志願兵カイリー・マレンさんが昨年死亡したのを受け、米海軍は特殊部隊「SEAL」の訓練に関与した上級士官3人に懲戒処分を科すという異例の措置を下した。マレンさんの死の真相に長文ルポで迫る。


【写真を見る】訓練中、痛みを耐え抜くマレンさん

2022年2月2日、アメリカ海軍特殊戦司令部の前で車列が停車する中、疲れ切った訓練兵が頭上にボートを担いで道路を渡った。カリフォルニア州サンディエゴ沖に浮かぶコロナド島の、シンダーブロック作りのビル群こそ、2011年の急襲でオサマ・ビン・ラディン氏の殺害を指揮した秘密部隊、海軍特殊部隊「SEAL」の本部だ。

訓練兵は泥だらけの迷彩服を着て、号令をかけ合いながら道路を行進した。「艇の下に身を隠せ!」という叫び声が上がる中、重さ110ポンドのゴムボートを頭上でバランスを取りながら、足並みをそろえて駆け足で移動する。もう63時間も休みなしで訓練していた。訓練を続けるために、みな残された力を振り絞っていた。
彼らに残っていたのは、戦場の兵士だけが知っている、骨がばらばらになるような疲労感だった。

「ヘルウィーク」と呼ばれる5日間の過酷な身体訓練は折り返し地点を迎えていた。訓練中の合計睡眠時間は5時間という中で、SEAL候補生は心身ともに限界まで削られる。世界最難関の入隊試験ともいわれる地獄の1週間で、訓練兵はこの先世界各地で与えられる任務の「最悪な面」を垣間見る。最後までやり遂げることができた者は、心身の限界がこれまで想像していたよりも高いことを知る。ヘルウィークこそがSEALをSEALたらしめる要とも言われている。


1月に基礎水中爆破訓練(通称BUD/S)の第1段階が始まった時、第352期生は200人以上いたことが分かっている。3週間後、3班に分かれてシルバーストランド大通りを渡る訓練兵はわずか24人だった。

訓練兵はヘルウィーク期間中に推定125マイル以上の距離を走る。それ以外に重い丸太を持ち上げたり、砂地から這い上がったり仲間を引きずり出したりした後、冬の大西洋の水中で低体温症すれすれまで身を震わせる。訓練兵はこれを「波攻め」と呼んでいる。濡れた衣服で数マイル走ると、脚や腕は凍傷してまるで生肉のような様相になる。
足は血まみれだ。海軍の調査によると、訓練兵には地元の病院に行かないよう忠告した1枚の用紙が配られていた。SEALの訓練を知らない人間が見たら、お前たちはほぼ間違いなく入院させられるだろう、と用紙には記載されていた。元訓練兵がローリングストーン誌に語った言葉を借りれば、彼らはまるで戦争捕虜のようななりだった。

ローリングストーンが独占入手した携帯動画には、20数人の訓練兵がシルバーストランド大通りを渡る中、最後尾からついていく1人の訓練兵が映っている。一等水兵カイル・マレンさんは頭にボートを担ぎきれず、痛々しい脚でゆっくり歩いていた。
以前は成績優秀だったが、ここ最近はついていくのがやっとだった。班の仲間は彼の分までボートを担ぐようになった。

週の初めに撮影された別の動画には、訓練兵のアメフトの試合が映っている。マレンさんは風船のように腫れあがった2本の足をよろめかせながら、竹馬に乗っているかのような動きをしていた。夜風に彼の喘ぎ声が響く。後に海軍の捜査でも判明するが、今後の展開を予兆させるかのように、この時彼は血を吐いていた。


診療が必要かどうかは指導官にゆだねられている

マレンさんはニュージャージー出身の24歳。イェール大学在学中にカレッジフットボールでラインバッカーを務めた身体は、長身で胸板が厚かった。「デカい男」だったと訓練に参加した元同期生は言う。「最高にいい奴だった。真面目で、ものすごくタフで、思いやりに溢れていた」 テイラー・スウィフトの曲を全部そらで歌え、SEAL指導官が与える罰にも耐え忍ぶことができた。いつも笑顔を絶やさず、最悪の状況でもつねに前向きだった。


ヘルウィークがこれまでで最も過酷な訓練になることを知っていたマレンさんは、体調が悪化の一途をたどる中訓練を続行した。痰には黄色、オレンジ、茶色と、様々な色合いが混じるようになった。血痰は極寒の水の中で泳いだ後、肺に水が溜まる「水泳誘発性肺水腫(SIPE)」の兆候で、場合によっては命が危険にさらされることもある。一般社会で罹ることは稀だが、SEALの訓練では日常茶飯事だ。

マレンさんは第352期生の訓練1週目でSIPEを患い、一旦は回復した。

「再発したら手を挙げるのよ」と、母親のレジーナさんは息子に言った。

「無理だよ」とマレンさん。

訓練兵に診療が必要かどうかを判断するのは指導官にゆだねられている。それに加えマレンさんは、家族や他の訓練兵の話によれば、訓練をさぼるために医師の元に駆け込む連中と一緒にされるのを嫌がっていた。

