた。僕は何度かルイス・コールにインタビューをしたことがあるのだが、ルイスは毎回「僕の最大の影響源はジェネヴィエーヴ」と答えている。その答えは真実だと思う。つまり、ルイス・コールの音楽を読み解くためのヒントもジェネヴィエーヴの音楽にはあるはずだ。


ちなみにルイス・コール・ビッグバンドのコーラス隊として一緒に来日していたイシス・ヒラルド(チキータ・マジック)も現場にいたので、対話に少し加わってもらった。ジェネヴィーヴとイシスは、フジロックで披露されるルイス・コールの最新ステージにも参加するので、この機会にぜひとも注目してほしい。

ー子供の頃からいままで、特に聴きこんだアーティストがいたら教えてください。

ジェネヴィエーヴ・アルタディ(以下、GA)両親がミュージシャンで、毎週末ポピュラーミュージックのギグをやっていて、そのためにいつもラジオから音楽が流れていました。だから、ラジオで聴いて曲を覚えたりしていました。でも、最も気に入っていたのは父が曲を書いて、母が歌っていた両親のオリジナル曲。
両親は家に人を招いては彼らの音楽を披露していました。女声版ポリスみたいな感じのロックミュージックだったと思います。

だから私もいつもラジオで曲を覚えていて、それ以外だったら姉が持っていたアース・ウィンド&ファイアーやボビー・ブラウン、ホイットニー・ヒューストンなどのポップ・ミュージックのテープやCDもよく聴いていました。他にはマイケル・ジャクソンも大きくて、『スリラー』『バッド』『デンジャラス』はよく聴いた、ジャネット・ジャクソンの 『Control』も大好きなアルバムで、今でもよく聴き返しています。CANの「Turtles Have Short Legs」も好き。クラシックで好きなのはショパンのピアノ曲。
そんな感じで、とにかくいろんな曲をたくさん聴いている感じです。私はサム・ウィルクスみたいな音楽オタクの人ではないので、「この曲では誰が演奏してて、何年のライブで…」とかそういうようなことは気にせずに、とにかく好きなものをひたすら聴くんですよね。

ーなるほど。

GA:あと、私の父はフュージョンが好きで、イエロージャケッツやウェザー・リポート、チック・コリアなどをよく聴いていたんですけど、子供のころはあまり興味が持てませんでした。でも、大学に入ってジャズのボーカルグループで歌うようになってから、ジャズにのめり込むようになりました。ランバート・ヘンドリックス&ロス、ニューヨーク・ヴォイセズ、シンガーズ・アンリミテッドとか、そういうヴォーカル・グループを聴いて、ハーモニーを学びました。
ナット・キング・コールとかサラ・ヴォーンも聴くし、基本的にジャズマンはみんな好きです。

ーコーラスグループにハマったきっかけはあるんですか?

GA:全てのコーラスグループが好きなわけじゃなくて、その中でも聴いてて楽しいと感じるものがあって、そういうグループが好きなんです。そもそもハーモニーが好きだし、私は誰かと一緒に歌うことが好きなので、そこから興味を持ったと思います。そういうグループから「どのように声が広がっていくのか」「どんな声の構成を作るとインパクトを与えられるか」などのスキルを学ぶことができたと思っています。

ー最新アルバム『Forever Forever』でもコーラスへのこだわりは感じますね。

GA:私は声を楽器の一つと捉えているんです。
声は特別な効果を持つ楽器。だから、私以外の声をバンドの一部として入れるのは、自分にとって自然な決定なんですよ。あと、よく聴いていたものと言えば、バンドをやっていたころにポーティスヘッドにハマり、『Dummy』をよく聴きました。マッシヴ・アタックも好きでしたね。それからホット・チップも聴いていたし、トーキング・ヘッズにも衝撃を受けました。

ーポーティスヘッドとかマッシヴ・アタックといったUKトリップホップのアーティストが挙がりましたが、これらのどういうところにハマったんでしょうか?

