オーストラリア出身ロンドン在住、UKジャズのシーンでも名を馳せてきたジョーダン・ラカイ(Jordan Rakei)を、僕(柳樂光隆)は本格派として捉えている。過去に発表した『Cloak』(2016年)、『Wallflower』(2017年)、『Origin』(2019年)、『What We Call Life』(2021年)の4作には、いずれも優れた楽曲とプロダクション、演奏と歌を兼ね備えていた。
つまり何からにまで隙がない完成されたアーティストなのだが、それでいて息苦しさを感じさせない親しみやすさもある。こんな塩梅のアーティストはなかなかいないはずで、彼がここに来て名門デッカ・レコードと契約したのは何から何まで納得だった。

ジョーダンは最新アルバム『The Loop』で、自身の歌を真ん中に据え、卓越したバンドサウンドで脇を固め、それを洗練されたストリングス、ホーン・アンサンブル、クワイアのアレンジで彩ったオーセンティックなサウンドを作り上げた。強い覚悟と確かな自信が感じられる今作は、現時点での最高傑作だと断言できる。

ここでは制作プロセスも明らかに変化しているようだ。その成長ぶりと進化について、本人にたっぷり語ってもらった。
端から端まで満足感と確信で満ちている彼の語り口は、このアルバムの充実ぶりと完全に同期している。

父親になって再発見した「もう一人の自分」

―『The Loop』のコンセプトについて聞かせてください。

ジョーダン:歌詞に関しては、自分が父親になり、親子関係の様々な段階についての考察という感じ。自分の親のこと、自分自身、インナーチャイルド……という、どちらかというと抽象的な概念なんだ。そういった僕自身の人生に訪れた瞬間に目を向け、それを曲にしたという感じ。それぞれの曲が「親と子」という大きな絵の中の物語を形成してるんだ。


―その「大きな絵」というのは?

ジョーダン:人って自分ではコントロールできない道を歩んでいて、そんな人生のサイクルにただ身を任せることしかできない、っていうことかな……かつて子供だった自分に子供が生まれ、月日は流れ、いつかその子にも子供ができる。そう考えると、僕はただいい息子でいよう、いい親でいよう、いい人間でいようと願って、人生を通り過ぎているだけだと思う。大きな人生の旅路という絵に身を任せ、どう自分の旅を続けるか。だから『The Loop』と名付けたんだ。物事は動き続け、僕らも前に進むしかない。そうやって流れに身を任せ、自分のベストを尽くすのもいいんじゃないかなってことさ。


―自分を人類の営みの中に置いたスケールの大きな話ですね。もしかしたら、『The Loop』には輪廻の意味も含まれていますか?

ジョーダン:ふーむ……いやー、そっちの方がいいかもしれないな。というよりは、人生のサイクルというか。世代の物語、ということなので、ある意味では生まれ変わることの物語なのかも。遺せるものを自分の子供に遺し、起こるべくして物事が起こり……結局、人は前に向かう旅路を進んでいるんだというか。もちろん残されるもの、再生……というのもあるんだけど。


―そういったコンセプトはすでにあったのでしょうけど、それを『The Loop』という言葉で表したのは、何かきっかけがあったのですか?

ジョーダン:「Cycle of Life」 (人生のサイクル)というコンセプトは初めからあった。それがメインになるテーマだなと。でも「Cycle of Life」というのは、あまりに壮大すぎるタイトルだった。だから、そこまで大袈裟な形でなく物語を語りたかったんだ。それで何かいい言い方はないかなと思い、「Repeat」とかも思いつく中で、最後はわりと自然に『The Loop』になったんだ。

―輪廻について考えてなかったとはいえ、「Cycle」という概念も念頭にあったのであれば、仏教とかヒンドゥー教などのインスピレーションがあったりしたのでは?