「海軍のために死ぬことになるわよ。お母さんはあなたを愛してる。兄弟もあなたを愛してる」と母親は電話で息子に語った。「みんなあなたのことが大好きなのよ?」

「わかってるよ、ママ。僕は辞めないよ」

第352期生がみなそうだったように、マレンさんも錫製の鐘を3回鳴らせばいつでも訓練を辞めることができた。マレンさんは「何があっても鐘は鳴らさない」と友人や家族に語っていた。

2月3日、ボート訓練後の2回目の2時間休憩で、マレンさんの呼吸は息をするたびにうがいのような音を立てていたと、のちに同期生の1人は海軍捜査官に語った。マレンさんが目を覚まして起き上がると、鼻と口から黒い液体が噴き出した。その夜、訓練兵は氷点下をわずかに上回る水温の中でボートを漕ぐ「世界一周」というレースをした。

翌2月4日、ヘルウィークは最終日を迎えた。残っている訓練兵はわずか21人。ヘルウィーク終了まであと数時間に迫る中、指導官は「ぶどう隠し」という訓練を課した。泥沼の中に潜り、上がっていいと言われるまで何度も頭を泥に突っ込まれるという訓練だ。海軍の調査報告によると、息をつごうと頭を出したマレンさんは「変な色の液体」を吐き出した。朦朧として、心ここにあらずといった様子だった。「何が起きてるんだ?」と彼はしきりに尋ねた。「ここはどこだ?」

BUD/Sの医療スタッフがマレンさんを脇に引き上げた。彼の口からは1度に数語しか出てこなかった。血中酸素濃度は危険なレベルにまで下がっていた。肺からは水泡音とかラ音と呼ばれるカチカチした音やいびきのような音がした。5月に公表された海軍の捜査報告書によれば、医療スタッフはマレンさんを脱落させるべきか話し合ったが、ヘルウィーク修了式まで続行させることにしたそうだ。ゴールを目の前にして離脱させ、またゼロからトライさせるのはフェアではないし、むしろ酷ではないかと判断したのだ。酸素マスクで1時間治療を施すと、マレンさんのバイタルは安定し、再び自力で呼吸し始めた。

衛生兵と医師が修了前の最終診断を行った。肺からラ音が聞こえ、「異常」と診断された。彼の肺は他の訓練兵よりも著しく腫れあがっていることに医師も気づいた。医師はその日マレンさんが酸素マスクで治療を受けていたことを聞かされていなかったため、マレンさん兵舎に戻ることを許可された。

マレンさんはニュージャージー州の母親に電話をかけた。「やったよ」と、彼はかろうじて言葉を発した。

数時間後に救命隊が駆け付けた時には、マレンさんの脈は止まっていた。

SEALが士官を懲戒処分にしたのは、近年では初めて

脱落せず、軍の理念に適うSEAL候補生を選抜する訓練プログラムは悲劇に見舞われ、海軍特殊戦司令部を揺るがした。そして1年半以上が経った今も、その余波は続いている。

海軍特殊戦司令部は8月、マレンさんの死亡当時にSEALの訓練と医療対応を監督していた海軍上級士官3人を懲戒処分にするという異例の措置に出た。3人には、上官にあたるSEAL司令官のキース・デイヴィッズ少将が事実と証拠を確認し、軍事裁判を行わない「艦内法廷」で処罰が下される旨が通知された。

「BUD/S第352期生の監督管理とマレン水兵の死亡状況について捜査した結果、海軍特殊戦司令部を指揮するキース・デイヴィッズ少将は、特定の個人の責任を追及する措置に踏み切るとの結論に達した」と、海軍特殊戦司令部の広報担当者ベン・ティスデイル中佐は発表した。「現在も状況が進行中であることから、特定の責任追及措置や今後の措置が完了するまで、これ以上コメントすることは不適切と思われる」

過酷な訓練と肉体強化のリスク 米海軍・特殊部隊、ステロイド蔓延の実態

2021年、海軍特殊戦司令部基礎訓練を指揮したブラッドリー・D・ゲーリー大佐
MASS COMMUNICATION SPECIALIST 1ST CLASS SEAN CASTELLANO/US NAVAL OPERATIONS

事情に詳しい海軍情報筋によると(公の場での発言は認められていないため匿名)、海軍特殊戦司令部基礎訓練を指揮していたブラッドリー・ゲーリー大尉、海軍特殊戦センターの指揮官だったブライアン・ドレシュラー大尉、BUD/S医療班の主任だったエリック・ラミー医師は業務過失の罪に問われている。今後3人は艦内法廷に出廷するか、または軍法会議で争うかを選択しなければならない。もう1人、マレンさん死亡時の当直医師だった退役軍医は、海軍上層部からの「けん責状」を受理するよう進言されている。

ゲーリー大尉の弁護人を務めるジェイソン・ウェアハム氏いわく、元SEAL隊員の大尉は上層部の判断を遺憾とし、艦内法廷の法的根拠が「疑わしい」と考えている。「重要な事実がすべて揃えば、海軍の不適切な対応が明るみになるだろう――海軍上層部による膨大な過失と権力の乱用を隠蔽しようとする大きな策略の中で、ゲーリー大尉がスケープゴートにされたことは否定できない」と、弁護士はローリングストーン誌に語った。