GA:自分がやっていたバンドのメンバーが、彼らの音楽をよく聴いていたのがきっかけです。彼らのサウンドはある種、ダークなもので、ほかの音楽とはどこか違っていると感じました。それに両方とも女性シンガーであるっていうこと(※マッシヴ・アタックは客演のシンガーを指すと思われる)、独特なムードがあること。そして、エレクトロニックなビートで、アコースティックな楽器にはないような独特の雰囲気があって、その異質な感じが好きでした。

あと、彼らの音楽に出会ったのが、感情が揺れ動く10代の頃だったのも重要だと思います。当時の私はメロドラマ的なものが好きだったんですけど、彼らの音楽を聴いてると自分がドラマの世界に入っていくような感覚があって、強く感情を揺さぶられたんです。

ー今の話でいう女性ボーカルってトレイシー・ソーンやベス・ギボンズのことだと思うんですけど、あなたの歌もトーンも抑えてウィスパーな歌い方をされることが多いので、共通するものを僕は感じます。そういうささやくような歌い方に関してインスピレーションになったシンガーはいますか?

GA:アストラッド・ジルベルトですね。彼女の直接的な歌い方がすごく好きなんです。あと、ジャネット・ジャクソンにもそういう部分があるし、ジョン・レノンビートルズにもあります。特にビートルズの「Julia」は、とてもまっすぐで、静かで、美しいハーモニーがある曲ですよね。

他にも挙げるなら、ブラジル音楽だとホーザ・パッソス。ジャズだとビリー・ホリデイやチェット・ベイカーの歌い方からはすごく影響を受けています。私が惹かれるアーティストには美しいハーモニーがあったり、ダイレクトに伝わってくるような歌い方をしている傾向があると思います。

ー僕もあなたの音楽からブラジル音楽のエッセンスやフィーリングをずっと感じていました。『Forever Forever』についてもそう。ブラジル音楽に関しても話を聞かせてもらえますか?

GA:私はもともといくつかのジョビンの曲を知っている程度でした。ブラジル音楽に関してはペドロ・マルチンスが教えてくれたんです。そもそもペドロと知り合ったきっかけは私がFacebookにポルトガル語で歌ったジョビンの「Caminhos Cruzados」の動画をアップしたことでした。それを見たペドロがメッセージをくれて、私のポルトガル語での歌唱を褒めてくれた。そして、仲良くなってからは私がブラジル音楽に興味があるのを知って、たくさん紹介してくれました。例えば、エリス・レジーナもペドロが教えてくれましたし、あとはトニーニョ・オルタと(ミルトン・ナシメント&ロー・ボルジェスの)『Clube da Esquina』も。それからベト・ゲジスも好き。あと、私はジャヴァンが大好きなんだけど、これもペドロから教えてもらって知ることができた。ペドロはカシャッサ(ブラジルの酒)について歌ったパゴージ(サンバの一種)みたいな曲も聴かせてくれる(笑)。最近のペドロはおじいちゃんが聴くような古いカントリーソングみたいなブラジル音楽にハマってて、そういうのも聴かせてくれる。だから、彼からはいろんなことを学んできました。

「最大の影響源はルイス・コール」

ーあなたの曲は構造とかリズムもすごく面白いですよね。コンポーザーという意味で楽曲を研究したアーティストはいますか?

GA:作曲家としては自分の友達が一番大きな存在だと思います。新作を一緒に作ったイシス・ヒラルドやルイス・コール、クリス・フィッシュマンは作曲家としてはすごく優れているので。大きな影響を受けたのはギル・エヴァンス、マイルス・デイヴィス、デューク・エリントン。あと、ルイス・コールが教えてくれた竹村ノブカズも。

でも、一番大きいのはビートルズですね。あんなに多くの曲を書いているのに、作曲スキルが安定している。しかも、いろんなタイプの曲を書いている。そこがすごいんです。ビートルズをたくさん聴いたおかげで、私は作曲においていろいろなものを組み合わせることで、無限のアイデアを生み出せるようになったと思います。そういう意味ではルイス・コールもビートルズと同じタイプですよね。私に一番、大きな影響を与えたミュージシャンはルイス・コール。私たちはお互いに刺激しあって、高めていくような関係なんですよね。