ジョーダン:そうだね。
必ずしも仏教の教えに沿って生活してるとかじゃないけど、12年前から瞑想を続けている。そのことは”今”という瞬間とか、マインドフルネスとか、人が存在することの意味とかに影響している。子供が昼寝をしている間に、僕も座って瞑想して、自分の人生や子供時代のことを考えるようになり、そこから曲が生まれていったんだ。瞑想をすることで、はっきりと物語が形作られていくのがわかった。ある意味で、瞑想がその物語に影響を与えたんだ。僕の性質の大きな一部だと言えるよ。
それはヒンドゥー教徒とか仏教、禅とかTMといったスピリチュアルなものではなく、自分なりにやっている「実践」だね。瞑想をすることで自分の心と調和が取りやすくなるんだ。

音楽家にとっての「成長」とは? ジョーダン・ラカイが語る人生とクリエイティブの再発見

Photo by Samuel Bradley

―「Flowers」ではじまり、「A Little Life」で終わるアルバムの流れについて聞かせてもらえますか?

ジョーダン:何曲か出来上がった頃から、「Flowers」を1曲目にしたいと思っていた。オプティミスティックな、新たな始まり、という曲だからね。僕の過去のアルバムは、少し悲しげでメランコリーでダークな曲で始まることが多かった。でも今回は、まず最初に、この新しく始まるポジティブなエネルギーをリスナーに届けたかった。そのまま数曲、オプティミスティックな曲が続いた後、中盤で瞑想的でスローになり、最後はまたファンキーに、人生全体に振り返って終わる……「A Little Life」はまさにそういうことを歌った曲だ。最後がこれだとしたら、そこに至る旅路ということを考え、やはりアルバムの1曲目は「Flowers」になる。力強くエネルギッシュにスタートして、一旦下げて、また上げて、旅を終えるという考えがいいなと思ったんだ。なので、歌詞というよりは音楽的な理由から、こういう流れにしたんだ。アルバムの物語を作り上げているのは、ストーリーの流れではなく、音楽が与えるフィーリングだということだね。

―ちなみに、ここでいう「Flowers」ってどんな花ですか?

ジョーダン:ひまわりかな。美しくて、シンプルで、大きいところが好きだ。

―その旅路のなかで「Learning」という曲が9曲目に配置されていますが、ここでの「学ぶ」とはどんな意味を持つのでしょう?

ジョーダン:あれは世界の状態のことを考えている僕自身のこと。世の中がこんなクレイジーな時代に「なぜあえて子供を産むのか?」というような考え方が一般的になっているところもある。僕も子供が生まれ、一種の罪悪感を覚えたりもした。彼が生きることになる30年後の世界はどうなるのか。地球温暖化、戦争、コロナイゼーション(植民地化)…。「Learning」の物語は、そういった世界の問題を僕自身の目を通して見て、考え、息子に教え、過去の教訓として伝えること。子供が産まれたことで生まれた責任感とも言えるかな。それまで一人で生きてきた人生が、子供と共に学んでいくものに変わったんだ。この小さな赤ん坊のより良き親になるために、僕は何を学べるだろうかという。そういう意味を持つ曲だね。

―少し前にカマシ・ワシントンのインタビューをしたんですけど、彼も子供が産まれ、暮らすことがインスピレーションになったと語っていました。子供を持つこと、子供と暮らすことからあなたも影響を受けていますか?

ジョーダン:いい質問だね。というのも、感情的な部分で子供に教えられることも大きかったけど、日々のロジスティックなルーティンも大幅に変わらざるを得なかった。アルバムの曲を書き始めたばかりの頃は、午前中は僕が子供の面倒を見ていて、昼寝をしている間に大急ぎでコーラスを書いたり、コードを考えたり……すると子供が目を覚ますというように、ジャグリングのようにスタジオで効率よく仕事をすることを考えざるをえなかったんだ。

感情の面でいうと、自分の感情に向き合えるようになったと思う。以前は「妻や両親の前で感情的にならないように」とか自分をガードしていた。ところが子供ができると、そんな心配はしていられない。人生がより甘く優しく感じられるようになるんだ。それとともに僕の歌詞も変わった。「Flowers」は妻のことなんだ。一種のラブソング。そういう曲は書いたことがなかったけど、素直に感じていたことを書いてみた。世間からどう思われるかなんて関係ないって思えるようになったからね。子供が生まれたことで、自分がエゴが少し和らぎ、現実的になり、プロセスに対する偏見がなくなったんだよね。

―ところで、最初に話していた「インナーチャイルド」とはどんな概念なのでしょうか?