ラミー医師の弁護人ジェレマイア・サリバン氏は、海軍医療看護局の調査も依頼人が治療基準に従っていたと結論づけていると述べた。

ドレシュラー大尉にもコメントを求めたが、返答はなかった。

新兵が死亡した件でSEALが士官を懲戒処分にしたのは、近年では初めてだ。艦内法廷で下される処罰には限りがあり、せいぜい降格、減給、超過勤務、拘束といったところだ。軍法会議と違い、艦内法廷では懲戒除隊や長期拘束が言い渡されることはない。だが追加措置として、海軍から除隊させられる可能性はある。

士官の責任を追及するという驚きの決定に先駆けて、5月には海軍の捜査報告書が公開され、いくつもの過ちが「ほぼ完全な条件」を作り出し、マレンさんを死に至らしめたと報告された。死因は化膿性レンサ球菌による肺炎で、複数の軍訓練施設で大量感染が報告されていた。「今回の捜査で個人および組織全体の悲劇とも言うべき状況が明らかになり、いくつもの過程で過失があったことが判明した。それが原因で、大勢の候補生が重傷を負う高い危険にさらされた」と報告書には記載されている。

報告書ではとくにBUD/S医療班について、「組織としてお粗末で、統制にも指揮系統にも落ち度があった」と指摘し、ヘルウィーク終了後の治療は「完全に不適切だった」と非難した。ヘルウィークの後マレンさんは車いすで兵舎に戻され、医療経験のないSEAL候補生が看病に当たった。海軍の報告書によると、夜勤の水兵はヘルウィーク修了生を病院に搬送するなと命じられたそうだ。しかも医療センターはその日閉院で、肺ごと溺れそうな音を出す男をどうしたらいいものか、水平は途方に暮れていた。訓練兵が当直医師に電話すると、電話口の助手は「容態が悪ければ」病院に行っても構わないが、明日あらためて診察すると告げた。

ヘルウィークは1年に約6回行われる

ローリングストーン誌が5人の元訓練兵に話を聞いたところ、BUD/Sの医療スタッフの業務過失は責任放棄もいいところで、ケガや病気の新兵を訓練に戻していた。後々になって、こうした新兵は骨折や靭帯損傷、嚥下障害などの疾患にかかっていたことが判明した。ジェイク・カイケンダールさんは医学上の理由でBUD/Sを2期脱落し、最後の挑戦で第352期生に加わったが、母親ベス・ローリーさんは次第に心配を募らせていたという。ヘルウィーク中盤でカイケンダールさんは足を骨折した。本人いわく、女性の衛生兵が地面に横たわるよう命じ、仮病でないか確かめるため彼の足を強く蹴ったそうだ。「いつか誰かが死ぬ」とローリーさんは思った。「みんな同じことを言っていました。治療も、怠慢ぶりもひどいものでした」

だが、医療ミスはマレンさんを死に至らしめた条件のひとつに過ぎなかった。

基礎水中爆破訓練(BUD/S)は、海神の三叉槍をかたどったSEALの金章を身に着ける選ばれし者を決める登竜門だ。試練をパスするために、訓練兵たちがステロイドの助けを借りてイカサマをしていたことがマレンさんの死で明るみになった。また自分は見せしめにされたと主張するSEAL訓練の担当士官ゲーリー大尉と、息子の死の責任を海軍上層部に追及する悲嘆の母親の間で争いが勃発した。そして海軍が上級士官の懲戒処分に動いた今、海軍SEALの将来にも関わる根深い問題が持ち上がった。

第352期生で何があったのかを知るために、ローリングストーン誌ではヘルウィーク期間中に撮影された動画や写真を独占入手し、複数の元候補兵に話を聞いた。その中には、これまで口をつぐんでいたマレンさんの同期生4人も含まれている。また情報公開法に基づいて入手した数千ページにわたる海軍資料も検証した。その結果、SEAL訓練の惨状を伝える貴重な、長らく見過ごされてきた側面が浮かび上がる。

ヘルウィークは生易しいものではないし、そうあってはならない。だが第352期生のヘルウィークは例年以上に過酷だった。海軍特殊戦司令部が公開している過去20年以上のデータによると、SEAL訓練兵の76%がヘルウィークを脱落するのが通例だ。第352期生の修了率はわずか10%だった。ローリングストーン誌が検証した資料によると、マレンさん以外にも6人の同期生がヘルウィーク終了後に病院に運ばれた。マレンさんが亡くなった同じ日、カイケンダールさんともう1人の訓練兵が肺炎、またはその疑いがあると診断され、入院した。マレンさん同様、その日BUD/S医療班のお墨付きで訓練に戻された者も2人いた。ヘルウィークは1年に約6回行われるが、海軍特殊戦司令部によれば入院者は1期につき平均1人。1期で6人という数字は平均をはるかに上回っている。

過酷な訓練と肉体強化のリスク 米海軍・特殊部隊、ステロイド蔓延の実態

基礎水中爆破訓練(BUD/S)に参加する米海軍SEAL候補生
PETTY OFFICER 1ST CLASS ABE MCNATT/U.S. NAVY

「何か深刻な過失があったことは火を見るより明らかです」と言うのは、かねてより訓練の安全性向上を訴えてきたニュージャージー州選出のクリス・スミス下院議員(共和党)だ。「『ちょっと待てよ、この訓練手順はどこかおかしい』と大々的に宣伝しているようなものです」 スミス議員は昨年提出された国防法案に、SEALをはじめとする危険な訓練の安全性向上対策として、国防長官の勧告を義務付ける修正案を付け加えた。6月、海軍特殊戦司令部は対策として、ヘルウィーク実施中および終了24時間に訓練兵の監視を強化すると発表した。他にも最先端の心臓検査、SIPEおよび肺炎の予防治療強化、無作為の尿検査によるステロイド検出といった改善措置が取られた。