私は作曲方法のリファレンスをいろんなところから持ってきて、それを自分なりに新しくアレンジし直していくような感じで、自分の曲に取り組んでいます。そして、その時の自分のムードや気分に合わせて曲は生まれてきます。

ーでは、新作『Forever Forever』のコンセプトについて聴かせてください。

GA:一言で言うと、ラブ・アルバム。形や大きさが異なる様々な愛が詰まっていると思います。人を愛する気持ち、その気持ちに対する感謝、それを祝うような気持ち、もしくは、その愛に向かって勇気を出して一歩前に踏み出すこと。ほかには自分の気持ちをオープンに表現することもそうだし、報われない愛もそう。いろんな意味での愛をアルバムに詰め込んでいます。あと、「自分の人生を照らしてくれる光を探している」ってこともテーマになっています。ある曲は葛藤について、ある曲はもっと心を開く方法を学びたい、みたいな感じで様々な曲があります。

―作曲に関してはどうですか?

GA:2019年にNorrbotten Big Bandのコンポーザー・イン・レジデンスになったんです。アルバムの半分はそのために書いたデモが元になっているので、ビッグバンド向けの楽曲を小編成にしたものと言えます。そのうち、ビッグバンドのバージョンも出る予定なんですけど、いつ出るかはまだハッキリしてないんですよ。なので、編成を小さくするために楽器のアレンジとそのレイヤーのやり方を初めて考えました。その意味では多くの学びがあったアルバムだと思います。

ルイス・コールと刺激し合うよき相棒、ジュネヴィーヴ・アルターディが語る音楽遍歴

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―前作『Dizzy Strange Summer』と比較してみて、どのあたりに手応えを感じていますか?

GA:前作では友達を家に呼んでセッションして「いいね! それ使おうよ!」みたいな感じで、あまり決めごとをせずに作った感じだったんです。でも、今回は大作かつ美しいサウンドにしたかったですし、実際にメキシコのスタジオに行く 予算があったので、メンバー8人全員を連れて行ったんです。

そこでは曲が美しく響くことを念頭に考えて、1曲ごとに様々なアレンジを考えていきました。でも、私が招いたバンドメンバーたちは皆、とても具体的な強みを持っていて、素晴らしい制作のアイデアを持ち込んでくれました。その分「こうでなきゃダメだ」「ドラムは自分が叩く」「この曲では俺がドラムを叩く」みたいな感じで、全員がドラムが叩きたがるみたいなカオスな状況になることもあったんですけどね(笑)。だから、みんなで作り上げたアルバムっていうふうに言えるんじゃないかと思います。

ー最後に、イシスにも話を聞かせてください。あなたも『Forever Forever』に参加していますが、レコーディングで感じたことがあれば聞かせてください。

イシス:ジェネヴィーヴは私にとって常に大きなインスピレーションの源なんです。彼女の曲はすごくエモーショナルで、まるで心臓を一突きされるような衝動があります。それにジェネヴィーヴの曲はハーモニーにしろ、メロディにしろ、すべてにおいて意味があって、無駄なものとか、適当に足したものが一つもないんです。

そんなジェネヴィーヴは私が楽曲を理解しているだろうと信用してくれているので、すごくありがたいと思ったし、その期待を裏切りたくないと思いました。だから、私はあまり自分の色を出さないように心掛けたんです。もしかしたら私のアイデアをいくつか足したいとか、足して欲しいと思ったかもしれないんですけれど、私はそれはやるべきじゃないと判断したので、デモとほぼ変わりなく歌いました。私にとって『Forever Forever』はデモの時点で、ものすごく力強かったし、すでに完璧なものだったんです。

あとギターのペドロ・マルチンスとキーボードのクリス・フィッシュマンは、インプロヴァイザーとしてとても素晴らしい存在です。即興をする際でも素晴らしいハーモニーのセンスを持っています。ルイス・コールと私がしっかりと基盤を固めていると、彼らは空を浮遊しているような演奏をしていました。『Forever Forever』はその対比がクールな作品でもあると思います。

ルイス・コールと刺激し合うよき相棒、ジュネヴィーヴ・アルターディが語る音楽遍歴

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