ジョーダン:僕の考えるインナーチャイルドには二つある。例えば、スタジオに入る感覚って、子供が興奮するような感覚だってよく言われるよね。自由に子供のようにスタジオを走り回り、楽器で遊ぶわけだから。

でも、あまり気づかないことだけど、僕らの中には必ずもう一人のインナーチャイルドがいる。それは傷ついたインターチャイルド。僕も5歳から10代の間、ずっと不安だった。両親が離婚したり、友達との関係に悩んだり、海外への引越しもしたからね。そんな不安だった自分が癒やされることを今回、曲にしたんだ。つまり、その子はまだ自分の中にいて、安心したいんだろうなって思っている。

今回、息子のことを書きながら、いかに僕が「この小さなもう一人の自分(子供)」を蔑ろにしてきたかに気付いたんだ。自分でも変なコンセプトだと思うよ。僕はこういうことをセラピーや瞑想によって学んだんだ。その子が、そして自分が必要としているもの、つまり安らぎや安心感。そういう子供が(自分の中に)存在していることを忘れちゃいけないってことなんだ。

成長を重ねた今、再発見した音楽の魅力

―プレスリリースに「僕がなぜ音楽を好きになったかについて立ち返りたいと思った」とありました。そのきっかけってありますか?

ジョーダン:ミュージシャンになって年月がたち、音楽が少し分析的すぎるものになっていたんだ。昔ほどに楽しめなくなっていた。誰でもそうだと思うけど、16歳から24歳の時って、聴く音楽のすべてがエキサイティングで「これが一番だ!」って思ったりすよね。僕はそう感じた音楽、最初に恋した音楽に立ち戻って、今も同じ気持ちになれるのかを知ろうとしたんだ。

―どうでした?

ジョーダン:実際、なれたよ。スティーヴィー・ワンダー、フランク・ザッパ、ハイエイタス・カイヨーテ、ロバート・グラスパー……その時代、僕が大好きだったアルバムを聴き直したら、その興奮が僕の中にまだ残ってたんだ。それを自分の曲のエネルギーにして、エキサイティングな気持ちを持ち続けようと思った。自分の音楽がプロセス・ベースになり始めていた気がしていたから。楽しい!って気持ちに戻りたかったんだ。だから、新作の曲の多くには楽しいエネルギーが満ちている。分析的に考えすぎることなく、感情がベースになったアルバムなんだよ。

―他にはどんなアーティストを聴き返しましたか?

ジョーダン:3つの段階に分けて聞いた。まずは子供の時の音楽。スティーヴィー・ワンダー、ダニー・ハサウェイ、カーティス・メイフィールド、言ってみれば親の世代の音楽だ。次はディアンジェロ、ア・トライブ・コールド・クエスト、コモン、ザ・ルーツといったソウルクエリアンズのアーティストたち。あと、10代の頃はポップスとかR&Bも好きで聴いてたから、アッシャー、ニーヨ、クリス・ブラウンだね。そういった様々なサウンドをブレンドして、自分のフィルターを通し、クラシックだけどヒップホップ寄りでモダンな自分なりの音楽を作ろうとしたんだ。

―あなたは成長して洗練されたミュージシャンになり、レベルの高い音楽を作っていますよね。そんな今のあなたが子供の頃に聴いていたものを改めて聴き直して、何か発見はありましたか?

ジョーダン:名曲だと言われるマーヴィン・ゲイの「What's Going On」やスティーヴィー・ワンダー「Isn't She Lovely」は、実は驚くほどシンプルだったよ。コード進行はちょっと変わってたりするけれど、実にシンプルな方法で音楽的な瞬間を捉えている。それってすごいことだよね。だって10代、20代の僕は奇異なアイディアを見つけること、アバンギャルドで抽象的な面白いコードを探すのに必死だったんだ。僕のヒーローたちもそうしてると思っていたから。ところがプリンスやディアンジェロでさえ、アイディア自体はとてもシンプルなものが、レコーディング過程で面白い作られ方をしていたことが今の僕にはわかる。その事実は僕を謙虚な気持ちにさせるし、もっと物事を簡単にしてもいいんだと思わせてくれた。同じメッセージを伝える別の方法があるんだな、ってこと。発見があったとすれば、過度に複雑化させなくても美しい曲は作れるし、それが真実なんだってことだね。

音楽家にとっての「成長」とは? ジョーダン・ラカイが語る人生とクリエイティブの再発見


―これまで自分でいくつもの楽器を奏で、ビートメイクも行ない、編集やミックスも自ら手がけてきました。でも、前作『What We Call Life』ではバンドと共に録音したものに編集を施していましたよね。新作の制作のプロセスはどんなものだったのでしょう?