こうした騒動をマレンさんは決して望まなかっただろう、と彼の友人や遺族は言う。マレンさんはSEAL訓練に参加できる喜びを家族や友人に語っていた。人生でずっとこうした挑戦を求めていたんだ、と。高校時代は2つの競技に秀で、ニュージャージー州マナラパン高校のアメフトチームでは主将として最終年次に州大会へとチームを導いた。そのおかげで全額給付の奨学金でイェール大学に入学し、ディフェンスラインとしてアメフト部にも所属した。目標はNFL入り。代替案として金融の仕事も考えていた。友人や遺族の話では、夏休みには由緒あるイェール大学大学基金でアルバイトも控えていたそうだ。

過酷な訓練と肉体強化のリスク 米海軍・特殊部隊、ステロイド蔓延の実態

2017年ニューヘヴンで行われたイエール・ボウル 対ハーバード大の試合に出場したカイル・マレンさん(背番号98)
ERICK W. RASCO/”SPORTS ILLUSTRATED”/GETTY IMAGES

亡くなったマレンさんがSEALを目指した理由

だが大学3年目、マレンさんの人生の歯車が狂った。大学新聞イェール・デイリーニュースの記事によると、マレンさんが同学年の生徒から性的暴行で訴えられた。正式に訴状が申し立てられると大学から接近禁止令が科せられたが、それにも違反した疑いがもたれている。マレンさんは数年ぶりにアイヴィーリーグ選手権優勝を果たした大学のアメフトチーム「ブルドッグ」のキャプテンに指名されたばかりだったが、大学の処罰が下されるのを待たずして中退を決めた。事件は未解決のままお蔵入りとなった(ローリングストーン誌は調査記録を閲覧することができなかった。告発者の名前は一度も公表されず、イェール大学では特定の訴状の存在を確認することもコメントすることもできないと広報担当者は語った)。

無罪・有罪もわからぬまま、帰郷したマレンさんは打ちひしがれ、すっかり気落ちし、まるで別人のようだった。友人の記憶では、これほど落胆したマレンさんを見たのは初めてだったという。その後ニュージャージー州のマンモスカレッジに入学し、再びアメフトをプレイするチャンスにも恵まれたが、今やNFLは遠い夢だった。大学卒業後、マレンさんは地元のフェンシング企業に就職し、未来を模索し始めた。「人より秀でたことをするという思いががらりと変わってしまったんです」と、イェール時代の友人スコット・コックバーンさんは言う。「だったら、周りの99%の人ができないこと、やろうとしないことは他にないだろうか? 自分はどこで何をすればいいだろうか?」

マレンさんがSEAL入隊を決めた時、友人は誰も驚かなかった。「彼なら何でもできたでしょうし、僕らも疑問を抱いていませんでした」と言うのは、幼稚園からの幼馴染のジェイソン・レイバックさんだ。「ある時、彼が海軍のSEALに入隊したいと言った時、誰も驚きませんでした。他人よりも秀でることがなくなって『SEALにトライしよう』となったんでしょうね」

2021年6月、イリノイ州グレートレイクスのブートキャンプに向けて旅立つ前日、レイバックさんは自宅で壮行会を開いた。「彼は幸せな気持ちでこの世を去ったと思いますよ」とレイバックさん。「おそらくカイルは自分が死にかけているとは思わなかったでしょう。朦朧としていたんじゃないかな。でも、ヘルウィークをやり遂げたことは分かっていた。彼の人生にとってはエベレスト制覇も同然です」

第352期生がBUD/S初日にむけて準備を進める中、マレンさんはジムで汗を流していた。同期生からは一目置かれる存在だった。「辛く厳しい時に、頼りにしたくなるような人間でした」とは元同期生の言葉だ。「彼の言葉ではっきり覚えていることがあります。『ここまで来るためにやってきたこと、この瞬間のためにやってきたことをすべて思い出せ』。今こうして話をしていても鳥肌が立ちます」

ヘルウィークの3週間前、マレンさんは自宅に電話をかけた。「母さん、みんなステロイドをやっている」と息子から聞かされたことをレジーナさんは振り返る。「僕もやろうと思っている」

母親や友人の話では、マレンさんはアメフト時代やバスケット時代に一度もステロイドに手を出したことはなかったそうだ。マレンさんも他の訓練兵同様、サプリメントはおろか栄養ドリンクさえも服用を一切禁じる契約書に署名していた。だが何年も、ステロイドがBUD/S訓練兵に決定的優位性を与えていたことは紛れもない事実だ。「現実問題、ステロイド未使用の訓練兵はステロイドを使用している訓練兵と同じ重量を揚げられません」と、マレンさんの元同期生は言う。「そのせいで、ついていけない者が目立ってしまう。最初の1週間、厳しい訓練を終えた後も、腕立て3回した後のように涼しい顔をしていた者が数人いました。こっちは死にそうな思いで、足も動かせない状態だというのに」

過酷な訓練と肉体強化のリスク 米海軍・特殊部隊、ステロイド蔓延の実態

2022年8月4日、ニュージャージー州マナラパンの自宅でローリングストーン誌の取材を受けるレジーナ・マレンさん 「誰かが責任を取るべきだ」
DESIREE RIOS/”THE NEW YORK TIMES”/REDUX

ステロイド使用の闇

マレンさんはステロイド使用を勧められたことを母親に告げた。一体誰に? 「私もはっきりとはわかりません」と、レジーナ・マレンさんはローリングストーン誌に語った。「息子は”彼ら”と言っていました。それが誰なのかはわかりません。息子は”彼ら”から『ステロイドなしではやり遂げられない』と言われたんです」。 レジーナさんはそれが誰であれ、耳を貸してはいけないと息子に伝えた。

マレンさんが亡くなった翌日、海軍刑事捜査局の捜査官がマレンさんの車を捜索したところ、ヒト成長ホルモン、テスタステロン、バイアグラの容器が見つかった。海軍刑事捜査局によると、訓練生はこれらをSIPEの治療に使っていたそうだ(容器は必ずしも息子のものではなかったのではないか、とレジーナさんは言う。マレンさんは指導官から詮索されないよう、同期生と車をシェアしていたそうだ)。マレンさんのiPhoneからは、身体能力強化薬が不良品で、注射の際に臀部に痛みが走ったと不平を漏らす携帯メッセージが発見された。「H」「テスタ」「ユートロペン(ヒト成長ホルモンの商品名)」の購入や、受け渡し場所についてのメッセージも発見された。

こうした発見を受け、細菌性肺炎だというマレンさんの死因は、実はステロイドだったのではないかとの憶測が海軍特殊戦司令部内に広がった。ニューヨーク州警察の元犯罪病理医マイケル・バーデン氏によれば、この説は根拠が薄いという。「ステロイドでこうした感染症にかかりやすくなるケースはありますが、多くの場合、ステロイド使用者の死因は感染症ではありません。肺炎で死亡した患者の大多数も、ステロイド使用歴はありません」と言うバーデン氏は、JFK暗殺の捜査にも関わったことがあり、O・J・シンプソン裁判でも証言台に立った人物だ。また独立機関として、ジョージ・フロイドさんやマイケル・ブラウンさんの検視も行った。「適切な治療があれば、マレンさんの死は防げていたはずです」。バーデン医師はローリングストーン誌の要請でマレンさんの検視報告書を検証し、死因はステロイドや心臓疾患ではなく、肺炎だという意見に同調した。

BUD/Sのステロイド問題はSEAL司令官も認識していた。2022年1月、ちょうどマレンさんと第352期生が訓練に入ったころ、訓練兵の1人がBUD/Sで身体能力強化薬の使用が「横行」していると将校に伝えた。「世間は驚くでしょうが」と、元訓練兵はローリングストーン誌に語った。「同期生200人のうち20%が何らかのステロイドをやっていたとしても、僕は驚きませんよ」。海軍の捜査報告書には、司令部が何年もこの問題に対処しようとしたが、その都度失敗したと記されている。2011年、2013年、2018年にはSEAL候補生のステロイド使用疑惑について調査が行われ、数人の訓練生が処罰を受けた。

隊員内では暗黙の了解

SEALの訓練でステロイドがどのぐらい問題だったのか、具体的には分かっていないと海軍は決定づけた。マレンさんの死後、訓練兵全員に尿検査を実施したところ、1461人中62人(全体の4%)のテスタステロン値が高く、ステロイドを使用していた可能性を示していた(この時の検査は、ヒト成長ホルモンや、サンディエゴ周辺のサプリメント店で一般に販売しているSARM<選択的エストロゲン受容体モジュレーター>などステロイドに似た成分を検出する検査ではなかった)。海軍特殊戦司令部によると、現在は新たな方針のもと、SEAL訓練兵はヒト成長ホルモンやSARMなどの身体能力強化薬を検査する無作為の尿検査が義務付けられている。今年5月現在、150人の訓練兵が尿検査を受け、いずれも陰性だった。

ステロイド問題はSEAL関係者の間でも意見が割れている――身体能力強化薬とみなす声もあれば、人格の欠如とみる者もいる。BUD/Sでのステロイド使用はいかさま行為とされているが、隊員内では暗黙の了解だった。「隊員を検査にかければ、SEAL隊員はいなくなるだろう」。元SEAL隊員のジェフ・ニコルズ氏は、マレンさんが亡くなった直後にPodcastでこう述べた。「言い切れるのかって? 賭けてもいい、100%自信をもって言い切れる」

海軍から事情聴取を受け、捜査対象となったBUD/S指導官は、SEAL訓練を突破する訓練兵の品格が地に落ちたと考えている。そうした意見は、「MAKE BUD/S HARD AGAIN(BUD/Sを再びタフにしよう)」と書かれたSEAL隊員着用のTシャツにも表れている、と2021年にSEALを退役したジャック・クエンズル氏は言う。海軍特殊戦司令部がローリングストーン誌に提供した統計によると、近年は訓練兵の半数しかヘルウィークを修了できないことも珍しくない。マレンさんが入隊するころには、脱落者の割合は90%以上にまで上がっていた。「訓練が厳しくなって合格できないわけじゃない」と、退役SEAL隊員はローリングストーン誌に語った。「志願者が弱腰になって、人数も増えているせいだ。SEALがあちこちで聞かれるようになり、隊員の兄弟も含め誰もがSEALになりたがっている」