ジョーダン:今回はオールドスクールなプロデューサー的手法というか。プロデューサーである僕がコントロールルームから、ミュージシャンに指示を出していたんだ。ミュージシャンには各自の楽器で自分の特色を出して試してもらった。ただそれは難しさを感じることも多々あって……これまでは常に自分一人で全てやってきたし、僕には完璧主義者、コントロールフリークという一面がある。だからしょっちゅう自分に「僕だけが気にしている些細なことだから心配する必要はない。僕が考えすぎているだけ。技術的な細かいことより、フィーリングを優先させよう」って語りかけたんだ。

実際、曲の多くはフィーリングがベースの作り方だ。たとえば「Trust」ではスタジオで全員で1回通して録音をした。いい感じだったら、基本そのまま、あとは少し手を加えるだけ。「正確にここをこう弾け」ではなく、現場のエネルギーを生かすプロダクション・スタイルだね。僕は何もコントロールせず、ミュージシャンたちのヴォイスを生かす。そうすることで僕が想像もしなかったようなことが加わった。言い換えれば、僕がグループの外に立つことで、全体を見渡し、彼らにその力を与えられたんだ。すごく楽しかったよ。

―「ミュージシャンがやることに委ねて、それを認める」ってことですよね。それって委ねるべきことは子供に委ねて、いい親になるのと似てませんか?

ジョーダン:ああ、ものすごくそうだね。新作は自信の一枚が作れたし、自分の持てる全てを注ぎ込んで作り上げたサウンドなんだ。ところがそれが世に出ると、子供が家を出るみたいに、それがどう人から思われようと僕の力は及ばない。できることはすべてやってしまったわけだ。あとは降参して明け渡すしかない(笑)。いいアナロジーだと思う。僕もそのことは何度も考えた。

レコーディングを始めた初期の頃は「なんでも自分が関わりたい」「すべてを思うようにしたい」と思いがちで、それはまさに親になるのと一緒。完璧な親になりたい、スプーンの使い方を教えてやりたい、ってね。でも放っておいても子供は学ぶんだ。手放して、音楽が自然に形なるのを許した方が、あらゆる要素をコントロールしようとするよりもいいってことだよ。

―新作はシンプルなだけじゃなくて、オーセンティックな歌ものの曲が多いですよね。

ジョーダン:今回はシンガーとしての自分を知ってもらうためのアプローチで取り掛かっていた。これまではプロデューサー、インストゥルメンタル奏者、なんでもやる人、というふうに思われていた。でも今度は僕の声を聞いてほしかった。それは語る物語のテーマが親子関係という、ある種デリケートなトピックだからね。プロダクションやコードやアレンジよりも、声を焦点にしたいってことは当初から考えていた。プロデュースする際は、ヴォーカルの邪魔にならないようにシンプルにしようと心がけ、ヴォーカルをレコーディングする時は、歌詞が持つ感情が間違いなく伝わるように物語を語ろうと心がけた。「シンガーとしてのジョーダン・ラカイ」にとって初めてのヴォーカル・アルバムだと言っていいよ。

―とはいえ、今までもゲストで起用されるくらい、あなたは優れたヴォーカリストとして知られています。でも、敢えてヴォーカルにそこまで強くフォーカスする動機は他にもあるのかなって思ったんですが。

ジョーダン:僕は家でしょっちゅう歌ってるんだ、子供と妻の前でね。そしたら妻が「今歌っているあなたの声を、世の中の人々はもっと聴くべきだ」って言ったんだ。それがきっかけかな。これまでは自分の声をトラックのレイヤーの一つだとしか考えてこなかった。でも妻の「あなたはどんなジャンルも歌えるし、アドリブも得意、パワフルにもジェントルにもなれる。もっとそのスキルを見せるべき」という言葉に自信をもらったんだ。そこから歌主体の歌詞が書けた。その歌詞の内容の脆く、傷つきやすいメッセージを伝えるには、自分の声が一番適していたというのもある。これは妻のおかげだね。

オーケストラとの共演、新たな挑戦が人を成長させる

―新作では大人数のストリングスも印象的ですよね。

ジョーダン:今回はすべてをオーガニックかつアコースティックにしたかった。だから「このセクションに壮大さを与えるにはどうすればいいかな」ってなる段階で、普段ならシンセを入れたんだろうけど、今回はモータウンのオーケストラを使ったアルバムのことが浮かんだんだ。そして、そのやり方を選んだ。

たとえば「Learning」は何かを学びたいと僕の心が泣いているような曲なので、その泣く感じにはストリングスが欲しいと思った。シンセサイザーで感情の動きを伝えるのはとても難しい。ストリングスの方が物語と結びついた感情を出しやすいと思うんだ。

「Hopes and Dreams」のストリングス・アレンジもいいよね。あれは息子への愛をストーリーにした曲だ。トラックに何が必要なのか考え抜き、いくつもの選択をしたよ。基本、シンセvsオーケストラなんだけど、今回は毎回オーケストラが選ばれたってこと(笑)。

―ストリングスに関してインスピレーションになった作品はありますか?

ジョーダン:ひとつはニック・ドレイクの美しいストリング・アレンジを持つ作品(『Five Leaves Left』)。音楽的にはまるで異なる、抽象的なアレンジだけどね。あとはマーヴィン・ゲイの『What's Going On』。ソウル・ミュージックとストリング・アレンジが組み合わさったクラシックな一枚だと思う。

その2枚に加え、ディアンジェロの「Really Love」のような今のソウルミュージックにおける使われ方も意識した。ストリングスというと古臭い、クラシックすぎると思われがちだけど、ストリングスを使っても今のサウンドにできることを知ったんだ。

―ストリングスに加えて、これまでは自身の声を重ねていたのが、今回は複数のシンガーがクワイアとして参加していますね。

ジョーダン:ロジスティックな理由の一つは、自分の声で自分のバックを歌うと、同じ声同士なのでミックスするのがすごく難しくなる。かえってフィットさせるのが難しくなるんだ。今回のレコーディング中にイメージしていたのは、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズのバックコーラス(アイ・スリーズ)を一本のマイクで捉えることで生まれるエネルギーだね。他にもモータウンのレコードや、アレサ・フランクリンのバックシンガーたちも一本のマイクで歌っていた。各シンガーの前にそれぞれマイクを置くのではなく、スタジオ全体のエネルギーを一本のマイクで捉えることってすごく良いなと思ったんだ。

だから、一本のマイクの前に6人のシンガーを立たせ、自然にバランスを取り合う歌い方をしてもらった。ハイファイな録音技術よりも、エモーションとエネルギー次第なんだよ。つまり、どうやって伝えるかの問題なんだよね。「Freedom」の時も「もっとエネルギーを込めて」と僕が言い続けたら、ものすごくパワフルなものが録れたんだ。

「Freedom」スタジオの様子を収めた動画

―本物のオーケストラやクワイアを入れることに関しても”自分がコントロールできない部分”を楽しめるようになった、ということかもしれませんね。

ジョーダン:特にストリングス奏者との仕事はおもしろかった。当然彼らは譜面に書かれたことを演奏する。そんな彼らに対し、僕が出す指示は抽象的なんだ。というのも僕は編曲家と言えるほどのボキャブラリーがないから「35小節目ではディクレッシェンドで演奏してほしい」とかじゃなくて、「このセクションからはもっと泣き叫ぶような感じで」みたいになってしまう。だから、目の前の譜面を正確に演奏をするようなクラシックのストリング奏者に自分が伝えたい感情を伝え、演奏してもらうというのは、僕にとっては大きな学びの経験だった。普段の慣れたやり方から一歩踏み出すいい機会だったと思うよ。

―過去2作は内省的な作品で、痛みや弱さみたいなものを感じさせる部分がかなりありました。一方、今作はすごくオープンで喜怒哀楽のすべてが入っていて、喜びや優しさ、祝福を感じました。新作ではそんな感情をどんなサウンドで表現しようとしましたか?