第352期生がヘルウィークに突入する前、指導官の1人は期待をこめて訓練兵に語った。「やり抜くためにやるべきことをしろ」というSEAL指導官の発言を、複数の訓練兵が海軍の捜査官に供述している。「あらゆるタイプの人間がBUD/Sをやり遂げる。ステロイドでムキムキの奴も、やせマッチョもだ。PED(能力強化薬)は使うな、イカサマ行為だし、あんなものは要らん。何があっても兵舎で使っているところを見つかるな」。気まずい沈黙が流れた後、チーム内でブランクと呼ばれていたその指導官は、「今のは冗談だ」と付け加えた。海軍の捜査報告書によると、一部の訓練生はショックを受け、ステロイド使用が「公然と推奨されている」と感じたそうだ。だが大半は、ブランク指導官が身体能力強化薬は違法で不必要だと念を押したのだととらえた(ブランク指導官の弁護士および他の指導官も、「指導官に対する嫌疑は、海軍報告書でも別の訓練生が反証している」と述べている)。

情報開示法に基づいてローリングストーン誌が入手した資料によると、マレンさんたちがBUD/S訓練をスタートすると、4日間の第1ステージで127人の候補生――例年よりも多い人数――がいっぺんに脱落した。第1ステージを担当していた士官は、医学上の理由で過去に2度脱落したジャック・カイケンダールさんを脇に呼び寄せた。「俺たちのやり方が間違っているのか?」とその士官は尋ねた。「訓練が難しすぎるのか?  水が冷たすぎるのか?」

「墓に入るその日まで、僕は主張し続けます」と、民間人になったカイケンダールさんはローリングストーン誌にこう語った。「訓練の最初の1週間は、僕が経験したBUD/Sの訓練の中でも一番楽です」。カイケンダールさんによれば、極寒の中ヘルウィークに突入するととたんに厳しさが増したが、第352期生の指導官の行為が常軌を逸したことはなく、危険だとか残忍だと感じることもなかったそうだ。カイケンダールさんが疑問視しているのは、マレンさんの不調に対するBUD/S医療班の能力だ。

海軍の捜査では別の側面が語られている。経験の浅い指導官が、訓練兵のふるい落としにあまりにも一生懸命だった、あるいは捜査報告書の言葉を借りれば「連中のケツを叩くこと」にこだわりすぎていたというのだ。ヘルウィークの直前には、数時間にわたる運動で身体を完全に疲弊させる地獄の訓練「バーンアウト」があったが、疲れを癒す「休憩」や回復時間は一切与えられなかった。指導官は当時SEALを指揮していたヒュー・ハワード少将から、訓練兵を疲弊させるよう推奨されていたと感じていた。少将は、訓練兵がヘルウィークを完遂出来なくても構わないと言った。「0という数字でも構わない――今の水準を維持しろ」とは、海軍の報告書に引用されたハワード少将の発言だ(ハワード少将は、数字だけにこだわるなと指導官に伝えたつもりだった、と海軍に供述した)。

指導官からの圧力が高まる中、次第に訓練兵は『蝿の王』さながらに、あらゆる犠牲を払ってでも勝ち残るというメンタリティに向いていった。「指導官からは、週末に誰かが抜ければ、その分週明けは楽になると言われた」と、匿名を条件に取材に応じた訓練兵は語った。「ある時、訓練でボートを漕いでいたら、1人脱落すればボートを収納してもいい(陸揚げして休憩できる)と言われた。褒められた話じゃないが、小休憩の時に誰も見ていないところで、みんなで1人をぶちのめした」

過酷な訓練と肉体強化のリスク 米海軍・特殊部隊、ステロイド蔓延の実態

ボート訓練中、痛みの中耐え抜くマレンさん(右端前方)

ローリングストーン誌が取材した別の訓練兵は、ヘルウィークの月曜夜まで持ちこたえたが、ボートを頭の上に担いで暗闇の中を走る訓練で同期生から背中を思い切り蹴られたという。「奴らにボコボコにされました」と本人。「首がどうにもならなくなり、誰と交代してもらわなければならなかった。でも誰も代わってくれなかった」。彼は訓練を去った。「同胞愛とかいうものをそこまで気にしなければいいんでしょうが、僕は大事だと思っています。みんな僕に辞めてほしがっていた。僕は仲間の足を引っ張るような人間にはなりたくなかった。みんな頭がどうかしていて、僕が問題の種だと考えるようになっていました」

これまでにもBUD/Sの訓練で11人が亡くなっている

海軍特殊戦司令部の広報担当者ベン・ティスデイル中佐はこうした新たな疑惑について、5月に公表された海軍捜査報告書でも隊員同士の暴行を検証したが、信憑性に欠けるとの報告結果が出ていると述べた。「BUD/Sの訓練中に不当な扱いを受けたと感じている元候補生で、いまだ報告していない者がいれば、すぐに報告していただきたい」とティスデイル中佐は述べた。

マレンさんは故郷の友人に恐ろしいSEALの訓練の様子を語った。民間人の耳には、まるで『プライベート・ライアン』の1シーンを思い起こさせた。イェール時代の同級生スコット・コックバーンさんは、同期生が「小枝のように」足を骨折したと言う話をマレンさんから聞かされたそうだ。「そこら中こんな感じだ。ものすごく残忍で、精神が削られる」