ジョーダン:自分の中でキーワードになった言葉はいくつかあったんだけど、なかでもambitious(野心的な)とeuphoric(多幸感)だったかな。デザインの世界で言われることだけど、マキシマリスト的なアプローチをとったんだ。「Freedom」「Friend or Foe」「Learning」といった曲がそう。

例えば、「Friend of Foe」の場合はtriumphant(勇ましく)とかambitiousなサウンドにしたかったので、ホーンセクションもオーケストラもクワイアもいるだけ全部使う、というように最大レベルまで追求した。

逆に、「Little Life」のような脆さのある曲ではすべてをそぎ落とし、ピアノとヴォーカルだけにしてその脆さを音で表現しようとした。つまりは感情に100%コミットし、音楽が曲の持つ感情に寄り添うものにする。そのためにやれることは全部やったし、重ねられる限りのレイヤーを重ねた。さりげなく…というのとは真逆で、全ては極端にやったんだ。今回はそうすることでエネルギーを生み出したってこと。

―過去の作品に対して、今作は音楽的にどんな位置づけのアルバムだと説明することができますか?

ジョーダン:一番気に入ってるアルバムの1枚であることは間違いないよ。僕はアルバムって兄弟みたいなものだと思っている。1stの『Cloak』はソウルフルでリズミック、かなりヒップホップの要素のあるアルバムだった。その意味で今作は『Cloak』の音楽世界に近い、兄貴のようなアルバムなのだと思う。

『Cloak』を作った時、僕は19歳で、スティーヴィー・ワンダーやディアンジェロを聴いていた。今回はその時と同じ時代に戻り、さらに豪華で野心的なヴァージョンを目指したと言っていい。ソウル・ミュージックだけどシンセではなく、バンドとオーケストラが入っている点が違うところだね。たいてい、アルバムは作り終えると数カ月であまり聴かなくなるか、心は次に進んでいる。でも『The Loop』に関しては、今もすごく満足している。それは誰かのためではなく、自分が好きなものを表現しただけのリアルなアルバムだからだ。

―新作での伝統的な制作方法について知ると、今までは”若くて新しいことをやっている”部分もあったと思いますが、新作であなたは別のレベルに到達した気もするんです。僕はアーティストとしてあなたが成長する過程を垣間見ているようにも感じています。

ジョーダン:僕がアルバムを作るたびに心がけているのは、ミュージシャン、プロデューサーとして深いところまで自分を追い込み、成長すること。でも実際にスタジオで大勢のミュージシャンやオーケストラと仕事をするのは初めてということもあり、怖い部分もあった。だって、それだけのことをやるには相当の予算が費やされてるわけだからね。でもミュージシャンたちとのコミュニケーションは、彼らが素晴らしかったこともあり、想像したよりは楽だった。だから、コミュニケーターとして、一歩上に上がれた気はしている。スタジオでは感情を言葉にして、それを引き出すためのコミュニケーション能力が非常に重要なんだ。今となってはコンピューターの前に座って、ひとりでビートを作り出す方がずっと難しいと感じるよ。だってドラマーに「こういうのがほしい」と伝えたら、すぐに驚くようなものが返ってきたからね。だから、これからも大がかりなアルバムを作ってみたいと思う。

それに音楽の大事さはこういったコミュニティ感にあるんだと、気づかされたんだ。それこそ何百年、何千年前、火を焚いて、その周りで人が集まって歌っていた音楽ってこと。今、音楽はコンピューターで孤立化したものになってしまってる。15人のミュージシャンが一つの部屋に戻り、曲について話をしたり、演奏したり……そういうのに立ち戻るのもいいなと感じたんだ。そういう意味でも、多くを学んだと思うよ。

音楽家にとっての「成長」とは? ジョーダン・ラカイが語る人生とクリエイティブの再発見

ジョーダン・ラカイ
『The Loop』
発売中
再生・購入:https://lnk.to/Jordan_Rakei_THELOOP