だがヘルウィークをやり遂げた者は、脱落者が知らない指導官の別の顔を目にした。BUD/Sはヘルウィークまでの選抜期間だった。ヘルウィークを完了した候補生は――晴れて念願の茶色のシャツに袖を通す者は――指導官から同胞として選抜された選ばれし者だった。カイル・マレンさんもヘルウィーク半ばで指導官のそうした一面を目にした。ここまで残れば、指導官の最悪の指示にも耐え抜いた証だと認められる重要な転換点だった。

水曜の昼食後、短い休憩中にマレンさんは指導官に「具合がかなり良くないんです」と語った。少し前に、仲間から遅れを取りながら足を引きずってシルバーストランド大通りを渡ったばかりだった。乾いた新品のユニフォームに着替えてビーチに立つマレンさんは、他の訓練兵が訓練継続の確認のために医師の診察を終えるのを待っていた。

目撃者の証言によると、ブランク指導官はマレンさんに「茶色のシャツはすぐそこだ。具合なんて誰が気にする?」と言った。マレンさんは最難関修了の直前に差し掛かっていた。だが、彼に残された時間はあと2日しかなかった。

ヘルウィークで分かっていることの1つに、海軍SEALが誕生する前から続く訓練だという点がある。SEALはケネディ大統領が1962年に設立したが、海軍は第二次世界大戦の半ばからすでに、8週間を7日間に凝縮した訓練を実施していた。「最初の頃でさえも、訓練生のうち半数は1週間を乗り切れなかった」と、元SEAL隊員のベンジャミン・ミリガン氏は著書『By Water Beneath the Walls』の中で記している。「海軍でも、ここまで実戦に近い内容の訓練――執拗な嫌がらせ、逃れられない寒さ、容赦ない疲弊を味わってきた部隊はない」

過酷な訓練と肉体強化のリスク 米海軍・特殊部隊、ステロイド蔓延の実態

聖トマス・ムーア・ローマカトリック教会で行われたカイル・マレンさんの軍葬 マナラパン高校でアメフトの花形だったマレンさんは、海軍SEALを目指す道半ばで他界した
PETER ACKERMAN/USA TODAY NETWORK

海軍特殊戦司令部によると、これまでにカイル・マレンさんも含め11人がBUD/Sの訓練で死亡している。いずれの死も悲劇だが、カイル・マレンさんの死ほど衝撃的だったのはごくわずかだ。その理由は、息子の身に何が起きたのか究明し、責任を追及しようというレジーナ・マレンさんの懸命な努力によるところが大きい。長身で、金髪で、どこか寂し気な茶色の目をしたレジーナ・マレンさんは、ナンセンスを認めないニュージャージーの気質を備えている。息子はもちろん、SEAL訓練中に後遺症が残るケガを負うかもしれない他の水兵のためにも声を上げる必要に駆られたそうだ。登録看護士としての経歴のおかげで、訓練が兵士の身体に与える影響も十分把握している。彼女の歯に衣着せぬ物言いに、20数人の悩める保護者や、BUD/Sで負ったケガに苦しむ若者たちが集まっている。昼夜を問わず、彼女の電話は鳴りっぱなしだ。カイルさんが自分にとってどんな存在だったかを話す若者もいれば、SEALが我が子にした仕打ちを話したがる保護者もいる。

結局のところ、彼女が求めているのは責任追及と恒久的な監視だ。「誰かが責任を負わなければ」とレジーナさんは言う。「世界中が成り行きを注視しています」。指導官から記章を取り上げ、再三にわたって息子を訓練に戻した衛生兵には二度と患者を診察させてはならず、上級士官に対しては処罰を科し、海軍から除隊させるべきだというのが彼女の意見だ。懲罰措置があれば、越えてはならない一線もはっきりするだろう。

ゲーリー大尉の主張

レジーナさんは、SEAL幹部士官のデイヴィッズ少将への勧告を調整していた弁護士に、自らの主張を訴えた。弁護士は彼女の提案の一部を受け入れた。

レジーナさんの提案で真っ先に名前が挙がっていたのが、息子の訓練を監督していたゲーリー大尉だ。ゲーリー大尉はカイルさんの死後、ニュージャージーまで出向いて弔意を示した。レジーナさんはSEAL基金の計らいで、コロナドのSEAL本部に招かれた。最初のうちレジーナさんは口をつぐんでいたが、甚大なけがを負った訓練兵の話が次々耳に入るうちに、ゲーリー大尉が問題の一端を担っていると考えるようになった。「大尉が意図してこうなったかと思うか、と言われればノーです」とレジーナさん。「ですが尻尾を掴まれない限り、誰も反省しません」

もうひとつレジーナさんを突き動かしているのが、ゲーリー大尉がいまだに息子の死をステロイドのせいにしようとしている点だ。海軍特殊戦司令部が昨年行った第1回内部調査では、マレンさんの死とステロイドの関係性が焦点になった。最終的に海軍は証拠不十分と判断し、再調査が行われた。5月に海軍教育訓練司令部が公表した報告書で、カイルさんの死をめぐる捜査は3回目にして決着がついたようだ。「マレンさんの死因はPEDではなかった」と、同司令部を率いるピーター・ギャヴィン海軍少将は報告書で記している。

海軍アカデミーを卒業し、受勲もした元SEAL隊員のゲーリー大尉は、問題はまだ終わっていないと釘を刺す。弁護士のジェイソン・ウェアハム氏はローリングストーン誌の取材に答え、マレンさんの死とステロイドの関係は「いまだ結論に達していない」とし、ゲーリー大尉が責任を追及されれば、ステロイド使用が弁護の焦点になるだろうと明言した。「この問題が法廷に持ち込まれることになれば、任務での高い指導力と揺るぎない責任感を果たしてきたゲーリー大尉のレガシーを十分に守るために、この問題に決着をつけなくてはならなくなるだろう」とウェアハム氏は語った(弁護士を通じて、ゲーリー大尉はローリングストーン誌の取材を辞退した)。

ゲーリー大尉の弁護人は、マレンさんが診断こそ受けていなかったものの、心臓肥大症だった点を重要視している。テスタステロンやヒト成長ホルモンのような身体能力強化薬が心臓肥大症と関係する場合もあるが、スポーツ選手の間ではごく自然に発症する。マレンさんの死をめぐる海軍調査の初期、4人の軍医と医療専門家が意見を求められたが、ステロイド使用がマレンさんの死に影響したか、あるいは単なる憶測かで意見が真っ二つに割れた。母親の要請を受けてマレンさんの検視報告書を作成した民間の病理医、ゾンシュ・フア氏によれば、マレンさんの心臓肥大症にこだわるのは「身勝手で非医学的な意見だ」という。「死因はたった1つしかありえません。カイルさんの場合は肺炎でした」

SEALの「沈黙の掟」を破った理由

5月、レジーナ・マレンさんはジェイク・カイケンダールさんとともにスミス下院議員の元へ出向き、共和党が議長を務める下院軍事委員会の職員に状況報告をした。カイケンダールさんは、自分は上層部の言語道断な過失と判断の犠牲になったと主張した。ヘルウィーク終了後の数日間、残った第352期生は夜明け前に地元病院に整列して尿検体を提出した。いささか異例だが、検体は民間のラボに送られ、オリンピック選手並みの検査にかけられた。海軍の手順からはるかに逸脱した行為だ。マレンさんの死後、SEAL指導官は訓練生を「肉挽き器」と呼ばれるエクササイズ用のコンクリート部屋に集め、事件について話し合った。カイケンダールさんの記憶によれば、ヘルウィークでの疲れが抜けきれずに脱水症状に陥った同期生の1人が気を失い、病院に搬送されたという。

結局カイケンダールさんは海軍から除隊させられた。原因はステロイドではなく、体力増強と減量に使われる薬物成分だった。「プロテインシェイクか何かを飲んで、海軍をクビになったのは僕ぐらいのものでしょう」

本人によれば、問題の薬物成分GW1516は薬局でも処方箋なしで買える添加物で、無意識に摂取したのだという。最悪、入院中に友人の死で意識が朦朧とする中、うっかり摂取したのだと本人は言う。「こうした不正義も正すべきです」とスミス議員は述べた。

海軍では伝統的に異なったルールが敷かれている。SEAL候補生はたとえ少量であろうとも、誤って摂取したすべての薬物に対して責任を負わなければならない。それでもレジーナさんや第352期生の数人は、そうした高尚な目標は司令官にも適用するべきだと主張する。彼らはゲーリー大尉の指導ぶりと、責任追及の欠如を挙げた。

ゲーリー大尉は一連のメディアとのインタビューで、自分の指導に「落ち度があった」とする海軍捜査の報告書に異議を唱えた。「あの報告書にある我々の組織や海軍特殊戦司令部の描写、認識、関係者の引用は間違いだらけだ。不適切な偏見にもとづき、ありもしない嘘を鵜呑みにしたせいだ」とゲーリー大尉はABCニュースに語った。

ゲーリー大尉はSEALの沈黙の掟を破った理由について、指導者としての経歴を正しく伝え、自分や指導スタッフを弁護するためだと説明した。こうした発言は、ゲーリー大尉のステロイド説の「魔女狩り」にあったというカイケンダールさんの耳にはうつろに響くばかりだ。「僕がヘルウィークをやり遂げ、友人の1人を医療ミスで亡くした後、彼は僕のために戦おうともしなかった」

とはいえ、海軍の捜査報告書にもはっきり記載されているように、マレンさんの死後訓練の見直しが叫ばれた。見直しの重要性についてはゲーリー大尉も認めている。高い離脱率の対策として、ゲーリー大尉は35ポンド以上の重いバックパックを背負って走る「ラック・ラン」を廃止した。またヘルウィーク前夜に6時間以上の睡眠時間を義務付け、休憩と体力回復のために「休憩時間」を増やした。もはや訓練兵が頭上にボートを乗せて走ることはなく、今では徒歩または小走りだ。脱落率も従来の水準に戻っている。

だが、第352期生にとってそうした変化は遅すぎた。大勢が夢を断たれ、将来を失い、BUD/Sの準備に何年も費やしてきた労力と犠牲が無駄に終わった。カイル・マレンさんの同期生はきょうだいを亡くしたようだと言う。マレンさんはSEALのためにあらゆる手を尽くしたが、SEALの方は決してあきらめないという不屈の精神力から彼自分を守ることができなかった。

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